〜Petit Story act1


「う〜、舞踏会なんて厭だなぁ……」

立派な六頭立ての馬車の中、青いビロードが張られた座席に身を鎮めつつ、金髪の少年が呟く。
「いっそ、このまま逃げちゃおうか…」
そう言って、ちらりと隣に座る老人の魚に似た横顔を伺う…が。
「侯爵令嬢が、ぜひにとご招待下さったんですよ、セーレンス坊ちゃま」
「あ〜あ〜、リヴィーのヒステリーが酷いのは、僕も解ってるよ。すっぽかしたりしたら、 怒るだろうね?」
「そりゃあもう。また天界とのイザコザに発展しないとも限りません」
「…でも、神様が悪いんだよ、リヴィーの許婚(いいなずけ)を取り上げたりするから。な〜んにも悪いことしてないのに 僕がリヴィーに目を付けられるんだ。あ〜、もうヤダ〜〜!!」
女の子と見まごうばかりの綺麗な顔を歪めて、彼は喚いた。
「仕方ございません、セ―レンス坊ちゃま。先の大戦で負傷なさった坊ちゃまのために、我が一族に リヴィア様がお力をお貸し下さったのですから。当家はあの方に頭が上がりません」
「はぁ…それもう耳ダコだよ…。はいはい。怪我をしてきた僕が悪いんだろ? 神様が絶対だっていうんなら、魔界なんかとっとと滅ぼしちゃえばイイのに」
「坊ちゃま!」
「……ん?外がなんか煩いね?」

煌く髪を風に吹き散らされながら、窓を開ける。途端にカシャン!と香水瓶が飛んできて、彼の顔の 横で砕けた。
「あ、やっと気が付いてくれたわ」
窓の外には、赤いベルベットのドレスを着た少女が、大きく黒い翼を広げていた。
年の頃は12〜3だろうか。黒い髪に薔薇の花を鏤め、大きな瞳は真青と銀がかった灰色の美しいオッドアイだった。
「馬車が壊れてしまったの。こちらの御者さんに呼びかけたんだけど、聞いてくれなくて。乗せて下さらない?」
「うちの御者は自動人形(オートドール)だから融通が利かないんだ。こんな時間に綺麗なご婦人を外に置いておくのは紳士のすることじゃありませんね…どうぞ、お乗りください」
「ありがとう。嬉しいわ」
少女は白い歯を見せて微笑む。

少年は御者に止まるようにいいつけ、少女を迎えるために馬車の扉を開けた。
「宜しいのですか? 舞踏会に遅刻してしまいますぞ?」
「……僕は黒死病(ペスト)にでも掛かって死に掛かってる、って言って置いて」
やれやれ、と肩を竦める老人をよそに、少年は少女のほっそりした白い手を取る。
「僕は、セーレンス。君は?」
「私はリドルと呼ばれておりますわ」
まだ真名を名乗れない年なのかな?とセーレンスは首を傾げる。
魔族にとって真の名は絶大な力を齎すが、同時に誰かにその名を取られて使役される、という弱点 ももつ。成人したものは真なる名を持つ筈だから、彼女はまだ雛(幼体)の扱いなのかもしれない。

少年の思考を読み取ったように、少女は曖昧に微笑むと、
「両親の意向で……」
と呟いた。
「なるほど、慎重な親御さんなんだね」
「初対面の方に真名を名乗るなどと、坊ちゃまの方が普通ではないのです」
ブツブツと老人の声が割って入る。
「そんなことだから、人間にも簡単に使役されるんですぞ!」
「え〜、そうかなぁ…」
首を傾げると、リドルがクスクスと笑った。その背中で、ふんわりとした長い漆黒の髪が揺れる。
淡い香水の香りに混じって、ほのかに甘く薔薇の匂いがした。



それが、この二人の出会いだった。


                             to be continued?