「どうしてだよ・・・・・・」
「シンジ君?」
「どうしてきみはぼくを好きになってくれたんだろう。臆病で、卑怯で、本当はいつも誰かに縋っていたいと思ってる弱いぼくなんかに」
幼子のように顔を歪めて、溜め込んでいた心情を吐露するシンジの顔は濡れていた。
「誰かに頼ったり縋ることは悪いことじゃないだろ」
カヲルが諭すようにシンジの肩に手を置くと、身体を震わせてシンジは呟いた。
「それだって限度がある。重すぎる思いはいつか誰かを巻き込むことになる、そんなの嫌なんだ」
「巻き込めばいいだろ、僕を」
「・・・・・・」
顎を掬ってシンジの瞳を覗き込むと、黒い双眸はゆらゆらと陽炎のように揺れている。こころの中の迷いに怯えながら本音を話すシンジが愛しい。
彼を苦しめる苦悩ですら、シンジを構成している一つであるならば受け入れたいとカヲルは思う。
「僕が君を苦しめているものを半分持ってもいい。そうすることできみが笑ってくれるなら」
「でも、いつかはきみも潰れてしまうかもしれないじゃないか」
シンジがカヲルを見上げると、カヲルは目を細めて笑った。
「じゃあそのときはシンジ君が僕のを持ってよ。そうすればたとえ地に足をつけたって一人じゃないだろ」
カヲルが笑う。何の邪気もなく。その笑みに、深く響く言葉にシンジは声を詰まらせた。
望んでも手に入らなかったものがある。
ただ羨んで、妬んでそして俯いて目を逸らすしか出来なかった幼い日。
誰かに頼ることに、躊躇いがないといえば嘘になる。不安を感じて胸が苦しくなる。
でも、カヲルは、彼は違うのかもしれない。不必要にシンジを甘えさえてはくれないだろう、かといって切り捨てることも。
「あとでぼくに文句言ったって遅いんだよ」
「言わないよ。その代わりに君を抱きしめるかも」
「・・・・・・きみは、ほんとにばかだ、な」
困ったように、照れたようにはにかんで初めて笑ったシンジをカヲルは己の腕で抱きしめた。目を閉じてカヲルの肩に額を預け、シンジはカヲルの体温を黙って感じている。
静かな部屋の中で唯一、相手の鼓動や呼吸が聞こえて安堵する。
一人では感じられなかった熱。
「どうしよう」
「なに、が?」
「なんか、心臓がずきずきして痛い」
ぼそりと呟やかれた言葉に驚いてシンジがカヲルから離れると、カヲルは白い顔を赤くして困ったように眉を寄せている。常に見たことがない表情にシンジは焦った。
「だ、大丈夫?病気だったら検査とかしないとまずいんじゃないの?」
「いや、身体的には何の問題もないよ。それに、痛むんじゃなくてどっちかって言うと温かいような熱いような・・・・・・」
考えるように口を閉ざすカヲルの言いたいことが分からなくて、シンジは病院に行ったほうがいいよと言う。
思い当たる病気の名前を頭の中で羅列するが、自分の症状に当てはまるようなものは見当たらない。もっとも、人の身体に当てはまるような物がこの身を蝕んでいるとはカヲルには到底思えなかったが。
眉を寄せてカヲルを窺うシンジに安心させるようきっぱりと首を横に振った。
「不思議だけど、そんなに悪い気分じゃないんだ。むしろ歓迎したいくらい」
「カヲルくんって、やっぱり変わってるよ」
「そうかなぁ・・・・・・」
曖昧に言葉を濁したカヲルにシンジは頷いて、床に落とした鞄を拾って肩にかけた。
見上げた先、光の灯っていない静かな部屋。今までの居場所。
住んでいた期間は長いとは言えなかったが、不思議とこの家を去ることに未練を感じなかった。やっぱり、ほんの少しは淋しいけれど。
シンジの内心を見透かしたように差し出されたカヲルの右手。
掴もうかどうしようか迷っていると、焦れたように手を攫われた。
「なんか、ぼくも変かもしれない・・・・・・」
ほんの少しだけ大きな手のひらに強く包まれて、ずきずきと脈打つ鼓動にシンジはぽつりと零す。
前を歩くカヲルには聞こえなかったようで、なに?と尋ねるカヲルに、シンジはなんでもないといって俯いて地面を見た。
カヲルはシンジの態度に不満げではあったが、また機嫌よく鼻歌を歌い出したので、シンジはこっそりと笑ってしまった。
この感情の意味をいつか知ることは出来るだろうか。
全身を巡る不可解なモノの名を、二人で知っていけばいいと思う。
顔を上げて宙(そら)を見れば、眠れぬ夜に見た月の光が今は優しく二人を見下ろしていた。
end.
あとがき
このあと晴れて二人は同じ屋根の下暮らすことになりますが、シンジはカヲルの非常識っぷりに怒って何度も口論になるでしょう。
家出したシンジを文句を言いつつ迎えに行ったり、迎えに来たカヲルに文句を言ったり。
最後にはけっ、やってらんねぇと匙を投げ出すばかりに熱々になっていくと思います。
カヲルは押しが強く、シンジは押しに弱いですがあまりにも押してしまうと逆に反発してしまうのでこれから苦労しそうです(笑)
ギャグで行こうと書き始めたのに、所々シリアスになるのはどうしてだろう。反省。
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