よしよし 中編




「‥‥じゃあ、さっきまでやってた話し合いの内容、教えてくれるか?」
唐突にアスランはそんな事を尋ねてきた。
思わずカガリの顔が微笑んだまま固まった。

先程の話でカガリが最後まで話し合いの場にいなかった事は知っている筈なのに‥‥
2人だけになった途端、アスランは口元に笑みさえ浮かべて訊いてくる。
「‥‥お前、私が知らないの、わかってて訊いてきてるだろ‥‥」
恨めしそうにアスランを睨みつけているというのに、アスランは平然と、しかもにこにこしながら 返してきた。
「じゃあ、聞いていた所まででいいよ」
「そんなの二度手間じゃないか!ちゃんと知ってる奴に‥‥さっきの虎とかキラとか‥‥ に聞けばいいじゃないか」
「カガリの口から聞きたい」

アスランは真っ直ぐカガリを見てきっぱり言いきった。
──コイツ、こういうキャラだっけ?

「〜〜〜〜だから──地球軍が、奪還したビクトリアから月に兵を送り込んで来てる、とか」
「とか?」
「──ナチュラルとかコーディネイターとかブルーコスモスとか」
アスランはよくわからないのだろう、苦笑しながら首を傾げている。
私だってわからない。本当に殆ど覚えいてないのだ。だから他のヤツに訊けって言ったのに──
「はい、おしまい!後は他のヤツに訊いてくれ!」
「‥‥本当に殆ど聞いてないのか‥‥?それとも忘れた、とか──」
「っ!だから!あの時は本当に──」

お前の事が心配で話が頭に入って来なかったんだ、
と続けようとして──しかしその台詞は寸でのところで飲み込んだ。
そんなカガリの葛藤に気付いてか気付いてないのか、アスランは
「本当に?」
と首を傾けて続きを促してくる。

結局カガリは
「本当に──聞いてないって言っただろ‥‥」
と力なく呟くしかなかった。

「バルトフェルド‥‥艦長とは、知り合いか?」
話し合いの内容を尋ねてきた時とはうって変わって表情を硬くし、再びアスランは尋ねてきた。
「ああ‥‥アスランには前に話してるぞ。まあ名前は出さなかったけど‥‥」
アスランと初めて会った日の夜の事を頭に浮かべながら、カガリは答えた。
「ああ、覚えてる。確か‥‥ブルーコスモスに襲撃されて、ソースまみれになって服を借りた、って 、あれか?」
「よく覚えてるな」
カガリにはもうかなり昔の事のように思える。
あの時はあれきり会わないであろう相手に話したつもりだったが‥‥
アスランはカガリのトレイの横に並べられた2種類の容器を指差した。
「ソースまみれになったのって、もしかして‥‥これか?」
「そうなんだ!あの時もどっちのソースが美味しいかって話になって‥‥そしたらブルーコスモスの 襲撃を受けて‥‥私は2種類のソースまみれさ‥‥って何でここにヨーグルトソースが?…あ! 虎のやつ!自分で持ってきたソース位、持って行けってんだ!」
カガリは忌々しげに仲良く並んでいる容器の白い方だけを指で弾き倒した。
アスランはクスクス笑いながらその容器を持ち上げ、再びチリソースの容器と並べた。
「どうせソースまみれになるなら、チリソースだけの方が良かったか?」
「まあね‥‥って、ソースまみれになんかなりたくもない!」
カガリは半ば本気で腹を立てているというのに、アスランは楽しげにクスクス笑っている。
そんな楽しげなアスランの顔を見ていると、 カガリもソースまみれになった時の怒りを静めるしかない。
それでも苦笑にしかならないが。

