使用BGM:「Ruine」 作曲者:saekoさん ※この曲の著作権はsaekoさんにありますので、転載等はご遠慮ください。 |
己の求める者がすでにここにはないことを悟った覇王は、すぐに神殿を後にし、己が配下の許へ戻ると乙女の探索を命じた。
自分の生命を賭して我が子に幸あれと、貴婦人がなしたことに乙女は気づくはずがなく・・・。
乙女は己の足で、自身を閉じこめていた神殿を歩みでる。
幼き頃より慣れ親しんだ箱庭を後にする。
その胸に宿る思いは一体どんなものであったろうか。
乙女はひたすらに前のみを見つめ、最後の門を押し開ける。
果たして乙女は、門の向こう側の世界に何を見いだしたろうか。
それを知る者は、誰もいない。
最後の一弦を弾き終えた吟遊詩人は、静まり返った聴衆に微笑みかけた。
それを合図に聴衆は精一杯の賛美と拍手を語り手である吟遊詩人へと贈った。
「その乙女ってやらはその後どうなったんだい?」
少々酒の入った男がそんなことを問うた。
吟遊詩人は優雅に微笑むと、軽く左右に首を振り、
「さあ、残念なことに、それは伝わっておりません」
曖昧に答える。
さらに若者が、吟遊詩人に問うた。
「それで、その乙女とやらの名前は解らないのかい?」
意表をついたそんな質問に、吟遊詩人は苦笑を浮かべた。
「乙女がその後どうなったかではなく、乙女の名前がお気になるのですか?」
との言葉に、周囲はどっとわき返った。
若者は顔を真っ赤にして照れくさげに頭をかいた。
「残念ですが、乙女の名は伝わっておりません。ただ・・・」
間髪入れずに問い返す若者。
「ただ?」
吟遊詩人はさらに苦笑を深くし、
「乙女の名は『フェリシア』。“楽園”もしくは“幸福”の意味を持つ名前だと、何処かで聞き及んだ気がいたします」
涼やかに告げる。そして若者に歩み寄ると、己が指にはめていた古い指輪を抜き取り、若者の手の中に落とし込んだ。
「これは?」
戸惑い気味に尋ねる若者の耳元へ、吟遊詩人は囁く。
「かの乙女『フェリシア』が所有していた指輪です。そうですね、貴方にだけは乙女のその後をお話してもよろしいでしょう」
若者はごくり唾を呑みこむと、相手の語る物語に耳を傾けた。
「かの乙女はその後、若き覇王の追っ手を逃れ、小さな村へとたどり着きました。そしてそこで出会った若者と恋に落ち、幸せに過ごしたということです」
吟遊詩人の囁きは、ごく当たり前の、実にありふれた終幕でしかなかったが、それでも若者は 『フェリシア』の名の通り、幸福だったいう言葉に、心の底から喜んだ。
「お〜い、次は何か楽しい物語を語ってくれ!」
若者ほどには物語に思い入れができなかった人々が、この言葉を機に次々と曲を所望し始めた。
苦笑を浮かべ、吟遊詩人は再び座の中央へと戻っていった。
若者は、手の中に残された古ぼけた指輪を見つめつつ、乙女の名を小さく口のなかで呟いていた。
END
☆貴方が選んだ運命はこうなりました。貴方の予想どおりの結末でしたか?それとも、運命を選び直しますか?