昨夜遅くに仕事を終えたその直後から、カガリはずっとそわそわ落ち着かなかった。

ベッドに入っても眠るどころか、ますます目が冴えてくる。

胸の奥がざわざわしていて、無理矢理目を閉じても眠れずに何度も寝返りを打った。

やっと眠れたと思うと、すぐにマーナに起こされた。

気付けばもう朝、というより既に日は高く昇っていた。



今日はアスランがオーブにやって来る日だった。

この数日間、今日明日と休暇を取る為にカガリは働き通しだった。

その間は仕事をひと段落つける事に全神経を集中させていたのだが、

なんとか目途が付くと途端にカガリは落ち着きをなくしていったのだった。

遅い夕食をとった時もそうだ。

ボーっとして食べ物をポロポロこぼす、水の入ったグラスを倒す、

テーブルクロスを引っ張って危うく星一徹状態になる所だった。

その後も気付けば部屋の中や廊下をうろうろうろうろ‥‥ここでは動物園のゴリラ状態だった。



尤も、アスランがオーブにやって来る前当日はカガリはいつもこんな感じなので、

アスハ邸の者達はもう慣れっこである。



そのアスランは朝一番に着くシャトルでオーブには来ている筈だった。

しかし正午を過ぎても、休日の恒例であるお茶の時間になってもまだ現れない。

なのにカガリは怒るでもなくただ不安げに手入れの行き届いた美しい庭園を臨める部屋で

同年代のメイド数人とマーナとでゆっくりした時間を過ごしている‥‥筈である。



カガリは目の前にある紅茶や色とりどりのお菓子に目もくれず、

ただ庭の方をじっと見ては、ごくたまに紅茶で喉を潤した。

これもアスランが訪ねて来る際のいつもの光景なのだが、

マーナ以下、他のメイド達はそれを見てはいつも思うのである。

──アスラン様が庭から来る訳でもあるまいし──



見事に手入れされた庭園は、一国の代表の邸宅とは思えない程こぢんまりとしていたが、

それでも一般家庭のそれよりはかなり広い。

戦後オーブに戻ってアスハ邸を建設する際、カガリは

「どうせ私しか住まないし、ちいさい家でいいぞ」

などと言って周囲を大いに困惑させた。

大体カガリを1人で住まわせるわけにはいかないし、

ここで公的な行事が開かれるであろう事は容易に想像がつきそうなものだ。

この庭園にしてもそうだ。

「別に庭なんかなくてもいい」と言うカガリを 大人数で説得してやっとこの庭が出来上がったのだった。

「維持費もバカにならないのに‥‥」 といつまでもブツブツ言っていたカガリだったが、

この庭を一目見てからというもの非常に気に入った様子で、

どんなに忙しくても1日1回は庭を散策するか、 それが叶わない時でも数分眺めてから床に着く。



それにしても──アスランが遅い。

いつもオーブに着いた当日、アスランは必ずキラの家に寄ってからここに来る。

それはアスランの立場的な理由からでもあるし、

何よりアスランがプライベートでオーブを訪問する際の建前が“旧友に会う” というものであったから──

宇宙港にキラ、またはその家族が迎えに行く。

キラの家に立ち寄った後、そこで車を借りてアスハ邸にやって来る。

それがいつものお決まりのコースだった。



だか今回はキラの家には寄らず、直接ここに来ると事前に連絡があった。

今日カガリはキラの家に招かれ、一泊する予定になっている。

それなら、とアスランはここアスハ邸に直接来て2人で一緒にキラの家に行く、 そういう手筈になっているのだが──

なのにもう太陽は少し赤みを増し、大地に近付こうとしている──

本当にアスランは何をしてるのだろう?