「じゃあ服を借りたっていうのは‥‥彼から?」
「そうだ」
「“ドレス”って言ってたけど‥‥」
「ああ‥‥虎の愛人の物、だった。もう自分は着ないからやるって言われて‥‥」
あの時優しげに微笑んでいた彼女も、もうこの世にはいない──
カガリの声は自然と沈んだものになっていった。
「そう‥‥」
それがアスランにも伝わったのか、そう呟いたきり、2人の間に沈黙が落ちる。
しばらくたってそれを破ったのはアスランからだった。
「またそのドレス、着て見せてくれないか、俺にも」
「え‥‥!?何でだよ」
虎に見せてやる理由は分かるが、アスランにわざわざ着て見せる理由はカガリにはない。
どうしてアスランがそんな物見たがるのか、カガリにはさっぱりわからなかった。
しかしアスランの返事はただ一言、シンプルな理由だった。
「見たいから」
「‥‥わざわざ私のそんな姿見ても、楽しくないと思うぞ?」
「ある意味、とっても楽しいと思うけど‥‥」
「どういう意味だよ!?」
アスランの言葉にからかいの含みを感じて、カガリはギロッと睨みつけた。
「ごめんごめん、意味なんてないって」
そう言いながらアスランは笑いを堪えるように、顔を歪ませている。
なのに次のカガリの台詞でアスランの表情は一変した。
「ただドレスが見たいだけなら、ドレスだけ見せてやる」
「それじゃあ意味がない。カガリが着てないと」
急に穏やかな表情を見せるアスラン見つめられて、急にカガリは落ち着かなくなった。
「ど、どうせ、私がどれ位ドレスが似合わないか見たいだけなんだろ?」
「まさか。わざわざ似合わないドレスを貰ったわけじゃないだろ?」
カガリは言葉が出なかった。
返事に窮したわけではない。
あまりにアスランがまっすぐ見つめてくるから──その視線に射抜かれて動けない。
こいつ──いつもこんな顔で私を見てたっけ?確か、初めて会った時はこんな感じだったかな‥‥
そこまで考えたのがカガリの精一杯だった。思わずアスランから視線を逸らしてしまう。
「‥‥だから、灰になってるかも‥‥」
「きっと無事だよ。だから、ね?」
アスランの表情は、そっぽを向いているのでわからないが── 心なしか声、も、優しいような‥‥
カガリはぼそぼそと早口で答えた。
「‥‥無事、ならな!」
ほんの一瞬目の端でアスランを確認すると、その顔は本当に嬉しそうに微笑んでいた。

「そういえば‥‥カガリはヘリオポリスにいたって言ってたよな?それがどうして 砂漠の、しかもレジスタンスに?」
どうやら話題が変わった事、そしてアスランの声も普段の声音に戻っていた事もあって、
やっとカガリはアスランの方に顔を戻す事ができた。
「‥‥ヘリオポリスでモビルスーツが造られているらしい事を耳にして‥‥ 確かめに行って崩壊に巻き込まれて‥‥崩壊後オーブに戻って父を問い詰めた。 なぜ中立のオーブが連合に加担してモビルスーツなんか造っていたのか?ってな。 その時父に“お前は世界を知らない”と言われてさ‥‥だから世界を見に行ったんだ」

私が“父”と言葉を発した時、ほん少しだけアスランの瞳が揺れた気がした。
その瞳を隠すように閉じ、アスランはなおも質問を投げかけてきた。
「‥‥で、行った先が砂漠の、レジスタンスだった訳だ」
「そう」
アスランの口から小さくため息が漏れた。

