このお話は『頂き物/贈り物』部屋にあります「とらわれの姫君」の続きです。
まずそちらからお読みになる事をオススメします。
とらわれの姫君・その後
「あ」
はち合わせした3人が同時に声をあげた。
カガリは俺と繋いでいた手を反射的に離そうとしてか、
あわてて後ろに引っ込めようとするが
それは俺が許さなかった。
逃がさないように力を入れて少しカガリを引き寄せる。
「こんな所でどうしたんですか?ダコスタさん」
この人は温厚そうな顔をしていても“あの人”の腹心だ。油断してはならない。
俺の言動が気に食わなかったのか、
ダコスタは少しムスッとしながらボソボソ呟くように告げる。
「──隊長に“ここから先に人が入り込まないように”と見張りを命じられてね」
「そ、そんな事頼んだのか?アイツは、お前に!」
俺が返事をする前に隣のカガリが呆れたように大声をあげると、
ダコスタはまだムスッとしたまま、こっくり深く頷いた。
──邪魔が入らないように配慮してくれた事には感謝するが、何故そんな事をする?
さっきまでは自分が散々邪魔してくれていたくせに…
それとも…カガリを独り占めしていた事に対する俺への罪滅ぼしのつもりか、
それとも──
罠か。
俺が次の出方を考えているというのに、カガリは同情を含んだ声でこう言うのだった。
「お前、パーティに戻っていいぞ。悪かったな、こんな所に1人で居させちゃって…」
面白くない。
カガリが謝る必要など全くないというのに──謝るべきなのはあの男だろう!
俺は奴の現在位置を確認する為に、パーティ会場である庭園を見回した。
そして見つけた。
彼は今キラを隣において他の客と何やら談笑していた。
あれは──アークエンジェルの元クルーだろうか?
「何なら私達と一緒にいるか?」
突然聞こえたとんでもない提案に俺はギョッとしてカガリを見た。
全く冗談じゃない!
「お前、一体…!」
俺の不満いっぱいの声にもカガリは動じない。
「だってパーティに戻ってあの虎と一緒に行動してまたこき使われたらかわいそうじゃないか。
だったら…」
俺はかわいそうじゃないのか!?
「あの!」
思わず口をついて出そうになったなった情けないセリフを言う前に、
ダコスタが俺達の会話に口を挟んできた。
「申し出はありがたいけど、遠慮しておきます」
俺達2人の視線を一身に受けた彼は、俺をちらりと見た後、慌ててカガリに向き直った。
「今隊長のお守り役は他にいるようですし…俺は久しぶりに会う人達に挨拶してまわるので…
あ、そうだ」
ダコスタは体をカガリの正面にもって来て背筋を伸ばした。
「──お誕生日、おめでとうございます」
そう言ってダコスタは深々と礼をした。
昼間のおっさん達に向けていたモノとは違い、カガリは嬉しそうに微笑んで礼を言うと
ダコスタはもう一度軽く頭を下げてパーティの人垣の中へと消えていった。
徐々に遠ざかっていく背中を並んで見送りながら、俺はカガリに問いかけた。
「──何であそこで一緒に、なんて誘うんだ。お前はっ」
「いや、つい…」
そう呟くカガリを見れば、申し訳なさそうに笑いながらぺろっと舌を出している。
──まあカガリはこういう奴だから、仕方ない。
つくづく俺も甘いなぁ…と俺の方からも笑い返してやると、
繋いだ手を軽く引っぱってきた。
「さ、私達も戻ろう。お前、腹ペコだろ?今日は私が給仕してやるよ」
「え…」
パーティの主役にそんな事…と思う間もなく、カガリは両手で俺の腕を抱え込んで
あかるく騒がしい人垣の中へ俺を誘った。
料理の置いてあるテーブルの近くまで引っ張られてきた俺は、
さっと立ち止まり辺りを見回した。
カガリは急に歩みを止めたアスランを怪訝そうな顔で見つめてきた。
「何だよ。急に立ち止まったりして」
周りの気配を窺う事に神経を向けていた俺の手から
カガリは自分の手を抜き取り、腰にあてた。
それでも俺はカガリにごめん、と返しながら“彼”の位置を確認した。
ここからかなり離れたテーブルでまだキラと一緒にいる。
そこで漸く俺はカガリを見て微笑み、食事の並ぶテーブルまで促した。
最初に行きついたテーブルではアークエンジェルの元クルーが数人、
わいわいと楽しそうに杯を交わしていたが、
俺達の姿、というよりも俺の顔を見ると挨拶もそこそこにそそくさとこの場を立ち去った。
「おい!お前ら!──何だよもう…私達が来た途端まるで逃げるように…感じ悪いなっ!」
カガリは立ち去った俺達の背中に向かってブツブツ文句を言っているが、
俺はそんなカガリの肩に手を添え、顔を覗きこんで微笑んだ。
「気をきかせてくれたんじゃないか?」
「いや、違う!」
カガリは勢いよく俺を振り仰いで頬を膨らませた。
「お前がずっと不機嫌そうだったから、恐ろしくて逃げ出したんだ、きっと!」
心外な事を言われて俺は困ったように顔を顰めてみせる。
不機嫌だったのはカガリに触れる前の事だし、今はこうしてカガリと並んで話も出来る。
それでどうして不機嫌になどなれるだろうか…?