カガリの方はといえば出かける準備万端だ。

プライベートでアスランに会う時は必ずボーイッシュな、というか少年のような格好をする。

マーナなどは「デートの時くらい女らしい格好をさせてやりたいのに‥‥」

と目に涙を浮かべながら呟いたりするのだが、カガリはこれでいいと思っている。

服が汚れるとか気を遣わなくていいし、何より動きやすい。

マーナはきっとアスランを気の毒に思って言っている所もあるのだろうが、

自分のドレスアップした姿はアスランだって見た事がないわけじゃないし、

そういう格好ならイヤという程パーティだの会議だので披露している。

しかし本当に動きにくいわ、変な視線を感じるわでどうも好かない。

だからカガリはこの服装で、というかどんな格好でもアスランに会えるだけで満足だった。

2人のデートはほんの一部の人間しか知らない、ひめごとだから‥‥








プレゼント









「カガリ様、お茶が冷めてしまいますよ」

マーナが心配げに声をかけてきた。

庭園の真ん中にある噴水の流れに目を奪われていたカガリはそれから視線を外し

マーナにうん、とか何とか言ってぬるい紅茶を一気に飲み干した。

その場にいた女達は皆、呆気にとられつつも「ああ、また‥‥」と心の中でため息をついた。

「いつもの時間とそう変わりませんねぇ‥‥何か用でもあって予定を変更されたのでしょうか? やっぱりキラ様の所に寄ってから来るのかもしれませんねぇ」

マーナが安心させる為に言ってくれただろう言葉に、カガリは少しイラついて反論する。

「それだったら連絡があってもいいじゃないか」

そしてテーブルの上に並べられた菓子を乱暴にと掴むと大口を開けて放り込み、 ガシュガシュと噛みくだす。

周りの女達は困り果てた様子で各々顔を見合わせた。

さらに何か言おうとマーナが口を開きかけた時、ドアをノックする音が響いた。



部屋にいた者全員の視線がそちらに集中する。

そっと開いたドアから年配のメイドが顔を出し、カガリが待ち望んでいた報告を持って来た。

「先程アスラン様が──キャッ!」

カガリはその言葉を待たずに立ち上がった。

座っていた椅子を思いっきり後ろに倒し、

一気にドアの側にいたメイドの横を風のように駆け抜け、あっという間に部屋から姿を消した。



埃がたちそうな勢いで飛んで出たカガリの後ろ姿を見送った一同は、

今度こそ盛大に深くため息をつくのだった。

しかしマーナだけはため息をつく間もなく、カガリの後を追わなければならなかった。



玄関先に会いたくてたまらなかった人物の姿が見える。

濃紺の髪に緑の瞳、すっと通った鼻筋、優しげに微笑む口もと。

すらりと伸びた手足はしなやかで、その全てが愛しい人──



「アスラーン!」

嫌になる位長い廊下をひた走ってやっとたどり着く。

そして思いっきり飛びつこうとしたその時──

「カガリ様!」

カガリがアスランの名を呼ぶ、それ以上の大声が後ろからした。

カガリは仕方なく駆ける速度を緩め、アスランの目の前でピタッと止まる。

そうしてずっと間近で感じたかった瞳をじっと見つめながら、囁いた。

「──久しぶり。元気だったか?」

「ああ。カガリも元気にしてたみたいだな」

返ってくるアスランの生声を、こんな近くで聴くのは久しぶりだ。

頬を朱色に染めながらこっくりと頷いて‥‥顔を少し上向けて目を閉じる。

アスランは自然な所作でカガリの両肩に手を添え、頬に口づけを落とす。

あれ?何だか──



カガリの顔からアスランの影が引くと、 カガリの真後ろにやけに息の荒いマーナがやっと追いついた。

マーナに気付いたアスランが

「ご無沙汰してます」

と会釈する。マーナもそれには笑顔で応えたが、カガリに注意する事は忘れない。

「全くカガリ様は‥‥以前勢いよく飛びついてアスラン様が脳震盪をおこされた事を 忘れてらっしゃるようですね!?」

カガリはガバッと振り向き、頬を脹らませながら言い返した。

「そんな昔の話、いつまで覚えてるんだよ。大体飛びつく気なんてなかったってば!」

‥‥嘘である。思いっきり飛びつくつもりだった。

その嘘はアスランにもマーナにもお見通しのようである。

「これからはマーナがお止めしなくても、こういった行動は控えて下さいましね!」

「もうわかったってば。それより、アスラン?」

