よく分からないものを目にしたときの反応でその人の人間性を疑われると言うのはちょっと酷いんじゃないのか?と綱吉は飛びそうになる意識の中思った。
六道骸は犯罪者である、と聞いた。リボーンの言葉を信じればその情報に嘘はないはずで、出会い頭の彼の笑顔と次に会ったときの笑みの違いなんて、地球をひっくり返したところで実はよくわからない。
輪廻転生なんてものを聞かされて、はいそれは大変ですね。なんて労わりの言葉一つで縁を切れればいいはずだったのに生憎と綱吉はそこまで器用な少年ではなく。常識と言うものを備えてはいても彼自身は不器用すぎるくらいだったので、輪廻というものがよく分かっていなかったりする。
はあ、そうなんですかと曖昧に返事をして、決して彼の言葉を否定も肯定もしなかった。なに言ってるんだこの人とは何回言ったか知らないけれど。
そこからが綱吉の不運の始まりと言うか、彼の人生において不運は不運であってもこれほどまでにツイてない人生になるはめになるなんてその時はまだ知らなかった。
六道骸の性癖が何であるかなんて綱吉には本当にどうでもよくて、本人がよければべつに人に迷惑をかけないように楽しめばいいじゃないか、と本当なら言いたい。扱いにくいとはいえ仕事を頼めば毎回完膚なきまでに任務を遂行するし、綱吉がコンタクトを取るまでの数歩離れた距離感がなんとなく安心できた。
うさんくささと信用に置けないという点においては守護者の中ではピカイチだが、とりたてて問題を起こすようなことはしなかった。
今までは。
なんだこれいったいどうなってるんだオレまさか夢でも見てるのか、と混乱しながら綱吉は一人途方に暮れた。まったく見覚えのない土地。さらには見知らぬ人々。なんで銃なんて向けられてるのか冷や汗だらだらかきつつ大人しく両手をあげる。
真っ黒のスーツを着込んだ男たちが綱吉をぞろぞろ囲んでいて、その向こうには真っ白な白衣を着た科学者のような人たちが何人か。
彼らはみな一様に綱吉の背後にあるものを欲しているらしく、壁のように立ち塞がっている綱吉が邪魔らしかった。
「後ろのガキどもを渡せ。でないと殺すぞ!」
「あの、ここって並盛ですか? なんかオレ迷子になっちゃったらしくて」
帰り道探してるんですけど見逃してもらえないですか、とは殺気だった人間に言えるわけもなくグッと黙って肩を落とした。冷や汗が背筋を伝って嫌な悪寒がするのに、動けない。
ギュウッと後ろから抱きついて離れない子どもたちが無言で助けてくれ! と訴えている。
どうしよう。
ほんと、どうしよう、とありえない出来事に綱吉は戸惑っていた。
綱吉はポケットに手を突っ込んで手にした手袋と薬を使いたくないなあと心の底から思いつつ、とりあえず怖いおじさんたちから逃げるのが先だと手袋をはめた。
「えーっと、とりあえず。おまえら、大丈夫か?」
地面に倒れている男たちをとりあえず近くに落ちていた布でおそるおそる縛って、近くの倉庫みたいな部屋に入れて鍵を閉めた後。綱吉はその間なにも言わずに手伝ってくれた子どもたちに向かって声をかけた。
「おまえだれだびょん!」
綱吉に対して好奇心よりも敵愾心丸出しで犬っぽい少年が吼えた。
あー、どこかで見たことある顔だ。と世間の狭さを実感していた綱吉は何も考えずに自分の名前を言った。
「なんでこんなところにいる……?」
「ヘンなやつヘンなやつ! おまえどうやってここまで入ってきたんだ?」
少し離れた場所で様子を窺っている黒髪おかっぱの少年と、その背後でじっと黙って様子を窺っている少年を見てうわー、まさか!と内心青くなりながらモガモガと説明した。自分でもいまいち情報が整理できていない。
「信じらんねーそんな話! おまえマフィアじゃねーの?」
「んなわけないだろ!! 普通の中学生だよ……ってわかるかわけないか。それよりおまえはなんて名前なんだ?」
