※みんなで芸能界もの。 「何だってみんなこんなに背が高いんだ」 ちくしょうもっと牛乳飲めってか、と口汚く呟きながら綱吉はあたりを見回してうんざりした。 今日は朝からスタジオ入りして撮影に入り、合間に新しいシリーズの演者との顔合わせの日だった。 正直、みんな自分より背が高い。頭ひとつ飛びぬけてる。歳が一回りほど違うのに周りのこの威圧感めいたものは何なんだ。この中に入ると小柄な綱吉などあっというまに埋もれて見えなくなってしまう。 華やかできらきらしたオーラはこの世界に足を踏み入れてしばらく経っても慣れない。根が小心者なのである。 「おはようございまーす」 はあ、とため息をついたところで後ろから声をかけられる。 気配を感じなかったのでギョッとして振り返ると、黒いシャツに白いベストを着た青年がにこにこして立っていた。 (……し、白い) つんつんと跳ねた髪はもちろん肌も白い。役作りのためだろうか、左目の下に三つ爪のマークがある。シールなのだろうか、それとも役のためにわざわざ彫ったのだろうか。 ついついくせでジィっと見ていると、にっこりした笑みが深まった感じがして慌てて返事をする。 「どうも。沢田綱吉、です」 「ミルフィオーレのボスやることになった白蘭です。よろしく」 (テレビで見たことある顔だ……確か、まえ買ったゲームの歌とか歌ってる) 背が高いのでほぼ見上げる形で握手をする。この現場に入ってからこんな風に見上げてばっかりだ、と綱吉はいよいよせつなくなる。自分がチビなわけじゃない。同世代のスクアーロやディーノを初め、周りがデカすぎるんだ! と、なかば八つ当たりめいた気持ちで牛乳を飲むのが日課になっている。 一回りほど若い少年たちに今さら制服を着た姿(コスプレみたいではずかしー!)を見られて、よく似合ってるよ、だの、年齢詐称ですか? なんて言われるのももうたくさんだった。 収録後はそれぞれと焼肉やご飯を食べに行ったりするので仲はいいが、年上の威厳などというものは皆無である。 演者を初め、スタッフも自分がスクアーロたちと同じ二十代という事を忘れているに違いない。 「うーん」 「な、なに?」 花のようなイイにおいのする相手がしっかり手を握ったまま離してくれないので綱吉は首を傾げた。 むしろ屈んで顔を近づけるようにして見下ろす相手に少々後ずさる。 近づけば近づくほど整った顔立ちの相手にじろじろと見られて居心地が悪い。先ほどまでの自分を棚に上げて綱吉は思った。 撮影現場でほぼ毎日一緒になる山本や獄寺を初め、この現場にはきらっきらした人が多すぎる。 毎回毎回眩しすぎて目がつぶれる思いだ。 (ってか近っ! 近い!) 「白蘭さん!」 ばさばさした長いまつげまで見える距離になったところでまた声がかかる。 これまた背が高い、白いシャツにネクタイをきっちりと締めた青年があらわれた。うんざりしたような様子でずり落ちた眼鏡を神経質そうな手つきでグイっと持ち上げている。 「何やってるんですかあなたは! 挨拶に行っといて勝手にいなくなるなんて」 「ゴメンねー正チャン。やっぱ主役に挨拶しとかなきゃ始まらないでしょ」 「……え?」 (ここにオレがいるって気づいてなかったのか!?) 綱吉を見た瞬間驚いたように目を開いた相手にショックを受けつつ、条件反射で挨拶をしてしまう。向こうから見たら白蘭の影に隠れるように立っていた綱吉に驚いた、というところなのだろうが。 ぎくしゃくとしながらも相手も挨拶を返してくれる。その間ずっと手は握ったままの白蘭という青年に綱吉と眼鏡青年、もとい入江双方から胡乱気な眼差しが刺さる。 「正チャン、僕のこと犯罪者でも見るような顔してるよ」 「……自覚はあるんですか」 何ソレひどいなあ、と笑いつつも気にしないところがなんというかこの人、つよい。 