よしよし 前編




これは一体、どういう状況なんだ──!?

あたたかいモノに包まれている。
そのモノが問題だった。
赤い軍服を着たモノ、肩を負傷して右腕を吊っている、モノ。
自由が利く方の手は自分の背中にがっちり回され、どんなにもがいても外れない。
しかも何!?その束縛は徐々に強くなっていくじゃないか‥‥!
ちょっとした息づかいとか、そのモノの心音とか、そういうモノがダイレクトに伝わってきて‥‥
これは、もう、私の方が「物」になるしかないだろ!

すっかり石状態のままどれ位時間が経っただろうか‥‥
多分そんなには経ってないだろうけど、私にとっては永遠に続きそうに思えたその時──
辺り一帯にその音は響き渡った。

ただでさえ赤く染まっていた頬が、更にその色合いを濃くさせた音の正体は──

カガリの耳元でプッと息を吐く声が届いたかと思うと、 私を包んでいたモノは体を震わせて爆笑したのだった。
それでも私の体に回した手を解く事もなく、それどころかカガリを支えにして大笑いしている。
そんなアスランの体の振動が直接カガリに伝わってくる。

──私からの振動も、勿論伝わっただろう。
あの忌々しい腹の虫の音と共に。

アスランの笑いっぷりにカガリもだんだん腹が立ってきた。
あんだけ人に心配かけといて、今のこの状態は何なんだ!
それでもカガリは文句を言う事も殴ることもできず、未だに硬直状態だった。

やっと笑いの波が少し引いたようで、しかしアスランはまだクスクス笑いながら ゆっくりと私への戒めを解いた。
そのお陰でやっとカガリも不自然な形に固まった身体を再び動かすことができた。

「何か食べようか」
私が文句を言ってやろうと口を開きかけるよりも、アスランの方が早かった。
その言葉で自分の腹が出した音の事を思い出し、また顔が火照ってくるのを感じたが、
確かにお腹が空いているのは確かで‥‥
「‥‥食べる。行くぞ」
ぷいっとそっぽを向いて、自分がやって来たドアに向かって進もうとした──
が、ジャケットの裾がピンッとつっぱるのを感じた。
振り向くとそれもそのはず、アスランがそれを摘んでいた。
カガリはアスランの顔を見ず、その手元を見ながらぶっきらぼうに言った。
「何だよ」
「連れて行ってくれないのか?」
アスランはジャケットを離したその手をカガリに向けて広げた。
「──普通について来ればいいだろ!?」
「さっきは引っ張ってくれたじゃないか」
カガリはパンッと音を立て、アスランの手のひらを叩いた。
「ウダウダ言ってないで、行くぞ!」
カガリはくるんと向きを変え、今度こそずんずんと扉に向かって行った。
背中から聞こえるクスクス笑いに顔を顰めながら。

「で、何処で食べるんだ?」
カガリは無言で通路を進んでいた。
何処で食べるのか、何処に向かっているのかさえ教えてないのだから、 このアスランの問いは当然のものだろう。
勿論カガリは何処で食事を摂るか、もう決めていた。
「クサナギの食堂に行く」

カガリはクサナギのクルーなのだからそこに向かうのは至極当然の事だ、 とアスランも理解したのだろう。
「わかった。じゃあそこで話し合いの内容、聞かせてくれないか?」
「え‥‥」
カガリは言葉に詰まった。
「カガリは話し合いに加わっていたんだろ?その時の内容、食べながら聞くよ」
「あ、ああ‥‥」
そんなモノ、カガリだって知らない。カガリも途中で抜け出してきたのだ。
まぁ、少しは聞いていたし‥‥聞いていた所を話して‥‥後でこっそりキラにでも訊こう‥‥
と、カガリは心の中で呟いた。

クサナギの食堂付近まで辿り着いたその時、カガリは思わず回れ右しそうになった。
食堂から出てくるM1アストレイのパイロット3人娘の姿を見たからだ。
しかし、時すでに遅し‥‥

