食堂から騒がしく3人で移動し、MSドックに着くと、ディアッカは僕らから離れていった。
アスランからすれば「やっとディアッカと離れられた」という心境だろうけれど。
僕から見た「ディアッカ・エルスマン」という人物は、とても楽しい、いい人だと思う。
ただひとつ、あのからかい癖を除いては――
罠
MSドックに辿り着くまでの通路で、ディアッカは移動ベルトにもたれるように背を向け、
ひたすら僕らに、特にアスランに話しかけてきた。
真ん中に僕、最後尾にアスランの順で並んで移動していたのだが、
アスランはディアッカの問い掛けにひたすら沈黙を貫いていた。
口ではディアッカには到底適わないと悟ったのだろう。
頑ななアスランの態度に、ディアッカは楽しげにため息をつきながらこちらに視線を向けてきたが、
僕は声を出さずに苦笑いを浮かべる事しかできなかった。
しかし最後にディアッカが発した台詞に、アスランは反応を示した。
「そうそう、ジャスティスのコクピット内部はよーく見ておいた方がいいと思うな」
「コクピット?」
ずっと姫さん姫さんを連発していたのに、急にジャスティスの、しかもコクピットの話に、
アスランもつい言葉を洩らしてしまった、そんな感じだった。
「どうして…誰か近寄ったの?」
アスランの言葉に付け足して尋ねると、ディアッカはまたニヤニヤ笑いを浮かべた。
「さあね。自分の機体の事だったら、ちょっとした変化でも分かるんじゃないか?なあ、アスラン」
ディアッカはそれだけ言うと満足したのか、
自分の機体――バスターの置いてある方へと行ってしまった。
それにホッとしたのか、僕の隣でアスランが小さく息を吐く音が聞こえた。
気を張っていたんだなと、何だか可笑しくなって忍び笑いを洩らすと、頭を小突かれた。
「笑い事じゃないぞ、ったく…」
不機嫌そうな声にやはりははっと笑いながら、
僕はディアッカが最後に落とした言葉について尋ねてみた。
「さっきの…どういう意味だと思う…?」
口をへの字に曲げていたアスランの表情が少し引き締まった。
「さあ…とにかく見てみるよ」
僕達はジャスティスに近寄って、コクピットの前で止まった。
アスランはちらっと視線を飛ばした後、すぐ無表情のままコクピットへと向き直った。
アスランの見た方に僕も目を向けると、案の定ディアッカがこちらの様子をうかがっていた。
僕はアスランの肩に手をかけ、軽く叩いた。
アスランは小さく頷いて、ハッチを開けた。
まずはじっくり、慎重に内部を見回す。
「…僕が見た感じだと、別に変わった様子はないけど…?」
そう呟いて隣を見ると、アスランはまだ真剣な表情を崩していなかった。
やがて、視線はコクピットに向けたまま、ゆっくりと口を開く。
「はっきりと『どこが』とは言えないが…何か、違和感が…」
僕には分からなくても、ジャスティスはアスランの機体だ。
やはりちょっとした変化も敏感に感じ取れるのだろう。
アスランはゆっくりとコクピット内部へと進入していく。
すぐにはシートに座らず、狭い内部をじっくりと調べている。
と、アスランの視線がある1点で止まり、その動きも停止した。
「何か見つけたの?アスラン」
小声で呼び掛けるとアスランは慎重に腕を伸ばし、シートに手を触れ、すぐに離す。
その指先につままれていた物は、細い糸に見えた。
「何、それ…糸くず?」
「いや、糸じゃない…」
自分の顔に寄せて糸のようなものを凝視していたアスランは、
それをつまんだまま僕の顔の前に持ってきた。
確かにそれは糸くずではなかった。人の、髪だった。
「金髪、だね…」
それはそう長くはなかった。せいぜい15〜20cm位、クセのほとんどない、まっすぐな髪だった。
僕は一番に浮かんだ人物の名前はあえて出さず、次に浮かんだ名前を口にした。
「ディアッカ…のかな?」
「カガリのだろ」
アスランは至極あっさりと名指しした。
その事に少し驚きつつ、僕は浮かんだ疑問をぶつけた。
「でもいくらカガリがジャスティスの傍にいたからって、コクピットには入り込まないと思うけど…」
「だろうな」
僕の意見にアスランも同意する。
じゃ、何故?と僕が首をかしげていると、アスランは真剣な表情のまま言い放った。
「ディアッカだろう。ずっとカガリといたんなら、髪の毛の1本や2本、どうとでもなる。
カガリが気付かない内に拝借してここに仕込んだ――」