カガリはマーナに向かって五月蝿げに手をひらひらさせておいて、

今度は2人のやりとりを微笑ましく見物していたアスランに向き直る。

「ん?」

そう小首をかしげるアスランにカガリは一言ずばっと言い放つ。

「お前、くさいぞ」

さっきキスした時に、僅かだが臭ったのだ。不快ではないとても懐かしいにおい。

それは3年近く前には格納庫で毎日のように嗅いでいた、

まだ父が生きていた時にしょっちゅう訪れていたモルゲンレーテの工場内でのそれだった。



カガリの失礼な物言いにマーナは慌てたが、アスランは優しげに微笑んでいた。

「やっぱり臭うか?ごめん。今日遅くなったのはこれが原因なんだ」

「あ、そうだ!お前何でこんなに遅いんだよ!?」

アスランに会えた喜びですっかり忘れていたが、

午前中にはオーブにいた筈の人間がここに来たのはもうすぐ夕食か?くらいの時間である。

確かにちゃんと会う時間を決めていた訳ではない。

カガリが勝手に逆算してアスランの訪問時刻を設定していただけだった。

その問いにアスランは悪戯を思いついた子供っぽい笑顔で答えた。

「それは今すぐわかるさ。では彼女をお借りします。明日中には無事送り届けますので」

後半の台詞はカガリの後方に控えているマーナに向かって言ったのだろう。

「ええ、お気をつけて。カガリ様をくれぐれもよろしくお願いしますね。 キラ様にもよろしくお伝え下さい。」

マーナもそれに笑顔で応え、深々と礼をする。そして手に持っていた荷物をカガリに手渡した。

アスランも軽くお辞儀をした後、さり気なくカガリから荷物を受け取った。

そしてあいているもう片方の手をカガリの腰に添え、外に出るよう促す。

カガリは一度立ち止まって振り返りマーナを見た。

「じゃ、行って来る!」

そう笑顔で片手をあげて、屋敷の外へ出て行った。



玄関を出るとカガリはアスランを見上げて尋ねた。

「今日は車じゃないんだろ?どうやってキラの家まで行くんだ?」

「ちゃんと車で来てるよ。まあ見てのお楽しみ」

そう答えるアスランは本当に楽しそうだ。そんな顔を見ているとカガリも嬉しくなる。

そうして駐車スペースまでの短い道のりを2人寄り添いながらゆっくり歩く。



本当に幸せだなぁ‥‥

胸がほんわかしているのを実感しながらカガリはうっとりとアスランを見上げていると、

アスランはその視線に気付いたのだろう。

「どうした?」

と声をかけてくる。

それには首を横に振って応え、玄関先で言っていた事について訊いてみた。

「さっき言ってた『臭いが原因』ってどういう事だ?」

「それについてももうすぐ分かるよ。ほら」

そう言って自分達の進む先を指差す。

そこはアスハ邸の駐車スペースなのだが、そこには見慣れぬエレカが1台、止まっていた。

「あれ‥‥?キラんちの車じゃないのか‥‥?」

「キラの家には寄らずにここへ来たよ。昨日そう言っただろ?」

「いや、そうだけど‥‥」

迎えに来るのが遅かったからてっきりキラの家に寄ってから来たのだと思い込んでいたのだ。

カガリはアスランから離れ、先に走ってエレカの傍まで駆け寄った。



そのエレカはキラの家のそれよりシャープな造りに見え、そして間違いなく新品だった。

メタリックシルバーのボディに、ウインドウに、目をまんまるにした自分が写っている。

ヘタに触れて指紋をつけたりしないよう細心の注意を払いながら、 ゆっくりエレカの周りを一周する。

「どう?これ」

丁度一周した所で、アスランもエレカの傍まで辿り着いた。

振り返ってカガリは子供のようにはしゃぎながら嬉しそうに叫んだ。

「凄いよ!カッコいいし、凄いピカピカで‥‥どうしたんだ?これ」

カガリの興奮ぶりに満足したように微笑み、アスランは驚きの一言を口にした。

「俺のだよ」

カガリは大きく開いていた瞳をさらに見開き、さらに口も大きく開いてぱくぱくさせた。

そんなカガリに楽しそうな笑みを見せただけで、

アスランは運転席のドアを開き後ろのシートにカガリの荷物を置いた。



カガリはドアの閉じる音にハッと我に返り、慌ててアスランのコートの背中を掴んだ。

「どういう事だよ?まさか‥‥」

アスランは先程からの微笑みを崩さないまま、カガリを振り返って頷いた。

「俺が造ったんだ」

その言葉でカガリは再び固まった。

普通個人がエレカを造るなんてありえない!出来る訳がない!

