胸に抱いた愛おしい少年の鼓動で目が覚める。昨夜、なめらかなまだ幼い肌を愛撫し、逃げ出そうとする体を抱きしめ、抵抗もろとも幼い彼を抱いた。ただ一人として愛する少女を失くし、行き場のない苦しみに胸を焦がしていた子ども。
 そう、彼は子どもだ。未成熟で、思慕と愛との区別がつかない子ども。
 己を刻み付けるように彼の中に深く入り込むと、ただ身を硬くして、縋るもののないようにきつく目を閉じていた。目尻に浮かぶ涙が綺麗で目を奪われた。彼がずっと求めていたものは、もう手の届く場所にはない。そう考えたら、知らずに笑みが零れた。
 昏睡したように眠るリオウの、うっすらと開いた唇からわずかに聞こえる呼吸。彼は生きている。これからも死なすつもりはない。
 まだ日が昇らぬうちに寝台から身を起こして、床に散らばった己の服を身に着ける。ぐしゃぐしゃに皺が寄ったままだが、あまり気にしない。横たわった少年に近づき、寝ているときだけに見せるあどけない顔を見つめる。額にかかった前髪をそっと撫で、額にそっと口付けを落として部屋を出た。
 石造りの城内は、日が昇る前と昇った後ではその様子をがらりと変える。まだ人気のない階段を下りていき、外へ出た。靄のかかった中庭を歩き、目的の場所で足を止める。誰が育てているのか、手入れされて美しく咲いているそれに手を伸ばした。朝露に濡れたその花を一輪だけ手折り、また城内へ戻る。
日中でもあまり人のいない地下へと続く階段を下っていく。古びた木の扉を開き、奥に横たわった人影にゆっくりと近づく。
 綺麗に化粧を施され、胸の上で手を組んで安らかに眠る彼女は、愛し子の愛した女性だった。人に愛され、血の繋がりのない義弟に愛された天真爛漫な少女。たくさんの花に囲まれるようにして目を閉じている少女の横にひっそりと立った。
 彼を手に入れた満足感が、安らかに眠る彼女に何もさせなかった。
「安心してくれていい。君が命をかけてまで守った彼は、僕が傍にいて守るから」
 手に持っていた花を、冷たくなった胸元に置いた。もう時を止めた彼女は、ずっと大切にしてきた彼と共にいることは出来ない。すべては過去のことだ。
「一人じゃ寂しいだろう? でも大丈夫。そのうちに君のもう一人の大切な人もそこへ送ってあげるから……。君は幼馴染と共に、天(そら)で幸せにね」
 後はただ、ひとりになってしまった彼を僕が抱きしめていてあげる。そちらには行かせない。何故ならば、彼こそがこの僕の隣に立つに相応しい子だから。
 玉のような雫を纏った花を手向けにして、何の未練もなく部屋から出た。ゆっくりと歩きながら朝の澄んだ空気を感じる。徐々に人が起き出した気配を感じながら、城の一番上にある彼の部屋に戻る。
 朝焼けに染まった窓から差し込んでくる光を遮るようにして、寝台に横になって未だに起き出す気配のない少年の傍へ近づく。寝台に膝をつき、彼の顔の横に手をつく。小さな体を覆うように身を倒して、きのう噛み切った鎖骨の傷に唇で触れた。触れた先から愛しさが募る。
「早くこんな戦争を終わらせてしまおう。僕も手伝うから」
 他人の血で己の手が汚れることに、今更なんの感慨も湧かない。自分が汚れることで欲しいものが手に入るのなら、喜んで血に濡れ、闇に染まろうとさえ思う。
 彼女の胸に置いてきた花と同じ場所に耳を近づけて、瞼を閉じる。この鼓動が止まるのを一番に望んでいるのはこの少年だろう。幼い恋とも愛とも言えぬ想いは叶うことなくこの小さな胸を貫き、傷ついたままでいようとするかもしれない。すぐに忘れてしまうほどの想いではないからこそ辛いのだ。
「僕だからこそその痛みがわかる。でも、それだけを思っていられるほど君は弱くはない筈だ。だから――」
 抱き寄せる腕に力をこめる。決して話すことの無いように。

 ――この腕に堕ちるその日まで、僕は決して、君を逃がさない。











 愛って言うのは、そんなやさしいものじゃないんだよ