妖の宴


「……今日は少し変わった余興をと思いましてな」
小男はにやりと笑った。彼が闇のデュークと呼ばれる魔界の貴族の従僕の一人であることは、宴に集った魔族たちみなが知っていた。

「さぁ、アレを」
彼に導かれて現われたもの……始めは誰もがそれを石で出来た人形かと思う。

髪は広間の床と同じ、磨きぬかれた黒瑪瑙(オニキス)。白すぎる雪花石(アラバスター)の肌に、ポツリと落とされた柘榴石(ガーネット)の唇。
伏せた瞳から覗く暗い青は、さらながら菫青石(アイオライト)の珠というところか。

確かに細工は見事なもので、顔立ちもそれなりに整っている。
しかし、所詮、魂のないガラクタ人形ではないかとばかりに、多くのつまらなげな声が漏れた。

しかし、彼女が手にした銀の竪琴を細い指で爪弾き、歌を歌い始めた時、広間は違ったざわめきに包まれた。
それが人形ではなく、儚い肉体と無為の魂を持った女…地上から掬い上げられて来られたばかりの、”人間”であることに気付いたからだ。

巧みに操る竪琴からは、神楽のような、清らに澄んだ音色が響き渡る。
…だが、肝心の歌声の方は、格別素晴らしいとは言えないもので。
確かに良く通りはするし、それなりに鍛えられてもいるようだが、天界人や妖精の歌姫たちのこの世ならぬ声の美しさとは比べるまでもないものであり。
それでいて、どこか奇妙な印象が広間を満たした。


――――……まるで光の中の混沌、清流にある澱み、楽園から零れ落ちる、歪んだ果実のような……


地上にも、またこの魔界にも、美姫や名楽師は数多くあるのに、闇のデュークともあろうものが寄こしたこの拙い余興はなんであろうか…と。
演奏が終わった後も、みな一様に戸惑いを隠せずにいた。

「皆様、随分退屈されたようで…。失礼を致しました。
おや、侯、顔をどうかなさいましたかな?」

くっくと笑う従僕に名指しされて、周りの視線を集める、鳥の頭に片眼鏡、洒落た出で立ちの悪魔……シャックス侯爵は慌てて頬を拭う。
そこにあったものは、かつて彼が天上に住まいし時以来、目にしたことのない…









泪。









唖然とした候の他にも、自分の異変に気付いた者たちの、小さなざわめきが広がる。

地獄に名だたる魔族の中でもほんの僅かな者が、知らず涙を流す、その奇妙な歌声はちょっとした興として度々宴に昇ることとなった。


あなたはきっと 忘れている
一人で生まれ 独り死んでいくと信じて

何もかも 消えた青い月で
あなたを 待っている人がいることを
その小さな吐息が落ちるたび
雪の欠片が 舞い落ちることを

愛していると囁く
あの夢のことも 忘れているのでしょう
だから
波が寄せるように 風が震わせるように
奏でましょう
遠い遠い
どこかの世界の果てに
繰り返される約束のことを











戻ルノ?