「はぁ・・・・・・?」

目の前の少年の言葉にシンジはどうすることもできないで途方に暮れていた。
何の連絡もなしにいきなりたずねてきた少年ことカヲルは、シンジの気の抜けた返事に真面目な顔でもう一度話した。

「僕がきみとこうやって話を出来るってことがどんなに凄いことなのかきみには分かっちゃいないんだろうけど、まぁいいや。僕は君のことが気に入ったから一緒に暮らさないか」
「きみがなにを言ってるのかよくわからない、というか理解したくないんだけど。・・・・・・そんなことぼくだけじゃ決められないよ」

心の奥底を見つめるようなカヲルのまなざしに居心地の悪さを感じてシンジは視線を逸らす。
間を持たせるように手のひらでカップをいじりながらシンジはぼそぼそと呟いて押し黙った。
人の姿(すがた)形(かたち)をしている少年が使徒だと知ってから結構な時が経っている。知らされた当時は同じパイロットとして戦ってきた自分たちを裏切っていたのだと思ったが、今はただ、可愛げなく口の悪い変な少年という認識にまで落ち着いた。
大きな犠牲を払った戦争は終わり、以前と同じとはいかないまでも、人も街も動き出していた。

「だーかーら、葛城三佐、あ、昇進したんだっけ?彼女の家にきみが暮らしているって聞いてね」
「・・・・・・それで?」
「イイ年をした女性の家に健全な少年が暮らすのもどうかと思ってさ。間違いがあっても困るし」
「どういう意味だよ」
「きみと彼女が人に言えない関係になってしまうのはいただけないってことだよ。僕の心情的にもね」
「な、馬鹿なこというなよ!そんなことあるわけないだろ」

カヲルの言いたいことを理解したシンジは目尻を赤くして声を荒げる。

「きみがそう思っても彼女も一緒だとは限らないさ。今はなくてもこの先は分からない、そうだろ?」

シンジの視線に肩を竦め、カヲルはぬるくなった紅茶を口に含む。
白い首が上下に動くのを視界に納めながらシンジはカヲルの言葉を否定する。

「ミサトさんはぼくの保護者で、これから・・・・・・はまだ分からないけどきみが言うような関係はありえない」
「言い切ったね。確証はあるのかい」
「ミサトさんには恋人がいるし、彼女の家に住んでるのはなにもぼくだけじゃないから。・・・・・・アスカだって退院したら一緒に暮らすことになると思うし」
「セカンド?」
空になったカップをテーブルに置いてカヲルが尋ねると、シンジは肯定するように一度頷いた。
短い沈黙が部屋を支配する。
カヲルはテーブルの上で組んでいたシンジの両手を一本ずつほどきながら呆れたと一言呟いた。

「鈍い鈍いと思ってたけどここまでとは思わなかった。それともこれも計算のうちかい」
「喧嘩売ってるのか」

カヲルはいつものような人を食った笑みではなく戸惑った表情でシンジを見た。
ムッとした顔でカヲルを見ているシンジには、カヲルが何を言いたいのかさっぱり分からなかった。それよりも握られたままの手を振りほどこうと力を込めるのだが、カヲルは涼しい顔をしてそれを無視した。

「離してよ」
「きみが僕と暮らしてくれるなら喜んで」
「・・・・・・なんでそこまでぼくにこだわるんだよ。一人で暮らしてるほうが気楽でいいじゃないか」
「分かってないなぁ」

自分よりわずかに高い熱を持つシンジの手をおでこにあてながらカヲルはため息を吐いた。
君じゃなきゃ意味が無い 言ってもきっと伝わらないんだろうなと思うと胸の奥が軋んで、カヲルはおでこにあてていたシンジの指を強く噛んだ。