人通りの多い街中で見たことのある後姿を見つけたとき、ティルはらしくもなく動揺してしまった。
特徴的な黄色いスカーフを肩に巻いて赤い胴衣を着ている少年はティルに気づくことなく街の中を一人でぷらぷら歩いている。ここから彼が生活している城までは短くても二日はかかる。
(仲間を連れていないのか?)
一体何の用事でここまでやってきたのか気になった。
声をかけようかかけまいか迷って、結局自分から声をかけることにした。別に彼に声をかけたいからではなく、で彼の城で尻拭いをさせられているだろう連中に同情してのことだ。
ティルは自分に言い聞かせた。内面を裏切るように表情は綻んでいたが、彼は鏡を見る習慣があまりないのでたぶんこれからも気づかないだろう。

「リオウ」
「あれ?ティルさんじゃないですか。こんなところで何してるんです?」

少年は立ち止まってティルの顔を見ると、不思議そうに首をかしげた。男なのに、なんでそんな仕種が板についてるんだ。毎回の疑問を今日も浮かべながら少年を見下ろす。
リオウは中々に可愛らしい顔をした少年だが、決して女の子ではない。魔物の群れがうようよいる居城の周りを一人で「レベル上げに行ってくる!」と勇ましく出かけるような少年だった。

「僕はちょっと遠出してるだけだけど、君は?」

目線はわずか5cmくらいしか違わないのに、そこには絶対的な壁がある。優越感にも似た心地よいものだ。
不老の紋章を手にしてから外見が変わることは無いからティルとリオウの差は決して縮まらない。

「ちょっと気晴らしに外に出てみようかと思って来たんですけど、財布持ってくるの忘れました」
「・・・・・・もしかしてモンスター倒してお金巻き上げようとか思ってないよな?」
「ばれました?っていってもここら辺のモンスターあんまりお金落としていかないんですよ。貧乏性なんですかねー」
「そういうことじゃないだろう」

仮にも君は一国一城の主なんだからと喉まで出かかった言葉を飲み込んで、露天で売ってる食べ物を残念そうに見ているリオウに釘を刺した。
まったく冗談じゃない。一人でふらふら出歩くのも勝手だけどその間に怪我でもしたらどうするんだとため息を吐いた。一回ちゃんと説教するべきだろうか。そう思いながらもそれを実行に移す前にそれを察したリオウが素早く姿を隠してしまうのであまり意味が無いかもしれないけど。

「何か欲しいものでもあるのか?」

こう聞いたのも別に物で釣ろうとしているわけじゃない。ただ、このまま物欲しそうな顔をしていたら君主の威厳に関わるから。ただそれだけだ。
リオウはきらきらと期待の篭った眼差しで頷いた。現金な奴だ。

「あのですね、ここで流行っている『地獄ラーメン』というのを食べてみたくて」
「地獄、ラーメン」
「ええ!聞いただけでもすっごく辛そうですよね。話聞いたときからもう気になってしょうがなくて仕方なかったんですよ。よかった、ティルさんがいて」
「もしかして、これから行こうとしてるの?」
「もちのろんです」

嬉しいからか体を引きずられるようにして無理やり店に連れて来られて、気がつけば席についていた。
向かい合って座る形式ではなく、テーブルの向かいにはねじり鉢巻をした恰幅のいい主人が注文を待っている。愛想の無い親仁だ。
ちょっと、これは、早まってしまっただろうか。メニューを見てティルは今さらながらに後悔する。

「食べないんですか?あ、もしかして辛いのダメでした?」
「あ、いや」

服の下を嫌な汗が伝っているのを自覚しながらもティルは食べたくない、の一言が言えなかった。

「よかった。すみません地獄ラーメン三丁目一つ!」
「僕は一丁目で」

あいよ。と返事をしてから黙々とラーメンを作り始めた店主と打って変わって楽しみですねーとにこにこと笑っているリオウ。
平凡すぎる日常にあくびが出そうだ。ここがラーメン屋などでなければ!
ティルは幼少からグレミオの栄養満点の、しかも体に優しく美味しい料理しか食べてきたことがない。
三年前ですらこんな我慢比べみたいなゲテモノを食べる機会もなければ、目にすることもなかったのだ。
今さらながらグレミオの過保護さと偉大さを思い知った。にんにくの匂いと唐辛子の匂いがキツクて鼻が痛い。

「リオウはこういう場所によく来るのか」
「あー、たまにです。なんかおいしいものばかり食べてるとムショーにこういうの食べたくなりません?」
「それはない」

こんな砂糖菓子で出来たような甘そうな顔をしているくせに、こういう突拍子のないことをするから目が離せない。

「へい。お待ち」
「うわっ!いいにおいー」リオウがうっとりと湯気の上がったラーメンを見る。

これがいい匂いなのか?
まあ確かに少しは食欲をそそるかもしれないけど、それは腹が減っているだからであって。注文してから数分で出てくる手軽さは確かに褒められたものだろうし、見た目もまあまあだけれど。リオウのように素直に喜べないのは未知の物に対する躊躇だろうか。
ティルはいそいそと食べ始めるリオウを横に、自分の分の器を目の前に置いて割り箸を割った。具の下の麺を引っ張り出して口にする。
食べた感想を一言で表現するならば、

「辛い」

こう、不必要なまでに辛さを求めるに至ったきっかけを店主に問いただしたい気分だ。

「そりゃそうですよ。地獄ラーメンなんですから」
「・・・・・・そうだな」

はふはふ言いながらラーメンをかきこむリオウに相槌を返して、とりあえず目の前の食べ物をどうにかしようと箸を動かした。









坊っちゃんは味覚も坊ちゃんです。