でもアスランなら‥‥出来るだろうな、間違いなく。

固まったまま目を白黒させている自分を楽しそうに見ているアスランに気付いて

カガリは気を取り直して再び尋ねた。

「お前が造れるっていうのは納得出来るんだけど‥‥どこで?どうやって?」

すぐに答えが貰えると思ってじっとアスランを見つめたままだったカガリの肩に

少し骨ばった綺麗な手が添えられる。

「詳しくは車の中で。遅くなったからな。キラが待ちくたびれてるぞ」

アスランはそう言ってそのままカガリの背に手を滑らせた。そして歩くよう促された。

何だかはぐらかされた気分で、でも移動中に訊けばいいや、と促されるまま助手席の方に移動した。

アスランがうやうやしく開けたドアから助手席に乗り込む。と‥‥

うわぁ‥‥これ‥‥



アスランが助手席のドアをゆっくり閉め、 エレカを半周して運転席に乗り込むのと同時に

カガリは雪の中で駆け回る仔犬の様に興奮気味に問いかけた。

「このシート、ふかふかだな!座り心地も最高だ!こんなシート、座った事ないぞ!」

自分と再会してからアスランはカガリが何か一言言う毎に嬉しそうに微笑んでいる。 今もそうだ。

「そりゃそうさ。お姫様の指定席なんだから、フンパツしましたよ?」

そう言いながらエンジンをかけ、カガリの顔を見てクスッと笑う。

カガリの顔が真っ赤だったからだ。

「おまっ‥‥!お姫様とか言ってて恥ずかしくないのか!?」

「んー、恥ずかしくなくはないけれど‥‥」

アスランは一旦そこで言葉を切って、カガリを正面から覗き込むようにしてじっと見つめてくる。

からかうような、でも真剣な緑の瞳に見入られると 赤いであろう自分の顔がますます赤くなるのを感じる。

「カガリの真っ赤になった可愛い顔が見られるのなら、いくらでも言えるよ、お姫様?」

そう囁いてにっこり微笑みながらカガリのシートベルトをつけると、

素早く顔を近づけてすっと軽くくちびるに触れていく。

─────コイツはっ!

頭に上った熱でどうにかなりそうだ!思わず唇に手をやり、もごもごと反論する。

「──誰かに見られたらどうするんだ!」

まだ自分を覗き込んだままの体勢で、アスランはいけしゃあしゃあと言い放つ。

「確認済み」

その言葉にさっきまでとはで違う理由で熱が頭に集中する。

これ以上真っ赤な顔をアスランに見せてやる気はない。 ぷいとそっぽを向いて頬杖をついて窓の外を見る。

「早く行けよ!キラ待たせてるんだろ!」

少し不機嫌そうな口調で言ったにも拘らず、アスランはまだ面白そうにクスクス笑いながら

自分のシートベルトをつけて、車を発進させた。

窓にうつるカガリの瞳と視線を合わせた後で。



2人が乗るエレカは、キラの家を目指して快適に走る。

アスランを無視してやる、とむっつり押し黙ったままのカガリだったが、

アスハ邸を出てすぐのアスランの一言でその誓いは脆くも崩れ去った。

「で、俺が何で遅くなったか、気にならないか?」

オーブの町並みを見るとはなしに眺めていたカガリは、ハッとしてアスランを見てしまった。

「そうだよ、この車が原因なんだよな?‥‥っていうか、これの事、詳しく聞かせてくれよ」

アスランはハンドルを握って前を向いたまま頷いて、説明を始めた。

「自分の手でエレカを造ろうと思ったのは‥‥停戦になってから初めてオーブに来た時だ。 ここでカガリと会うならエレカがないと不便だし‥‥ 来る度キラの家のエレカを借りるのも申し訳ないしな」

しかし結局3年近く、アスランはオーブに来る度にエレカを借りていたのだが‥‥

「オーブで自分が自由にできるエレカが欲しかったんだ‥‥カガリを隣に乗せるのに 市販のエレカってのもね‥‥レンタルって訳にはいかないし」

オーブ首脳の1人であるカガリを乗せるのに、 一般人が乗るようなエレカを使う訳にはいかなかった。

その点、ヤマト家のエレカは一般のそれとは違う。

それはごく一部の人間しか知らないキラの出生、生い立ち、そして先の戦争での貢献‥‥

それに配慮してオーブ政府が用意したエレカだった。

カガリと2人出かけるのに公用車では目立ってしまう。

だからヤマト家の好意に甘えて毎回借りていたのだった。

「俺がもっと早くにこれを完成させられれば良かったんだけど‥‥」

「大方とことん拘って造ってたら、今になったんだろ?」

こういう事には凝り性のアスランの事だ。

最初自分で考えた設計と完成品とでは全然変わってしまっているのだろう。

アスランは前を向いたままで苦笑した。

「それもあるけど‥‥オーブに来た時にしか作業できなかったし‥‥あと 流石にプラントから部品を持って来られないから、キラに頼んで 全てオーブで調達してもらってたんだ。」

「そうだったのか‥‥キラ、そんな事一言も言わないから‥‥」

「カガリに驚いてほしかったからね‥‥勿論キラには口止めしたさ」

アスランの凝り性ぶりとキラの口の堅さにカガリは大いに感心した。



エレカは安全運転を続けながら、ひたすらキラの家を目指して走っている。

「宇宙港の近くに倉庫を借りて‥‥ カガリが仕事で俺に時間がある時はずっとそこで作業してたんだ。 で、カガリに会う前には必ずキラの家でシャワー借りて‥‥」

なるほど。今日はキラの家に寄らず直接ウチに来た。だからああいった臭いがしたんだな‥‥ つまり‥‥

「今日も作業してたのか?」

という事はこのエレカは出来立てのホヤホヤって事なのだろうか?

