私の後ろに誰かいる…




確かにお腹は空いていた。しかし──私はどの艦の食堂に行くべきなんだろう?
その事についてカガリはひとりきりで10分間程、自室で考え込んでいた。

あいつらには“アークエンジェルに行く!”と宣言したけど‥‥どうしよう。

先程までやかましい3人が座っていた自分のベッドにダイヴし、
枕に顔を突っ伏してう〜〜〜〜っと唸りながらカガリは更に考えた。

今アサギ達はエターナルがプラントから持ち込んできた物資を他の艦に振り分ける為に
モビルスーツを使って艦外活動中だ。
でもそれを行っているのはM1とあとはストライクだけで、他のモビルスーツ──
フリーダムやバスターはメンテナンスか──いずれにしても艦外活動には参加していない。
そして不参加組には勿論ジャスティスも含まれていた。
つまりどこかの艦か、メンデル内部に目的の人物はいる筈なんだが‥‥どこだろう?

カガリはアサギ達に言われたように、出来るだけアスランと接触しようとしていた。
自分の気持ちを確認しようと思っているわけではない。
ただアスランと一緒にいる時間を増やして、もっと彼の事を知りたかった。
そうすれば自ずと彼の気持ちだけは分かるのではないか── カガリは1人で考えている間にそう結論付けていた。

その彼の居場所だが──まずメンデル内部とクサナギは除外してもいいと思う。
となるとアークエンジェルかエターナルか。

アークエンジェルにはまだジャスティスがある。
自分の機体のある艦にいる可能性は極めて高い──が。しかし。

虎も言っていたように最終的に彼はエターナルのクルーとなるだろう。 だったらエターナルにいてもおかしくはない。
しかしそこでカガリはつい先程自分の言った台詞を思い出した。

『アークエンジェルの食堂に行く!』

そう高らかにあの3人に宣言してしまっていたのだ。
もしこれでエターナルに行った事がバレたりしたら‥‥それを考えてカガリは頭を抱えた。
──つまり、私に選択肢はないって事か。
「──しゃあない、アークエンジェルに行くか‥‥」
そう呟きながらカガリはベッドからゆっくり起き上がった。


アークエンジェルの食堂は2日ぶりだった。
どうやらピーク時は過ぎているらしく、食堂は比較的空いていた。
キョロキョロと辺りを見回して──やはりアスランの姿はない。
少しがっかりして小さく息を吐いたが、誰か他に知っている顔を探そうと再び顔をあげると 肩にポン、と手を置かれた。
もしかして──と期待をこめて振り返り‥‥アスラン、と呼びかけた唇を閉じた。
カガリの瞳に映ったのは浅黒い肌に金髪の男だった。

「よう!‥‥って何そんなあからさまにガッカリした顔してるのさ‥‥誰かと間違えたとか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべてそう問われ、カガリは素直に頷いた。
一瞬ディアッカは驚いた顔を見せ、しかしすぐに含みのある笑みに戻った。
「アスランとか?」
「ああ」
これもまたあっさり肯定すると、ディアッカは少し面食らった表情で小さくため息をついた。
「ったく‥‥からかいがいがないな」

カガリも自分で不思議に思った。
もしこれがディアッカでなくあの3人娘の内の1人なら、自分はもの凄い勢いで否定しただろう。
しかしすぐ理由は分かった。
ディアッカはこの時点で引いてくれるからだ。
あいつらだと──この後根掘り葉掘り訊かれるだろうから‥‥

そこでカガリはある事に気付きハッとして真剣な眼差しでディアッカを見あげた。
ディアッカはそれに気付き、ん?とカガリを見下ろしてきた。
「私がアスランを捜してた事‥‥あいつら‥‥って言っても分かんないか。 とにかくクサナギの連中には言うなよ!」
多分ディアッカはあの3人とは接触がない筈なので、 こう言っておけばあいつらの耳に入る事はないだろう。
「なんで?」
カガリの言葉にディアッカは小首を傾げている。
ああもう、素直に頷いてくれりゃいいのに!とカガリは内心慌てた。
「あいつらに知られるといろいろ煩いんだ。だから、なっ?」
そう付け加えて必死で訴えると、ディアッカは思わず、といった感じでコク、と頷いた。
「まぁ姫さんの立場じゃ、色々言われるわな‥‥」
と少しズレた発言をしたディアッカに、カガリはあえて訂正したりはしなかった。