「あら〜、カガリ様じゃない」
「あらら?その後ろの彼と一緒にお食事ですか〜?」
「ふふーん、なるほどねぇ‥‥」
──今会いたくない奴らbPだった。

「何が“なるほど”なんだよ?どけよ。今から食事を‥‥」
“どけ”と言っているのにもかかわらず、3人は横並びになってドアの前に立った。

「カガリ様、この食堂は久しぶり‥‥ですよね?」
「そ、そんな事ない」
「あら、確か5日ぶり、くらい?」
「そんな事ないって言ってるだろ!」
「ねぇ、“アスランさん”でしたっけ?」
真ん中に立っていたアサギがカガリの両肩に手を置き、 カガリの顔の横から首を傾けてアスランに語りかけた。
「あ‥‥ああ」
「カガリ様ねぇ、あなたの帰りをそりゃ首をなが〜くして待ってたんですよぉ?」
「あ‥‥はあ」
「お前、何言い出すんだよ!?」
カガリはアサギの手を叩き、自分の肩から追い払うと、 次はジュリがアスランににーっこり微笑んだ。
「あなたがプラントに旅立った日なんて1日中ずーっとあなたのMSに張り付いちゃって‥‥」
「こら!何言ってるんだよ!」
カガリがジュリの前に出て怒鳴ると、次はマユラがひょこんと顔を出す。
「メンデルに着いてからは、もうずーっとアークエンジェルで‥‥」
「うるさいんだよ!お前らは!」

とうとうカガリは真っ赤になってジュリとマユラの頭を掴み、アサギの頭にぶつけた。
「いったーい!」
「何するのよ!」
「ひどいじゃない!私達は本当の事を‥‥」
「やかましい!」
カガリは腰に両手をあて、3人に一喝した。
「仲間の心配して何が悪いんだ!」
それでも3人は負けずに言い返してくる。
「だーって、カガリ様の心配の仕方って尋常じゃなかった‥‥」
「普通だろ?普通!」
「でも、それ‥‥」
ジュリがカガリをぐいっと押しのけて、アスランを見た。
「それって、ハウメアの‥‥」
残りの2人も、えっと驚いて、カガリを押しのけアスランを見ようとした。
カガリはギョッとして3人からアスランを隠すように体を左右に揺らした。
アレの事追求されたらまたコイツらに変な話題を提供してしまう──!
カガリも頑張ったが所詮3対1。必死の防衛網が突破されてしまいそうになったその時──

「アサギ、マユラ、ジュリ!何油売ってるの?」
食堂の入り口を背にしていた3人は、エリカの声にえ〜っと抗議の声を漏らした。
逆にカガリは心底胸をなでおろし、打って変わって強気な態度に出た。
「ほら、大将が呼んでるぞ?とっとと行けよ!」
そう言ってカガリは3人をまとめてアスランより向こうへ──エリカの方へ押し出した。
3人はブツブツ文句を言いながらも、最後に一言ずつ叫んで行く事は忘れなかった。

「カガリ様のこと、よろしく〜!」
「お願いだから、捨てないであげてね〜!」
「またゆっくりお話しましょうね〜!」
「さっさと行け!」

カガリは足を蹴り上げる仕草で3人を追っ払った。
そんなカガリを見て3人はクスクス笑いながらエリカについて通路から消えていった。
彼女達が自分の視界から完全に消えるまでは、全然安心できなくて カガリは肩を怒らせながらその後姿を見送った。

そうして漸くホッと息をつき、さて食堂に‥‥と方向転換すると
「よろしくされたけど‥‥」
隣の少し高い位置からいきなり声がした。
──すっかりアスランがいる事、忘れてた‥‥
「あいつらの言う事、いちいち真に受けるな!」
「ずっとジャスティスに張り付いてたの?」
「えっ‥‥」
急に耳元で囁かれ、カガリは耳を押さえてアスランを振り返った。
「ずっとアークエンジェルで待っててくれたんだ?」

いや‥‥それは確かに事実なんだけど‥‥
まさか本人に知られるなんて思ってなかったカガリは逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
う〜〜、穴があったら入りたい‥‥!掘ってでも入りたい!
結局この艦内で穴など掘れる筈もなく、カガリにできた事と言えば アスランに背を向けて叫ぶことだけだった。
「だからっ‥‥!あいつらの言う事、真に受けるなって言ってるだろ!?」
そう吐き捨てて食堂に入ろうとしたその時、また耳元で声がした。
「心配かけて、ごめん‥‥ありがとう」
──だからっ、耳元で囁くなっ!
そう叫ぶこともできず、耳まで真っ赤にしたカガリはただ黙って食堂内に入った。

食堂はそれなりに賑わいをみせていた。
ほとんどがオーブの軍服、または作業着だったが、 ちらほらと地球軍やザフトの軍服のものも見受けられる。

カガリはその風景を見て満足そうに頷き、後ろを振り返った。
「アスラン、好き嫌いは?」
「特には‥‥」
その返事にも嬉しそうに頷いて、カガリはにこっと笑った。
「じゃ、席取っててくれ。私が食事を取って来るから」
カガリはアスランの返事も待たず、うきうきとした足取りで食事の受け取り口まで進んだ。

