雲雀恭弥のその日の一日は常にいつもと同じ調子だった。朝早くからそわそわと浮き足立った群れを狩り、昼食を食べて仕事をこなし、夕方は草食動物の群れを何の手ごたえもなく噛み殺していた。まったくもって、決まりきった日常のある日のことだった。 その日は何故かいつもより町に人気が多く、雲雀はあっちを見てもこっちを見ても群れ、群れ、群れ!な草食動物の多さに苛々していた。家を出てからこちら、いったい何度トンファーを血で濡らしたか分からないが、噛み殺しても噛み殺しても後から後から湧いて出る。 それなりに強くて雲雀も満足できるような相手ならまだ許せるが、そんな人間は並盛にそうそういない。雲雀のような、三度の飯より闘うことが大好きな戦闘狂相手に喧嘩を売るような無謀な真似は、たとえ小学生でさえしない。雲雀の姿をちらりとでも見かけたら、小さく悲鳴を上げて道をあけるか一緒にいた連れと離れるかを選ぶ。 皆、自分の町の秩序に歯向かって病院送りにされるのはごめんだった。 しかし、そんな平和を愛する並盛市民もクリスマスというイベントに限っては気分も浮かれるらしく、出来上がったばかりの初々しいカップルのデートや、子供と一緒にクリスマスケーキを買いに来た家族の風景がいたるところで見られた。 「今日はやけに群れが多い」 どさりとまたも群れを倒した雲雀は、トンファーを手にしたまま不機嫌そうに眉を寄せた。朝から現在まで、噛み殺した群れの数は両手じゃ足りない。おかげで退屈は感じないが、いかんせん弱すぎて話しにならない。 冬は日が沈むのが早く、あたりはすでに夜の気配を纏っている、雲雀が吐く息は白いが、体を動かしているのでコートを着ていては暑いくらいだった。 「クリスマスですからね。いつもより羽目を外そうとする人間が多いのかもしれません」 蹴り上げた先でぴくりとも動かない人間をつまらなそうに見下ろす雲雀の背後で、控えていた草壁哲矢が告げる。 「クリスマス?」 「おや、恭さんご存知ありませんでしたか?」 「知らない。興味もない」 トンファーを仕舞って告げた雲雀らしい言葉に、草壁が苦笑する。雲雀にとってクリスマスや行事ごとなどというのは、騒ぎにかこつけた馬鹿どもを普段より三割増で噛み殺せるだけの日でしかない。 間違っても部屋をキャンドルやツリーで飾り付けたりなどせず、ケーキだって食べたりしないということを草壁は心得ていたのだが。 「私はてっきり…」 沢田に会いに行くのかと、と口を滑らせそうになって言葉を詰まらせた草壁に、雲雀は視線を合わせた。 「てっきり、何」 「いや、その…今日はクリスマスですから…」 「何なの。はっきり言いなよ」 煮え切らない態度の草壁にいらっとしたところで、ふわりと肩に乗った黄色いものがクリスマスー、クリスマス!と鳴く。 「フカフカー。アイタイ、モフモフ! サワダ、サワダ!」 ぴーぴーと耳元で囀る小鳥から出た単語に、雲雀はぱちりと瞬きをした。沢田? と思わず呟いた雲雀と、主人の口から出たことによって調子づいたヒバードによって繰り返される人物。 草壁は雲雀の下についてまだ十年と経っていないが、出会ってから一番の衝撃といえば雲雀とかの人物、沢田綱吉がおよそ恋人らしく付き合うということだった。高校に進学してすぐ校内の生徒教師を締め上げ、中学と同じように応接室を占拠したのは草壁や他の委員にとって別段驚くべきことではなかった。 しかし、とある日の放課後、草壁がいつものように応接室の扉を開けた瞬間、 「この子と付き合うから。手を出したら殺す、って他にも言っといて」 中学三年間でじつに見慣れた制服を着た少年をソファに座らせ、自分の仕事をしていた雲雀に、そう告げられた。