とりあえず黙っててくれるようなので一安心したカガリは、改めてディアッカに尋ねた。
「で、アスラン見かけなかったか?」
ディアッカは首を反対側に傾けて顎に手を当てた。
「俺はずっとアークエンジェルのMSデッキにいたけど‥‥見なかったな。 ジャスティスの側にもいなかったと思うぞ」

ああ、外したか‥‥やっぱりエターナルだったんだ、と解釈してカガリは俯いた。
とその時、自分の腹の虫が騒ぎを起こそうとしている事に気付き、 カガリは再びディアッカを見あげた。
「なぁ、ディアッカ。お前食事まだなら一緒に食べないか?」
ディアッカは腕を組んでまっすぐカガリを見て微笑んだ。
「ああ、構わないぜ。」
「じゃあ決まりだな!」
1人で食べるのもつまらない、と思っていたので、ディアッカがここにいる事を カガリは素直に喜んだ。
そうして食堂の中に入りかけて──ディアッカがついて来ていない事に気付いて カガリは身体ごと振り返った。
見ればディアッカはまだ入り口に立ち、食堂内をキョロキョロと見回していた。
その行動に先程の自分の姿を見て、カガリは声をかけた。
「お前も誰か捜しているのか?」
ディアッカはゆっくりとカガリに視線を向けて、明らかに作り笑いとわかる表情で一言言った。
「いや、別に」
怪しいとは思いながらもカガリはそれ以上何も聞かず、食事の受け取り口まで歩いていった。

「で、何でまたこんな端っこに座るんだよ‥‥」
2人は以前こそこそ話をしていた指定席に腰をおろしていた。
「あれ?本当だ」
カガリは今初めてそれに気付き、少し高めの声をあげた。
「多分お前と一緒だとココ、って体が勝手に来ちゃったんだな、きっと」
別にカガリにしてみれば場所なんて何処でもいいのだ。 それはディアッカも同じだったらしい。
それ以上文句を言うわけでもなくカガリと同じように腰をおろした。

「まずはアスランが無事‥‥とは言えないけど、戻ってきて良かったな」
「ああ。本当にな!」
ディアッカにそうにっこり微笑まれ、カガリも自分の事のように嬉しげに微笑み返した。
「でもまぁ、あれ位の怪我で済んで良かったんじゃないの?俺、正直言って戻って来られるとは 思ってなかったし」
「何だよ!そんな風に思ってたのか!?」
カガリは一瞬で表情を変えた。
あの時口では調子のいい事言いながら、腹の底ではそんな事思ってたなんて‥‥!
腰を浮かせて更に詰め寄ろうとしていたカガリを、ディアッカはまぁまぁ‥‥と手で制して トレイを指差した。
「とりあえず飯食いながら、な?」
自分のトレイに視線を落として、カガリは浮かせた腰を落ち着け渋々フォークを手に取った。
そうしてディアッカの話は続けられた。
「だってさ、結局ああやって腕に傷負ってるわけだし‥‥」
「肩」
カガリはムスッとしたまま訂正する。
「あ、そうなの?‥‥あれって、銃で撃たれたんだろうな‥‥」
「──らしいな」
なんでコイツは女が集まって交わす噂話みたいなボソボソ声で話しかけてくるんだよ‥‥ 聞いてるこっちが気分悪い。
「あれって‥‥実際父親に撃たれたのかねぇ‥‥」

話を聞くだけ聞きながら食物を口に運びつつ、カガリはちらりと目の前の男を見た。
コイツは知らないんだ。私はアスランに直に聞いたから知ってるけど‥‥
他の奴らは知ってるのだろうか。アスランの傷は父親に直接つけられたものだという事を──

「なぁ、聞いてる?」
気付けはディアッカは完全に手を止め、こちらを凝視していた。
カガリはフォークを置き、慌てて返事をした。
「あ、ああ‥‥ごめん。何だって?」
ディアッカに大げさにため息をつかれたカガリは少なからずムッとした。
大体お前がつまらない話をするからだろうが!と心の中で毒づく。
「だからぁ。アスランのあの怪我、誰に撃たれたのかどうか、聞いてないのか?」
カガリは再びフォークを手に持ち、その先をコロッケに突き刺しながら
「さあ」
とだけ答えた。
その言葉を信じたのかどうかは知らないが、ディアッカはそれ以上追求してはこなかった。