「‥‥で、その後アークエンジェルに同行したんだな」
「ああ」
初めて会った時には必死に隠そうとしていた事に、今はあっさり頷くことが出来る。
それだけの事なのに、カガリにはそれがとても嬉しく思えるのだった。しかし──
「何故?」
「‥‥さっきから質問ばかりだな」
別に答える事は構わないのだが、最近同じような話をしたばかりだ。
アスランは知る由もないだろうけど。
「カガリの事、もっとよく知りたいから」
少し俯きかけていたカガリはアスランの言葉に思わず顔を上げ、すぐまた俯いた。
──こいつ、ちょっとおかしくないか?
プラントから戻って来た直後もおかしかったけど‥‥ その時とはまた違っておかしい!
カガリは首を捻りながらも、とりあえず質問に答えることにした。
「‥‥アークエンジェルに乗り込んだのは‥‥心配だったからだ。アークエンジェルの行く末が」
「というより、キラが心配だった?」
カガリは再びガバッと顔を上げ、今度はそのままアスランを凝視した。
しばらく見詰め合った後、やっぱり目を逸らしたのはカガリの方だった。
「‥‥そうかも、しれない。あいつ、あの頃泣いてばかりで‥‥ほっとけなかった」
「‥‥好きだった?」
カガリはまた一度逸らした目をアスランに向けた。
アスランの表情はずっと変わらない。ただ穏やかな視線をカガリに注ぎ続けている。
カガリは詰めていた息を盛大に吐き出した。
「──どうしてみんな、そういう事、訊きたがるかなぁ?」
ここで漸くアスランは首を少しだけ傾けた。
「みんなって?」
「みんなはみんなだよ」
いちいち説明する必要を感じないので、カガリはアスランの質問を流した。
アスランもその質問には執着を示さず、再びキラについて尋ねてきた。
カガリはアスランがそんな事に固執する理由がわからず、眉間に皺をよせつつ答えた。
「そりゃ、好きだったさ。今でも好きだぞ」
カガリにとっては当然の答えだったが、アスランはそういう答えを望んでいないようだった。
小さくため息混じりに呟いてくる。
「‥‥そういう意味じゃなくて」
「分かってるよ!普通にいい奴だと思って好きだった。それだけだよ」
「何で?‥‥きょうだいだから?」
アスランは先程より幾分声を抑えて尋ねてきた。
そんな気を使わなくていいのに‥‥と思いながらカガリはふっと微笑んだ。
「それじゃなくても。──もういいだろ?この話は」
こういう話を続けられてもカガリには語るべき話が全くない。 婚約者までいたアスランなら積もる話もあるだろうが──
話せば話す程だんだん不機嫌になっていくカガリに気付いてか、
アスランもそれ以上聞き出すのは諦めてくれたようだ。
「ん‥‥まぁいいけど。それでアークエンジェルに乗り込んで、 戦闘機にまで乗って、あそこで俺と──」
明らかに話に続きがありそうな所で、アスランは黙り込んでしまった。
それを怪訝に思ってカガリは思いっきり顔をしかめた。
「何だ?急に黙り込んで‥‥」
アスランは急に怖いくらい真剣な表情でカガリを見つめてきた。
「あの島で俺に話してくれた‥‥カガリが砂漠で友達になったコーディネイターって‥‥ キラの事だよな?」
「ああ、そうだよ」
あの時確かにキラの話をした。
キラがモビルスーツのパイロットだとバレない様に話をするのに必死だったな‥‥
とカガリは何だか懐かしい気持ちになった。
カガリの表情が綻ぶのとは対称的に、アスランの表情は相変わらず硬い。
「‥‥その子にさ、『よしよし』したって言ってなかったか?」
カガリは目を丸くして、感嘆の声をあげた。
「よく覚えてるなぁ‥‥本当に。ああ、言ったよ」
でもこんな話を何故アスランはこんなにも真剣な表情で尋ねてくるのか、カガリには さっぱりわからなかった。
「よしよしって‥‥こう、だよな?」
そう言いながらアスランは、以前カガリがそうしたように腕を前に伸ばして 手のひらを前後にひらひらさせた。
「うん」
その仕草がアスランらしくなくて、カガリは笑いを堪えながら頷いた。
そんなカガリに気を悪くしたのか、アスランはすぐ腕をひっこめそのまま腕を組み 黙り込んでしまった。

何か私、悪い事を言っただろうか?訊かれた事を答えただけなんだが‥‥
そう考える間にもアスランの表情はだんだん険しくなってきている。
何だかこっちからその理由を尋ねにくい雰囲気になってきたので、
少し俯き加減に上目遣いでアスランの様子を窺っていると、漸くアスランが口を開いた。
「‥‥何でそんな事をしたんだ?」
さっきより低い声で、しかも表情は不機嫌そのものだ。
「何で‥‥って‥‥あの時言ったと思うけど‥‥」
アスランの態度に気圧されて、カガリの声は思ったよりも小さく響く。
そんな自分が悔しくて、今度は胸いっぱいに空気を吸って叫んだ。
「私は泣いてる子はほっとけないんだ!」