「先月オーブに来た時にほぼ完成してたんだけど‥‥今日仕上げにちょっと弄っていたら 意外と時間がかかってしまって‥‥」

そう言ってアスランは緩やかにハンドルを右に切った。

そんなアスランを見ながらカガリは妙に感心していた。

アスランがオーブに来るのは二ヶ月に一度、うまくいけば一月に一度だったはずだ。

3年近くかかっているとはいえ、作業にかけられる時間を考えればとても早い。

‥‥ん?ちょっと待て‥‥



「これが完成するまで一体どれくらいの時間をかけたんだ? 私に内緒でオーブに来てた事はないのか?」

「そんなもったいない事、するわけないだろ?」

アスランは心外そうにそう言って、ちらりとだけこちらを見てきた。

「じゃあ‥‥まさか‥‥!」

カガリはある1つの可能性について思いついた。アスランはそれに気付いたようで、

前を見たまま苦笑している。

「倉庫で寝泊りしてたんだな!?」

「あたり」

「あたり、じゃない!寝泊りって言うより、徹夜だ!徹夜してたんだろ!」

あっさり認めたアスランにカガリは怒鳴りつけた。

全く!ただでさえプラントでの仕事が忙しい筈で。

その合間を縫って休暇に来ている筈のオーブで さらに体を酷使してどうするんだ!