「不機嫌どころか、今俺はとても幸せだけど…?」
そう言いながら肩を抱く手を少しだけ引き寄せようとすると、
カガリは俺の手を軽く叩いた。
「はいはい。わかったからこの手を離してくれ。このままじゃ食事にありつけないぞ?」
そう言われて俺は仕方なく右手をおろした後カガリの左手と繋いで指をからめ、
その反対の手はテーブルに置かれた皿を手にした。
それを怪訝そうに見ていたカガリの目の前に手に取った空の皿を突き出して、
俺はにっこり微笑んだ。
「ここに料理を取ってくれるか?」
「…いいけど…この手をはなせよ」
カガリは再び俺の右手から自分の左手を引き抜こうとした。
が、俺はそれを許さず逃げられないように強く握りこんだ。
「いや。このまま取り分けてくれ」
カガリは呆れた様子で俺の顔を呆然と見上げていたが、やがて俯き、小さく息を吐くと
仕方ないな…と呟いてフォークを右手に持った。
そうしてテーブルの上の料理をアスランの持つ皿に移そうとするのだが、
やはりなかなかうまくいかない。
ムキになって料理と格闘しているカガリの姿が可愛くて
アスランは可笑しそうにくすくす笑って見物していた。すると──
「お前なぁ!誰のせいでこんな苦労してると思ってるんだ?もう手、離せってば!」
カガリは眉毛をつり上げて繋いだ手をブンブン振り回すが、
俺はその手の動きを力で抑えて止め、自分の口許に持ち上げて軽くふれた。
「ごめんごめん。もう笑わないから」
真剣な表情でそう言うと、カガリは一瞬で真っ赤になって目を泳がせた。
「し、し、仕方ないな!時間かかるけど…おとなしく待ってろ」
ぶっきらぼうに早口でそう言うと、カガリは再びテーブルに向き直り、
フォークを持ちあげて戦闘態勢に入った。
俺はその姿を笑いを堪えつつ見つめながら、ふと考えた。
今、このテーブルには俺達2人しかいない。
ちらりと周りに目をやると、
みんな遠巻きにこちらをちらちら見てはいるが
近付こうとする者はいなかった。
これはやはり、カガリがあの男と一緒の時に殆ど挨拶を済ませている事と──
俺達2人の間に入ってこようとする人間がいない、という事だろう。
それに関しては大いに満足なのだが…まだ油断はできない。
またいつあの男が退屈して俺達に──カガリにちょっかいかけてくるかわからない。
俺は再び周りを見回して彼の現在位置の確認を取り始める。
──いた。まだキラを隣につけて、今は赤毛の男──ダコスタと共に居る。
なんだ、彼は結局捕まってるじゃないか…いや、それとも…彼の元に戻っただけか。
ふん、やはり信用してしまうには危険な男だな…
まあいい。この場所からはまだ遠い。そうして漸く安心した、その時──
「うわっ、こら!アスラン!ちゃんと皿、持ってろよ!」
ハッと我に返り左手に持った皿を見ると、いつの間にか結構な量の料理が乗っていて、
更に俺があちらに気を取られていたせいで皿が傾き、料理が落ちそうになっていた。
「え、あ、うわっ!」
