最近めっきり秋めいてきたので、そろそろ秋物の服を出さなきゃね、と母さんが朝ごはんの準備をしながら言っていた。オレは昨夜遅くまでゲームをやりこんでいて眠かったので、寝ぼけて話半分に聞いていた。大抵の休みは理不尽な家庭教師のしごきや、中学になって出来た友人と遊ぶ時間が増えていたので部屋にこもってゲームをするという楽しみも前より出来なくなっている。 今年は残暑が続くとかなんとかかんとか、母さんが言っていたので、まだしばらくは夏物の服でも大丈夫だと思うんだけど。リボーンの修行という名の暴力や友人が巻き起こす騒動、トラブルに巻き込まれるのが日常になってきたせいで、よく着ていたTシャツや服がぼろぼろになったり焦げたりしていて、着られる服が無くなってるのに最近気づいた。 そういえばしばらく服も買ってないし、今日は街の服屋をぶらつこう、とみそ汁をすすりながら思った。 「ツナ兄ぃ〜、どこかお出かけ?」 出かけようと玄関で靴を履いていたら、廊下の向こうからぱたぱたとフゥ太がやってきた。 「ちょっと服見てこようかなって思ってさ」 「そうなんだ。だったら新しく出来たショッピングモールに行ってみるといいよ。僕のランキングでは、並盛のおしゃれ服屋ランキング三位と二位がそこに入ってるんだ」 「並盛のおしゃれ服屋ランキングとかそんなのもランキング星で占えんの!?」 キラキラと得意げに、ほめてほめて光線を出す眼差しにガガンとする。 「もちろんだよ! あとね、この前ママンたちと一緒に行ったんだけど、チョコクレープがすーっごい美味しかったんだよ」 あいかわらずフゥ太のランキングはよく分からない。けど、どうせ暇なので行ってみるか。男一人でクレープは買いづらいので、今度フゥ太たちと行くときにしよう。 「うわー……混んでるなぁ」 出来たばかりのショッピングセンターなので、今日みたいな休日にはどこを見ても人、人、人。人の群れだ。こんな光景を見たら、人の群れが大嫌いな風紀委員長とか、かみ殺すどころじゃないよな。蕁麻疹とか出そうな勢いだ。さすがにオレも、少々失敗したかも、と思いつつ店に入ってみる。せっかく来たんだからそのまま帰るのはちょっと癪だしな。それに、もしかしたら同級生の一人や二人、何より京子ちゃんにも会えるかもしれないし! 「いらっしゃいませ〜。本日はどんなのをお探しですか?」 男物の服屋だというのににこにこと話しかけてきたのは化粧もばっちり、服装ばっちりのお姉さんだ。正直話しかけられるのは苦手なので、「見ているだけですー!」と少々挙動不審ながら逃げ回る。大体、中学生なんだからTシャツ一枚買うのだって大変なんだ。そんなにほいほい買えるわけない。中学生の小遣いなんてたかがしれてるし。ジャ○コとかイ○ンで母さんが買ってくるような服より、こういう店はもっと高いからいいと思ったのがあってもなかなか買えないって。 うろうろと秋服が並んでいる服屋を覗いて、あーコレいいな、って思ってしばらく眺めてみたり、これはないわ、なんて冷やかしたりしていたら、やっと気になる服を見つけた。 「あ、これかっこいいな」 目に留まったのは、緑のフードが付いたチェックのパーカー。着回しも出来そうだし、寒くなったらこれ着ればいいかも。いや、でもこれを買うとなったらTシャツとか買えないよなぁ。そうなるとせっかく来た意味がなくなる。一応母さんから貰ってきた分と、今まで時間が無くて使えなかった小遣いを足せば、パーカーとシャツ一枚買えるっていえば買えるんだけど。でもなあ、来月は欲しいゲームの発売日だからな。今これ買うと、ゲームが買えなくなっちゃうな。 どうしようかとうんうん唸っていると、後ろからトントンと肩を叩かれた。またお姉さんか? と思ってげんなりしつつ後ろを振り返る。するとそこに立っているのはお姉さんじゃなかった、むしろお姉さんの方が良かった。 「うわぁあ!? ろ、六道骸!?」 「奇遇ですね、ボンゴレ」 トンボのように大きな黒いサングラスをかけてはいるが、この髪型は彼しかいないと確信した。なんせ一度見たら忘れられない独特の髪形をしている。とんでもなく驚いて思わず叫んでしまった。 普段黒曜中の改造した制服を来ているとこしか見たことがなかったので、私服姿がいやに新鮮だ。首にはネックレス、耳にピアス相変わらずだ。一人でぶらついているときに不意打ちで会いたい相手じゃない。 「こ、こんなところで何やってるんですか!?」 普段から物騒なことばっかり言って、会うたび契約しましょうと刃物持って追いかけてくる人間に話しかけるなんて自殺行為だ。でもさすがにこんなに人がいる中で犯罪行為はできないだろ……できないよな? 「何って、服を買いに来たんですよ。そういう君は? いつもうるさい犬や家庭教師はどうしたんです?」 じろじろと全身を見下ろされ、視線を周囲にやった後失礼なことを聞いてくる。 「犬って…獄寺君聞いたら怒るよ、それ…」 呆れたように見上げるも、訂正する気はないらしい。骸はオレが持っていたパーカーを見ると、「買うんですかそれ」って聞いてきた。確かに欲しいけど、でも迷ってる途中だからなあ。興味あるんだろうか。 「骸さーん、何やってんすかぁー?」 