『続いてのニュースです。昨夜11時頃、黒曜町○○丁目の路上にて△△△△会社社長○○××さんが遺体で発見されました。○○さんの遺体は刃物などで切り付けられた痕があり、店の売り上げがなくなっている事から強盗殺人事件として、警察では現在詳しいことを調べている模様です―――』





「おっかねー…隣町じゃん」
 遅めの朝ごはんを食べ終えてニュースを見ていると、聞いたことのある地名が出てきたことに綱吉は眉をしかめた。シャコシャコと眠気を引きずりながら歯みがきをしている最中のことだ。
「最近どこもぶっそーだなぁ。店とかちゃんと戸締りしないと危ないな」
 洗面台に行き、がらがらぺっぺとうがいをし終え、ついでに顔も洗う。寝癖で普段の二割り増しに飛び跳ねている髪にくしを通してなんとか見れるようにする。まあ大体いいだろう。鏡を見て確認する。洗面台に置いてある髭剃り用のシェーバーは、残念ながら今日は出番が無い。
 居間に戻ると、つけっぱなしにしていたテレビに自然と目が行く。ワイドショーや情報番組は、綱吉にはあまり興味のないものなので消してしまう。大抵の情報は店用に仕入れている新聞数枚で仕入れているので、お天気情報くらいしかニュースは見ないのだった。
 ふあー、と大きくあくびをして家の冷蔵庫に入れる食材を買出しに行こうと準備をしていると、ピンポーンと軽い音を立ててチャイムが鳴った。
「沢田さーん、お届け物でーす」
 玄関の向こうから聞こえた声に、はいはーいと返事をして玄関の扉を開ける。
「判子かサインお願いします」
「あ、じゃあサインで」
 ダンボールを受け取り、ひとまず床に荷物を置いて綱吉は受領書にサインをした。どうもー、と宅急便のおじさんに礼を言って扉を閉める。よいしょっ、とのかけ声と共に、ダンボールを抱えて居間に戻る。
「誰からだろ」
 宛名を見てみるが、何故か自分の住所や名前しか書いてなかったので首をひねった。テーブルの上に置いて、バリバリとガムテープを剥がす。ご丁寧に空気の入ったクッション剤をぽいぽいと取ってみる。
「トマト!?」
 ごろごろと入っている新鮮なトマトの山。いつもスーパーで見ているものとは若干形が違う。細長く、実が厚い。
「ってことは……おじいさんからか」
 ごそごそとトマトだらけの箱を探ると、底の方から瓶詰めされたオリーブオイルとレモンカードを発見した。手紙が一枚入っている。手紙を取り出して、目を通す。差出人は、綱吉の思ったとおり祖父からのもののようである。わざわざ空輸してまで送ってくれたらしい。蝋を押して形作った焼印とはなんともおしゃれだが、いかんせん紙を取り出しにくかった。
『ツナヨシ君へ
 ひまわりが日に日に背を伸ばすこの頃、元気に過ごしていますか。家光は奈々さんがこちらに来てくれてから、すっかり調子に乗っていますが元気でやっています。さて、こちらはすっかりトマトがおいしい季節になりました。家の庭で育てたトマトと新鮮なオリーブオイルとレモンカードを送ります。レモンカードはパンに塗って食べるとおいしいよ。部下にも配ったら大好評でした』
「あの人自分でコレ育ててんの!? 会社とかなんかやってるんじゃなかったのか!?」
 てっきりトマト生産会社でもやってるのかと思いきや、わざわざ自分で育てて送ってくれていたようだ。
 長い休み期間、遊びに行っていた祖父の顔を思い出す。人の良さそうな割に、人を驚かすのも好きな茶目っ気のある人だった。休みの期間中はあまり長いこといられるわけではなかったし、なんだかとても忙しそうな雰囲気だったので無駄に広い迷路のような屋敷で何度も迷った思い出がある。屋敷には黒いスーツにネクタイを締めたゴツくて強面のおじさんたちがたくさんいた。二メートルはあろうかという大男が周りにたくさんいたので、部下とはきっと彼らのことなのだろう。そうなると、畑仕事をしているからガタイが良いわけではないらしい。
 綱吉は箱に入っていたものを取り出して、とりあえず食べられる分だけ冷蔵庫に入れて冷やしておく。余ったのは店にでも持っていって、サラダやミートソースにでも使おう。手紙を仕舞おうと元に戻すと、なにやら後ろに小さく何か書いてある。
『追伸 ザンザスがそっちに休暇に行くようです。綱吉くんのごはんを食べに行くって言ってたよ。今度おじいちゃんにも食べさせてくれると嬉しいです。』
「兄さんが帰ってくるって、何の連絡も来てないぞ……」
 六つ歳の離れた兄のことを書かれていて、綱吉は首を捻った。ザンザスは同じ兄弟とは思えないほど大柄で、綱吉とは似ても似つかないほど性格も凶暴だった。本当に、どうしてあんなのほほんとした母親から兄が生まれたのか首を傾げるくらい横暴だ。ちなみにいつも仏頂面な顔も凶悪だ。たまに帰ってくる父親と顔を合わせると、壮絶な親子喧嘩を始めるので、そんなとき綱吉はいつも母親の影に避難していた。
