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+薔薇の月+ 時という流れ 静かに身を浸しながら 揺れる水面に 呟く物語 何度も何度も 繰り返し奏でた愛しい曲と共に 貴方を愛したこの刻が ただ胸を温め痛ませる 流した涙も多いけれど いつも変わらず 幸せだったと この心の内 誇るように コトリ、とエルスは竪琴を置いた。 「本当は誕生日に差し上げたかったのですけれど」 小さなそのブローチは、二つの石に彩られていた。 一つは薔薇色の石。 もう一つは紫色の石。 両方とも、天然の鉱石ではなく、魔術によって作り出されたもの。 歌を覚える紫色の石の術を止めて、エルスは窓を見上げた。 「今宵も、綺麗な月……」 街の広場では、美しき花の皇女様が踊っているのだろうか。 それならば、きっと海の精霊のあの方が、楽を奏でているに違いない。 もしかしたら、空色の羽根の天使も、笛を吹いていらっしゃるかもしれない。 彼女の明るい笑顔を思い浮べ、エルスも笑顔になった。 目を閉じると、色々な方の姿が浮かぶ。 それは、遠見の魔法ではないから、どのくらい正しいのかは解らないけれど。 大きなお鍋で、魔法薬ならぬ夕飯のシチューを煮ていらっしゃる魔術師の姿。 クルクル表情が変わる大きな瞳が魅力の、女神族の皇女様。 紫色の髪をした、美しい姫君の意思の強そうな眼差しと、その傍らに黒い剣士の頼もしい笑み。 神になる!と仰っていたあの方は元気だろうか。また器を変えただろうか。 不器用に暖かい笑みを見せる、妖魔の姫君は、またケーキを召し上がっているかしら。 青い瞳と黒髪が揃いの、双子のご兄妹…お屋敷でもすれ違うことは少ないけれど。 いつも元気いっぱいな風の精霊様、甘い香りの美しき女神。 その他にも、沢山の、沢山の方々。思い出せばきりがなく、胸がほんのりと温かくなる。 またいつか、皆の元を訪れようと、心に思う。 そして…… 愛しいあの方は、相変わらず姫君に甘い言葉を囁いていらっしゃるのだろうか。 エルスは小さく苦笑して、瞳を開いた。 私のことも、忘れずにいて下さると嬉しいのだけれど。 「次にお会いできたら、このブローチをお渡ししましょう…」 小さく呟いてから、エルスは寝台に腰掛ける。 ……少し、長く起きていすぎたようだ。指先から、体が冷えて行くのが解る。 いつか。 それが、いつになるかは解らないけれど。 いつか、きっと。 いつか… 寝台に体を横たえ、エルスの意識は闇に落ちて行った。 生気のない白い顔は、まるで微笑んでいるようで。 ――いつか、きっと。 心に約束を抱いたまま……… |