「これは‥‥何?」
カガリが持ってきた物を見て、アスランは首をかしげながら問いかけてきた。
カガリが調達してきた食事に対する質問だった。
「ケバブさ」

やっぱりアスランは知らなかったんだな‥‥
クサナギの食堂に来て、そしてこれにして正解だった。
カガリはケバブと共に一緒に持ってきたソースの容器を手に持った。
「砂漠にいた頃に私がよく食べてたモノだ。 気に入ったからクサナギの料理長に無理言ってメニューに加えてもらったんだ。 ま、食べてみろよ。このチリソースをかけて──」
「キミはまだそんな食べ方をしているのかい?」
突然自分達に影が差したかと思うと、頭上から響く低い声。
カガリは嫌な予感がして、いや、確信してゆっくりと声のする所を見上げた。

案の定、その人影はアンドリュー・バルトフェルド、砂漠の虎だった。
見れば彼もケバブとヨーグルトソースと見受けられる容器をトレイの上に乗せていた。
バルトフェルドは何の断りもなしにカガリの隣に腰を下ろした。
「おいっ!誰が座っていいって‥‥!」
「あれ、ここはキミの椅子かい?それとも2人っきりの所を邪魔されて怒ってる?」

──何で、どいつもこいつもそういう事を──!

「別にここで食べても構わないさ!その妙な容器を使わずにいてくれたらな!」
「キミこそ、そのソースは別の料理に使ったほうが賢明だよ」
カガリの持ってきたチリソースの容器に目をやるパルトフェルドを カガリは無視する事にした。
「アスラン!ケバブにはこのチリソースが常識だ!」
突然話を向けられたアスランは、目を丸くしてカガリを見てきた。
「いやいや、こちらのヨーグルトソースの方が、必ずや君の舌を満足させてくれる筈だ!」
2人はずいっとアスランのケバブにソースの容器を差し出した。
バルトフェルドの腕を叩きながらカガリはその顔を睨みつけた。
「だいたい何であんたがここにいるんだ!?エターナルに帰れよ!」
バルトフェルドも飄々として答える。
「キサカ一佐にここの食堂にケバブがあると聞いてね‥‥まあエターナルに帰ってもいいがね。 勿論その時はうちのエースパイロットをケバブごと連れて帰るが?」
「誰が何処のエースパイロットだって!?」
「あの!」

2人の不毛なやりとりに終止符を打ったのは、先程までただ呆然と見ていたアスランだった。
ここがボーッとしている間に2種類のソースのミックスで食べるハメになった誰かさんとは 一味違う所だった。

「どちらのソースも頂きますから‥‥まず、カガリの方から」
「やーっぱりアスランはよくわかってるな!このチリソースで食べたらもう あっちのソースでなんか食べたくなくなるからな!」
カガリは勝ち誇った顔でバルトフェルドに舌を出すと
「彼はどうやら好きな物は後にとっておくタイプのようだ。 ま、口直しにこのヨーグルトソースを食べたい気持ちはよくわかる。実によくわかる」
とこちらも負けていない。
再び2人は激しく睨み合った。
その間にアスランはこっそりため息をついた後、 カガリからチリソースの容器を受け取り適量かけ、かぶりついた。
それに気づいた2人は咀嚼中のアスランをじーっと見つめている。
「どうだ?おいしいか?」
口の中のケバブをすべて喉の奥に流し込んだ後、アスランは微笑んだ。
「おいしいよ」
「だろ!?」
カガリは嬉しそうにアスランに微笑んだ後、バルトフェルドに向き直り、フフンと鼻を鳴らした。
しかしバルトフェルドは動じることなくカガリを無視してアスランに水の入ったコップを渡した。
「さ、その鬱陶しいソースまみれの口の中をこれで綺麗にするんだ! それから改めてこのヨーグルトソースで‥‥」
「もう食べる必要なんてないぞ。その容器、返却してくるよ」
そう言ってバルトフェルドのトレイの上に乗った容器に手を伸ばしたカガリの手は ピシャンと払われた。
「いったいな!何するんだ!」
「彼の美食への道を邪魔するとは言語道断!何なら君も一度食べてみるといい」
「だーれがそんなモノ!一口でも食べたらきっとお前みたいに毛むくじゃらになってしまう!」
また子供じみた言い争いを始めた2人を無視してアスランはヨーグルトソースのケバブを口に入れた。
「どうだね?」
それに気づいたバルトフェルドが目を輝かせてアスランに問うた。
その様子をカガリは顔を顰めながら窺っていた。

