〜ファイナルファンタジー10 〜
ふと、途切れたはずの意識が続いていることに気づき、少年は不思議に思った。
(自分は確かに死んだはずなのに・・・)
その一瞬後、どうしてそんな風に思ってしまったのか判らず、少年は困惑した。
(死んだ?自分が?)
だがすぐまたその後に、ふと、自分が先刻したことを思い出し、少年は不審げに自問した。
(あんな高い処から飛び降りたのだから、死んでしまっていておかしくないのに・・・)
そして間髪入れず、すんなり自分の心に浮かんだ内容が理解できずに、少年は混乱した。
(飛び降りた?何故?)
矛盾する自分の思考に翻弄され、少年はしばらくの間考え込んでいたが、周囲に満ちる暖かい波動がそれをやんわり包み込み、そして解きほぐしていった。
(まあ、どうでも・・・いい・・・さ。此処はとても心地よいから・・・・・・)
ほんの少し前まで自分が微睡んでいたことを思い出した少年は、そのままあらゆる思考を停止させ眠りの淵に落ちていこうとしていた。
少年を取り囲む暖かい波動は、遠い昔に忘れてしまった安らぎを少年に惜しみなく与えてくれているようで、このまま何時までもその場にとどまっていたいと思わせるものだった。
(ここにいよう。そう、ここに。自分は為すべきことをやり遂げたのだから)
少年の口元に満足げな笑みが浮かぶ。
(そう、自分がすべきことは、もう、何も・・・ないん・・・だ)
微笑みがさらに深いものへと変じ、少年は思考を巡らすことを止めた。
少年の周囲に、完全な沈黙が満ちた。
どれくらいの間そうしていたのか。
いつ果てるとも知れない眠りについている少年の周囲を、無数の光が取り囲んでいた。
光のひとつひとつが少年の顔を覗きこむような動きをみせる。
それがうるさく感じられるのか、少年は目を閉じたまま光の軌跡を手で払う。
しかしそれは叶わず、光は次から次へと少年にまとわりついていった。
その光たちは少年の顔に向けて何か言いたげに瞬き、そしてすうっと離れていく。
そうかと思うと再び少年のもとへと戻ってくる。
そんなことを繰り返し繰り返し、次々に少年に触れては去っていく。
不意に、少年が目を開けた。
少年の青い瞳が、青い水のきらめきを捉えた。
そして柔らかい光が自分に優しく触れているのに気づく。
とても懐かして切なくなるようなその光。
頬を熱いものが伝っていく。
微かに震える手で、少年は自分の頬に触れる。
(俺、泣いてる?)
少年は自問する。
どうして自分は泣いているのだろうか、と。
しかしその答えは自分の胸の内にはなかった。
少年には涙を流す理由などなかった。
(俺、どうしてこんなところに?)
少年は別の問いを己に投げかける。
どうして自分は此処にいるのだろうか、と。
その答えは、自分の胸の内にあった。
少年は今日、大事な試合のためにこうして練習に励んでいたのだ。
その答えに、少年は大いに満足した。
先刻まで自分の心に在った疑問などすべて忘れ去っていた。
何故自分は死んでいないのか。
何故自分は涙を流したのか。
それを考えると心がとても痛いから、少年はあえてそれから心を逸らすことを選んだのだった。
不意に、涙が一筋、頬を伝った。
少年はわずかに目を見開き、そんな自分の反応を不思議に思った。
(俺、どうして泣いてるんだ?)
その問いに対する答えは最早少年の心の内から消え去り、片鱗すら残されていない。
ただ、少年は静かに涙を流していた。
自分がどれだけ大切なことを忘れてしまったのか。
それすらわからず、少年は困惑したまま涙を流し続けていた。
光が、そっと少年の頬に触れる。
その途端、少年の涙が止まった。
光のお陰か、心がふわっと軽くなる。
少年は自然に微笑んでいた。
(そろそろ行かなくちゃ。今日は大事な試合が・・・)
少年は、自分が感じていた不思議な思いをすべて水底へと置き去りにし、水面へと浮上する。
水面へ顔を出した少年は帰るべき場所が、予想以上に遠くにあることに気づき苦笑する。
練習に力が入るあまり距離感が狂ってしまったらしい。
(大切な試合。俺が頑張らなくちゃいけないんだ)
少年は、これから自分が参加する試合に向けて胸を高鳴らせ、力強く水面を掻き始める。
どこかから誰かの指笛の音が聞こえる。
(あれは俺を呼ぶ誰かの声。俺を勇気づける音色)
少年の口元にはいつしか不敵な笑みが浮かんでいた。
END