淡々とした口調で告げて、アスランはシートを差した。
「何故ディアッカはそんな事を…」
「さっきの様子を見れば一目瞭然だろう」
呆れたように、しかし忌々しげに吐き捨てて、アスランはため息をついた。
ああ、なるほど…と僕は納得した。
「キラ、これを保管できる袋か何か持ってないか?」
アスランの言葉に、僕はまた首をかしげた。
「えっ…そんな物採っておいてどうするの?」
「ちょっとな…」
表情を崩さないアスランの瞳が暗く瞬いたような気がして、僕はごくりと唾を飲んだ。
全くアスランってば…変わった気もしたけれど、こういう所は昔のままだ。
僕は一旦アスランとジャスティスの元を離れ、
アークエンジェルのクルーから小さな密封袋をもらってきた。
ついでにこのクルーに、先程気になった事を尋ねてみたのだが――
「僕達が食堂にいた時、何だかとても注目されていた気がするんですけど……」
「そ、そりゃ気のせいさ!ぜっったい気のせいだ!」
激しく否定した後、彼は僕の手に袋を握らせて、そそくさとその場を立ち去ってしまった。
――怪しい。
「どうした?腑に落ちないって顔してるぞ」
差し出された手に袋をかざしながら、僕は今のやりとりを簡単に説明した。
アスランは僕の話を聞きながら器用に証拠の髪の毛を袋に入れ、
封をすると軍服のポケットにしまった。
「まぁそれは……今日の夕食時に何か手掛かりが掴めるんじゃないか?
もしかしたらディアッカが情報を仕入れてくるかもしれないし…」
それまで何も分からずじまい、というのも気持ちの悪いものだが仕方がない。
僕は小さくため息をついた。
「そうだね…」
「頼んだぞ、キラ」
再び念入りにコクピット内部をチェックするアスランに、キラは呆れながら言った。
「頼んだぞ、って…アスランもちゃんと見ててよね!周りの様子!」
「あ、ああ、すまない…でもアークエンジェルのクルーについては、キラの方が詳しいだろ?」
「そうだけど…」
妙な引っ掛かりを覚えてアスランを見るが、既にコクピットに身を沈めて作業に入っていた。
僕はコクピットを覗き込みながら声をかけた。
「何か手伝う事、ない?」
アスランはくるくる視線を移しながら、器用に片手で操作していた。
「何かあったら呼ぶよ。今は大丈夫だ」
僕を全く見ずに答えるアスランは、もうすっかり整備点検に没頭しているようだ。
僕はほうっと息を吐き、ゆっくり離れていった。
「じゃ、僕はフリーダムの方にいるから…」
「ああ」
こちらをちらりとも見ないアスランに微笑を向けて、僕は自分の機体へと移動した。
結局アスランから声がかかる事もなく時間は過ぎ、僕は一通りの作業を終え、大きく伸びをした。
「お、一段落ついたか?」
「うわっ!」
ぽんと肩を叩かれ、僕は思わず大声を上げてしまった。
「そんな驚かなくてもいいだろ…俺だよ、俺」
「ディアッカ…」
ディアッカは脱力しふわふわ漂っている僕を、腕を掴んで引き寄せてくれた。
「そろそろお待ちかね、夕食の時間だぞ〜?」
瞳の奥をギラギラと光らせ、楽しそうなディアッカを見ると、ため息が出そうになる。
彼には楽しい夕食でも、アスランや、それを宥める僕にとってはそれ程でもない。
それにきっと――今は何も知らないであろうカガリにとっても。
それを思うと知らず知らずのうちに漏れ出るため息と共に尋ねた。
「――で、アスランは?」
「まだ作業中、てか俺が声をかけても返事しないの、アイツ」
言いながら可笑しそうに笑っているディアッカに、僕はまたため息をついた。
「ディアッカ…」
咎めるように名前を呼ぶが、彼はクスクス笑いを止めたりはしなかった。
「だってさ、今までこんな反応、見た事なかったもんだからさ、おかしくって――あ」
背後に近寄る影に全く気付いてなかったディアッカだが、僕の視線の先を追うように振り返る。
そこにたたずんでいたのは、相変わらず不機嫌そうなアスランだった。
「こっちも大体片付いた。いくぞ、キラ」
アスランは僕にだけ声をかけると、くるっと反転し、ひとりでMSドックの出口へと向かって行く。
それをディアッカが悠々と追い、その後を慌てて僕は追いかけた。
アークエンジェルの食堂に続く通路を進みながら、
ディアッカは昼間ここを逆に進んでいた時のように、ひたすらアスランに語りかけた。
「ジャスティスに異常とかなかったか?」
「おっかしいなぁ〜ま、ないに越した事はないよな!」
