ちょっとどころか冗談じゃないくらい暑い日。
綱吉は自室の床の上で大の字になって倒れていた。部活中の山本は最近家に寄り付くことはないが、獄寺はちょくちょく顔を出しては宿題を手伝ってくれている。つまり、夏休み中なのである。
夏休みと言えば、綱吉だけじゃなく全国中の学生たちが喜びに湧く期間。
宿題だとかうさぎ当番だとか朝清掃なんてそんなの関係ないない。楽しければオールオーケー。
だって休みの日にわざわざ勉強しなきゃいけないなんて休みの意味が無いじゃないか。
だから毎年綱吉は春休み夏休みと冬休みの他に、秋休みなんかあればいいのになぁと思っていたりする。
自堕落な駄目人間でもいいじゃないか。昼寝万歳。漫画最高。
綱吉の思考回路は単純なので、そんなことを平気で思ってしまうあたりツナは父親似だなと失礼なことをリボーンに言われる。冷たい眼差しを向けられて、本人としてはあそこまで酷くないと思っているのでムッとする。
家に住んでいる家庭教師は凄腕ヒットマンとして有名らしいのだが綱吉には口うるさく凶暴でくそ生意気なガキという認識でしかなかった。つい最近までは。
それがどうしてかイタリアンマフィアの跡継ぎ騒動に巻き込まれるわ学校一怖い先輩に目を付けられるわ脱獄犯が隣町で中学校のボスやってて廃墟に行くことになるわで、最近の綱吉はひどく濃い生活を強いられてきた。
布団に入るたびにずっとこのまま寝られたらなー、と明日のことを考えるたび憂鬱になったものだが、過ぎてしまえばもうどうでもよかった。とりあえず夏休みだ。
カキ氷に昼寝にゲームにあわよくば京子ちゃんと遊んだり、なんてムフフなことを想像するだけで満たされてしまう。
なのにまさかエアコンが壊れるだなんて!
なんてツいていないんだちくしょうふざけんなとガンガンとエアコン本体を叩いてみたら、ウンともスンとも言わずに沈黙してしまったので綱吉は先ほどから蒸し暑い室内をなんとか涼しくしようと窓を全開にしたり団扇で扇いだりしてみたのだが、今は午前十一時。太陽はますます高くなってすでにサウナ状態の部屋の中はこれ以上に暑くなるに違いない。沸騰してグツグツになった頭で考える。
どこか涼しい場所はないか。
プールは水に入ってたらいいけど上がった後が最悪なのでパス。となるとこれまた綱吉には縁のない図書館はどうかと思ったが寝てると怒られるのでパス。金がかからずに他に涼める場所って言ったら他にどこがあるだろうとウンウン唸って結局暑さに頭がショートするほうが先だった。
「暑っ〜これじゃあ死ぬ、干からびて死ぬ」
熱中症特有の喉の渇きや身体の火照りの症状が出ていることに綱吉は気付かない。とりあえず冷たい炭酸が飲みたいと切実に思った。
普段うるさい子どもたちは母親について買い物に行ってしまっているし、リボーンは昨日から行方不明。また何か企んでるんだろう勘弁してほしいと思ったところで綱吉はビクッと驚いて目を開けた。
「ちょっと君、赤ん坊知らない?」
真っ黒なワイシャツに同じく真っ黒なパンツを穿いて堂々と室内に侵入した雲雀に、普段ならヒィっと恐れ慄いただろうが今は暑くて正常な判断ができていなかった。
「あ、どーも。リボーンは今留守なのでとりあえず靴を脱いでください」
などと雲雀にとってはよく解らないことを喋るものだから、雲雀は寝転がっていた綱吉を右足で転がしてじろじろと見下ろした。程よく日に焼けた顔が見える。
「暑い日に黒は反則じゃないですか。本人はよくても見ているこっちがものすごく暑いんですけど」
「僕に意見しようとする気?そんなのこっちの知ったことじゃないよ」
雲雀がふんとあしらうと綱吉はガバリと上体を起こして雲雀の襟を掴んだ。
「何、文句でもある?」
「雲雀さん……暑い」
「ちょっと、なに」
「あづー、死ぬ!」
と、思ったらぐったりと身を預けてきたので雲雀は奇妙なものを見る目で綱吉を見つめ、それからおでこをバチンと叩いた。何なのだ一体。
いだだっ! と騒ぐ綱吉を無視して雲雀は手のひらをかざし、眉を顰める。
「君、馬鹿だろ」
「なんなんですかさっきから。オレだって普段は怖いからあんま言うの我慢してますけど痛いものは痛いし馬鹿って言われたら一応傷つくんですけど」
「うるさい。馬鹿は馬鹿だ。しかも上に大がつくほどのね」
そう言って雲雀はぐてっとした綱吉をベッドの上に落として土足のまま部屋を出た。ギシギシと階段が軋む音をぼんやりと聞きながら綱吉はぼうっと天井を見上げていた。
身体がだるいし喉は渇くしなんだか気持ち悪くなってきたような気もする。
もしかして死んじゃうんじゃないのかとふと思った。今の状況ではあまりに笑えない冗談に綱吉は青くなる。
そして母親に言われたとおりデパートに荷物持ちでもなんでもいいから着いて行くんだったと後悔した。
目蓋を開ける気力も無くて綱吉は目を閉じた。
「あれ……オレ生きてる?」
もしかして次目覚めたとき真っ白なお花畑にいるんじゃないかと密かに危惧していた綱吉は、なんとなく見覚えのある室内に目を瞬いた。
「起きたんだ」
「ヒ、雲雀さんっ?!ってなんでオレここに横になってるんですかね!」
黒い革張りのソファに横になっていた綱吉は雲雀の声に驚いて起き上がる。が、すぐにめまいを感じてふらふらとソファに沈みこんだ。
「今年は熱中症で死亡する人間が多いって知らなかったのかい」
「はあ・・・すいません」
雲雀はいつも着ている制服ではなく、私服を着ていた。大変珍しいものを見たような気がして綱吉は雲雀の話の半分を聞き流していた。
向かいのソファに座り込んだ雲雀は、なにやら束になった書類をつまらなそうに捲っていた。
「あの、それで?」
綱吉が恐る恐る雲雀に尋ねると、雲雀は書類から綱吉に視線を流して馬鹿にしたように言った。
「熱中症だったんだよ、君が。別に放っといてもいいと思ったけど貸しを作っておけば色々都合がいいかなと思って連れてきたんだ。体調管理がきちんとできない人間って噛み殺しても誰にも文句言われないと思わない?」
「ほんとにすみませんでしたぁぁぁ!」
片腕で頬杖をついてにやりと物騒に笑う雲雀に恐怖を覚えながら綱吉は謝った。迷惑かけたのは事実だしなんだかんだ言って結局助けてもらったのも事実なので。
窓から入ってくる光はまだ大分強くて家に戻る気がしない。家に帰ったら速攻で母さんに修理屋を呼んでもらおうと思ったが、今日中に直るかは微妙なところだ。
それに比べてここは応接室だからクーラーだってあるし、職員室ではクールビズとかなんだとかで扇風機しか回さないので涼しい部屋で一人仕事をしている雲雀はやっぱり謎というかヘンな人だ。
とりあえずふかふかと寝心地のいいソファに身体を倒して、綱吉はあくびをかきながらもう一眠りすることにした。
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