駄菓子屋で買った十円のキャンディーを舐めながら、亘は美鶴のマンションに向かって歩いていた。ぶどう味のする飴をころころ転がしながら、夏の太陽の恩恵を受ける。夏休み中の間、宿題はもっぱら自宅ではなく彼の家ですることになっている。  
 玄関のチャイムを鳴らして来訪を告げると、閉ざされた自動扉が開く。隣のおばさんにもらったお土産の桃を入れたビニール袋を揺らしながら、亘は美鶴の家に向かった。

「こんにちはー」  

 と、チャイムを鳴らすと美鶴が出てくる。襟のある白い半袖のシャツを着て扉を開けた美鶴は、相変わらずの美少年だ。まっすぐに亘を見つめる瞳が綺麗だと、亘はいつも思う。

「上がれよ」
「サンキュー。 あ、これおみやげ。アヤちゃんと叔母さんと一緒に食べてね」  

 美鶴はハイ、と差し出されたビニール袋を見下ろして何度か瞬きした後、小さく頷いた。「ありがとな」なんて、背中越しに言われる。
 前を歩くその背中は、初めて会ったときと同じように、まっすぐに伸びている。同じくらいだった身長も、だんだん美鶴のほうが背が高くなっていってちょっと悔しい。

「いいんだ、たくさん貰ったしさ。その桃、冷やして食べると甘くておいしいよ」
「ああ、そうする」  

 すでに見慣れた美鶴の部屋に通された。勉強机とは違う、少し小さな折り畳み机の前に座った。物の少ないその部屋は、亘が初めて入ったときよりは、少しずつ様子を変えている。物が少なく、あまり生活臭のしなかった美鶴の空間が、少しずつ息をしているようで亘は嬉しくなる。

「なに笑ってるんだ?」
「べっつにー」
「へんなヤツ」  

 くすくすと笑っていると、二人分の麦茶を入れて持ってきた美鶴が小さく笑っている。氷が入った冷たいコップを、ほら、と手渡される。ありがとう、と微笑むと、髪をくしゃくしゃと撫でられた。お礼を言われたとき、美鶴はこうして照れくささを誤魔化すために亘の頭を撫でる。
 それがわかっているから、亘はもっと顔が緩んでしまうのだ。

「昨日言ったところ、ちゃんとやってきたろうな」
「もちろん。じゃないと美鶴センセーに怒られちゃいますから」
「俺に言われる前にそれが出来ればいいけどな」

 宿題に出された夏休みの課題ワークを立ったままぺらぺら捲りながら、美鶴は目的のページを机の上に開いて置いた。社会、と書かれた文字を見ただけで、亘は項垂れる。
 年号と出来事の名前を暗記するのが苦手で、社会はあまり好きではない。

「最初からそれ? やる気がなくなっちゃうよ」
「搾り出せ。おまえの場合、あるかどうか疑わしいけどな」
「ひっどー! 僕だってやるときはやるんだぞ!」
「じゃあ今がそのやるときだ。がんばれ」  

 額を机についていると、ぺしりと頭をはたかれる。むっとして睨むと、美鶴は涼しい顔をして教科書を見ていた。美鶴のこうしたとぼけた(それでも美少年は美少年だ。世の中って不公平!)表情を見ると、こう、ぎゃふんと言わせて見たくなる。
 亘は机に顎を乗せながら上目で見つめた。少し、顔が熱くなる。

「美鶴」
「なんだ」
「宿題が終わったらさ」  

 ちら、と美鶴の瞳が亘を見下ろす。な、なんだか、言うのに勇気が。だいじょうぶ、だって僕は元勇者サマなんだから。
 そう自分を勇気付けて、亘はひとつ息を呑む。

「僕のご褒美として、ちゅーしてもいい?」  

 そう言って恐る恐る美鶴をみると、持っていた教科書をバサッと取り落として片手で顔を覆った。柔らかい長い髪から少しだけ覗く耳が、赤く熱を持っていることに気づいて亘も真っ赤になる。
 だって、今日はまだ一回もキスしてもらっていないから。気づけばいつも奪われている美鶴の唇に、たまには自分からしてみたい、なんて。

 知っているのはきっと、亘だけでいいのだ。








end.
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
 宿題が終わる前に、亘は美鶴からたくさんご褒美がもらえます(笑)

2007,7,22 Write By Mokuren