「そういえばお前が留守の間、姫さんと2人でここをよく通ったんだよなぁ…」
「食事も殆ど毎回一緒だったからなぁ…アスラン、聞いてるか?」
アスランは全く返事を返さない。
それどころか何の反応も示さなかった。
僕が彼の話に反応してもいいのだが、アスランにはそれさえ気分が悪い事だろう。
仕方なく僕は、話を逸らそうと別の話を振ってみた。
「そういえばディアッカ、マードックさんに聞いてみた?さっきの食堂での事」
「あぁ?その話は後、後。でさ、アスラン…」
ディアッカは僕の言葉を片手でシッシッと追い払い、
まるで相手にされていないアスランに追い縋るストーカーのように、嬉々として話を続ける。
こんな調子で騒がしく食堂へと顔を出した僕達は、やはり複数の妙な眼差しに出迎えられた。
歓迎されてないわけではない。
驚きと喜びと期待と不安が入り交じった視線を受けながら、僕達は食事を取りに進んだ。
ふと振り返れば、きょろきょろ辺りを見回すアスランに気付く。
普段から落ち着き払っている彼には珍しい行動だった。
そしてそんなアスランに、ディアッカが気付かないわけがなかった。
「姫さんはまだ到着してないみたいだぜ?アスラン君」
アスランは、からかい口調のディアッカを一瞥しただけで、食堂の入り口をじっと見つめている。
「そんなに待ち遠しい?ちゃんと姫さんは来るって。アスラン君」
自分の食事を手に持ってニヤニヤしているディアッカを、
やはり完全に無視して入り口を見つめるアスランに微量の違和感を感じながら、
僕も食事の乗ったトレイを手にする。
アスランも漸く食事を受け取って、僕らは昼食の時に座った席へと腰を下ろした。
と同時にアスランは再び入り口を見つめ始める。
カガリを待ち焦がれているような態度を見せれば、突かれるのは分かっているだろうに。
「そんなに早く姫さんに会いたいの〜?アスラン君」
案の定、ディアッカから笑いを堪えたような面白がる声がかけられる。
だがアスランはただ熱心に一点を見つめ続けるだけ。
ディアッカも反応がないのがつまらないらしく、呆れたようにため息をついた。
さすがに僕も、このアスランの態度に疑問を感じずにはいられなかった。
ずっと入り口を見つめているのは、カガリを待ちわびての行動にも見える。
だがカガリをネタにアスランを突こうとしているディアッカの前で、こんな態度に出るだろうか。
アスランが、ここにカガリが来る事を望んでいるとも思えない。
もしかして、アスランは――
隣に座っているアスランの体が微かに動いた。
ふと入り口に目をやると、
アークエンジェル内ではあまり見かける事のない朱色のジャケットがちらりと見えた。
外にはねた短めの金の髪と、くるくるとよく動く金の瞳の持ち主が――
すぐ隣で素早く立ち上がる気配がした。
僕が顔を上げるよりも先に、テーブルに乗ったトレイが寄せられてきた。
「これ、やる」
アスランは僕の後ろを駆け抜けて入り口、彼にとっては出口へと向かっていく。
「キラッ、捕まえろ!」
ディアッカの怒号が食堂内に響いたが、その時には既に捕獲するべき人物の姿はなかった。
そして入り口にいた筈のカガリの姿も。
残された僕らの目に映った光景は、小さくガッツポーズをとる人や、
がっくりとうなだれる人、数人で集まって嬉しそうにヒソヒソ言葉を交わす人達、
哀れみの目でこちらを見つめる人達、すべてアークエンジェルのクルーだった。
だが今の僕達にはそれを疑問に思う余裕などなかった。
僕はぽつんと残された、手のつけられていないトレイを、
ディアッカは2人が消えた出口を茫然と見やる事しかできないでいた。
あとがき
本当に、めちゃくちゃお待たせしました…!
「jab」でアスランが苛められ続けるのを期待した皆様!残念でした。今回はアスラン逆襲のお話でした。
この後、またお待たせしてしまうかもしれませんが…
次はキラとディアッカ+1のお話に続こうかと思っていたのですが…書かなくていい?
アスランとカガリの動向の方が気になりますか?
ディアキラ+1の方は下書き終わっているのですが…ぶっちゃけ、今読み返して面白くありません
(ぇ
アスランとカガリチームの方は…まだ数行しか書けてない状況なので、
またまためちゃくちゃお待たせしてしまう事でしょう…!
先に謝っておきます。すみませんっ!
05.07.09up