何で私がこんな弁解しなくちゃいけないんだ!しかもさっきからずっと睨まれてるんだが。
「他には?それ1回だけか?」

‥‥だから何でそれをアスランに言わなくちゃらならいんだ‥‥!
理不尽さを感じながらも、別に隠す事でもない。話してもいいんだろうけど‥‥どうも言い辛い。
だいたい‥‥ついさっきまでの様にもっとにこやかに会話出来ないのか!コイツは!
「‥‥なぐさめてやったのはそれだけだ!」
「ふーん‥‥じゃ、なぐさめたの以外だったら、あるんだ?」
ギクッ!としたのがモロに表情に出てしまった。
勿論アスランはそれを見逃さなかった。
「あるんだな‥‥そうだよな。あの時オーブで俺とキラに飛びついてきたような奴だからな。 そういうのが他にもあるんだろ。例えば‥‥キラと再会した時とか」
まるで見ていたような言い方、しかもジワジワ追い詰められる、
と言うよりネチネチ厭味な物言いに、カガリはついに爆発した。
「そーだよ!キラに飛びついて押し倒したよ!その前にもある! アークエンジェルがオーブに一時立ち寄った時、キラに抱きついて見送ったよ! あとは‥‥」
「もういい」
そう大きくない声でカガリの絶叫を遮って、アスランはむっつり押し黙ってしまった。

カガリにはさっぱり訳がわからなかった。何でアスランがこんなに怒っているのか。
私には非がない、とは思うけど‥‥何か気に障ること、言ったか?
だんだん気になってきて、カガリは恐る恐る尋ねてみた。
「‥‥何をそんなに怒ってるんだ?」
「怒ってない」
アスランはまるで予め返答を用意していたかのような速さで一言返してきた。

──絶対、怒ってる、これは。

「怒ってるじゃないか。何が気にくわないんだ?ちゃんと私に分かるように説明してくれよ。 じゃないと、さっぱりわからない」
必死にそう訴えるカガリを、アスランはじっと見つめてきた。
しかし、暫くしてふいっと横を向く。
カガリはその態度にムカッときて怒鳴ろうとしたが、ふいに、頭にある想像が浮かんできた。
「もしかして、お前‥‥」
アスランは横に向いていた顔を再びカガリに戻した。やはりまだその表情は厳しい。
それでカガリは確信した。なるほど、そういう事か──
「私とキラが仲良くしてたから、嫉妬してたんだな!私に!」
だから私を見る視線がこんなに厳しいんだ。
本当にバカだなぁ、アスランは。そんな事気にする必要ないのに。
アスランだってキラに飛びついちゃえばいいんだ。
アイツは、キラはいつでもちゃんと受け止めてくれるのに。

そう言ってやろうとアスランを見ると、冷たく光っていた緑の双眸から鋭さが消え、 かわりに諦めの色が浮かんでいる。
アスランはそれを隠すかのように目を閉じ、小さく息を吐きながら呟いた。
「だから、怒ってないって‥‥」
確かに今のアスランの様子は『怒っている』というより『呆れている』という感じだか‥‥
さっきまでは怒ってたと思ったんだけど‥‥ まあ今は怒ってないみたいだから‥‥まぁ、いいか。
カガリもふぅっと息を吐いて、小さく微笑んだ。
「なら、いいけどさ」

