※庵貞カヲカヲ→シンシン始めました。両方双子のパラレルです。 煩悩まみれの泉にある双子シンジ話、片翼の続きっぽい話です。 庵カヲ→香 貞カヲ→薫 庵シン→信慈 貞シン→慎治 「ねぇ信慈」 「なに?」 「なんでこいつら人様の家に勝手に上がりこんでるんだ? しかもリビングじゃなくて僕らの部屋に」 バンバンとフローリングを叩きながら、目線を信慈だけに固定した慎治が不機嫌そうに唸る。香と薫は各々好き勝手に、兄の香は信慈の右側に座ってノートを広げており、弟の薫はその隣で教科書をぱらぱらと捲っている。それぞれが持っている勉強机とは違う、四人用の座卓を前にしてフローリングに座っている。 普段は信慈以外の前で表情をあまり変えることのない慎治だが、今は不機嫌な表情を隠すことなく忌々しそうに目の前で微笑む香を睨んだ。 「だ、だって、来週テストだし。どんな問題が出るのか、よくわからないし」 「それでなんでこいつらがここにいる理由になるんだよ」 「君たちの事をよろしくと先生から頼まれたからね」 「君には聞いてないだろ!」 微笑んで告げる香に噛み付くと、隣に座っている薫が、そこ間違ってると慎治のノートを指さした。それに眉を寄せて薫を睨むと、何が面白いのかあは、と笑われてさらに腹が立つ。ぎりぎりと腹の底が熱くなるのに指先はどんどん冷えていく。 間違いを指摘された羞恥と、指先の冷えを誤魔化すようにがしがしと乱暴に消しゴムで消して、新しい答えをノートに書いていく。 「ごめん、慎治。勝手に決めちゃって」 「信慈君のせいじゃないよ。僕が無理矢理頼んでしまったのがいけなかったんだ」 「自覚がある分たちが悪いね。悪いと思ってるならさっさと弟連れて帰ってよ。いい迷惑だ」 信慈の顔がすまなそうにだんだんと俯いていくので、すかさず香がフォローした。その光景を忌々しく思いながらも、別に信慈を責めるつもりじゃなかった慎治は内心慌てながら渚兄弟を睨んだ。 眼差しにとっとと帰れ!という念を思う存分こめて。兄弟揃ってマイペースで無神経で何を考えてるのか慎治にはよくわからない。 「いい迷惑ってどういう意味? 僕たちが君らにとっていいことしてるってこと?」 「はあっ!? なんでそうなる!?」 薫は教科書をめくっているのに飽きたのか、ポイっと机の上に放り出すとそのまま頬杖をついて慎治を眺めた。歪曲どころかまったく見当違いなことを言う薫に慎治は思わずため息を吐いた。頭がいいのか、馬鹿なのか、デリカシーがないのか掴めない。 「君たちがここにいてほしくないって言ってるんだよ」 「なんで?」 「な、なんでって……それは」 赤い瞳がまっすぐに慎治の瞳を射抜く。こうやってまっすぐに、邪気なく見つめるこの兄弟の瞳が慎治は苦手だ。 まさか正直に信慈を取られそうだから、なんてそんな子どもっぽいことを言える慎治ではなかったので、口ごもってしまう。 「薫、あんまり意地悪なことを言ってはいけないよ」 「だってさぁ、ただ仲良くなりたいだけなのに一方的に嫌われるのって嫌じゃないか」 やんわりと窘める香に、薫が納得がいかないと首を振る。こうやって会話をする二人は確かに双子なのに、どうしてこんなにも自分たちと形が違うのか慎治たちには理解できない。 信慈はそのまま黙ってしまった慎治の掌を、二人に気づかれないようにそっと握った。 「ごめんね、二人とも。僕たち、ちょっと人見知りっていうか、あまりこういうのに慣れてなくて……あの、本当に勝手なお願いってわかってるけど、今日はもう帰ってくれる、かな」 すかさずギュッと慎治に握り返された信慈は、薫と香の両方の顔を見た後、申し訳なさそうに呟いた。ぱっと顔を上げた慎治は、信慈の言葉に謝ることなんてない、と呟いた。信慈の援護を受けた慎治は、フン、とそっぽを向いて二人に吐き捨てた。 「悪いけど、僕と信慈にはもう話しかけないでよ」 「どうして?」 「君たちの事、好きになれそうにないんだ」 はっきり言うね、と薫が慎治の言葉に顔を顰めた。 誰かに奪われてしまわないだろうか、と恐れているのを知っていた。本当は、慎治よりもずっと、僕のほうが慎治と放されることが怖かった。 だから、自分は慎治よりもっと罪深い人間なのだと信慈は思っている。 「お互い以外の存在とは相容れないと思っていないかい?」 