「でも実際、あの砂漠の虎‥‥バルトフェルド隊長やラクス・クラインがいなきゃ アスランはプラントから脱出できなかっただろうなぁ」
そこでカガリはハッとしてディアッカを真っ直ぐ見つめた。
そういやコイツは元ザフト兵なんだし‥‥あのことについて何か知っているかもしれない。
こいつに‥‥聞いてみようか‥‥
カガリは再びフォークを置き、ディアッカに尋ねた。
「なあ‥‥アスランとラクスって‥‥」
「そういえば知ってるんだっけ?あの2人が婚約してる事」
そう言いながらディアッカはスプーンを口に運んだ。
こいつはずっと捕虜だったから知らないんだ‥‥カガリは現状を告げた。
「それが婚約解消したらしいんだけど‥‥」
「えっ!」
カガリが想像していたよりディアッカの衝撃は大きかったようで、その瞳は『何故?』と カガリに訴えかけていた。
が、少し考えて理解したようだ。
「──ああ、親父さん、アレだもんなぁ‥‥」
現在のプラントの現状を考えればすぐに思いつく事だ。カガリは説明の手間が省けたとばかりに 本題に入った。
「でも色々問題は多いけど、別に好き合ってるなら婚約解消してても付き合って 構わないと思わないか?」
カガリの言葉にディアッカは信じられないといったように目をまん丸にしている。
「お前‥‥もしかして、くっつけようとか思ってる?正気?」
「正気、っていうか‥‥お互いに気持ちが残ってるんだったら、 一肌脱いでやってもいいかな‥‥って」
カガリは再びフォークを手に持ち、食事を再開した。
「お前、本当にそれでいいの?」
ディアッカはあれから表情を変える事なくカガリを見たままだ。
カガリには何故ディアッカにそんな目で見られなきゃならないのか、さっぱりわからなかった。
「いいに決まってるだろ?こんな戦争中に不謹慎だって思うかもしれないが、 こんな時だからこそ、な。この先何かあってからじゃ遅いだろ?」

何時、誰の生命が奪われるかわからない。そんな時に後悔を残してほしくはなかった。
今、側にいるなら抱えている気持ちに正直になってほしい。そうカガリは思う。

「まあ、あんたがそういう考えなら別にいいけどさ‥‥」
カガリの言いたい事は理解してくれたようだが、まだ釈然としない様子でディアッカは 首を捻っている。
「それでさ、訊きたいんだけど」
そんなディアッカの様子は無視して、カガリは自分の話を続ける。
「あ、ああ。どうぞ」
「アスランに気持ちが残っているのは何となくわかるんだけどさ‥‥ ラクスの方はどうなんだろう。お前、わからないか?」
するとボーッとしてカガリの言葉を聞いていたディアッカの表情が、急変した。
「そんなのわかるわけないだろ!知り合いってわけでもないし」
「ああ、そうなのか?」
アスランとは仲間のようだから、その婚約者とも親しいのかと思ったのだが‥‥ やっぱり本人に直接訊くしかないか。
それか、キラ。キラなら知っているかもしれないな。
そんな事を考えているとディアッカの呆れた声がした。
「そりゃ一方的には知ってたさ。何たってラクス・クラインはプラントの歌姫なんだからさ」
「えっ!」
カガリは自分の思考の中断を余儀なくされた。
「何だ、知らなかったのか?」
カガリの驚きようにディアッカも驚いているようだ。
「それって‥‥芸能人って事か?」
真剣にそう尋ねたのに、ディアッカはガクッと肩を落とし、苦笑いを浮かべた。
「ん、まあ、俗な言い方すりゃそうなんだけどさ‥‥彼女は何だかこう‥‥ そういう枠に収まりきらないっていうか‥‥ プラントに“嫌いだ”っていう奴はいないんじゃないか?」
「へえ‥‥」

そう聞いてカガリは妙に納得してしまった。
品の良さを兼ね備えながら、ただにっこり笑っているだけのお人形さんではない、
きっと彼女はプラントの誇り、象徴。そんな感じだろうか。
そんな非の打ちどころのない彼女なら、尚更アスランとうまくいってほしい、と思う。

