|
「イムさま。そう、イムさまって言うのね」 女の子はそう言って、手をぎゅっと握った。 庭先から戻ってきた両親に黒い髪をふわふわ揺らした小さな女の子が駆け寄ると、あら、と首を傾げた。 「お父さま、お帰りなさい……その人はお客様?」 そうですよ、と頷くこの屋敷の主人の姿に、客人がよほど珍しいのか、女の子はじーっと相手を見つめた。 傍に座った黒い子猫が、驚いたようににゃあ、と鳴く。 彼女の長い髪は、墨を流したように黒くサラサラと腰元まで届き、瞳は青い清楚な花のよう。 薄紅に色付いた唇が、淡く微笑みを浮かべ「こんばんは」と紡げば、女の子はこっくりと頷いてドレスの裾を摘み上げた。 そのどこかで見たような面差しを見て、少女が振り返れば、「私たちの娘です」という笑顔が返ってくる。 「そと、雪が降っているのね。一緒に見たいわ」 まるで人見知りをしないらしい女の子は、すぐにその可憐な少女に懐き、ゆらゆらと手を握ってそんな我侭を言う。 「少し出ても構いませんか?」 少女が尋ねると、母親である女性は申し訳ありませんね、と苦笑する。 「姫君方、その格好では寒いでしょう」 父親である悪魔が腕を広げて二人の背後に回ると、暖かなケープ付きのコートがそこに表われて少女たちの肩を覆った。 「………」 少女の耳元に身を屈めると、彼は何事かを呟き、すっと離れた。 「お茶を淹れますから、早く戻っていらっしゃい」 少女は何回か瞳を瞬き、女の子に促されて白く染まった中庭に出た。 「うわ……綺麗ね…!!」 女の子は嬉しそうに、両手を天に上げる。ふわふわと舞う雪が、まるで天使の羽根のようだと少女も思う。 屋敷の主の魔法のせいで、あまり寒くない庭で、うっすらと雪の積もった青薔薇が誇り高く咲いている。そういえば、あの屋敷にも咲いていた、と少女は呟いた。 「昔、お父さまとお母さまと一緒に暮らしていたの…?」 女の子が不思議そうに尋ねる。 「ええ、ここではないけれど、やはり薔薇が咲く大きなお屋敷でした。兄や、他の沢山の方々と一緒だったんですよ」 そう、それは楽しそうだわ、と女の子はにっこりと笑った。 あの国にあるお屋敷はどうなったのだろう。今は誰が暮らしているのだろうと、少女は思いを馳せた。 「私も地上に行ってみたいわ。……ねぇ、さっきお父さまは何を仰ったの?」 「ああ、『誕生日おめでとう』って。…っ」 少女は小さく息を呑んだ。その言葉がキーワードになっていたかのように、 ぽんっ! 手の中にクリスマスローズの花束が表われた。 「今日がお誕生日なのね。お父さまらしいわ」 女の子はクスクス笑って、少女に抱きついた。 「ねぇ、雪がおめでとう、って言っているみたい。私も心からお祝いするわ。 また一緒に雪が見られますように、って願うわ」
クリスマスの宵……まだ夜は長い。 二人は屋敷に戻り、温かな紅茶とケーキ、そして笑顔に迎えられ、ささやかなお祝いの時間を過ごすのだった。 |