「僕はべつに、そんなこと思ってないよ」 前の席に座っている渚香君は、転校したてで右も左もわからないような僕たちの世話を焼いてくれる。 彼は何でもないのに人の視線を集めるような、他を魅了せずに入られない、そんな人だった。確かに見た目は綺麗で、性格も温厚だけどしっかりしているから、女子にはもちろん男子からも信頼されてるみたいだった。 僕と慎治と同じように、彼にも双子の弟がいる。香君が温厚で優等生だとしたら、薫君は自分でも気づかない内に、クラスでいつの間にか皆を率先してるタイプだ。 隣のクラスで、慎治の隣の席だって。何の偶然だろう。 不機嫌な顔をして他人の話をする慎治を珍しいな、って思い出しながら香君の話を聞いていた。 「硝子を張り巡らせているように、他人とは一定の距離を持たないと触れ合えないんだね」 「それは、いけないこと? 誰だって、自分と他人との間に線引きくらいしていると思うけど……」 「もちろん悪いことではないよ」 香君が微笑んで否定する。僕と信慈以上に、香君と薫君は似ているようでまったく似てない。確固とした自分を持つことに恐れも不安もないようだった。僕にはそれが少々羨ましくもあったし、苦手でもあった。 たぶん、それは慎治もそうで、だからあんなに反発するんだと思う。僕たちは今までずっと二人きりでいたし、他人を寄せ付けないのも確かに本当だった。 だけど、そうなったのにもちゃんと理由はあったはずなんだ。それが何かはもう、忘れてしまったけど。好きだから一緒にいる。それの何がいけないんだろう。 「君たちはとても仲が良いみたいだから、それを少し不思議に思っただけなんだ。気に障ったのなら謝るよ」 香君の言葉に嘘はないと思う、けど。それだけだとは思えない。何かきっと思うところがあるんだろう。 「放課後の理科準備室はあまり人目につかないけれど、もう少し用心したほうがいい」 ちらりと意味ありげに微笑んだ香君の一言に、僕は息をのんだ。なんのこと、と誤魔化す声が掠れてしまう。 香君は、僕の耳元に顔を寄せて内緒話を打ち明けるように声を潜めた。 「家まで待てないのなら、次からはきちんと周りを確認しないと駄目だよ」 僕たちが昨日、理科準備室で何をしてたのか、香君は知っている。そう思ったら血の気が引いて、思わずが体を引いた。 香君は、何も言えないでいる僕を見ている。見透かすようなその瞳が、僕はやっぱり苦手で目を逸らした。 僕と慎治が理科準備室でキスと、それ以上のことをしていたのを香君は見ていたんだろうか。だとしたら、一体いつから? 鍵はきちんと閉めたはずだったのに。 疑問に思っていることが筒抜けだったのか、香君は逃げるように体を引いた僕の手に触れた。僕とも慎治とも違う、知らない体温に僕は怖くなる。 「校舎内の鍵なら、貸し出しの申請をすれば誰にでも手に入れることが出来るんだよ。特に、放課後の理科室や音楽室は人気が高いから」 「見てた、の?」 「たまたまドアを開けたら君たちが仲良くしていたから、少し驚いてしまったけど。あまり疑問には思わなかったかな」 不安にだんだんと冷えていく指先。ついに誰かに気づかれてしまったと慎治に告げてしまったら、僕たちはどうなるんだろう。 「セックスって気持ちいいのかな」 「なんでそんなこと僕に聞くんだよ」 またしょうもないことを話し出した薫に、慎治は最初は無言で口を噤んでいたが、しつこく同じことを繰り返されるのでうんざりとして返事をした。 放課後の教室。残っている生徒はすでに少なく、慎治は早く隣のクラスのHRが早く終わらないかと苛々しながら思った。 隣で机に寝そべっている薫は、慎治たちと違って別に香と一緒に帰るわけでもないのにどうしてここにいるのか慎治にはわからない。理解したくもない。 「僕さぁ、あ、香もだけど、君たちがセックスしてるとこ見ちゃったんだよね」 ぎょっとするようなことをさらりと告げた薫だったけど、慎治は表情を動かすことなくそれを無視した。 それでも、僅かながら動揺に揺れる慎治の瞳を薫は見逃さなかった。 「兄弟でセックスするってどんな感じ? 禁忌を犯してるってどういう感じなのかな」 つまり僕と香がセックスするみたいな感じってことだろ、と呟く薫に、慎治はわからないだろうな、と内心で呟いた。 「いつ、見たの?」 「昨日。理科室で」 「ふぅん……」 貸し出し申請した理科準備室の鍵は確かに慎治が持っていたのに、何故二人が鍵を開けることが出来たのかなんて詳しく知ることなど出来ない。 