 学校に行くのが面倒で綱吉と同じようによくサボっていた兄の顔を見て、地元のヤのつく人たちがびびって道をあけるなんてこともしょっちゅうだった。道を歩いているだけで警察官に声をかけられることも、これまた日常茶飯事だった。綱吉は六つ違いの兄が幼い頃はものすごく苦手だったが、歳を重ねていくに耐性が付いていった。しょせん、慣れというやつかもしれない。乱暴な兄に鍛えられたおかげで、綱吉は相当打たれ強くなった。兄のせいで怖い目にも理不尽な目にも合わされて、地元や他の町の不良からボコボコにされることもあった。
 しかしその後三倍どころか万倍にして兄がボッコボコにしてしまうので、中学を上がるころにはいつの間にか綱吉に絡んでくる人間はいなくなっていた。
 そんな凶暴ながらも若干身内にはやさしい兄は、今では祖父の仕事を手伝っているようでイタリアに住んでいる。ちなみに、何の仕事をしているか綱吉は知らない。ただ、祖父の会社の一端を任されるほどの重要な役職にいるとだけ聞いている。あと少ししたらテメーも呼ぶ、とは前回会ったとき、ほかほかの明太子ご飯をかっ込んでの言葉だ。
「せめてなんか連絡くれればいいのにさ。いっつも突然来るんだもんな」
 こっちだって準備って物があるんだ、と大食漢な兄貴を持つ弟はぶつぶつと呟いた。
 丁度いいタイミングで、ポケットに突っ込んだ携帯が震える。
「誰だ?」
 着信画面を見る。メールが一通。
『メシ準備しとけ』
 タイムリーなことに、着信は兄からのものだ。いつものようにそっけない文章に綱吉は思わず天井を見上げた。
「だから、いつこっちに着くんだっての……!」










「ボスがこっち来る? なんで?」
 ベルフェゴールは暗闇に慣れた視界の先、一体どんな仕掛けを使っているのか、浮遊しているマーモンの言葉に首を捻った。手のひらには獲物をかっさばいたばかりの愛用のナイフが鈍い光を放っている。
「さあね。何でも急に決めて今ではもう空の上らしいよ」
「めっずらしーじゃんボスが動くなんて。こんな極東に何の用があるわけ?」
 我らが暗殺部隊の隊長様は、よほどのことがない限り自分から動く事はしない。大抵は人を斬ったり、ボコボコに殴った相手を標本にしたり、敵を黒焦げにしたり、ナイフの的にしたりする部下に仕事を任せるというか、押し付ける。だからボス自体が動くと言う事はそうとうデカイ組織を潰すときか、舐め腐った連中を殲滅させるときだけだ。それに小隊を任されているベルフェゴールやマーモン程の実力者が一人いれば、大抵の事態は事足りる。
「さあ? 仕事ってわけじゃないみたいだから、私用なんじゃないの」
「なんだそれ。つまんねー」
 久しぶりに暴れられるかと思ったのに、とつまらなそうに言うベルフェゴールに、マーモンは小さな肩をすくめた。
「金にならないなら興味はないね。仕事だったら喜んで手伝うのに」
「今回の任務じゃつまんねーよ。ぜんぜん嬲り殺しがいないヤツばっかだし。王子退屈―」
「そう? まあ、君みたいに四六時中返り血浴びてないとつまらない人種には大抵のことが退屈だろうけど。それにしたって最近遊びすぎだよ。僕はタダで尻拭いするなんて御免だからね、払うものはきっちり払ってもらわないと。じゃないとボスに言いつけるよ」
 フン、と鼻を鳴らしてさりげなく脅すマーモンに、ベルフェゴールは唇を吊り上げた。一触即発の張りつめた空気が流れ出す。
「うぜー。お前、いつか絶対殺すぜ」
「やれるもんならやってみなよ」
「今日でもいいけどな」
「遠慮しとくよ。僕はお腹が減ったからね。ごはん食べてさっさと寝たいんだ」
 くるりと踵をかえしてかまわず歩き出した小さな背中に声がかかる。
「あ、テメーなに王子置いて行こうとしてんの。どうせあいつんとこ行くんだろ」
 出していた殺気を一瞬で消し去って、だったらオレもー、とついてくるベルフェゴールにマーモンはムっと口を曲げた。ここのところ、仕事があるないに関わらずあの店に揃って顔を出すようになっている。すっかりあの店主に常連としてセットで覚えられていることがマーモンとしてはなんだか不満だった。
 大体、最初は散々馬鹿にしていたくせに手のひらを返したように接するから文句の一つくらい言いたくなる。後から来たくせにちゃっかりおまけまでつけるようにごねるからだ、きっと。せっかく見つけたお気に入りの店、静かで気に入っていたのに、店主にちょっかいをかけてうるさいったらない。
 うきうきと足取り軽く隣を歩くベルフェゴールを横目に、マーモンは嘆息した。
「……せっかくいい場所見つけたのに。失敗したかな」
「は?」
 急にムスーっとしだしたマーモンに、「何か言った?」と、ベルフェゴールは首を傾げた。歩くたびに首から何連もかけているネックレスがカチャカチャと鳴っている。
「うるさいな。さっさとしなよ。僕はお腹が減ってるんだからね!」
 マーモンは隣を歩く白のブーツを思いきり蹴り上げ、ふん、とそっぽを向いた。