「じゃあホテルには帰ってなかったのか?予約はしてたよな?」

そう問うとアスランは急にこっちが見惚れるような笑顔になって答える。

「一度の来訪につき、必ず一回はホテルに戻ってたよ。 その事はカガリが一番よく知ってると思うけど?」

その言葉にカガリは再び真っ赤になった。

「お、お前は、それだけの為にホテルの予約をしてたっていうのかよ!?」

しどろもどろになりながらも頑張って反論したというのに、アスランのたった一言で撃退される。

「もちろん」

そうはっきり言ってこっくり頷く。

カガリが怒りでか羞恥でか二の句がつげないでいると、さらに追い討ちをかけられる。

「そうそう、今回もちゃんとホテルはとってあるから。また遊びにおいで」

ますます真っ赤になったカガリは、しばらく口をぱくぱくさせた後、ようやっと声を絞り出した。

「──知るかっ!」

‥‥『行かない』と言えないのが、悔しいところだった。



顔を真っ赤にしたままで頬を脹らませているカガリが可笑しくて仕方がないのか、

アスランはクスクス笑いながらこう言った。

「倉庫を借りているのは今年いっぱいなんだ。 これからオーブに滞在する時はずっとホテル住まいになると思うから、安心して?」

その言葉にまだ怒りの収まらないカガリは反論する。

「“安心して?”って‥‥一体何に安心するんだよ!?どうせまたいやらしい事考えてるんだろ!?」

するとアスランは心外そうに首をかしげながら尋ねてくる。

「だからもう倉庫で寝泊りするような無茶はしないから“安心して?”って意味だったんだけど‥‥ カガリは何だと思ったの?」

もう爆発するのではないかと思う位カガリの顔はまっかっかだ。

おまけにその瞳にはうっすら涙が滲んでいる。そして悔しそうに唇をかみしめる。

いつまでたっても返事がないのを不思議に思ってかアスランはちらりとカガリの方を見て──

慌ててハンドルから片手を離し、カガリの頭を優しく撫でる。

その掌の優しさにますます泣けてきたカガリは、

頭にあるその手を自分の目元に持ってきて 思いきりコートの袖口でごしごしと涙を拭ってやった。



エレカは海沿いの国道を走っていた。

ここまで来ればもうすぐキラの家、という所である。

あれからアスランに一発食らわせてスッキリし、すっかり上機嫌のカガリは、

キラと合流してからの予定について尋ねた。

「これからキラと合流してどうするんだ?キラの母さんの手料理、食べられるのかな?」

窓から外を見ると、日はすっかり傾いていた。

朱い日差しが海面に反射してキラキラ輝き、もうすぐ海とキスしそうだ。

「今日はヤマト夫妻は出掛けているそうだ。 このエレカもヤマト家の駐車スペースに停めていいと言われている」

「そうか。じゃキラと3人でどこか外で食べるか?」

「そういうことになるなか。まぁキラの意見も訊いてみないとな。‥‥そろそろ着くぞ」

アスランが言った通り、しばらくすると駐車場が見えてきた。

ポツンと空いているスペースにエレカが停まると同時にカガリはシートベルトを外し、 エレカから降りた。

そしてエレカをじっと見つめた。



綺麗だな。形もそうだけど、今のエレカの色は夕日に照らされてオレンジに染まっている。

こうなる事を見越して、ボディカラーをこの色に決めたのだろうか‥‥

そして何よりアスランが時間と手間をかけて造りだしたものは、何でも愛しい。

気付けばいつの間にかアスランがカガリの隣に並んで立っていた。

「気に入った?」

そう優しく訊かれてカガリは満面の笑みで頷いた。

アスランも嬉しそうに微笑むと、 カガリの背に手を添えて、キラの自宅へと並んで歩き出した。




玄関まで辿り着き呼び鈴をならすが、何の返事もない。

2人は顔を見合わせた。

「誰もいないのかな?」

アスランにそう尋ねると、彼も首を傾げる。

「そんな話は聞いてないけどな‥‥」



ここでボーッと立ち尽くしていてもしょうがない。

カガリはアスランから自分の荷物を受け取ると、地面に置いて中をゴソゴソと探り始めた。

そうして取り出した物は、この家のカードキーだった。

「そんな物、持ってるのか?」

「お前だって持ってるんだろ?」

「持ってるけど‥‥おい、勝手に入るのか?」

カガリはドアの前に立ち、ロックを解除してずんずん入っていく。

「ああ。『好きな時に勝手に入っていいよ』ってこれ渡されたからな。 アスランもそう言われて渡されたんだろ?これ」

まだ入る事を躊躇しているアスランを振り返ってカードキーをひらひらさせる。

もう開けて入ってしまったのだから仕方ない。

呆れたようにため息をついた後、アスランもカガリの後に続いた。



「キラー!いないのかー?」

カガリは廊下を進みながら扉、扉を開けながら声をかけていく。

が、家の中は真っ暗で人のいる気配はない。

「いないみたいだな‥‥」

アスランもカガリの後について部屋を見廻しているが、やはりキラはいない。

2人がリビングに辿り着いた時、テーブルの上に白い封筒がポツンと置いてあるのに気付いた。

近づいて見てみると、その封筒には“カガリへ”と書かれてあった。



カガリはそれを手に取りしばらく眺めた後、アスランを振り返った。

「これ‥‥キラからかな?」

封筒を裏返しても差出人の名前はない。

アスランは「多分ね‥‥」と呟きながら、あかりをつけに部屋の入り口に戻っていく。

スイッチを入れ部屋にあかりが灯ると、カガリは再び封筒を見やり封を切って手紙を取り出した。

四つ折にたたまれた便箋を広げると、少し乱雑な文字が並んでいた。‥‥キラの字だ。

キラは普段文字を書く必要がないからか、はっきり言って字が汚い。

カガリはアスランに聞かせる為に声を出して読み出した。



「“親愛なるカガリへ。今日僕は父さん母さんと3人で温泉に行くことになりました” って、何だ!これは!?」

思わず振り返るとアスランも驚いている様子で目を見開いている。

でもすぐに立ち直ったようで‥‥というよりも何か諦めた様子で 瞳でカガリに続きを読むよう促してくる。

カガリもそれを請けて再び手紙に目を落す。

「“カガリは知ってるだろ?最近オーブで新しい源泉が発見された事。 ちょっと場所は遠いけど‥‥というわけで、今晩留守にします。 明日には帰ってくるからね。お土産、期待してて!”」

カガリはここまで読んで脱力し、再びアスランを振り返った。

すると間近にアスランの真剣な顔があって吃驚した。 アスランもカガリの肩越しから手紙を読んでいたようだ。

「まだ続きがあるみたいだな‥‥読んでみて」

先を促され、カガリは頷いて二枚目の便箋に目をやる。



「“ところでカガリは『クリスマス』って知ってる?今じゃこんな言葉聞かないと思うけど。

父さんのおばあちゃんだったかな?その人がまだ小さかった頃、 12月25日は『クリスマス』って呼ばれてて、遥か昔に神様として信仰されてた『イエス・キリスト』 の誕生を祝ってたんだって。

尤も父さんのおばあちゃんやその国の人達みんながみんな その神様を信じてたわけじゃないらしいんだけど。

その国ではそれに託けて1ヶ月以上も前からお祭り騒ぎで、 12月24日、クリスマス・イヴには恋人達が愛を確認しあったり、 一家団欒でケーキやシャンパンでお祝いしたりしてたらしいよ。

それとクリスマスにはプレゼントがつきものだったんだって。

特に子供達は24日の夜、自分の枕元にくつ下をつるして眠りにつく。
すると次の日の朝に目が覚めると、何とそのくつ下の中に、サンタクロースって呼ばれてる おじいさんからのプレゼントが入ってるらしいんだよ!