俺は慌てて皿を水平に保ち、何とか被害を出さずに済ませた。
「…たく…何ボーッとしてるんだよ!」
呆れてため息混じりに俺を見て文句を言うカガリに俺はごめん、と謝った。
「ボーッとしてても手を離さないところは凄いなと感心するよ、まったく…」
そう言ってカガリは繋いだ手をぷらん、と軽く振る。
「この手だけはね」
そう言って少しだけ力をこめて握り返すと、
カガリは恥ずかしそうに目をそらして、
ばか…と呟いた。
「じゃ、カガリがよそってくれたこれ…折角だから…食べさせて?」
「はぁ!?」
カガリはそらしていた目をアスランに向け、少し声を荒げる。
「自分で食べろよ!」
「だって…これ、外せないから」
俺はにっこり微笑み、カガリの顔の前まで繋いだ手を掲げた。
「外れるし、外せばいいだろ!食べる時くらい!」
「いやだ」
きっぱり言い切って俺は繋いだ手の側に
先程カガリがよそってくれた料理ののった皿を並べた。
「さ、ここから取って、俺の口まで運んで?」
カガリはまた少し頬を染めてしばらく俺を睨みつけていた。
が、やがて諦めたように大きくため息をついた。
「──仕方ないな、本当に!…まるで、大きな子供だな!」
「今は子供にみせて油断させてるんだ」
おどけてそう言うと、カガリはますます顔を真っ赤にして悔しそうに唇をかみしめた。
「〜〜〜〜嘘つけっ!もういいらか!皿、もう少し下げろ!これじゃ取りにくくてかなわん!」
俺はカガリが料理を取りやすいように少し皿を下げてやる。
するとカガリは右手に持ったままでいたフォークで皿の上の料理を取り、
ゆっくり、
口もとに運んでくる。
俺は軽く目を閉じ、逆に口の方は軽く開いた。
ほいっと放り込まれた料理は生暖かく、俺はそれをゆっくり味わった。
「おいしいか?」
カガリが窺うように俺の顔を覗きこんでくる。
俺はゆっくり瞳を開いてから、片目だけ瞑ってみせた。
途端にカガリの顔がホッとしたように緩み、直後に眩しい笑顔へと変化する。
「だろ!?よかった〜!」
「カガリが俺に与えてくれるものは何でもおいしいよ」
俺は口の中のものをすべて胃に送り込んだ後、
そう言って微笑み、次の料理を催促した。
カガリは嬉しそうに頷いて次の料理にフォークを突き刺した。
そのうちカガリも照れがなくなってきたようで、
「はい、あ〜〜ん」
とか言いながら、雛に餌を与える親鳥のように次々と俺に料理を運んできた。
そうして食欲が満たされると気になるのは、やはりあの男の行動だった。
カガリがフォークで皿の上の料理と格闘を続けているのを微笑ましく見つめた後、
俺は瞳だけを動かしてあの男の位置確認を始めた。
一番最後に目撃した場所にはすでにおらず、
俺はそこから移動しやすそうなテーブルを
ひとつひとつ虱潰しに確認していった。
そうやって漸く見つけた場所は、ここからかなり近いテーブルで、
まだ隣にキラを従えて話し込んでいる。
こんなに距離を詰められていたなんて──!