「おいしい‥‥です」
そうアスランが呟いた途端、バルトフェルドは勝ち誇った顔をしてカガリを見返してきた。
カガリはチッと舌打ちして、アスランに詰め寄った。
「で、どっちが美味かったんだよ!?」
「‥‥ヨーグルト、かな」
アスランは実に申し訳なさそうにカガリを見て言った。
「あ───っはっはっはっはっ!そうだろう!さすがだ! 食というものを良くわかっていらっしゃる!」
カガリは高笑いを続けるバルトフェルドをキッと睨みつけると、 今度はその視線をアスランにぶつけた。
「お前──!」
「もっと暑いところ‥‥乾燥した場所で食べるなら、チリソースの方が美味しいんじゃないかな‥‥」
アスランは落ち着いた表情でそう言うと、カガリに微笑んだ。
「おいおい、そりゃないだろー?そういう、どっちつかずな解答はいかんだろう! はっきり言ってやりなさい。“チリソースとケバブは全くあわない”と!」
今度はバルトフェルドが不服そうにアスランに詰め寄った。

「‥‥もうどっちでもいいよ。早く食べよう。私なんだかとってもお腹が空いてきた」
どうもカガリは虎との戦いで体力を著しく消耗してしまったようだ。
もうバルトフェルドの言葉にいちいち反応する事もなく、カガリは自分のケバブにかじりついた。
バルトフェルドは苦笑してカガリを見て小さく息をつき、 自分のケバブにヨーグルトソースをかけた。
カガリはそれを見て嫌そうな顔をするだけで我慢した。
そんなカガリを見てアスランが不思議そうに首を傾げるのが、視界の端に映った。

「そういやお前、人が自己紹介に行った時、何でいなかったんだよ!」
エターナルがメンデルに着いてすぐの事だ。
カガリはアスランといる所をキサカに呼ばれわざわざ出向いて行ったのに
このソースの趣味が悪い男は行った先には居なかった。
「あ?‥‥ああ‥‥」
バルトフェルドは再びケバブにヨーグルトソースをかけている所だった。
それを見てカガリも再び顔を顰めた。
「キミ、遅いから。アークエンジェルのあの‥‥フラガ?彼がメンデル内部を案内してくれるって いうし。断っちゃ悪いだろ」
「人に待ちぼうけ食らわすのはいいのかよ?」
「そうは言うけどね。ちゃんと待ってたんだよ、最初は。でもキミ捜しに行ったきり キサカ一佐はなかなか戻ってこないし‥‥」
そう言われるとカガリは何も言い返せない。先に待ちぼうけを食らわせたのは 実は自分の方だったのだから──
「そりゃ悪かったな!」
カガリは全然悪びれない口調で、寧ろ怒っているかのような口調で謝った。
だってあの時は仕方なかったのだ。あんな状態のアスランを放ってられなかった。

でも──どうせ自己紹介出来なかったのならやっぱり呼びに来てほしくなかった、 というのがカガリの本音だった。
あそこでアスランを放って行かなければ
みんなで集まっての話し合いをアスランがすっぽかす事もなかったかもしれない。
そしてその後カガリが話し合いを抜け出す事もなかっただろう。
さらにその後、あんな──

カガリは顔を赤らめながら、話題を変えた。

「あの‥‥女の人、は?」
その問いにバルトフェルドは表情を変えず首を左右に振った。
「そっか‥‥」
薄々わかってはいたけれど、哀しい返事にカガリは手を止め、少し俯いた。
「あのドレス、まだ持ってるかい?」
バルトフェルドの至って普通の口調に、カガリは顔を上げた。
「ああ、あの時は捨ててやろうかとも思ったけど‥‥どうしてもできなくて‥‥ でもここには持って来ていない。もっとも‥‥もう灰になっているかもしれないが‥‥」
宇宙での暮らしに、戦場にドレスは不要だ、とすべてオーブ本土に置いてきている‥‥はずだ。
「じゃあもし、そのドレスが無事なら、また着て見せてくれ」
「ん‥‥そうだな」
正装は好きではないが、この場合は特別だ。
カガリは小さく頷いて、再びケバブにかじりついた。

カガリはバルトフェルドに初めて会った時に気になっていた事を尋ねてみた。
「お前──最初から私がオーブの者だって知っていたのか?」
バルトフェルドは少し考え込み──結局首を傾げただけだった。
「そんな事どっちでもいいじゃないか。あの時のキミは“明けの砂漠”の一員だった。 それでいいんじゃないか?」
そう言われると、カガリもどっちでもいい気がしてきた。
あの時の自分は“カガリ・ユラ・アスハ”ではなくただの“カガリ”だった。 そう考え、自然と口元に笑みが浮かぶ。
「まあ別にいいけどさ。今は仲間なわけだし」
カガリは再びケバブを手に取り、豪快にかぶりついた。

