昨日の今日で一体どうやって話をつけたのか、シンジが父親に呼び出されたのは次の日の午後のことだった。
幾分憔悴したかのように見える父親の姿とは正反対に、広い机の前に立っているカヲルのほうは満足げに唇を緩めていた。
「・・・・・・・・・・・・シンジ」
「・・・・・・なに」
とてつもなく嫌な予感がしてシンジはそのまま帰ろうかと思ったがなんとか踏みとどまって、未練たっぷりに返事を返した。
後ろで控えている冬月の顔が優れないことにシンジは気づいていない。
「・・・・・・フィフスとの同居を認める。話は以上だ」
「な、なんだよそれっ」
「言葉どおりだ。フィフスチルドレン渚カヲルとの同居を認める」
「人に断りもなく勝手に決めないでよ!ぼくはそんなの嫌だ」
カッとなってシンジが怒鳴るとゲンドウは口を噤んだ。場を充たす重い沈黙にシンジが怯むとふいに肩を掴まれた。
シンジが斜めに見上げると、カヲルが優しく笑っている。
「シンジ君・・・・・・我侭言っちゃダメだろ」
「おまえが言うなっーー!」
「おまえだなんて他人行儀だな。いつもみたいにカヲルと呼んではくれないのかい」
カヲルの台詞にぴくりとゲンドウのこめかみが引き攣る。サングラスで隠された眼差しが動揺したようにシンジとカヲルを行き来するが誰もそれに気づかない。
シンジはカヲルの手をばしりと叩き落し、ゲンドウに向き直った。
「父さんっ、父さんはぼくに道を踏み外せってそう言うんだ」
「シ、シンジ・・・・・・」
「父さんは勝手だ!ぼくを叔父さんに預けて必要なときにだけ呼び戻して、何も分からないぼくにエヴァに乗れって言うし」
「シンジ君」
俯いて震えるシンジに冬月は声をかけようとするが、カヲルに睨まれて押し黙った。
「今だってぼくが嫌だって言ってるのに聞きもしないでカヲル君と暮らせなんて言うし・・・・・・っ」
「シンジ君、ごめん。きみがそんなに苦しんでるなんて知らなくて。僕は一人で浮かれていたみたいだね」
シンジをそうっと抱き寄せて、カヲルはシンジの耳元で感情を押し殺したように囁いた。
え、と伏せていた顔をシンジが上げるとカヲルは辛そうに眉を寄せてシンジを黙って見ている。
きゅ、と唇を噛んでカヲルがシンジの肩に顔を伏せるとシンジは思っても見なかった反応に動揺してしまう。
これじゃあ自分が悪いみたいだとシンジが途方に暮れると、いつの間にか腰にカヲルの腕が回っていた。
「ちょ、ちょっと君たち」
「・・・・・・・・・・・・」
シンジには伏せていたカヲルの表情が見えなかったが、冬月が二人の雰囲気に思わず声をかけると同時に固まってしまった。尋常でないカヲルの空気に当てられてしまったのか、ゲンドウは声を出せずに黙っているしかない。
「あの、カヲル君・・・・・・」
「気を使わないでくれ。君を傷つけてしまった僕は、シンジ君にかけてもらう言葉なんてないんだ」
「いや、ほら、ぼくもほんの少し言い過ぎた気も」
「自分がこんなに許せないと思ったことはないよ」
「そんなっ」
自分が上手いことカヲルの術中に嵌っていることなど気づきもせずシンジは言葉につまる。
こうやって二人くっついていると伝わってくる体温にカヲルが使徒であることを忘れそうになり、自分とは違う彼の甘い香りにシンジは酔ってしまったような気分になる。
この状況はおかしい。あきらかにおかしいのだけれど、なぜか思考が働かない。
シンジはカヲルの肩に手を置いてそっと促した。
「顔を、あげてよ。べつにもう怒ってないし」
「嫌だ。きっと酷い顔をしてる。自分で分かるんだ」
「そんなはずないよ。だってきみは・・・・・・」
「僕は、なに?」
そのまま黙ってしまったシンジに尋ねるカヲルの声がひどく甘く聞こえるのは気のせいだろうかと、冬月は今度こそ意識を飛ばしそうになった。ぶるぶると震えているゲンドウの背中にかけてやれる言葉もなく、冬月は目を閉じた。ついでに耳も塞ぎたかった。
「渚カヲルっ」
「・・・・・・なんですか」
「シンジを連れて退出しろ」
ゲンドウの言葉にびくりと震えたシンジを強く抱きしめてから離すと、カヲルは失礼しましたと言ってシンジを連れて部屋から出て行った。カヲルの細い背中がやけに頼もしく見えたのはサングラスをかけているせいだろうか。
後に残った微妙でやるせない空気に混じった鼻をすする音に、冬月は今後どうすればいいのか頭を悩ませた。
「碇・・・・・・」
とりあえずポケットからティッシュを差し出して、冬月は黙ってその場をあとにした。
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