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3200形

赤電シリーズの3200形を紹介.

3260編成
1964年から製造が開始された3200形は両開き扉を採用したため窓配置が戸袋窓なしの扉間は幅狭の3連窓と変化した. 前面も丸妻から3面の折妻に変更となり運転台床面が100mmかさ上げされ, 合わせて前面窓の下辺と運転室側の乗務員扉の下辺が高くなっている.
4両ユニットは編成法が変わり,抵抗器,パンタつきのM1'が中間車,MG,CPと運転台つきのM2が両端に組成されている. 2ユニットを背中あわせに組み合わせた形となりパンタはユニットの内側にあるが, 床下機器の配置は車体の向きに関係なくM1車の抵抗器は海側,M2車のCPは山側などと配置されているので, 4種類の車体と機器配置の組み合わせがある.
3268編成(ぶれた写真で失礼)
動力関係の基本は3150形を踏襲したが,3221以降の編成から6M式に変更された. これはMMユニットの電動機を8個から6個に削減,先頭台車をT台車にするもので, 8→6で端子電圧が375→500Vに上がることで出力も75→100kWに上昇,8M車と同じ性能とした. 電圧向上でモーター形式が変更されている.
3201〜3264は広幅貫通路通しの4両固定なので2両に分割できない.3265〜3280はマイナーチェンジで M1'同士のユニット間を狭幅貫通路として2両に分割することが可能で3264以前の4両固定と組み合わせて6連が組成できる.
また網棚がパイプの棚に変更された.
3280編成 先頭のアップ.
台車は,3150以前とがらりと変わり,汽車が軸ばね式のKS121(6M以降KS121A),住友がミンデン式のFS361(FS361A)である. 両方とも空気ばねを採用.
KS121:3213〜3220 (8M車)
FS361:3201〜3212 (8M車)
KS121A:3221〜3232,3253〜3264,3277〜3280 (6M車)
3291〜3298,片開き扉,元開運号.
FS361A:3233〜3252,3265〜3276 (6M車)
T/M台車は同形式.
補足:6M車の3224編成は3200最初のグループと同時の1964年製であり,6M方式の先行車と考えられる.
3280
3200形の両開き扉の最終編成.6両編成で急行運用に入っている. 先述したように3200の最後16両は2両に分割できる.そのため6両編成を組成するためにほとんど分割されて 3221〜3264の6M車の4両固定編成と組み合わされていた.
夏の時期の写真のようで冷房の無い時代,開けられた側窓が多い.汽車製で,KS121A台車をはいている.

13 May 2004 UP!
3294編成
3150の項でも述べたが,3200にも開運号用が存在して, 3200形が両開きになっていたのに片開き扉の車体で4連×2の8両があった.
前面は3200形の折妻,側面は3150形の形態,電機品,組成方法は3265以降と同じという内容である.
開運号時代は分割できない3194編成と合わせて6連を組成,京成の花形である成田山への参拝列車でした. また3292,3296には上野より山側にトイレを設置.
3194と同様にAE車登場後にロングシートの通勤用に改造された.

3298編成
これも珍しいスナップ.海神と葛飾の間(昔の自宅の近所)で撮影.
3295が見えて,向こう側の線路を走っているので,3295を後尾とした上野行きでしょう.
海神からはしばらく直線を走行,最初に左カーブ,武蔵野線の下で右カーブして葛飾駅に入っていきます. ちょっとしたところでもカーブの多さを実感.
葛飾駅は今は西船駅に名前が変わっている.

30 Dec.2003
17 Mar.2004,3200形で分離と写真追加,編集,13 May 2004 3280写真追加.

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