+Doll Waltz+


街角で、歌を唄うと、沢山の人が足を止めてくれる。
私は、小さく微笑みながら、心を込めて唄い続ける。
みんなが幸せであるように。
神の恵みがあるように。

夜空いっぱいに、声を震わせて。

……そういえば、あそこで歌は教えて貰えなかった。



***



私は、父の顔を知らない。
母の声も知らない。

二人の名前も…


私が生まれることを、望んでくれたかどうかさえ。

でも、ずっと信じていた。
この命は、神のためにあるのだと。


私が覚えているものは。
真っ白な壁と、天井と。
同じ部屋に居る、沢山の子供たち。
そこは暑くもなく、寒くもなく。
いつも同じ温度が保たれていたので。
私たちは、灰色の服一枚で、毛布さえなく。
床の上に転がって寝ていた。

そういえば、かなり汚かった。

蒸れたオムツの匂いや、赤ん坊の泣き声や。
そんなものが当たり前のようにあって。
食事だけは、それなりに与えられていたので。
私たちは、時間の大半を無意味に過ごした。


もう少し大きくなると、子供たちは大きく二つに分けられた。
男の子と女の子に。
そして、幾つかの部屋に分けられ、呼び名を付けられた。
私の最初の呼び名は、確かミューだった。
40番め、という意味で。


毎日、私たちは文字を読むこと、書くこと、伝承や神話の暗唱を習った。
ここが、国一番の神殿であることも。身寄りのない子供を引き取って育てていることも。

そして、神に捧げる舞と、楽器の演奏の練習。
私は体が小さくて、頭が重いせいか転んでばかりいた。
踊っていても、よくコロコロと転ぶ。
手も小さく不器用だから、楽器を持っても上手く弦を操れず、指を切ってばかりいた。
舞と楽の指導にあたるのは、私たちよりももう少し大きな子供。
偶に意地悪もされたが、辛抱強く教えてくれた。

夜は、小さな寝床に丸まって、ひそひそと話しをした。
泣きながら自分を抱き締めた腕を、覚えている子。
親の顔すらも知らない子。
両親が死に、一人ぼっちになって神殿に連れてこられた子。

おかあさんって、なに?
どんなひと?

中には、兄弟と引き離されてしまい、寂しさにすすり泣く子もいたが。
世話役の大人たちに見つかると、兄弟の方が罰せられるので、懸命に声を殺していた。



私はその中でも少し、周囲に馴染めない子供だった。

「黒髪のミュー。あの子の髪、嫌いよ。まるで暗闇みたい」
よくそんな風に言われ。

「今までだって、暗い色の髪の子がいなかったわけじゃないわ。
だから、あの子がみんなに馴染めないのは、内気で頑なな性格の所為よ。
私たちが悪いんじゃないわ」
と、年上の子たちは肩を竦めた。

そうなのかな、と思いつつ。
それ以外ではけして目立つ方ではなかった私は、ぼんやりと日々を過ごしていた。



***



ねぇ。
エルス。
わたくしの、ただ一人のお姉さま。

私はあの頃と殆ど変らない。


人を愛す、とはどんなことなのかしら?

貴方の愛し方は、確かに子供っぽくて我がままだったけど。
一途で、深く静かだったわ。

ただ愛するための愛は、痛いくらいに稚拙で真剣だった。
自分にとって辛い部分でも、それごと愛そうとする強い眼差し。
他の人との恋など、視野にも入れない、真っ直ぐな瞳は。
時に、息苦しささえ覚えさせるのではないかしら?

それでも貴方は、多分幸せだったのね。
お義兄さまを愛して、幸せだったのね。



私は、愛を知らなかった。
本当に、子供の時から、それが向けられることすらなかったから。
お姉さまよりも、少し、この心の温度は冷たいのかもしれない。

お兄様たちに愛されて。
少しづつ、人の温もりを知ったけれど。
私が信じられるのは、未だに神の愛だけなのかもしれない。
だからこそ、知りたかった。恋に落ちる気持ちを。

真っ赤なハートが躍り上がるという、その瞬間を。