使用BGM:「Inkarnation」 作曲者:saekoさん ※この曲の著作権はsaekoさんにありますので、転載等はご遠慮ください。 |
見るからに年老いて疲れ果てた桜の古木が、ひっそりと佇んでいた。
枝を四方に精一杯広げ、その枝々には隙間を見出すのが困難なほどに可憐な花が咲き乱れ、その重みで枝が折れてしまうのではと危ぶんでしまうほどである。そして、風もないのに、何故か花々は後から後から舞い散ってゆき、周囲を淡い桜色に染め上げていた。
そんな花嵐のなか、一人の少女が桜の幹に寄り添うようにして、静かに泣いていた。
何がそれほど哀しいのだろうか。
すすり泣くその声が、この世界で唯一の音であった。
少女は異国風の衣装にその華奢な身を包み、いつ果てるとも知れぬすすり泣きに身も心も委ねていた。
桜の花びらたちが、愛おしそうに少女の上に舞い落ちる。
不意に、泣き声が途絶え、静寂が訪れた。そして、どれくらいの間、静寂が世界を支配したのだろうか。
突然、それが破られた。
「何故、私をおいていかれたのですか?」
唐突な少女の声音は鈴音のように涼やかだったが、その呟きは、独り言とも、桜に話しかけているともとれた。
「私は貴女をお持ちしております。いつまでも、たとえこの身が朽ち果ててしまったとしても、悠久の刻を・・・・・・」
今までうつむき加減だった面があげられた。
軽く唇を噛みしめ、瞳に深い哀しみの翳りをたたえた姿は、限りなく美しく、そして儚かった。
少女の心を労るように、枝が風もなく揺れる。
さわさわ、さわさわ。
一体どれくらいの時間がたったのだろう。
いつしか少女の姿は桜の下から失せていた。
少女がいた辺りには無数の花びらが積もっているのみだった。
とうとう花びらも散りやんでしまったある日、一人の少年が唐突にその場に出現した。
花々の衣を失った枝がとても寂しくみじめに見える。
老木と同じくらいに疲れ切った顔をした少年は、必死に周囲を見回して何かを探しはじめた。
それを待っていたかのように、いきなり、少年の傍らを強風が吹き抜け、くるぶしまであった花びらの敷布を宙に舞いあげた。
再び世界は桜色に染め上げられ、優雅に舞い交う花びらの向こう側に、微笑む少女の姿を少年は見つけた。
「−−!!」
ありったけの思いを込めて少女の名を叫んだつもりだったが声にはならず、花びらが散り止んだときには少女の姿はなかった。
少年は悲哀とも憤怒ともつかぬ複雑な表情を浮かべてその場に座り込むと、桜色の山を己が両手でかき分けながら、愛しい少女の名前を連呼しはじめた。そのなかに少女の姿を見いだそうと懸命に。
果たすことが叶わなかった約束を償うために、少女の姿を探し求める。いつまでも。ただひたすらに。
少年の脳裏に浮かぶのは、儚げな微笑みをたたえた少女の姿だけ。
少年は一心不乱に花びらをかき分ける。何度も、何度も。
いつの間にか、老木は枝に花々を取り戻していた。
木の根元に座り込んでいる少年の背中へ、静かに花びらが舞い散りだす。まるで長い年月を経て恋しい人に再会できたことに涙する娘のように。
しずかに、しずかに、桜の花は散っていく。
END
※使用しているBGMは、この物語をイメージして作ってくださったという曲です。とても素敵な曲をありがとうございました。
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