‥‥結局そのプレゼントは子供の親達が用意していて、子供が寝静まってから こっそりくつ下に入れてたそうなんだけど。

さて、ここからが本題。

僕から、いや、僕達家族から、カガリへクリスマスプレゼントがあるんだ。

この家の二階つきあたりに部屋があるだろ?そこに用意してあるんだ。

是非受け取ってね!”」



カガリは手紙を読み終えるとアスランを振り返った。

アスランが微笑みながら頷くのを見て、カガリは手紙を握りしめ足早に部屋を出た。



2階のつきあたりの部屋の前に到着した2人は、少しの間立ち止まり、お互いの顔を見合わせた。

カガリもアスランも今までこの家には何度も遊びに来ているが、この部屋には入った事がなかった。

別に入る用事もなかったし、この家の誰もここに入っているのを見た事がなかった。

だからてっきり物置か何かだと思っていたのだ。

ようやくカガリが一歩前に出てゆっくりと目の前のドアを開けた。



中は勿論真っ暗だった。ドア横のスイッチを手で探り、あかりをつけた。

予想に反して、この部屋は物置ではなかったようだ。



小さな部屋だった。正面にベッドと大きな窓。

向かって右側に机と椅子、そして左手にはチェストとクローゼット‥‥

部屋にある物は木目調で統一され、 カーテンとベッドカバー、カーペットはダークピンク。

女の子らしい部屋だった。

机の上を見ると、リビングで見たものと同じ封筒が置いてあった。

やはりカガリ宛、先程の手紙と同じ字で書かれてある。

今度はカガリも躊躇なく封を切る。



「“カガリへ。

もうわかったよね?僕らからのプレゼント。

カガリにはこの部屋をプレゼントします。

アスハの部屋から見たらこんな小さい部屋いらないって 言うかもしれないけど、とりあえず受け取っとくといい事あるかもよ?

そうしょっちゅうここへ来る事は出来ないだろうけど、いつでも好きな時にここにおいで。

この間カガリに渡したこの家の鍵、それはこの部屋の鍵でもあります。

ちゃんとこの部屋にも鍵がかかるように設定してるんだ。

とにかく自由に使ってね。

ちょっと母さんの趣味が入っちゃって乙女チックな色合いの部屋になっちゃったけど、 そこは我慢して?