綱吉は右手を引っぱったり押したり色々ためしてみるのだが、細いくせにどこにこんな力があるのかというくらいギリギリ絞められるので泣きたくなる。 にこにこ笑っているくせにとんでもない人間もいるもんだ、とあらためてこの業界の怖さを思い知る。 父親からは耳にタコが出来るほど「そんな悪魔の巣窟みたいなとこから早く足を洗うんだチュナァ!」なんて入った当初から言われ続けているが、いい年こいたおっさんが言うことかと流すんじゃなかった、と今更ながら後悔する。 しかし他の現場ではこういうことはないんだ。こんな美形ばっかりを集めたスタッフが悪い。 役とはいえ年下にボッコボコにされ、足蹴にされ、さらには現在進行形でギリギリ手を絞められるだなんて。 打たれ強いのが幸いして役を降板するどころか視聴率は伸び続けているのが綱吉の救いになっている。 「いい加減離してあげたらどうなんですか」 「えー、だって小さくてかわいいんだもん」 「いい歳してだもんとか言わないでください!」 気色悪い、と腕をさする入江青年もなんのその。好き勝手に綱吉をいじりまわす白蘭に周囲の視線も集まってくる。 「ほっぺだってマシマロみたい」 ハートが付きそうな声色でぐいぐいと頬を摘ままれて綱吉としてはもう泣きそうである。オレ、なんかした? みたいな。 極め付けが。 「わ゛ーーーっ!」 「んー」 頬にちゅうっとされながら、綱吉はもしかしてこの人真っ昼間から飲んでんの!? と思ったが不快な酒の臭いもしない。まったくの素面であるらしかった。 宴会ではしょっちゅう野郎にもみくちゃにされちゅーちゅー(おえっぷ!)され、少なからず耐性はある綱吉だが。今は日中である。お日様がさんさんと輝いているのである。 しかも未成年。これで酒の匂いがしたほうがマズイというやつだ。 左右交互、果てはおでこにまでして離れた相手の満面の笑みに正直気が遠くなる。なんだか背筋がぞわぞわして、綱吉はようやっと解放された腕をシャツの上から擦った。 ついでに口のついたところもゴシゴシと拭いたいが、人の目があるし、自分が自意識過剰なだけなのかもしれないので我慢する。 (そうだよ。他の国じゃそういうとこもあるかもしれないしな!) 頬と頬を合わせるくらいならあるかもしれないが、男同士の挨拶でキスはどうだろう。男女間ならあるかもしれないが。 しかし生憎と綱吉の周りには自称外国人が大勢いたのでこういう挨拶もまああるかもな、と妙な方向に納得しかける。 「沢田さーん、監督が呼んでまーす!」 現実逃避しかけたところで名前を呼ばれ、綱吉は我に返る。ハーイ! と返事をして二人に向き合った。 「じゃあ、これからよろしくお願いします」 「こちらこそよろしくお願いします」 軽く会釈してその場を去ろうとする。緊張しつつも律儀に返答した入江青年までは良かった。 普通の反応だ。好感が持てる。 「よろしくね、綱吉くん」 その場を離れようとした一瞬の隙をついて、白蘭がグイっと綱吉の顎を掴んだ。 「……ん、むっ!?」 (くくくくくくちがくっついてる!!!!?) 口に触れるやわらかいものの正体が、目の前の青年のものだと分かるようで分からない。むしろわかりたくもないので意識がショートする。 一瞬の触れ合いで解放され、何が起こったのかわからず呆然とする。 隣では青くなった入江が思わずといった様子で胃を押さえたが、綱吉はショックで気づかない。 「あれ? だいじょうぶ?」 おまえが大丈夫か!? と普段だったら絶対にそう返しているはずの綱吉も、もはや言葉が出なかった。 石化した綱吉の顔の前でおもしろそうに手を振る白蘭と目が合う。にこりとされる。 真っ白な意識のまま何をされたのか自覚した瞬間。 「ンギャーーーーっ!!」 綱吉はそのまま回れ右をして、その場から全速力で逃げ出した。 もちろん口は念入りに濯ぐつもりだ。 |