「歌、うまいんだろうな‥‥」
ぽつりと口をついて出た言葉に、ディアッカは敏感に反応した。
「ああ。うまいなんてもんじゃないな。 それと彼女の父親は前最高評議会議長だった。今の議長は、まあ‥‥アレだけどな。 確かユニウスセブンの追悼慰霊段派遣の調査の時、アークエンジェルで捕獲、いや、保護、か。 された事もあるから‥‥アークエンジェルの連中は彼女の事、知ってると思うが。 その時お前はいなかったんだよな?」
「へぇ‥‥そんな事があったのか‥‥」
カガリはディアッカの言葉に頷き、そう呟いた。

確か以前、クサナギのブリッジでフラガがラクスの事を“ピンクのお姫様”と呼んでいた事を 思い出した。
つまりキラとラクスはその時、知り合ったのか。
「俺は彼女と直接話した事はないけどさ。もしかしたらアークエンジェルのクルーで 彼女と話した事のある奴がいるかもしれないな」
「つまりプラントの人間でも簡単に話したり出来る人じゃない、て事か‥‥」
というか、プラントの人間なら尚更、って事か。
それ程魅力的な人物であれば、アスランの方で嫌う理由はないだろうし、アスランにも 『よしよし』してくれるだろう‥‥

「でもなぁ‥‥」
ディアッカの声にカガリは思考を一時中断して顔をあげた。
「プラントで婚約関係にある、っていうのはイコール恋愛してる、ってわけじゃないからなぁ‥‥」
カガリはディアッカの言わんとしている事がわからず、首を傾げた。
そんなカガリを見てディアッカは困ったように微笑んだ。
「そういう反応するって事は、知らないんだな‥‥」
そう言ってコップを手に取り、一口水を含んでから再び話を始めた。
「“婚姻統制”って聞いた事ないか?」
「こんいんとうせい?」

カガリにはそのような言葉は初耳だった。
しきりに首を傾げるカガリにディアッカは手招きをし、自分自身も身を乗り出しカガリに近付く。
カガリもそれに倣って体を前のめりにしてディアッカに顔を近づけた。

「一般的にナチュラルには隠してる事だろうけど‥‥まあ知ってる奴は知ってる。 つまりコーディネイターは‥‥子供が出来にくいんだ」
それだけ聞かされてもカガリにはよくわからない。
目線でもっと詳しい話を促すと、ディアッカはひとつ頷いて再び話し始めた。
「第一世代のコーディネイターはそうでもない。でも第二世代の俺達は子供が出来にくいんだ。 遺伝操作の弊害だな。で、評議会は遺伝子的に子供の出来やすい組み合わせを選別して‥‥ 結婚させる事にした。それが“婚姻統制”」

カガリは二の句がつげなかった。
そこまでしないと生まれない子供──
コーディネイターを否定するつもりはないけれど、そこまでしてコーディネイターに どんな未来があるというのだろう。
「‥‥そうしたら、子供は出来るのか?」
絞り出すように尋ねたカガリに、ディアッカは首を傾けて皮肉げな笑みを浮かべた。
「それでも生まれない‥‥って事もある。 実際第三世代の夫婦からは子供が生まれないと言われている」

カガリは体を元の位置に引っ込めて、腕組みをしてしばらく押し黙っていた。
そうしてしばらくしてゆっくりと顔を上げた。
「そこまで深刻な問題なら、きっとプラントじゃ相当力入れて研究してるんだろうな‥‥ 次の世代を生み出す研究を、さ」
「まあ、そうだろうよ」
いつの間にかディアッカも体を元の位置に戻していた。

ちらりとそれを目で確認してカガリは再び考える。
それだけ深刻なら、プラントは──
コーディネイターはナチュラルと共存する道は考えたりしないのだろうか。これっぽっちも?
しかし今ここでそれを考えても仕方がない。まずは目の前の問題を解決する事が先決だった。

「まあそれはプラントに任せるしかない‥‥その“婚姻統制”ってのは気に食わないが」
そう一言言ってからカガリは再び、もうすっかり冷え切った食事に手を伸ばした。

「で、話戻すけどさ」
ディアッカは再び話し始めた。
「つまりアスランとラクス・クラインは、そうやって決められた婚約者ってわけ。 2人の間に愛情がなくてもおかしくはないってワケだ」
その言葉で自分の胸に複雑な感情が広がるのを、カガリは感じていた。 確かにそうかもしれない。
「でもアスランは‥‥」
沈んだ表情で小さく呟くカガリに、ディアッカはやれやれ、というようにため息をついた。
「まあアスランはともかく、ラクス・クラインの気持ちもあるだろ」
カガリはフォークを持ったまま腕組みし、う〜ん、と唸った。