綱吉は一応子どもの目線にあわせて屈んだ。といっても屈めば立っている子供たちのほうが目線が高くなるわけで。
「犬!」
「…千種」
と、見下ろされながら言われた名前にやっぱりかよ! どうりでなんか似てると思ったと納得して、イヤイヤとすぐに首を振った。
「まさか、その一番後ろにいる子が骸とかいうんじゃないだろうな」
嫌な予感に綱吉が思わず洩らすと、今まで何の反応もなかった子どもが初めて反応らしい反応を返した。左右色の違う目を瞠って、訝し気に綱吉を眺める。少年の骸もまったく可愛げがなかったが、子どもである分綱吉にはいくらか扱いやすそうだが。
「やっぱりかよ! うわーどうなってんの!? ってかここイタリアなのか!? なんでオレ言葉通じてんの!?」
「うっぜー! いっぺんにしゃべんな!!」
頭を抱える綱吉の足を犬が蹴った。
「あ〜……オレは沢田綱吉」
「ツナヨシ? ヘンななまえ」
「ほっとけよ! ったくもー。んで、ここはどこなんだ?」
「エストラーネオファミリーの研究所、ですよ」
綱吉が座り込んで三人に向き直ると、幾分警戒を解いた三人が興味深そうに綱吉を眺めて説明した。
つまり。
自分は今過去にタイムスリップして、さらにここは黒曜三人の因縁があるマフィアの研究所であるということらしい。
「どーやって帰るんだよーー!! そもそもオレどうやってここに来たんだっけ?!」
うわー!と叫び出して頭を抱える綱吉を奇妙なものを見る目で三人が見つめる。その視線に構う余裕が綱吉には残念ながら無い。ツイてない。綱吉はとことんツイてなかった、
「お、落ちつくびょん!」
「ムリだって! だってオレ今日中に骸に会わないとリボーンにボコられるだけじゃすまないってのに!」
はあ?と首を傾げる三人に構わずうんうん唸っていると、はたと思いついたように小さい骸に向き直る。
「なあ、骸のナントカ道でオレのこと元にいた場所に戻してくれないか?本当に、そうしないと未来のおまえに半殺しにされちゃうよ」
「未来? 一体どういうことですか。ぼくにも分かるように話してくれませんか」
「こいつ頭おかしーんじゃね?」
「……どうでもいい」
「だからオレは七年後の日本から、たぶん昔のイタリアに来ちゃったんだと思うんだけど」
三人の幼い顔を見て、これが七年経つとあんな風になるのかと感心しながらできるだけ分かるように説明する。最後は自分でも確証が持てなくてゴニョゴニョとなってしまったが。骸はあまり表情を変えずに綱吉を見るだけで、千種と犬は胡散臭そうな話に顔を顰めている。
確かに自分だったらそんな突拍子のないことを言われたら同じ反応するだろうな、と挫けそうになりながらも彼らが納得するまで色々と突っ込みを入れられながらも話し続けた。
「んじゃーツナヨシは未来でオレらと会うわけ?」
「強制的にな」
「ぼくの能力を知ってなお傍に置くなんて、頭おかしい人ですね」
「そんな。本人に言わなくても」
「日本か」
千種の言葉にうんうん頷いて日本は漫画とかゲームや娯楽もあるし治安もわりといいし飯もうまいぞと勧めてみる。綱吉の知ってる三人はまさかそんなことで日本に来たとは思えなかったが、この目の前にいる三人には何か子どもらしいことをさせてあげたいなあとしんみりしてしまう。
幼い頃からマフィアの実験のために酷いことをされてきた子供たちに対しての同情や、未来の少年たちの境遇を思えば少しくらい楽しい思いを作ってあげたくなるのが不思議だ。ほんとに不思議だ。
最も、未来の三人はなんだかんだ言って自分達の世界を楽しんでいるようだから綱吉はあまり強く言えないのだけど。
「まあ、なんかあったら家に来ればいいよ。日本、遠いけどさ。んでよかったらオレと友達になって(少しは優しくして)よ。そして会うたび嫌味言うのやめてくれ」
「友達?」
