前橋・新田・赤城行 ('97・9月)
前橋市内を流れる広瀬川沿いに設けられた遊歩道は、前橋の詩人の詩碑を 巡る散歩コースになっています。 | まず東宮七男詩碑「花なればこそ」。 |
遊歩道途中で、前橋ゆかりの詩人たちに関する資料を展示する前橋文学館に 寄りました。 | 前橋文学館前に建つ萩原朔太郎像。 |
萩原朔太郎詩碑「廣瀬川」。 | 同じく萩原朔太郎詩碑「廣瀬川」。 |
水量豊かな広瀬川。もとは利根川の本流だったそうですが… | 国道が貫く前橋の中心街・千代田町。萩原朔太郎の生家である萩原医院は もと千代田町にありました(現在一部を市内敷島公園に移築)。 |
明治時代に迎賓館として建てられた臨江閣。現在は公民館として利用 されています。 | 臨江閣本館。 |
臨江閣別館。若き日の萩原恭次郎、この会場で詩の講演をしたとか。 | 同じく臨江閣別館。 |
前橋の町中に溢れている川の流れ。…というか台風一過でかなり増水 してたのです; | 「白秋・朔太郎会見の杉」というものですが、何の案内板もなくて; いわれがよくわかりません… |
前橋公園ひょうたん池付近の平井晩村詩碑「落葉」。 | 群馬県庁裏手の高橋元吉詩碑。無題です。 |
前橋城跡の碑入口。というか、ここは群馬県庁です… | 前橋城本丸跡。右手が群馬県庁舎。旧藩主の居城跡に県庁を建ててしまう センスって; |
利根川を背後に控えた前橋城天守跡。もっとも当時の天守は利根川の 流れの変化によって水没してしまったそうです。 | その利根川の急流。 |
利根川にかかる群馬大橋付近の萩原恭次郎詩碑。無題です。 | 同じく萩原恭次郎詩碑。 |
萩原恭次郎の育った石倉町の墓地。恭次郎の養家・金井家の墓も ここにあります。 | 利根川にかかる群馬大橋。 |
馬場川の流れに沿って石畳の歩道やガス燈が設けられた馬場川通り。 昔はここらの酒場で萩原恭次郎青年が酒を覚えたというのですが。 | 国道の交差点の向こうに煥乎堂ビル。明治以来の営業という前橋きっての書店。 高橋元吉の実家であり、また晩年の萩原恭次郎が勤務していました。 |
群馬・太田の大光院。新田義重を先祖とする徳川家康が義重の菩提を 弔うために建立した寺。初代住職の呑龍上人に因んで子育て呑龍様と親しまれているそうで、 案内板も専ら「呑龍様」。 | 太田には新田氏の金山城跡がありますが、その金山の金龍寺。 南北朝時代の武将として有名な新田義貞の菩提を弔うため、義貞の孫にあたる横瀬貞氏が 建立したと伝えられます。 |
金龍寺本堂には新田義貞の木像があります。 | 金龍寺の新田義貞供養塔。 |
新田氏の金山城があった金山。山頂の本丸跡は新田義貞を祀る新田神社に なっています。 | 金山山頂の新田神社。金山城趾碑も建っています。 |
金山城の名残りをとどめる南木戸残存石垣。 | 金山城の井戸跡。 |
この辺りが金山城の大手口にあたるそうですが… | 群馬・新田町の水田。う〜ん新田荘だなァ、なんて思ってしまいました。 |
新田義貞が居住していた反町館跡。 | 反町館跡は現在照明寺の境内になっています。広い境内は地域の人の 憩いの場とか。 |
反町館はかつて三重の濠に囲まれた平城だったそうですが、その面影を 残すのは辛うじて本丸跡のこの濠のみ。 | 新田義貞挙兵の生品神社。夜になってしまって写真が撮れません でした; |
赤城山にて。この辺リフト乗り場の筈なんですが、…悪天候で何も 見えません; | 霞んだ感じが幻想的でいいかな、って… |
赤城神社鳥居。社殿は大沼に浮かぶ小鳥ヶ島にあります。 | 赤城大沼周辺にて。 |
原生林に囲まれた火口原湖、赤城大沼。赤い欄干は小鳥ヶ島へ渡る 啄木鳥橋。 | 同じく大沼と啄木鳥橋。霞んだ感じが神秘的でいいかな、って… |
同じく大沼と啄木鳥橋を小鳥ヶ島から。 | 小鳥ヶ島にて。ここには志賀直哉文学碑もあります。 |
赤城山山頂の地蔵岳を登る登山道。 | 同じく地蔵岳登山道にて。 |
地蔵岳頂上。晴れていれば眼下に広がる360度のパノラマが、 …悪天候で何も見えません; | 同じく地蔵岳頂上。 |