場所を移動しようとカガリに向き直ろうとしたその時、
突如俺の目の前に鶏のから揚げが現れ──
思いきりそいつとキスしてしまった。
「──どこ見てるんだよ、お前はっ!」
気付けばカガリが仏頂面で俺を見上げている。
いつの間にか繋いでいた手も離してしまっていたようで、
俺の手のぬくもりが残った左手でカガリはほっぺたをクイッとつねってきた。
頬に鈍い痛みを感じて思わず苦笑いを浮かべ、
俺はその手首を掴んで軽く引き寄せた。
「ずっとカガリを見てるよ」
「嘘付け!」
ほんのり頬を染めながら即答するカガリに誤魔化すようににっこり微笑むと
俺は手にあった皿をテーブルの上に置き、
あいた手でカガリのもう片方の手首を掴んで
から揚げを口に入れると、
それを大急ぎで口の中からなくした。
「次はあっちのテーブルの料理が食べたいな」
俺はあの男から遠く離れたテーブルを見て微笑んだ。
「──ったく…しょうがないな。じゃ、移動するか」
カガリの了承を得ると、俺は左手でフォークを奪って皿の上に置き、
右手はそのままカガリの左手と繋いで、危険地域から脱出していった。
そうやって転々とテーブルを移動する度、周りにいる人達を他の場所に追いやって
俺達は楽しいひとときを過ごした。
だが突然──俺は背中をツンツンつつかれた。
全く不意をつかれた形で、
俺はその気配を察知できなかった事に内心舌打ちしながら振り返った。
「君たち、随分楽しそうだね…」
非難がましい声音で呟くその人物は、キラだった。
「キラ…」
「あ、キラッ!」
俺が呆然としている後ろで、カガリは俺の肩越しにひょこんと顔を出していた。
「や──っと抜け出してきたんだから…」
そう言いながらキラは大きく息を吐いて、俺の皿からイチゴを摘んで口に放り込んだ。
それを見て文句を言おうと口を開きかけたが、キラの仏頂面を見て再び口を噤んだ。
「ねぇカガリ、今日は僕だって誕生日だよね?そうだよね!?」
キラは訴えるようにカガリを見つめながら話しかけてきた。
カガリはあ、ああ…と曖昧に頷いている。
「なのに!誰かさんのお守りを押し付けられて、その後はまた別の人のお守りをおしつけられて!
僕はベビーシッターじゃないんだから!」
「あ、ああ…キラ。その通りだな…」
カガリは少し申し訳なさそうにへへっと笑っている。しかし俺は──
「ベビーシッターってどういう意味だよ、キラ」
「何って言葉通りの意味だよ。このパーティで僕の自由は全くないんだよ、全く!」
あまりの言われようにムッとして言い返した俺に、キラも負けじと言い返してくる。
相当腹に据えかねている様子だ。だが俺だって今日は散々な目にあっているんだ。
「やっと自由になれたんだ。さっきまでお守りしていた子供の所に逃げ込まなくても
さっさと行きたい所へ行けばいいだろ」
瞬間キラはグッと言葉に詰まるが、すぐに体勢を立て直してきた。
「じゃあ何処に行けばいいか教えてくれる?ほら、見てよ!」
キラは右手をバッと広げて、俺に会場全体を見渡すように促してきた。
「僕らと同年代の人間が今、どういう状態でいるかわかる?
サイとカズイはべろんべろんに酔っ払った
アークエンジェルの元クルーに捕まって目を白黒させてる!
ミリィはディアッカに捕まって、まんざらでもなさそうな様子だし!
後はここに来るしかないじゃないか!」
「だからってどうしてココに来るんだ!俺達だってやっとカガリと一緒にいられる様になったんだ!
少しくらい遠慮しようとか思わないのか?」
「思わないね!そもそもこういう状況に僕が陥ったのは君たちのせいなんだよ!
別にいいじゃないか!ここに僕が入っても!」
キラも俺達と一緒に居ないと再びあの男のお付に逆戻りするとあってか、
必死にここに居座ろうとしている。
──まあ…カガリがあの男と一緒だった時、キラには少しだけだが世話になった。
ならしばらくの間なら面倒みてやってもいいか…そう俺が思い始めた、その時だった。
俺の正面にいるキラの顔が見る見るうちに青ざめていく。
唇を戦慄かせて、ゆっくりと右手をあげて俺を指差す。
「あ、あ、アスラン…」
俺の顔がどうかしたのか、と不思議に思い、眉根を寄せて首を傾げると、
キラはぶんぶん首を振り、震える声で呟く。
「う、う、うしろ…」
キラのあまりの豹変ぶりが何だか可笑しくて、俺はプッと吹き出しながら振り返った。
「何だよ、キラ。変な顔して…えっ?」
振り返ると同時に勢いよくドンッとぶつかって来る塊。
それは俺の背に腕をまわし、がっしりしがみついてきた。
「ア〜〜ス〜〜ラ〜〜ン〜〜」
思ったより小さな緑色の塊は、カガリだった。
俺はその勢いに押されて1歩、2歩と後ずさり、とん、とキラにぶつかる。
「カ、カガリ?」
俺は慌ててカガリの肩を掴み、引き離そうと試みた。
が、カガリの力は凄まじく
どんなに力を入れても離れない。
それでもなんとか密着していた身体を少し離して顔を覗き込めば──
目が据わっていた。
「やい!アスラン!」
カガリは背にまわしていた手を解いて俺の頬を挟み込み、
ぐいっと自分の方に顔を引き寄せる。
アスランはあっけにとられたまま、カガリにされるがままだった。
「お前なァ、私は、確かに!“来てくれるだけでいい”って言ったよ!言った。けど!