三人が、目を見開いて綱吉を見つめる。あまりに無縁な言葉が出てきたことに衝撃を隠せず動揺してしまう。三人の反応に綱吉は首を傾げる。
「オレは友達いなかったから、おまえらが友達になってくれたら嬉しいけどなぁ。……たぶん」
何度も瞬きをして、犬が首をかしげた。
「それってさ、おまえ、オレらと友達になりたいってことか?」
「まあ、そうかな」
「ライオンチャンネルとか使っても怖くないのかよ」
「あー、まあ怖いってか慣れたというか。一緒にいると慣れるだろ、イヤでも」
「そうか?」
遠い目をして犬に頷く綱吉を見上げながら眼鏡を押し上げて、千種は納得いかないと口を結んでいる。それでも、三人の顔はほのかに赤く染まっていた。年相応のその反応に目をむいて、綱吉は耐え切れないように笑う。こうして話す三人は幼くてなんだか可愛らしい。
子供というのは無意識に庇護欲をそそる。
「なに笑ってるんですか」
「すっげー腹立つ! ムカツクっつの!」
「ははっ…! だってさ、すごい年相応っていうか。新たな発見? ってかんじだもんなぁ」
ジロリと睨んでいる三人の髪をぐしゃぐしゃにかき回す。柔らかな髪の毛と体温が彼らの存在を主張する。
居候の子供たちが元気にはしゃいでいるように、この三人もあんなふうに無邪気に笑って欲しいと思うのはエゴだろう。
「あのさ、ちょっと案内して欲しいところがあるんだけど……」
それでも、知らぬふりをするのは難しくて綱吉は覚悟を決めた。
「なんでオレら、こんなところにいるんらっけ?」
豪華なシャンデリアが吊るされている室内で、犬は身の置き所がないまま隣に座っている綱吉に尋ねた。
「仕方ないだろ。いつまでもあそこにいるわけにいかなかったんだから。それにオレが頼れるのはここじゃボンゴレファミリーくらいしかいないんだよ」
先日の死闘で手に入れたボンゴレリング。それが運良くポケットに入っているのを発見して思いついた計画。はっきり言って穴だらけの無謀な計画だったけど、あの血生臭い場所にいつまでも彼らを置いているわけにも行かず、一か八かの賭け出た。
シシリーにいる九代目に会うまでにはそう時間もかからず、綱吉が呆気に採られるほどトントン拍子に事は運んだ。ボンゴレに代々伝わるリングを見せて、この三人を丁重に預かってくれないかとボンゴレ九代目に頭を下げた数日後。自分でも無茶をすると生きた心地がしなかった初日と比べて元々順応性の高い綱吉は、裏が取れた九代目に了承を得たことですっかり気が緩んでいた。
マフィアに対する恐怖心よりもこの三人を路頭に迷わせないようにと頭を悩ませた結果が、ボンゴレファミリーで預かってもらうという苦肉の策だった。
ポケットには小銭しかないので飛行機のチケットを手に入れるなんてことは出来るはずもなかったし、何しろ三人以外の人間とは意志疎通すら難しい。言葉がチンプンカンプンだった。それなのに九代目に会えたのは、彼が日本語を操ることができたからだった。
頼りになるリボーンはまだこの時代に生まれてないだろうし。そうなると頼りになる人間が、彼しかいなかった。
腕を組んで椅子に凭れかかった骸が目を細めて向かいに座る綱吉を睨む。
「よりによってマフィアの世話になるとは。最悪ですよ。あなたは結局何がしたいんです」
「他のファミリーにちょっかいかけられるよりもまだマシかなあって。やっぱマズかったかな?」
忌々しげに呟いて綱吉を不遜に見上げる骸は最初よりもだんだん表情が出てくるようになった。そうは言っても、子どもらしさとはかけ離れた生意気な言動が多い三人だったので、綱吉もついつい未来の三人を相手にするようにあまり遠慮がない。
「九代目もなんでだか知らないけど喜んでここに置いてくれるって言ってたし、いいんじゃない?」
「つくづくあなたは甘すぎる。だから分かってないって言ってるんですよ。僕たちがマフィアに何をされたのか知っててそんなこと言うんですか?だとしたら余程頭を働かせてないと見える」
