目を覚ますと、そこは知らない場所だった。
 城のように広くはない、小さな箱のような白い部屋。壁も調度品もすべてが白くて、現実とは思えなかった。
 ここはどこだ。ぼんやりした思考で綱吉は疑問を抱いた。

「目が覚めましたか?」

 声のしたほうに視線を向けると、年若い侵略者が扉を開けて入ってきた。木目調のやわらかな木の雰囲気と、研ぎ澄まされた刃のような彼の雰囲気が面白いほど似合っていない。
 こんなに明るい場所でじっくりと見たのは初めての事だ。彼の姿を見て、力の抜ける自分に綱吉は戸惑う。
  この男に自分は戦争で負けた。勝ち目のない戦いに兵を出す父親を冷めた目で見ながら、綱吉は前線に立った。そして彼に敗れて死んだはずだった。

「どうして、オレはここにいる……」
「君が望んだからですよ、綱吉」

 肩にかけられた彼の手は温かかった。ベッドの上から目を細めて見下ろす骸の顔は、満ち足りた顔をしている。口角がつり上がり、双眸には笑み。

「オレが望んだっ、て?」

  骸は綱吉の疑問を唇で塞いで、返事をしなかった。
 ぬるぬると這う男の熱い舌に翻弄され眉を寄せると、ふっ、と目だけで笑われ開放される。力の抜けた体をなんとか動かして顔をそらす。薬でも使われているのか、そうとう疲れているのか、指一本動かすのも億劫だった。
 混ざり合った唾液を綱吉に送り込むと骸はさらに綱吉の上にのしかかった。密着する体。血のにおいの染み付いた骸の体が綱吉を拘束する。

「ずっと想っていました、君を」
 
 熱に上ずる男の言葉に、同じ性でありながら熱くなる己の体。どうして彼の言葉に反応するのか理解できない。それでも何か、何かが引っかかる。思い出せそうで思い出せない、歯痒い気持ちを抱えながら綱吉が骸を見れば、彼は自分の襟元を緩めながらこめかみに口付けた。
 ひくりと震えた体を恥ずかしく思い身を捩れば、逃げないでと身体を押さえられる。羞恥に目がくらんで死にたくなった。
 
「オレは、あんたのことなにも知らないよ」
「それは違う。君はただ、覚えていないだけ」

 首筋に顔を埋め囁かれ、彼が何を望んでいるのか綱吉はなんとなくわかってしまう。唇の柔らかさが皮膚の薄い首筋に触れ、幾度となく啄ばまれる。鬱血した赤い花を満足そうに見下ろす男の表情は少年のように邪気がない。

「君がまだ幼い頃、君は僕に助けを求め、僕は君を迎えに行くと己に誓った。少し、時間はかかりましたけど」
「関係ない人たちまで巻き込んでしまって、か」
「先に戦争をしかけてきたのは君の父親ですよ。僕はそう……それをうまく使っただけ。跡継ぎをわざわざ戦地に送る王が間抜けすぎて笑っちゃいましたけど」

 くつくつと邪悪に笑う少年が、思い出したように綱吉に告げる。
 罪深い。人の命などなんとも思わない彼の言葉に綱吉は唇を噛んだ。

「でも、彼には感謝しているんですよ。己の愚策でのせいで国が滅んでしまうなど思っていなかったでしょうが。そのおかげで君は僕の腕の中だ」

 今ある領土だけでは満足できなかった父親の命令に逆らわずに先頭で指揮を取り、何の罪もない人を殺してしまった自分と、それを命令した父。なにも言わなかった母。
 愚かなのは自分もか、と綱吉は自嘲した。その表情を愉快そうに見つめる色違いの瞳と初めて戦場で出会ったとき、綱吉は確証もなく自分の敗北を悟ってしまった。それはすなわち己の死を意味する。
 前触れなくするりと服の下に入ってきた手のひらに息を呑む。探るように触るその意図、が。