“オヤジばっかり見つめていろ”と言った覚えは、な──い!」
そう叫ぶカガリの息から仄かに香る、この匂い…もしかして!
俺は瞳だけ動かして、テーブルの上を確認しようとする。が──
「こら!聞いているのかッ!?」
カガリはそう喚きながら俺の頬をパシッと軽く叩いて、顔をを自分の方に向けさせる。
そうして満足そうに頷いた後、さらに続けた。
「何なんだよ、お前は!私の事ず───っとほったらかしでさ!
お前は私より、オヤジやキラの方がいいのか?ああ!?」
そう言って再び俺の背中に腕をまわして、ギュ──ッとしがみついてくる。
俺はカガリの手に置いていた両手を一方は背中に、
もう一方は頭の上に置き、ポンポンと撫でてやる。
これはもしかして──やきもちをやいてくれているのだろうか──?
こうなった背景を考慮に入れなければ、純粋に嬉しい。
が──やきもちの対象が
オヤジやキラ、というのはどうなんだろう…
俺の胸に顔を埋めたままのカガリを抱きしめながら、
俺は漸くテーブルの上に置いてある
空のグラスを見つけ、
髪を撫でていた手でそれを手に取った。
グラスの底に微量の赤い液体がこびりついている。
それを鼻に近付けると──やはりあの匂いがする。
それをテーブルに戻し、
今度はテーブルの向こう側でこちらを見てニヤニヤしている男を睨みつけた。
「カガリにお酒を飲ませたんですか?」
俺が言おうとした言葉はそっくりそのまま俺の後ろに居たキラが声に出した。
しかし怒鳴られた男は悪びれもせず、白々しく両手を広げて首を傾げた。
「未成年にそんな事するわけないだろ?ただ…僕が後で飲もうと思ってそこに置いたワインが
なくなっちゃってるけどね…」
俺は男を一瞥した後、少し屈み込み、
力が抜けてへろへろになっているカガリを抱きあげた。
普段のカガリならここで慌てて飛び降りるなり、
俺の背中をバシバシと殴りつけるなりしただろうが、
今は自分の方からキュッと俺の首に腕をまわし、しがみついてくる。
「ちょっ、アスラン──」
驚く周囲の人々をよそに、俺はキラを振り返った。
「カガリを部屋まで連れて行く。この様子じゃあ…多分眠ってしまうだろうから」
そう言いながらちらりとカガリを見やると、
目がとろんとして目蓋が眠そうに上下している。
キラにもその様子を見せると、俺に小さく頷いた。
「わかった。まかせたよ、アスラン」
俺はキラに頷いて、歩き始めた。
そのままテーブルを回り込み、面白そうに俺達の会話を聞いていた男の前に立った。
そうして器用にカガリを腕1本で抱えなおして俺は、
ジャケットのポケットに片手を突っ込み、
中のモノを取り出してそれを男に差し出した。
男はそれを見て何とも複雑そうな笑みを浮かべ肩を竦めた。
「これを…僕に?」
俺はカガリに振動が伝わらないように小さく頷いた。
「これはもうカガリに必要のないものなので…あなたにお返しします」
そう言って俺は男の手のひらに押し付け、男も黙って素直にそれを受け取った。
俺はすーすーと密やかな寝息をたてて眠っているカガリの身体を抱えなおしながら、
ちらりと男を見た。
男は俺から受け取ったモノを指で軽くつまみ、左右に揺らして眺めている。
それを見つめる表情は男に似合わず切なげで、俺は思わず視線を逸らした。
