セピア色の映画の中だけに存在している様な、メランコリックで港町らしい響きを
持つ波止場・・・・
ノスタルジックな雰囲気のする横浜の海岸通りにある、その名も波止場会館という
建物の一角を海に向かって歩くと、横浜国際大さん橋ターミナルホールに辿りつく。

明治に完成後、戦時中は米軍に港を接収され、返還後には再び活気を取り戻し
沢山のドラマを刻んできたという大さん橋は、時の移り変りを静かに見守る凛と
した老兵といった印象のまま私の記憶の中で眠っていた。

その大さん橋が2年前に生まれ変わったと知り、殆ど期待もしないで見に行った。
かつて本牧の一角がスペイン風の街に変身を遂げた時の喪失感が忘れられない。
この港の風を肌で感じて育ったので、街の空気や港には思い入れがあった。

対岸から見ると、航空母艦や島のようにも見える特異な外観のさん橋は、不思議と
海や辺りの風景にしっくりと馴染んでいた。曲線と直線、天然芝と木のデッキ、鉄や
コンクリートなどの異なった素材が調和してとても美しい。

ぽっかりと口を開けたアプローチに吸い込まれるように足を踏み入れると、そこは
柱も梁もない仄暗い空間が広がる出入国ロビー。紙で作ったシェード風の天井は、
哺乳類の背骨のようで、クジラの胎内にいるみたいに妙に落ち着いた気分。
ガラス越しに波がきらきらと光り、今にもさん橋が錨を上げて出航しそうな浮遊感
が漂っている。時刻表には上海や香港の都市名が・・船旅への思いが募る。

大さん橋ホールのテーマは「都市との連続性」「海との連続性」「空間の連続性」
なるほどねと、デッキに佇んでいると、実際その事がよく実感出来る。
出入国ロビーとデッキ、デッキと海は境界線がないように工夫され、建物には柱
というものがなく、設計者の意図した通り都市と海と空間の連続性が生み出した
何とも壮大で贅沢な空間。建物の内部にいる時でさえ海の気配を身近に感じる。

屋上に出ると、ウッドデッキが、他方向から押し寄せる波のような曲線と直線を
描きながら、海に同化するように伸びている。
長閑に歩いていると不意打ちをくらい、唐突に砂丘のような屋上広場に立ってい
たり、突端にあるイベントホールやレストランへと続く谷間に迷い込んでしまう。
海へ深く潜行していくような異なる角度を持つ壁に囲まれた通路は、青く幻想的
な照明に照らされていて、深海魚になってゆらりゆらりと洞窟へと向かって泳い
でいるようだ〜

床と壁、空間や海が一体になったこの連続性は、一瞬、自分が真っ直ぐ立って
いるのか、斜めに傾いでいるのか分からなくなる。平衡感覚を失いそうなどこか
覚えのある感覚・・・そう、船酔いしたときのような気分に似ているかもしれない。

かつては海外からの客船が頻繁に寄港して、観光客や水兵達で賑わっていた
港は、交通手段がより早い飛行機にとって変わった今、当時の活気が蘇る事は
もうないのかもしれない。でも、と私は思う。何事もスピーディな時代の流れ中で
大海原を何日もかけて旅をしてきた外国船を迎えたり送り出してきたさん橋は、
それでも凛とした風格があって、今も昔も変わらないゆったりと時が流れ、独特
の空気で満たされていると。

気持ちが行き詰まっている時も、ほんわり穏やかな気分の時も、良くここに来る。
海を渡る風に思いを乗せて、見果てぬ夢を見ている内に心が少し軽くなる。

大さん橋は、車と人と光溢れる近未来的都市の喧騒をよそに、まるで昼寝をして
いるような長閑さで悠然と佇み、いつでも出航可能な船の様に寝そべっている。

そして時間は、時代と逆行するようにデッキの上を今も昔もゆっくりと滑っている。

横浜港大さん橋国際客船ターミナル
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