もうアスランからは怒りの波動は感じられない。
これで一安心──と思った、その時だった。
「じゃあ‥‥」
そう呟いたアスランは閉じられていた瞼を開いてカガリを見た。
「もし泣いてたのが俺でも、同じ事してくれたか?」
‥‥?
カガリの思考が一瞬完全停止した。
は?何言ってるんだ、こいつは‥‥
「あ、あのな、私が言いたいのは、キラなら誰が飛びついてもちゃんと受け止めてくれる、 という事でだな、そりゃアスランならキラだって喜んで‥‥」
「カガリは?してくれたのか?」
アスランに言葉を遮ってまで再び問われたカガリは、返事に窮した。

コイツ、さっきまで確かに怒ってたよな?
しかもそれは私に向けられた怒りだったはず。
なのに、その相手にどうしてこんな事を訊いてくるのか、さっっっっぱりわからない!
が、とりあえずその件は置いといてアスランの問いかけの返事を考えてみる事にした。

今日この時までアスランが泣いてた時って‥‥あ、あった。
飛行艇の医務室だ。
あの時に“よしよし”なんて──考えもつかなかった。
だってあの時はアスランがキラを殺した、と思ってたし‥‥
絶対“よしよし”なんて、無理無理!
後アスランが泣いてた時‥‥?なかったよな‥‥?
よし。結論は出た。

「しない」
「何で!」
カガリの回答に納得がいかない様子で、アスランがすぐさま反論してきた。
カガリは今自分が考えていた事を短く説明した。
「実際アスランが泣いてた時“よしよし”してあげよう、なんて思わなかったからな、私は」
しかしアスランはそれを聞いてきょとんとした顔をした。
「いつ俺が泣いた、って?」
「いつ‥‥って。覚えてないのか?オーブの飛行艇の中でだよ。──ああ。お前、あの時 かなりボケてたからな」
そこまで言うと、アスランは漸く思い出したのか、ほんのり頬を染め片手で口元を押さえた。
そしてそのままテーブルに肘をついて俯いてしまった。
「そりゃ‥‥あの時は‥‥無理だろう」
「だろ?」
「──そうじゃなくて」
照れも収まったのか、再びアスランは顔を上げてカガリを見た。
「じゃあもし俺がここで泣いてたとしても“よしよし”してくれないのか?」
「え‥‥」

カガリは絶句した。二の句が告げなかった。
はっきり言って──考えた事もなかった。
そんなカガリにアスランは更に追い討ちをかける。

「してほしい、なぁ‥‥」
「ええっ!?」
今度はカガリが真っ赤になる。
な、な、何言ってるんだ?コイツ!
「や、でも、お前、泣いてないし‥‥」
「でも色々あって、辛いんだ、俺」
ぐるぐるした頭で必死で考えた言葉もあっさり返される。
そりゃ色々あっただろう‥‥それは否定しないけど、でもコイツ今、全然辛そうに見えない!
むしろ楽しそうに見えるのは私の気のせいか!?
「で、でも‥‥あ!さ、さっき‥‥‥‥った、よな?」
「え、何て?」
────だから何で私がこんなにわたわたしなくちゃならないんだ!
「〜〜〜〜さっき!お前に“よしよし”したようなモンじゃないかっ!」
今私の顔は相当赤い筈だ!何だか息も苦しいし!声も出し辛い!
「えぇ〜、でもしてもらった訳じゃないし‥‥」
ここここ、コイツは本当にアスランか?こんな事言うヤツだったか!?
「で、でも!そうだ!お前が勝手に私に‥‥!」
「それに」
そこでアスランは一旦言葉を切って、突然真剣な表情になる。
「カガリ、俺が無事プラントから戻ってきたのに、飛びつきもしてくれなかった‥‥ キラの時は飛びついたくせに」
そう言ってぷいっとそっぽを向く仕草が──めちゃくちゃわざとらしい!
でもまぁ確かに‥‥いや!でも!
「だってお前、婚約者の前で流石にそれはできないだろ‥‥」
困り果ててポロッと出た言葉にも、アスランはわざとらしく横を向いたまま。
「〜〜〜じゃあ、どうすればいいんだよ!」
カガリがそう叫ぶと、アスランは待ってましたとばかりにカガリに視線を戻し、 にっこり微笑んだ。
「“よしよし”、して?」
「だーかーらー!」