「キミには拘りはないのか?僕に殺された仲間もたくさんいただろう」
バルトフェルドはどこか面白そうに、しかし片方になった瞳に真剣な色を湛えてカガリを見た。
カガリは口の中のケバブを喉に流し込んだ。
「お前こそ、私に殺された仲間もいるだろう?‥‥おあいこじゃないか」
もうカガリは知っている。相手を赦す事を。
「あんたがキラを赦しているのだったら。それでいい」
そしてきっとパルトフェルドも二度と言わないだろう。
どちらかが滅びるまで戦うしかない、などとは。

「そういえば」
バルトフェルドは再びカガリに話しかけてきた。
今度は瞳に真剣な光はなく、ただ純粋に楽しげな瞳で見つめてきた。
そしてそれをカガリだけでなく、アスランにもちらりと向ける。
それにカガリは嫌な予感がして、落ち着くためにコップを手にとった。
「話し合いの途中に抜け出して‥‥てっきり彼を連れて帰ってくると思ってたんだが‥‥ まさか、すっぽかすとはねぇ‥‥」
カガリは飲んでいた水を噴出しそうになった。
「ゲホッ!お、お前!人聞きの悪い事言うなよ!」
「じゃあ説明してみるか?何で帰ってこなかったのか」
カガリはウッ、と言葉に詰まった。そのままカガリが黙っていると、
さらにバルトフェルドは楽しげにアスランに視線を向けた。
「別に彼から聞いてもいいけどね」
「わっ、私が話すっ!」
ここは自分が話した方がいい。何故かそう思ったカガリはまず──と考えながら話しはじめた。
「まず、コイツを捜しにブリッジを出たのは間違いないけどさ。 どこ捜してもコイツ、いなくって‥‥やっと見つけたと思ったら、その‥‥」
そこでカガリは真っ赤になって口を噤んでしまった。
ちらりとアスランの方を見てみると、頬杖をつき口元を押えているが、
その頬はほんのり染まり、視線をこちらから逸らしていた。
──お前が原因なのに今更何そんな顔してるんだ!
そんな顔する位ならあーゆー事すんなよな!
「ふーん‥‥何かあったわけだな。不測の事態が」
バルトフェルドはニヤニヤしながら2人を見比べた。
「べ、別に何もない!本当にアスラン捜すのに手間取っただけだ!」
「ま、僕はどっちでもいいけどね」
必死になって弁解するカガリを無視してバルトフェルドは残りのケバブを口に放り込み、 立ち上がった。
「じゃ、またな。美味かったよ。ヨーグルトソースのケバブは」
「ふんっ。とっとと行け」
“ヨーグルトソース”に反応してカガリは途端に不機嫌な表情になった。
「じゃ、邪魔者は退散するかな。向かいの彼が不機嫌そうだしね」
えっ、とカガリは自分の前に座るアスランを見た。
「そんな事ないです!本当に‥‥!」
慌てて弁解するアスランに、バルトフェルドは人の悪い笑みを浮かべる。
「まあまあ、冗談だって‥‥でもまあ、不機嫌とまではいかなくても、つまらなさそうだったけどね」
「そんな‥‥事‥‥」
だんだん語尾が小さくなっていくアスランを、カガリは不思議な面持ちで見つめていた。
バルトフェルドはそっと申し訳なさそうに苦笑し、少し真面目な顔つきになった。
「エターナルの最終調整が終了したら、ジャスティスとフリーダムはこっちに移動してくれ。 前にも言ったが、エターナルはあの2機の専用運用艦だからな」
「‥‥わかりました」
アスランも漸く落ち着きを取り戻し、真剣な面持ちで答えた。
カガリにとってその話は初耳だった。少し驚いて思わず口を挟んでしまった。
「えっ、そうなのか?」
「まあね。じゃ、そういう事だ。まだ調整が終了するまで時間はかかるがな‥‥ では、ごゆっくり」
最後の一言をやけに強調して、バルトフェルドはやっと去っていった。

心の中で“とっとと行け!”と呟きながらカガリがアスランを見ると、 少し姿勢を崩してほうっと息を吐き出す所だった。
やはりアスランはバルトフェルドに対して少し緊張していたのだろうか? 普段はともかく、今はただのふざけたおっさんなのに‥‥

カガリはなんだか可笑しくて、アスランに向かってクスッと微笑んだ──