「罪深いことだ。彼も、君も、そして僕も。でも、そんなのはどうだっていい。僕の知ったことじゃない。君さえ手に入れば、僕にはすべてどうだっていいことなんですから」

 噛んで含ませるような言いように背筋が凍る。ゆっくりと確かめるように撫でる冷たい指に触られたところから、爛れるような熱を感じて怖くなる。彼の言うことが本当だとすれば、傍において愛でるためだけに、彼は祖国を滅ぼしたことになる。
 憎んで、恨んでしかるべきなのに、綱吉はなぜかそういった気分にならなかった。むしろ奇妙な心地よささえ感じていた。おかしいと、頭の隅で警鐘が鳴る。

「これからは僕の傍で、僕のためだけに生きてください。そうすることが君の今生での役目です」
「オレの……役目?」

 耳元で睦言のように囁くにしては物騒な内容。しかし暗示にかかったように幾度も反芻され、綱吉は思わずなぞる様に呟いた。 それを褒めるように骸がふくらみのない胸をなぞり、薄い皮膚を指で転がす。
 くっ、と仰け反った体に笑って、骸は反応を楽しむようにいたるところに口づけを落とした。彼の鍛え上げられた体とは違う、薄い体。

「そう。僕は君の王になる。綱吉……契りを結びましょう。もう二度と、離れることがないように」
「あっ……?! なにをっ!?」

 興奮したように濡れた声にぞくりと震えてしまう。
 信じられない場所に手を忍ばせた骸を愕然と見上げる。抗議しようと口を開いた綱吉を黙らせるように骸は指先に力を込めた。 ひっ、と微かな悲鳴を上げた綱吉に、骸は嬉しそうに微笑んだ。綺麗なその微笑に思わず目を瞠ると、いつか見た、ガラス細工のような透き通ったまなざしが己を見下ろしている。綱吉は呆然とした。信じられないように目の前の青年を見上げる。

「あ……。お前、むかし……?」  

 今よりずっと幼かった時、ガリガリに痩せ細った身体の少年に、一度だけ抱きしめられたような記憶がある。思い出そうにもそれはあまりにもあやふやで、どんな姿かたちをしていたのか覚えておらず、自分が作り出した夢なのだと思っていた。思い出そうとする先から、霧のように消えていく記憶。  
 そういえば。  
 あの少年も、この青年のような赤と蒼の瞳をしていた。

「思い出しましたか?」
「夢だと、思ってた。まさか、本当に?」  

 骸は綱吉の力の抜けた手を取って自分の頬に触れさせた。触れた先にある、確かな熱に綱吉は目を閉じる。もし、これが本当にあの少年だとしたら。
 ずっと、言いたかった事がある。

「ずっと……あなたを、待ってる。って」  

 じわりと涙に濡れる。目尻から零れた涙を、そっと拭うものがある。綱吉は目を開いた。あの頃より落ち着いた眼差しがそこにあった。すべてを拒絶する禍々しい双眸が、じっと綱吉を見下ろしている。

 「まさか……、あの子がこんなにでかくなってるなんてな。気づかな、かった」  

 彼を見たときの奇妙な懐かしさは、きっとこれだったのだ。
 綱吉は口元だけで笑って、眉を寄せた。堪えきれない懐かしさで胸が苦しくなる。

「君が好きだ。だから僕は力が欲しかった。君以外の何にも、僕の心は動かない。誰が死のうと、国が滅びようと」  

 唇を触れ合わせながら骸が囁いた。注意しないと聞き取れないくらいの小声。

「うん」
「愛しています。君のすべてを僕にください」
「……うん」  

 戦場での彼の底知れない恐ろしさの原動力となっているものが、誰も、まさかこんなに純粋な想いだとは思わないだろう。
 自分ですらそうだったから、と綱吉は強く抱きしめてくる腕の中で安堵したように力を抜いた。  

 服を脱ぎ捨てて覆い被さった骸の背中に腕を回し、綱吉はただひたすらに求めてくる骸を黙って受け入れた。







end.
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
2007,6,26 Write By Mokuren