‥‥これでは堂々巡りだ。それは分かっていても『して?』と言われて
『まかせとけ!』と簡単に出来るものではないのだ。
カガリは諦めたようにため息をついた。
「‥‥どこでだよ」
「ん?」
「だから、何処でやったらいいのか?って訊いてるんだよ!」
「‥‥やってくれるのか?」
その緑の瞳に真剣な色を湛えて、アスランが念押しするように尋ねてきた。
さっきまでの茶化したような表情ではなくて──
思わずカガリはコクンと頷いてしまった。
途端、アスランはにっこりと笑ってテーブルを指差し、言った。
「じゃ、ここで、今すぐ」
何────!?ムリ、ムリ!絶対ムリ!
カガリはアスランの爆弾発言のせいで、口を金魚のようにパクパクさせ、 それでもやっとの事で声を押し出した。
「お前‥‥ふざけてるだろ!」
「だって今すぐがいいんだ。だったらココだろ?」

──絶対、面白がって私で遊んでいる!
そりゃそういう冗談言えるまでに元気になったって事は喜ばしいけど‥‥ こいつ、性格変わってないか!?
それとも‥‥無理、してるのか?──無理して笑ってる?

カガリは何だか急に不安になって、身を乗り出しアスランの顔を覗きこんだ。
その突然の行動にアスランは驚いた様子で、それでもカガリをじっと見返してくる。
しばしそのまま見つめ合って‥‥先に言葉を発したのはアスランだった。
「‥‥このままの状態じゃテーブルが邪魔だから、こっちに回って来てくれる?」

──カガリは脱力してテーブルに突っ伏した。
こいつ‥‥おかしい。
「‥‥いかない。絶っっ対行かない!もう、知るか!」

くぐもった声でそう答え、カガリはそのままの体勢で考えた。
きっとコイツはプラントへ行った時に頭の螺子が何本か抜け落ちてる!
だから‥‥これもある意味ハツカネズミ状態なんだ‥‥!きっとそうだ、そうに違いない!
テーブルに顔を伏せたままぐるぐる考えているカガリの頭を、大きな手がくしゃくしゃとかき回す。
無造作な手つきなのに、何故か優しく感じられて──カガリは顔を上げる事ができずに そのままじっとしていた。
あまりに心地よい感触だからか、カガリに睡魔が襲ってきたその時だった。
「‥‥何やってるんですか、あなた達は‥‥」
聞き覚えのない男の声にガバッと顔を上げると、赤い短髪の男がこちらを見下ろしていた。
気付けばアスランがその男に向かって軽く一礼していた。
という事は、エターナルのクルーか‥‥そういえば軍服はザフトの物だ。

「隊長‥‥じゃない、バルトフェルド艦長、見ませんでした? こっちに来てるって聞いたんですが‥‥」
その言葉でカガリはピンときた。
こいつ、砂漠にいた頃からの虎の部下か‥‥そういや、何だか見覚えがあるような‥‥
そんな事をぼんやり考えていると、その男の問いにアスランが答えていた。
「バルトフェルド艦長ならさっきまでここで食事してましたけど、戻ったはずですよ」
「もう!あの人は全く‥‥」
この赤毛の男は随分虎から迷惑を被っているようだ。口調が上官へのそれではない。 まぁ、分かる気はするが。
カガリがまだ暢気にそんな事を考えていると、その男が今度は私達に 苛立たしげな視線を投げつけてきた。
そしてその視線は最終的にアスランに向けられる。
「あなたも!こんな所で油売ってていいんですか?いくら婚約は解消されたとはいえ、 これってどうなんです?早速もう別の女の子と‥‥」
はあ!?この男は何言ってるんだ?
カガリはキッと赤毛の男を睨みつけた。
別に男といようが女といようが構わないじゃないか!
ったく、どいつもこいつもどうしてそういう考え方しかできないんだ‥‥!
「はぁ‥‥すみません」
アスランも何故この男にこんな事を言われなきゃならないのかよく分からないのだろう、
曖昧な表情と曖昧な表現で返している。
その答え方がまたこの男の癪に障ったようだ。
一段とムッとした顔をしてボソッと呟いた。
「シーゲル様があんな形で亡くなられたというのに‥‥」
その言葉にアスランは目を見開いて赤毛の男を見た。
アスランの表情の変化にカガリも驚いてアスランを見た。
──もしかして、知らなかったのか?