そのとき草壁は雷で打たれたかのように、驚きすぎて思考が停止してしまった。雲雀がまさかそのような冗談を言うような人間でないことを、草壁は幸か不幸か十分知っていたのだった。 噛み殺す、ではなく殺す、であることからして、雲雀のこの少年に対する執着を垣間見てしまった草壁哲矢、十六歳の秋だった。 中学を卒業したときにはまだそんな惚れた腫れたの付き合いでは無いように思えたが、後々思い返してみれば式が終わって卒業証書を受け取り、応接室へと向かった雲雀の背後には、すでにあの小さな少年の姿があった気がする。 そんなこんながあってから早数年、雲雀と沢田の仲はいやはや、草壁も驚くほどすんなりと、はいかないようだが順調なようだった。 「クリスマスだなんて理由でこんなに群れないでほしいな。見てると噛み殺したくなる」 「野暮なことを言ってすいません。てっきり沢田に会いに行かれるのかと…」 「僕が? そんな予定はないけど」 色とりどりの電飾を使って明るく飾り立てる家を見て、雲雀は解せないと首をひねった。 「特別な日だから、という理由をつけてまで会いたくなってしまうんじゃないでしょうか」 恋人のいない草壁が言うのもなんだが、やはり世間一般の人間がクリスマスを特別な行事だと感じているのではないかと進言した。ただ単にお祭り好きなだけかもしれないが。 雲雀はへぇ、と頷き、歩き出した。 「僕には分からないな。会いたいなら、そんなの関係なく会いに行けばいいじゃないか」 そう言って歩き出した雲雀の背中に、草壁は「どちらに?」と声をかけた。 雲雀は立ち止まって振り返った。うん、とヒバードを肩に乗せたまま笑う。 「クリスマスなんて別にどうでもいいけど、会いたくなったからね」 「では…」 「君も今日は帰りなよ。君の説教染みた台詞に免じて、今夜だけは草食動物たちにも目を瞑るさ」 雲雀はそう告げてまた歩き出す。草壁も今度はその背を引き止めるようなことを言わずに、「アイタイ! アイタイー?」と囀るヒバードをうるさい、と手で払った黒い背中を黙って見送った。 雲雀は中学の頃から足として使っているバイクに鍵を指した。鍵を回す前に、ふとコートに入れっぱなしにしていた携帯電話を取り出す。履歴から、恋人の番号へかけた。プルル…、と繋がってすぐに、珍しく上機嫌な恋人が、笑いながらこんばんは、という。雲雀はそれにうん、と頷いた。受話器越し、外を歩いているのだろう、笑い声に混ざりながらそんな気配がする。 「今から行くから鍵、開けとくんだよ」 そう言うといつもなら、「えっ!? 聞いてないですよ!? っていうかそんな一方的に言われても全然準備とかしてないですよ!」と、わーわー騒ぐのに、受話器の向こうではくすくすと笑う音しかしない。 「何笑ってるの」 話を聞いていないのかと思い、雲雀は口をむすりと曲げる。すると、電話の向こう。いつもなら絶対に言わないようなことを恋人が言う。 思わず呆気にとられると、急に我に返って恥ずかしくなったのかブツリと通話が切られる。 ふぅん、と雲雀は口元に笑みを乗せた。 「綱吉も、僕に会いたかったんだ…?」 コートの裾が汚れることなど気にもせずに、雲雀はバイクにまたがりエンジンをかける。身体に伝わる慣れた振動を受けながら、雲雀はバイクを走らせる。 会いたいから愛に変わるなんて、柄にでもない。雲雀は誰に呟くでも無く笑い、エンジンを噴かす。 白い息を吐きながら、聖なる夜を乱しにいく。 クリスマスプレゼント? 僕がいるのにそんなの必要だって言うわけ? |