そうそう、ちゃんとアスランにもクリスマスプレゼント、用意してるよ。

この部屋にある机の一番上の引き出し、開けてごらん。

それじゃたまの休暇、ゆっくり過ごしてね。メリークリスマス!”」



手紙の最後の方は声が詰まってしまって、アスランがちゃんと聞き取れたかどうかわからなかった。

気付けばカガリはアスランに後ろから優しく包み込まれていた。

アスランは片腕だけを解いてカガリの頭をぽんぽんと撫でる。

それで与えられる振動があまりにもやさしくて、堪えていた涙が一筋、すっと零れた。

アスランは残ったもう1本の腕をカガリの瞳の前まで持ち上げた。

躊躇なくその腕にしがみついたカガリは「ありがとう」と呟いたきり、黙ったまま泣いた。



やっと涙も止まり、アスランの袖を引っ張って自分の目元から離してカガリは後ろを振り返った。

「アスランにもプレゼントがあるってさ!プレゼント」

やっぱり泣いたばかりの自分の顔を見られるのは少し恥ずかしくて、

すぐに前に向き直り、手紙に書いてあった通り、机の一番上の引き出しを開けてみた。

その中にはやはり白い封筒がひとつ。“アスランへ”と書かれていた。 勿論見覚えのある筆跡で。

カガリがそれを取り出し手渡すと、アスランは 丁寧に封を切って四つ折の便箋を開き、声を出して読み始めた。



「“親愛なるアスラン。

僕からカガリへの手紙は読んだ?読んでると仮定した上で話を進めるね。

勿論アスランへのクリスマスプレゼントも用意してあるよ。 もしかして『俺にはないのか?』って怒ったりしてなかった? アスランへのプレゼントは───”」



そこまで読んでアスランは声に出して読むのを止め、素早く目で文章を追い始めた。

カガリは怪訝に思ってアスランを見ていたがやがて読み終え、

カガリのベッドにぽすんと腰をおろすと同時に深いため息をつき、

手紙を持っていない方の手で前髪をかき上げたまま俯いてしまった。



カガリはアスランが一体どんなプレゼントなのかもわからず、

動かなくなってしまったアスランに近付き、 少し屈んで「アスラン?」と下から顔を覗き込んだ。

するとアスランは顔も上げないまま無言でキラからの手紙を差し出してきた。

「‥‥私が読んでいいのか?」

そう尋ねたが、返事がない。それを了承ととらえて、

突き出された手紙を受け取り声を出して手紙の頭から読み始めた。



「“‥‥アスランへのプレゼントは、この場所、この時間。 明日僕達が戻るまでの時間をプレゼントするよ。

つまり今晩だけこの家にあるもの全て、君の好きにしていいよ。もちろんカガリ込みでね”‥‥!?」



瞬時のうちに自分の首から上に熱が集中していくのが感じられる。

キラは一体何を言ってるんだ!?何考えてこんな事を‥‥!?

もう声を出す事も出来ず、アスランがしたのと同じように目で文字を追っていく。



「“食事はこの家のキッチン、勝手に使ってくれて構わないよ。 ‥‥と言っても大した食材はないけどね。

別に外食してもいいけど、夜はちゃんとこの家に戻って来て留守番を頼むよ。

勿論このことは父さんと母さんには内緒にしてるから、片付けだけはキチンとしといてね。

あとは‥‥そうそう!ゲストルームにはお客様をお泊めする準備は何一つしてないから。

別にしてなくても良かったよね?だってアスランはここで眠るんだもんね。

じゃ、有意義な時間を。メリークリスマス!”



全部読み終えたカガリは怒りに震える手で便箋を元通り折りたたんだ。

これを読みながら途中何度雄叫びを上げそうになったか!

大体何で人を勝手にプレゼントにしてるんだ!

こういう事は事前に本人に位話通しておかないか?そうしたら私だって‥‥ いやいや、そういう事じゃない!

カガリは非常に困惑していた。すっかり頭はパニック状態だった。



「‥‥どう思う?」

急に部屋に響いたアスランの声に吃驚して、その問いの意味もよくわからず、

そしてどう答えていいのかもわからなかった。

しかし黙っていても仕方ない。

気付かれないようにゆっくり深呼吸を繰り返し、逆に尋ねてみた。

「お前はプレゼントにわざわざ意思を尋ねるのか?」

その言葉にアスランは額に添えていた手を降ろし、ゆっくりとカガリを見上げてきた。

そんな呆けた顔を見せるのは最近では珍しい。

カガリはこういう無防備な時のアスランの瞳が大好きだった。とっても無垢で綺麗な瞳。

自然とカガリの頬の筋肉が緩む──



そのカガリの表情にアスランも苦笑で応える。

「俺の貰ったプレゼントには意思があるからな。それは尊重しないと」

そして真剣な光を湛えたの瞳で回答を要求してくる。

こんな表情の瞳も大好きだ。つまりアスランの何もかもが愛しいだけ。

もうカガリの答えは決まったようなものだ。

尤も、キラの手紙を読んだ時点で決めていたのだが──



カガリは手紙を机の上に置くと、一歩、二歩とアスランに近付き、

その肩に両手を添えて、形の良いくちびるに自分のそれでそっとふれた。

そしてただじっとアスランの瞳を見つめた。



これが答えだ───



アスランは両腕をカガリの背に回し、ゆっくり引き寄せた。

そして聖夜に相応しい、神聖なくちづけを交わす。

後はお互いの事以外は何も考えられなくなり、ただ互いのくちびるを貪りあった。














あとがき

は、は、は、恥ずかちー!!
これ、初めてちゅー描写書いたヤツです。恥ずかしくて目瞑って書きました(嘘)
これを書いた頃はサイト内にまだラブい話が全くなくて、欲求不満でした。私が(笑)
で、クリスマス話をサイトにUPしようとして…間に合わなかったのです。「絶対24日に間に合わない! 」という事で、中途半端に終わった話です。
ですので本(と言えるかどうか…)とは結末が全く違います。でもこちらの方が纏まりがいいような 気がします…
大昔に書いた拙いお話ですけど(あえて推敲はしてないです…)大目に見てやって下さい。






03.12.24 up