一人で来たのかと思っていたら、人の群れの向こうから聞き覚えのある声が。顔を合わせると、んげ! と顰められた。ちなみにこっちも私服だった。骸もそうだけど、私服を着ると中学生に見えない。柄の悪い高校生みたいだ。ピアスとか開けてるからな。しょうがない。 両手いっぱいに買い物袋を持った城嶋犬が威嚇してきた。 「なんれこんなとこにいるんだ? 狩るびょん!」 「ヒィーッ!」 相変わらず怖いので、回れ右をして逃げ出した。 しかし、ガシッと骸にフードを掴まれた。うう、逃げられない。 「おや、千種はどうしたんです?」 骸はばたばたと暴れるオレにお構いなくフードを掴みながら、あくまで自分のペースを崩さず言った。本当に自由に生きてる奴だな! 「あ、柿ピーなら人に酔ったから先帰るって言ってましたー」 六道骸がもう一人の眼鏡をかけた人の居場所を尋ねると、先に家に帰ったらしい。マイペースだ。この三人って、協調性があるようでそうでもないな。 「ま、千種にしては上出来でしょう。目的も果たして帰ったようですしね」 フッと、意味深に笑う姿になんだか背筋が寒くなった。目的って、なんだろう。おっかないことだろうか。 「柿ピー夏バテで最近缶詰ばっかれしたもんね! 今日は焼肉食べれるびょん!」 やっりー! とガッツポーズをするのはいいけど、すんごく人が見てる。関係ないけど、一緒にいるオレまでじろじろと見られていたたまれない。しかも目的って、世界大戦とかそんな大きなことじゃなくて夕飯の話かよ! 「しっかしまだ服買うんれすかー? オレもう飽きました!」 城嶋犬が持っていた袋は全部骸が買った服らしい。でもまあオレには関係ないし、オレ空気みたいだし、帰っていいよな。 「あ、じゃあそろそろ失礼しまーす」 「おっと。そう簡単には逃がしませんよ」 持っていた服を元の場所に戻して、そそくさと帰ろうとしたけど。この二人背が高いから簡単に通せんぼされた。いや、実際に腕広げて通せんぼしてるわけじゃないんだけど。心理的に。 「おおおおおれ、今日はもう帰んないと!」 「まあまあゆっくりしていってください。なんなら僕らの仮宿に案内してあげてもいいですよ。その代わりに君の身体をもらいますけど」 「イヤイヤイヤ、そんなむちゃくちゃな!」 「ええー。こいつが一緒だとオレの食う分が減るびょん。ちっせーくせに生意気らし!」 「な!? 前はそっちが遠慮しないでどうぞって言ったんじゃないか!」 前というのは、校門前に待ち伏せされて強制的に女の子しか入らないような店に連れて行かれ、そこで三人に囲まれてパフェを食べるという拷問のような時間を過ごした時の事だ。パフェ自体はおいしかったけどなあ。 でも、帰り道に街の風紀を取り締まっていたらしい雲雀さんと鉢合わせになってとんでもない目に合った。一瞬でそこが戦場になったので、こんな怖い人たちと関わるのはよそうと改めて決めたんだった。……できてないけどな。 「お、オレ今日は服買いに来ただけなんです! 買い物終わったようだしさようなら!」 「買いに来たのに買わないんですか? 意味が分かりません」 オレがさっきまで持っていた緑のパーカーを手に取って、骸は首を傾げた。 そりゃ、欲しいとは思ってたけど、高いんだ、それ。 「でもコレ、君には大きいんじゃないですか? Lサイズですよ。君、どう見てもSでしょう」 「だっせー」 「う、うるさいなぁ! 誰も買うなんて言ってないよ! ただかっこいいなって見てただけで」 「……。じゃあ僕が買いましょうかね」 「なんでーっ!?」 「クフフ、羨ましいですか? 沢田綱吉。まぁ、せいぜい自分の背が低いことを恨むんですね」 クハハ! と馬鹿にして笑って、さっさと会計に向かう背中を思い切りグーで殴りたいと思ったのはしょうがないことだと思う。誰にだってコンプレックスってあるのに。 オレの場合当てはまるものが多すぎるけど…。足短いとかさ。でも身長なんてきっとそのうち大きくなるんだ。今は伸びる前なんだ、きっと。むしろ周りが平均を超えてでかすぎるんだ! 「おかえりーツナ兄ぃ。どうだった? いい服買えた?」 「……あー。いや、まあ」 「そっかぁ! 良かった!」 にこにことしているフゥ太には悪いけど、パーカーどころか、結局Tシャツすら買えないまま家に帰ってきてしまった。しかもあの後何故かあのまま二人に連れまわされて、クレープまで奢らされた。金持ってんだから自分たちで買えばいいのに、現金はそんなに持って歩かないとか言われて払わされた。金ない年下にたかるなよ。あー、すごい散々な一日だった。京子ちゃんにも会えなかったし。 でも、帰るとき骸に服を貰った。何の魂胆があるのか分からなくて怖かったけど、貰わないと帰れそうになかったので素直に礼を言って貰った。袋の中はまだ見てないけど、「君に似合うと思って買ってみました。サイズもぴったりだと思いますよ。僕のやさしさに感謝してくださいね」って言ってたので、多分服であってると思う。 そんな押し売りみたいなやさしさいらないと思ったけど、もう突っ込むのも面倒だったので礼だけ言って帰ってきた。 久しぶりにのんびり過ごせるかと思ったのに、逆に疲れた。これなら部屋で漫画とか読んでる方がマシだった気がする。 服を送る=あなたを脱がせたい |