カガリは先程の話し合いの前に簡単にだが聞いていた。
アスランだってもう知っているものとばかり思っていた──
赤毛の男も当然アスランは知っているのだと思っていたようで、 しまった、というような顔をしている。

──そんな顔する位なら、こんな所であっさりポロッと言うなよ!
カガリはただボーッと立ち尽くしている男に言いようのない怒りを覚えた。
無意識に拳を作り、それを思いっきりテーブルに叩きつけた。
「お前、もう、あっち行けよ!」
カガリの投げつけた音と言葉に身体をビクッと震わせ、赤毛の男がこちらを見た。
まだ突っ立ったままの男にカガリは更に言い放った。
「ここにあんたの上官はいない!とっとと捜しに行けよ!」

赤毛の男は申し訳なさそうな顔をちらりとこちらに向けながら、食堂を出て行った。

──さて、今度はこっちだ。

アスランは白くなる位に握り締めた自分の拳をじっと見つめていた。
その表情は苦痛に歪み、見ているこちらが痛々しいくらいだった。
「アスラン‥‥」
カガリは真っ白になったアスランの手に自分の手を重ねた。
「また余計な事、ぐるぐる考えているんじゃないだろうな?」
そうカガリが問いかけてもアスランはぴくりとも動かない。まるで良く出来た蝋人形のようだった。
「おい、聞いているのか!?」
先程より少し強めに声を出したが、それでもこちらの言葉は全然耳に入っていないようだ。
本当にコイツは‥‥
さっきまで笑っていたのに、今はまたハツカネズミ逆戻りだ。

あの男の言葉で、ラクスの父親を手にかけたのが誰なのか‥‥解るよな‥‥
直接・間接問わず、アスランの父親が関わってないわけがない‥‥
でもまさか、私だってアスランがまだ知らなかったなんて思ってもみなかった。
プラントを出てここに来るまで数日はあった筈だ。
エターナルのクルーの誰かがコイツに話してると思ってたし、そうするべきじゃないのか?
遅かれ早かれ、知る事になるのだから‥‥

カガリは小さく嘆息した。
アスランの手から自分のそれを外すとおもむろに立ち上がり、 テーブルを迂回してアスランの隣に立った。

「アスラン」
呼びかけたがやはり身じろぎひとつしない。カガリは深々とため息をついた。
──いや、この場合は深呼吸と言った方がいいかもしれない。
大きく息を吐いて、そして今度はすぅ────っと大きく息を吸って‥‥

「アスラン‥‥その‥‥“よしよし”、してやるから‥‥」
思ったより小さな声しか出ず、そんな自分が少し恥ずかしかった。
それでも視線を逸らすことなく、辛抱強くアスランを見つめていると
漸くきつく握った手を解き、ゆるゆるとこちらを見上げてきた。

──だから!何でそんな無防備な顔で見上げてくるんだよっ! 見られてるこっちが恥ずかしいんだって!
みるみるうちに自分の頬が真っ赤に染まるのを感じるカガリだった。
それを誤魔化すように目を微妙に泳がせながら小声で喚く。
「で、でもっ!ここじゃイヤだからな!どっか‥‥別のトコで、な!」
やっとの事でそれだけ言ってそっぽを向くと、アスランはテーブルの上に置かれたカガリの指を 緩く掴んできた。
突然感じられた指先への弱々しい感触にふとアスランを見ると、
まだ弱々しげながら、微かに笑みを浮かべてカガリを見上げていた。
「‥‥よろしく」
アスランは掠れた声でそれだけ言うと、私の手を持ち上げて自分の額におしあてた。







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