―聖夜―


誰もが家路を急ぐクリスマスの夜。
幼い少年はゆっくりと街を歩いていた。
澄み切った星空に吐き出す白い息も、どこか幻めいていて。
こんな時間に、小さな子供がいても、誰も振り向こうとはしない。

「………」

少年は小さく呟いた。
その声は、どこにも届かない粉雪のように、消えた。



「寒いと思ったら…ホワイト・クリスマスになりそうですね」
大きな窓をパタン、と閉めながら、少女が明るい笑みを浮べる。
「ホワイト・クリスマスねぇ…」
テーブルに頬杖を付いて読書中の青年は、気のない返事を返す。

青年の方は、銀髪碧眼、長すぎる髪を三つ編みにして垂らしている。
対して少女は、長い黒髪に優しい青い瞳。
目の色以外は特に似た所もなく、兄弟にも恋人にもみえない。

「もう…ザキったら、天使の癖に信仰心が薄すぎやしません?」
くすくす、と少女が笑うと、ザキと呼ばれた青年はようやく顔を上げる。
「そうでもないんだよ…そもそも、クリスマスってのは、豊饒を祝う異教のお祭りでね。
 元々あった祝日を書き換えることで、教えを馴染ませようとした努力の賜物さ。
 我らのいと高き主とは関係ないんだ」
「まぁ…。それでは、あの方の本当の誕生日はいつでしたの?」
少女…シアは首を傾げる。
「確か、10月あたりだったっけ? ジブリール辺りなら覚えてるんだけど。几帳面だし」
「……やっぱり、忘れているんじゃありませんか」
楽しそうに笑いながら、シアはささやかな料理を並べ始めた。

まだまだ、名人の域には程遠いが、最近は食べられるようなものが作れるようになった。
目玉焼きを黒焦げにしていた頃から考えると、随分の上達だ。

「デザートはチョレートケーキなんですよ」
「このケーキのレシピは…エルスのだっけ?」
ブランデーを使って、しっとりと焼き上げたケーキを摘みながら、ザキが聞く。
「そう、エルスお姉様がお得意だったものです」
シアは小さく微笑む。

世界に拒絶され、消えてしまった姉は…
今も愛する人の傍で、静かに眠り続けているのだろうか。

「ふむ、こっちはミンスパイか。僕が願い事を言っても、誰が叶えてくれるんだろうねぇ…」
「…もう、夢のない人ですね」

ふいに、トントン、と扉を叩く音がした。

「…お客様でしょうか?」
シアは、紅茶を淹れていた手を止めて、戸口に向かう。
「神様が叱りに来たかな?」
「もう、やめて下さい……あら?」
笑い掛けた言葉を止めて、しげしげと相手を眺める。
この寒さの中、白い布を纏っただけの少年は、とても普通の迷子とは思えない。
「ナザレの…メシア……?」
「…いや、それはないだろ。さすがに」
ザキは突っ込みながら横から覗き込み、
「仕立て屋なら、もう終わりだけど?」
と、声を掛ける。しかし、少年は目も向けずに、ただじーっとシアのことを見つめていた。
「とにかく、中に入りませんか? そんな格好では風邪を引いてしまいますから」
シアの言葉に、少年はこっくり頷いた。


子供特有の柔らかい黒髪に、似合うマフラー。
ふわふわの毛糸のポンチョ、ズボンに上着、靴下と靴も選んで、
シアは少年を暖炉の前に座らせた。
「寒かったでしょう? チョコレートケーキ、好きかしら?」
シアが持ってきた皿を前に、少年は小さな首を傾げた。
「私が作ったの。食べられるといいんですけど」
少年は暫し考えていたが、小さく切り取ると一口口に入れる。

「…おいしいです」

初めて呟きが漏れる。
「良かった…。私のお兄様もとても好きだったんです、そのケーキ」
「おにいたま?」
少年は、我関せずの表情で紅茶を飲んでいる青年の方に視線をやる。

「ううん、ザキは違うの。
 …お兄様は、私のとっても大切な…多分、一番私を大事にしてくれた人」
シアは、小さく微笑みを浮べる。

「ザキや、エルスお姉様もとても大事な人ですけど…でも、二人とも、生まれる前から私を知っていて、
 ある意味では、私の一部みたいなものなんです。

 でも、お兄様は…カドケウスお兄様は、初めて私の家族になってくれた人で…
 とても暖かな、優しい人で…」

ふっ、と言葉が途切れた。少年がシアを見上げると、彼女の頬に涙が流れていた。
「どうして、どうして私の大切な人は、みんないなくなってしまうんでしょう…
 大事にしているものは、全部壊れてしまうの……?」
少年は、椅子から立ち上がった。手にしていたお皿を置いて、そっとシアの肩に触れる。

「……なかないで、シア」

「え……?」
驚いた表情の少女に、少年はにっこりと笑う。


「ただいま」


「………。ホワイト・クリスマス、だね」
二人に背を向けたまま、窓を見上げたザキは、ふっと呟いた。





●300のキリ番ゲッターの千尋様のキリリクでございます〜。
遅くなって申し訳ございません。
そして…ご、ごめんなさい〜。これでリクエストにお答えしたことになるでしょうか?
取り合えず、再会までで精一杯〜(泣)
なんとか、クリスマスが終わる前にアップできました…。



両手いっぱいのプレゼントよりも嬉しいのは、暖かい家族の笑顔。