「そりゃ、エストラーネオがしたことは許せることじゃないよ。小さい子を、人を食い物にするなんてすっげー腹立った。オレにはお前らみたいに我慢することなんて出来ないと思うし」
「ったりめーじゃん! おまえなんか一発でノビちまうっての」
「はは、反論できないのがなんとなく情けない気がするけど、いいの。そんなビックリマンコンテストに出られる人間になりたいわけじゃないし。普通の平凡な……平凡、って無理じゃん!」
「そういえば、未来の僕に半殺しにされるとか言ってませんでした?」
「マズイ。そうだよ、オレこいつらと和んでる場合じゃなかったーー! っていうかオレはどうやって帰ればいいんだ?!」
頭を抱える綱吉を三人でチラリと視線を交わしてから見上げる。
「別に」
「このままここにいればいいじゃないですか」
「骸さんナイスアイデアー」
「え? いや、うん? このままここにって」
あれ、なんでそんな顔で笑ってるのかな君たち、と綱吉は冷や汗をかく。にやりと笑っているものの、目が笑っていない。こわい。
「僕たちを知らないマフィアどもに預けて自分はとっととトンズラしようって魂胆ですか? 拾ったものの世話くらいきちんとしてくださいよ」
チクチクと良心を衝いて来る骸にウッ、と詰まる。
「そ、そんなつもりじゃないけど!」
「ひでー! おまえのことちょっとはいい奴だって思ったのに!」
「帰るの……メンドイだろ」
「い、いっぺんにしゃべんないで。頭ぐちゃぐちゃなっちゃうってば! えーと、未来のオレがずっとここにいるってことは今のオレとかどうなってるんだろ。一つの世界に同じ人間が二人いることはできないって前にランボが言ってたような気が……」
「未来にでも飛ばされてるんじゃないですか」
「じょ、冗談にしても笑えねーー! あの頃のオレが未来のお前らに会ったらトラウマものだよ!
絶対泣いちゃうよ」
「おまえ、マジダッセーびょん」
「弱…」
犬と千種がかわいそうな眼で綱吉を見上げる。そんな視線にさらされて綱吉は憤慨する。
「仕方ないだろ!? お前らオレに会うといっつもネチネチ悪口言うかボコろうとするんだもん!」
「あー、なんか嫌な感じがします」
「は?」
「未来の僕らって、自分で言うのもなんですけどガキですねえ……なんかガッカリしました」
腕を組んではあ、とため息を吐く骸に同調するように千種が一つ頷く。
「えー、なんれれすか? よくわっかんねー」
「犬にはまだ早い。ついでに言うと、お前も鈍い」
「オレ? なんで?」
さっぱりわからんと顔に書いてある綱吉を見上げ、やれやれと骸は首を振る。
「仕方ありませんよ千種。この人のこういったボケボケしたところが気に入ったんでしょうし、ね」
「なるほど」
「なんか納得行かないって言うか、ムカつくなー」
「オレだけなかまはずれなんて納得いかねーびょん!」
ムムッと眉を寄せる綱吉の頭に飛び掛り髪の毛を引っぱる犬。
「いだだだだっ! ちょっ、犬! 髪引っぱるなよ!」
「犬だけずるいです。僕も抱っこしてください」
「……おんぶ」
「お、お前らなぁ! わ、わかったから! 順番ずつ! 一人ずつだぞ!?」
わらわらと身体に上ってくる三人を落とさないよう支えながら綱吉は叫んだ。
「だからっ、三人は無理だってぇーー!!」
それからは、綱吉がまたいつ突然消えるか分からない為に、三人を預かる誓約書を9代目に提出しつつも、何かあったときのためにと家の住所と電話番号を渡し。徐々に警戒を解いていく三人と一緒に遊んでやり。親しく名前を呼ぶようになって、彼らから陰惨な表情が消えるようになった頃。
綱吉はフッと、過去から現世に戻っていった。
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