「あなた、自分が何を言っているのかわかってる?」

日もすっかり暮れた深夜、仕事をひとまず済ませ疲れて帰った自分の家の中でミサトは椅子に座りながら缶ビールのプルタブを開けた。目の前の椅子にはカヲルと、カヲルに強制されて座っているシンジ。ええ、とおよそ子どもらしくない調子で頷いたカヲルから視線を外してミサトは隣に座っているシンジを見る。シンジはミサトの胡乱な視線に憮然としながらも何も話さない。

「シンちゃんが家を出てあなたと暮らすって、あなたまだ中学生よね」
「ここではそうですね」
「ドイツではどうだか忘れたけど、日本では15歳のこども一人で家を借りられないのよ」
「大丈夫ですよ。何ごとにも例外はある、そうでしょう?現に僕はいま一人で暮らしているし」

底の見えない笑みを浮かべて首をかしげるカヲルに眉を寄せる。苦い液体で喉を潤してから、ミサトは疲れて鈍っている思考を働かせてカヲルに言い含めた。

「いーい、渚くん。私は碇指令からシンちゃんのことを保護者代理として預かっているの。責任があるわ。あなたは賢いから私が何を言いたいのかわかるでしょ」
「じゃあシンジ君のお父さんが認めてくれたらいいわけだ」

はあ?とカヲルの言葉にミサトとシンジの声が被った。

「シンジ君のお父さんに頼まれたってことは、彼が僕とシンジ君の同居を認めればあなたには僕らを止める権利はないってことでしょう」
「そんなの無理に決まってるだろ」
「どうしてだよ」
「父さんが・・・・・・父さんにはぼくがどこでどうしようと関係ないんだ。だから僕をミサトさんにあずけて」
「よかった。じゃあ明日さっそく碇指令のところに行こう」

あずけてるんじゃないかとシンジに最後まで言わせずに、カヲルは言い切った。シンジの予定などまったく無視して話を進めるカヲルの態度に、シンジは拳を握り締めた。本当に前歯を折ったら目の前でぺらぺら喋るこの男を止めることは出来るだろうかとシンジが思考を飛ばしたとき、ミサトがビールを持ったままテーブルを叩いた。すでに酔ったのか目が据わっている。

「あのねぇ!君が言うほど物事はそう上手くいくもんじゃないの。アポなしで指令に面会なんて出来るはずないでしょ。大体シンちゃんはどうなの?ほんとに渚君と一緒に住みたいって思ってるわけじゃないでしょうね」
「そんなのあたりま・・・・・・むぐっ」
「当然いっしょに住みたいんだよねシンジ君は。だって僕らキスまでした仲だし」

ミサトの言葉に頷こうとしたシンジの口を手のひらで覆って、さらりと爆弾を放ったカヲルに室内は凍りついた。
カチカチと時計の短針が進む音が響く。ミサトは呆然としてカヲルの顔を見つめた。

「渚君、あなた今なんて・・・・・・」
「僕としてもシンジ君とあなたの生活を邪魔するようで申し訳なく思ってるんですけどね、心配なんです」
「しんぱい?」
「やっぱり男女が一つ屋根の下で、まあシンジ君にそんな甲斐性あるとは思いませんがいちおう心配なんです。彼を思う僕としては」
「むがっ!むぐっ・・・・・・っっ!」
「それにシンジ君と葛城さんだけじゃないんですよねこの家に住んでるの。セカンドの惣流さんも一緒に暮らしてるらしいじゃないですか。それが僕には面白くないんです」

ふぅ、と哀愁を帯びた口調でシンジを見つめるカヲル。誤解されるようなことを言うなよとシンジは叫ぶのだが、手のひらに吸い込まれて言葉になることは無い。ゴトリと音を立ててテーブルに落ちたビールに慌てて我に返ったミサトだがこめかみに手を当てしばし目を閉じる。

「っふ・・・・・・うーうーっむがぐぐっ(あんまりふざけたこと言うとブン殴ってやる!)」
「くく、やだなぁ。僕だってきみと同じ気持ちだよ。きみと一緒に生活できるなんて考えるだけで嬉しいよ」
「(誰がそんなこと思うもんか!やっぱり君のこと好きになれそうにない!!)」
「明日にでも碇指令のところに言って許可を貰ってくるよ。君は恥ずかしがって素直に言えないだろうから、僕が上手く説明してあげる」

いけしゃしゃあと喋るカヲルに我慢の限界とばかりにシンジは拳を振り上げた。が、ぐったりとカヲルのほうに倒れこんでしまう。

「おっと、大丈夫?」
「はっ・・・はあっ・・・・・・」
「これは・・・またいいタイミングに」

カヲルは荒い呼吸のシンジを見下ろして覆っていた手をどける。なにやらうんうんと唸っているミサトをちらりと一瞥してからシンジに視線を戻し、項に手をかけて口を開いた。

「え?」

ミサトは目を開けた瞬間に入ってきた映像に絶句する。
カヲルはシンジの頭をずれないように固定してキスをしていた。(正確には過呼吸を直すために鼻も手で塞いでいるのだがミサトには関係なかった)呼吸が戻るまでの間カヲルはずっとシンジを見つめていて、シンジは息苦しさに眉を顰めているが大人しくそれを受けている。意識が朦朧として何をされているのか分からないでいるシンジにとっては不運だったと言うしかない。息苦しさに縋ったのがカヲルのシャツだったということがシンジにとって最悪な結果をもたらしてしまったことに彼はまだ気づいていなかった。

ぽかんと開いた口が塞がらないまま、ミサトはカヲルとシンジから目を逸らすことなく空き缶を握りつぶした。