※みんなで芸能界もの。続き。
  ディーノとツナ。













「災難だったなァ、ツナ」
 人づてから昨日の災難を聞いたディーノに声をかけられ、綱吉は耳を塞いだ。出来るなら無かったことにしたかったのだ。
 事務所の先輩のディーノは、役者一本の綱吉とは違ってモデル上がりで役者の仕事もこなす。これまた立っているだけで人目を惹いてしまう容姿に恵まれた男だった。
 売れなかった頃はたった数年しか違わないのになんでこうも違うんだと卑屈に思ったものだが、付き合い始めてしばらくすると、美形は得する分損することも多いと知った。それからは、自分は平凡でよかったとつくづく身にしみる綱吉である。
 今の現場で非常識が服を着て歩いているような連中が多い中、ディーノは数少ない綱吉の癒しだ。
「ほんとにもう、勘弁してほしいですよ」
 居酒屋の個室(なんとディーノさんが経営してる)で、ビールを一杯やってからの会話だ。
 普段は学生役が非常に多い綱吉なので、何の確認もされずにアルコールを飲める場所というのはものすごく貴重だった。
「今日はそれのせいでみんなにからかわれっぱなしでしたよ」
「あー……」
 収録が一緒だった雲雀には出会い頭に隙がありすぎ、とばちんと頬を叩かれるし、廊下ですれ違った骸にはくどくど嫌味を言われるし。散々な一日だった。
 枝豆をむきつつ、綱吉は今日のことを思い返してうう、と唸った。
 今のシリーズになってからディーノやスクアーロなど、あまり現場で会うことが少なくなったが、たまにこうして集まって飲んでいる。
 演者の大半は未成年なので、居酒屋に表立って誘えないのだ。
 休日にまで会って遊んだり飲んだりするのも、ひとえにディーノがドラマと同じく頼れる兄貴分のようなものだからだろう。するすると言葉が出てくる。
「最近おもうんですけど……オレ、高校生役ならまだ出演の依頼がくるのってすごくありがたいんです。でも中学生役とか、もう限界じゃないかって思うんです。むしろ話があった時点でなんでオレ!? 他にもっと若い子いっぱいいるじゃんとか正直思ったんですよ」
 お湯割りの中に入れてある梅干を箸でつついて崩しながら、綱吉は言う。
「まあ、まだイケるんじゃねえの」
 むしろあの中じゃ一番中学生らしいよなあ、とディーノは思うのだが口には出さない。
 以前スクアーロが同じようなことを言い、酔った綱吉に髪の毛を引っ張られていた。
「そんなことないですって! オレ今年で二十四なんですよ。周りは十五とか十六の中に二十四! みんなオレよりタッパあるし態度もデカイけど……!」
「そうだなァ…」
「なのに現場じゃ五歳以上年はなれた子どもにガキあつかいされて…っ! 昨日のことなんて思い出したくもないですけど、でもだからってっ」
 みんながオレのこと心底同情するんですよ! ファーストおろかセカンドまで野郎とすませるだなんてかわいそうだなって。
 いや、オレもいい歳ですからいちおう一通りというか、まあディーノさんにはとうてい及ばないでしょうけどそれなりに済ませてるわけですよ。
 ファーストキスだってちゃんと女の子だったんです。
「なのに…それを誰も信じてくれないっていったいどういうことなんですか!」
 過去には付き合った女性に「犯罪者になった気分になる」「あなたと付き合い始めてから夜ひとりで歩くのがこわい」など言われてふられた綱吉である。
 気を許しているからとは言え、さすがにそういう情けないことはディーノといえど言いたくないので黙っているが。
 周囲が冗談でからかうならまだしも、本気で同情しているようなのでさらに始末に終えない。憤慨しながら焼酎を喉に流し込んで、ゲホゲホっとむせる。
「ほらほら、落ちつけって」
「だ、だって」
 情けなくて、うっうっと涙目になる綱吉の背をさすってやりながらディーノは酔っ払ってんなぁツナ、とのんびり呟く。
「年下なのに芸歴オレより上とか、タチ悪いですよ。どう接すればいいのかいまいちよくわかんないし」
「そうだなァ」
 昨日キスしてきた相手はもちろん、同じ現場に少なくとも数人はそういう、いわゆる年下なのに芸歴が上な人間がいるのが悩みの種だ。
 しかもそういう相手に限って綱吉の手におえるような一般人ではなく、何本かネジの外れたようなブッ飛んだ連中ばかりなのである。
 一度楽屋に閉じ込められてナイフ出されたときはどうしようかと思った。そのときは衣装を切り裂かれて顔とか首とかべろべろ舐められただけですんだのだが、何故か被害者の自分がスタイリストさんに怒られるはめになったのである。
「……これが終わったら、潔くすっぱり足を洗って違う仕事でも探そうかな」
 記者に追われるのも騒がれるのもそろそろしんどくなってきていたし、他に何か食い扶ちを繋げられるような、なにより真っ当な人間のいる場所で働きたいものである。
「じゃあオレの秘書やらねー? 先月クビにしちまって困ってんだ」
「ディーノさん秘書なんて雇ってたんですか」
 ディーノは芸能界の仕事にはあまり頓着せず、どちらかというと店のオーナーや社長業などを手広くやっているらしい。
 綱吉はあまり深く聞いた事はないので何をしているのかはよくわからないが、かなり儲かっているらしいことは分かる。一緒に飲みに行って綱吉が代金を払った事はないし、それでも出そうとするといつの間にか会計が終わっていたりする。
 無名時代ならまだしも、今はそれなりに収入もあるのに「んなのいいって。こっちが誘ったんだし」などと言っては食事に連れて行って話を聞いてくれるので、これで慕うなというほうが無理な話だ。
 こういう、かっこいいだけじゃなくて、女だけじゃなく男にも慕われるような人間になりたいものだ。
 現実をわかっているのであくまで憧れるだけなのが綱吉だが。
「オレなんて雇っても買い出しに行ったり部屋掃除するくらいしかできることないですよ」
「んじゃ俺のスケジュール管理でも頼むか。部屋あまってっし、行くと来なくなったら家来いよ」
「じゃあ、そうなったらお世話になります」
「おー。安心して俺に任せな」
 しょせん酒の席の話なので綱吉は冗談半分でしゃべっているのだが、まさかディーノが本気で話してるとはもちろん思わなかった。