話を聞いているとますますアスランがラクスを嫌う、ていうか、好きでない理由はないように 思われた。
もし仮に婚姻統制とやらで出会ったのだとしても。
でもラクスは‥‥?
自分の父親の死因にはアスランの父親が大いに関係している。
それを抜きにできる程、アスランの事が好きだという可能性はあるだろうか‥‥
カガリは可能性はあると思っている。
カガリ自身もキラがアスランに殺されたと思っていた時、結局アスランを憎まずにいる事が出来た。
そりゃ当時はキラの事を肉親だとは思っていなかった。でも大切な友達だった。
それにアスランは私にとって敵ではあったが“憎むべき敵”ではなかった。
初めて会った時から、いい奴だとわかっていた。
ラクス・クラインという人物は間違いなく私よりも頭の良い人間だと思う。
仮にアスランの父を憎く思っていたとしても、アスランまで憎んだりする人物には見えないのだ。
そしてアスランは今、ラクスと同じ未来を見つめている。そんなアスランを嫌いである筈がない、 そう思った。

「ラクスは‥‥アスランを嫌ってはいない、と思う」
ディアッカは呆れたように、トレイの上に乗るサラダを突きながら言った。
「“嫌いじゃない”てのと“好き”というのとはまた別の感情だろ? “嫌いじゃない”位の感情でお前は誰かと結婚できるのか?」
「それは!‥‥無理だ」
「だろ?」
ディアッカはフォークに刺さったトマトを口に放り込んだ。
「でも!あの2人の婚約は短い期間じゃなかったんだろ?」
親、もしくはプラントに決められた婚約というのなら‥‥どちらも権力者の親を持つ身なら‥‥
「ん〜〜、よくは知らないけど‥‥俺がアスランと知り合った頃にはもう婚約してたな。 一応ニュースにもなってたし。2年は経ってるんじゃないの?」

この話を始めてからカガリはどうも気分が良くない。
心に靄がかかったように、どんよりとした気分が徐々に広がっていくように感じるのだ。
自分で訊こうと決めて、始めた話だというのに‥‥
「そうか‥‥それだけの時間があれば、それなりの絆だってあるだろう‥‥ だって2人とも、本当にいい奴だから‥‥」
目の前のディアッカはすっかり食事を終えていた。
カガリはちょっとのんびりし過ぎたな、と食事に専念する事にした。

「だから‥‥いい奴同士でも恋愛はまた別問題だろ」
ディアッカは再び話を始めた。今度はカガリも耳を傾けるだけで、 フォークを忙しなく動かしながら呟いた。
「そうか?」
あの2人ならアリだと思ったんだが‥‥とカガリはぼんやりと考えた。
ディアッカは一口水を含んだ後、ため息をついた。
「そうだろ‥‥じゃお前は“いい奴”だ思ったら平気でキスとか出来るのか?」
ディアッカの口から出た単語にカガリは敏感に反応し、ボッと頬を染めた。
すぐにディアッカから顔を逸らして
「出来るかよっそんなの!」
と吐き捨てるように答えた。
ちらりと目の端でディアッカを窺い見ると、怪訝そうな顔でこちらをじっと見た後 小さく笑った。
「だろ?まあ‥‥」
その後に続いた小さな呟きを、カガリは聞き逃さなかった。
思わず逸らしていた顔をディアッカに向け、身を乗り出した。
「やっぱりな‥‥!男は恋愛感情がなくてもキスできるんだ‥‥!」

ディアッカは自分の呟きが届いていた事と、カガリの豹変ぶりとにギョッとして体を引いたが、
やがて諦めたようにコクコクと頷きながら、再びコップを手に取った。
「ま、まぁな‥‥男全員がそうだとは言わないけど、ほぼ、な」
そして気を落ち着ける為だろう、水をゴクゴクと飲み始めた。
そんな様子を見ながらカガリは独り言のように呟いた。
「やっぱり‥‥やっぱりアレって‥‥アスランは私に甘えてたんだ‥‥うわっ!!汚っ!!」

突然顔面に生温かい液体がビシャッと当たり、その後顔を中心に非常に気持ち悪い感触が‥‥
目の前の人物がカガリの顔面に水を吹き出したのだった。

「お前っ!何だよいきなり!きったないなァ、もう!!」
顔だけでなく髪、ジャケット、それらがびしょ濡れだった。しかも人の口の中から吐き出た水で──
「わ‥‥悪いっ!」