「──そのうち、このドレスも、靴も、必要なくなる時が来ます。その時にはあなたに全て
お返しします」
男はこちらを見て薄く笑ったようだった。
「それはいつの事だろうね。もしかして、明日の朝──か?」
俺はその問いかけには答えず、屋敷の方へと歩き出した。
しんと静まり返った屋敷の中に足を踏み入れると、俺の足音だけが響き渡る。
そんな中、カガリは安心しきった表情ですっかり寝入っている。
カガリの部屋の前まで来た俺は立ち止まり、
扉に手をかける前にゆっくりとカガリの額にくちびるを寄せようとして
──やめた。
微かに物音のした方を見ると、
丁度廊下の角を恰幅のいい女性が曲がってこちらに向かって来る所だった。
その表情は険しく、足どりはいささか乱暴である事が薄暗い屋敷内でもよくわかった。
そうして俺達の目の前まで来ると、
黙って部屋のドアを開け、俺に中に入るよう目で促す。
俺はそれに軽く頭を下げる事で応え、室内へ足を踏み入れた。
ドアを開けたままの状態にしてその女性はつかつかとベッドへ近付いていく。
俺はその後ろに付き従った──何か、逆らえない空気があたりに充満していた。
ベッドの側までたどり着いた俺に、その女性はやはり目だけで指示され、
俺は極力ドレスが皺にならないようにゆっくりとカガリを横たえた。
そこで漸くその女性は声を発した。
「──お酒を飲ませたのは、あなたですか?」
小さな瞳だが、それは鋭く光ってアスランを見据えている。
そう思われても仕方ないが──それは事実ではない。俺は小さく首を振った。
「バルドフェルドさんですよ」
小さな声で犯人の名を告げると、その女性は小さな瞳をめいいっぱい見開いて、
やがて諦めたようにため息をついた。
「そうですか──疑ったりして申し訳ありませんでした」
そう言って深々と頭を下げる女性に俺は慌てて言葉を付け足した。
「そんな──頭を上げてください。俺が側についていながらこんな事になったのですから…
俺のせいでもあるので──」
そこで俺は息をのみ、言葉を失った。
小さなふたつの瞳には真剣な光が宿っていた。
彼女は頭を少しだけ上げ、鋭い視線でこちらを見ながら、口を開いた。
「アスラン様、あなたは──」
突然ガサッと物音がしたかと思うと、俺は何かにがしっと包み込まれた。
ベッドの上で安らかに眠っていた筈のカガリが急に起き上がって
俺にしがみついてきたのだ。
そのカガリはくるっと顔の向きを変え、一緒に居る女性を睨みつけた。
「こら、マーナ!何アスランを虐めてるんだ!」
俺は目をテンにしてカガリを振り返った。
きっとすぐ側にいるマーナさんも俺と同じような表情をしているのだろう。
何も言い返せないようで、室内はシン…と静まり返っている。
そこに再びカガリの声が響いた。
「マーナ!私は寝る!ここから出て行け!」
その発言にハッと我に返ったのだろう。マーナが慌てた声を出した。
「ひ、姫様…!それでは私はアスラン様とここを出ますから…」
「ダメだ!」
カガリは更に強く俺にしがみつきながらきっぱり言い切った。
拒絶された本人は絶句しているようで、返事は返ってこない。
「今ここからアスランを出したらマーナ、またアスランを虐めるんだろうう!ダメだ!