慎治はそこでやっと薫を見た。薫はゆるく口角を上げて微笑む慎治を、机に伏せた格好のまま見上げる。 「君たちもしてみればわかるんじゃないの?」 「冗談。僕たちはお互いに好きな人がいるから、その人以外わりとどうでもいいんだよね」 「好きな人、ね。そうだな、僕たちもそんな感じだよ。好きになったのが、たまたま兄弟で、男だっただけ」 「それって犯罪じゃなかったっけ? 近親なんとか」 「じゃあ、誰が僕たちのことを裁けるって言うんだよ。法律家か、神様か?」 馬鹿にするように鼻で笑う慎治に、そうだな、と薫はまぶたを伏せて瞳を隠した。 「君たち以外に誰もいないかもね」 愛することが罪なんて皮肉なもんだね、と揶揄する薫が憎いと慎治は思った。 「なんで君たちまで一緒について来るんだよ。さっさと家に帰れ!」 「そんなこと言ったって、家が同じ方向なんだからしょうがないじゃん」 「だからってわざわざ一緒に帰る必要なんてないじゃないか」 慎治は信慈の隣に当たり前のように立っている香を忌々しげに睨んで舌打ちをした。おろおろとしていた信慈の手を取って廊下を歩き出そうとうするが、ふとその足を止める。 知らない教室の扉の前で、四人は立ち止まる。それまでより眼差しをきつくして香を睨む慎治に、薫は首を傾げた。 「君、信慈にいったいなに言ったんだよ」 氷に触っているように冷たくなってしまった信慈の指先。元凶はきっと目の前の男に違いないと確信した慎治が、信慈と繋いだ手とは逆の拳を握り締めた。 「慎治……」 「信慈は黙ってて。この際だから言っとくけど、初めて会ったときから気に入らないと思ってたんだ、僕は」 信慈の掌が宥めるように肩を叩くが、慎治はまっすぐに香を見上げて「君たちなんか嫌いだ」とはっきり告げた。 「君は、僕たちじゃなくても嫌いだろう?」 「そうだよ。でも、僕と信慈を引き離そうとする奴はもっと嫌いだ。信慈を苛めるやつも大嫌いだ」 すでに周囲に人気はないからこそ、こうして面と向かって言えることが出来る。でも、誰が何処で聞いているともわからない。自然と声の調子を落とす慎治に香が笑って返事をした。慎治はそれを冷たく切り捨てる。 「僕たちが何を思って、どうしようが君たちには関係ないのに、なんで一々絡んで来るんだよ」 「って、慎治君は言うけど、信慈君はどうなの? 僕らのこと嫌いなの?」 成り行きを見守る形になっていた薫が、信慈に尋ねた。不意に落とされた言葉に体を強張らせた信慈は薫と香を見上げて、すぐに視線を逸らした。 「嫌いかどうかは、わからないけど……怖いと思うよ」 「怖い? え、なんで? 僕たちなんかした?」 薫が慎治を見つめる視線の意味に、信慈は気づいている。だからこそ、彼に慎治が奪われないか不安で怖い。 「どうせ君が何か言ったんだろ」 慎治は香に向かって吐き捨てて、信慈の手を引いて早足で歩き出した。香の、信慈を見つめる眼が嫌でたまらなかった。 離れないように手を握ったまま遠ざかっていく二人の背中を見て香が嘆息した。 「愛か、依存か、それとも両方なのか……。先は長そうだね」 「君、なんか余計なこと信慈君に言ったんじゃないの? すごく警戒されちゃったじゃないか」 「酷いなぁ。僕はそんなに信用がないのかい?」 眉を寄せて文句を言う薫も、同じように消えていく二人の背を見つめている。 「あーあー、でも昨日の慎治君可愛かったなぁ」 「信慈君もね」 「二人ともあんなに可愛いのにお互いしか見えてないなんて勿体ない」 「君も僕もただ黙って見ていることができないからそう思うのかな。こういうところだけはよく似ているね」 ふふ、と笑う香に嫌そうな顔をして、薫が窓に近づく。見下ろすと、生徒玄関から出ていく二人の姿が見えた。 周囲の目があるためか、二人の掌は繋がれていなかった。その離れてしまった距離を可哀相だとは思うけれど。 「……あの二人、どうなると思う?」 「君はどうしたいんだい?」 薫と同じように窓に近づいて二人を見送りながら、香は微笑んだ。 質問を質問で返すのは卑怯だと思いながら、薫はよく似た兄の笑みを見ながら笑った。 声に出さなくても、答えは同じだと二人とも知っていた。 >> 貞慎治が攻撃的になるのは不安の表れで、庵信慈が双子を怖がるのも不安のせいだったり |