ディアッカは椅子から立ち上がってポケットの中を探っているが、
何も入っていないとわかると、カガリを手招きして顔を近づけさせた。
「拭くものないからとりあえず‥‥」
そう言ってディアッカは自分のジャケットの袖で、カガリの顔を丁寧に拭き始めた。
だが顔を拭く為の素材ではない為、擦られると少々痛い。
「もういいって。顔洗ってくるから‥‥ディアッカ?」

急に顔を拭く手が止まったので、不思議に思って呼びかけると、
ディアッカはカガリを通り越してその後ろをじっと凝視していた。
カガリが変に思ってその視線を追おうとすると、
それに気付いたディアッカが阻止するように、先程よりも丁寧に顔を拭き始めた。

「いや、本っ当ーに悪かったよ‥‥」
急に猫なで声になってカガリににっこり微笑みかけるディアッカははっきり言って‥‥ 気持ち悪かった。
そうして白々しい位悲しげな表情をつくると、今度は手を伸ばして直接カガリに触れ、 濡れた顔を優しく撫でていく。
カガリはその手の感触に背筋がぞわぞわっ、と粟立つのを感じた。
「いや、だからもう顔洗って来るってば‥‥ジャケットも濡れてるし着替えを‥‥ って、ちょっ‥‥くすぐったいって‥‥」
カガリはディアッカの手を掴み、自分の顔から退かそうとするが、 それでもしつこくカガリの顔を撫で続ける。
大きくて温かい手なんだけど‥‥どうも落ち着かない。

あの時軽く触れていた手とは、何だか違う、というか、大違い‥‥

カガリはまたまた昨日の出来事を思い出して、ボッと赤くなった。
その表情を見たディアッカはようやく手を離して満足げに微笑んだ。
「俺の手、気持ちよかった?」
「気持ち悪い!」
言葉だけでは不満で、離れていく手をバシッと叩きながら言ってやったのに
それでもディアッカはニヤニヤ笑ったままだった。
「またまた〜〜照れちゃって」
「照れてるもんかっ!本当に気持ち悪いんだよ!アイツの方がよっぽど──」
よっぽど、何?
私は今何を言おうとした?

ディアッカも目を丸くしてカガリをじっと見つめている。だが徐々にその顔が いやらしい笑みに変化していく──
「で“アイツ”って誰?そいつの方が気持ち良かった──」
「なっ、何言ってるんだよ!そうじゃないっ、別に何でもないって!」
カガリが一所懸命弁解しているというのに、ディアッカは全く構わない風で
それどころかカガリを無視してにっこり笑うと右手をあげた。
「よっ!お前達、今から昼食か?」



──私の後ろにだれかいる‥‥



カガリは振り向くことが出来なかった。
自分の後ろにいる人物。それが誰だかわかっているからだ。

「うん‥‥ディアッカ達はもう終わった‥‥あれ、カガリのトレイ、びしょびしょだよ!」
やわらかい声、これはキラの声だ。
でもディアッカは“お前達”と言った。
という事は間違いなく──複数いるんだ。おそらくもう1人。

「ああ、それね。ちょっといろいろあって‥‥」
ディアッカがそれ以上言葉を発するのを遮るように、カガリは無言で自分のトレイを手に取った。
指に濡れた感触がしていやーな気分になったが、それでもそのまま振り返る事なく 返却口へ行こうとした。
「あ、ちょっと待てよ!」
ディアッカが慌ててテーブルを回り込んで隣に立ち、
左手をカガリの肩に、もう片方の手を耳元に添えて顔を近づけてきた。
「“アスランとラクス・クラインをくっつけよう作戦”はもうちょっと待て。 俺がいろいろ探り入れてみるからさ。な?」
ぼそぼそ囁かれた言葉にカガリは、ああ、元はそういう話をしてたんだった‥‥と 今更ながらに思い出した。
カガリはコクンとひとつ頷いて、キラ達に挨拶する事もなくその場を後にした。









あとがき
大昔に書いたプロットを引っ張り出して書きました…何だか苦労しましたね〜
書き足しが多かったです、このお話。タイトルも苦労しました。何か他に良いタイトルありましたら 遠慮なく提案してやって下さい。
ディアッカが現在のアスカガ相関図の核心に迫ってきましたね…ふふふ。
この後もディアッカ大活躍?です!

04.06.15up