アスランは私とここに残ってもらうから!」
──カガリ…そう言ってくれるのは嬉しいけど…この状況でその台詞はどうだろう…
何やら気まずくて、マーナさんを振り返る事も出来ずにいると、
しばらくしてふうっ、と大きなため息が聞こえてきた。
「──わかりました。…それではアスラン様、カガリ様をくれぐれもお願いします」
マーナさんはそう言うとドアに向かって歩き出した。
俺がちらりとその姿を目で追うと──
鋭い眼光を俺に浴びせてきた。
パタン、とドアの閉まる音がしたと同時にカガリはすっと身体を離し、
まだよく状況が飲み込めていない俺ににぱっと笑った。
「よかったな!もう虐められないぞ!」
カガリは得意げにそう言うと、ふらつく足でベッドから降り立った。
それを支えようと手を伸ばしたが、カガリはすっとそれをかわした。
そうして俺から少し離れた場所でじっと立ち尽くした後、ポツリと呟いた。
「寝る」
そう言った途端、カガリはいきなり乱暴にドレスを脱ぎはじめた。
「ちょっ、カ、カガリ!」
大声で叫びそうになったが、ギリギリの所でそれは抑えた。
もしかしたらまだ扉の向こうにマーナさんがいるかもしれない。
俺の叫び声を聞きつけてこの状況でこの部屋に戻ってこられたりしたら──
ますます心証が悪くなる。
俺はくるりとカガリに背を向けた。
「い、いきなり脱ぐな!」
酔っ払いに文句を言っても仕方ない事はわかっていたが、言わずにはいられない。
しかしカガリからの返事はない。しばらく衣擦れの音がして…
再び室内は静寂に包まれた。
いつまでもこうしている訳にもいかない、と恐る恐る振りかえると…
カガリは既にベッドに潜り込んで眠っていた。
俺は思いっきり脱力して大きく息を吐いた。
そうしてしばらくして気を取り直し、ベッドの側まで近付いた。
あどけない顔で眠るカガリはとても17歳になったとは思えない。だが──
俺はその顔に自分の顔を寄せていき──思わずベッドの脇から飛びのいた。
今更ながらに気付いた。カガリが裸で眠っている事を。
いつもならこんな事でいちいち驚いたりしないが、
今日はマーナさんに釘をさされたばかりだ。
直接言われたわけではないが…
この部屋に入ってからの彼女の言動は、つまりそういう事だろう。
それにもしかしたら──
ドアのすぐ向こう側で聞き耳を立てているかもしれないと思うと、
眠っているカガリにどうこうしようという気はおきなかった。
やはりカガリの育ての母には良く思われたかった。
今はまだ──全然快く思われていないようだが。
だからこそ、ここはおとなしくしていなければならない。
俺はもう一度ため息をついて、ベッドで眠るカガリに背を向けた──と、
そこにはカガリが脱ぎ捨てたドレスや…下着が散らばっていた。
しばらく立ち尽くした後、俺はもう一度盛大にため息をつくと、
放り出されたドレスを拾い上げた。
下着は──ちらりと見やりながら、どうしよう、と考える。
しばらく考えた後、結局それを手に取り、ベッドの脇にたたんでおいた。
そしてもう一度、見納めとばかりにカガリの寝顔を覗き込んだ。
彼女が生まれた、この記念すべき日。
カガリはちゃんと楽しめたのだろうか──
この安らかな寝顔を見る限り、今はとても幸せそうに見えるが
明日目覚めて今日の事を反芻した時、彼女はどう思うのだろうか──
でも、とにかく。
おやすみ、カガリ。
起こさないように声には出さず、心の中でそっと囁いて、
俺はドレスを手にしたまま部屋を出た。
予想に反してマーナさんはいなかった。
念のため、と辺りをキョロキョロ見回してみるが、人のいる気配はない。
俺は手元のドレスに目をやった。
マーナさんがいるだろうと見越し、これを手渡そうと思って持って出たのだが、
とんだ見当違いだった。
だからといってこのままパーティ会場に戻ってあの男にこれを渡す気は、まだなかった。
とりあえず今日返すのはあれだけでいいと思っている。
ではこれはどうしよう…
このまま部屋へUターンして戻しておいてもいいのだが──
何となくそれは憚られた。
今戻れば部屋から出たくなくなる。
そしてこの近くにマーナさんがいないという保障はないのだ。
俺は今夜何度目になるかわからないため息をついて、
背中のドア越しに感じるカガリの気配にもう一度“おめでとう”と囁いて、
この場を後にした。
あとがき
長かった…やっぱり終わった話の続きを書くのは難しいですね…
お陰でアスランが…こんな感じになってしまいました…
とにかく遅くなっちゃったけど…カガリ&キラ!お誕生日おめでとう〜!
そしてキラ…誕生日なのにいじめてゴメンね…
04.05.25up