乙女達の密かな楽しみ




──ここで、こうしていても仕方がない。
キサカが呼んでるってキラ、言ってたし‥‥

カガリはアスランのベッドに埋めていた顔を起こし、器用に反転し立ち上がった。
そうしてふわふわと扉の所まで辿り着き、最後に改めて部屋を見回した。

──本当に何もない部屋だな‥‥

しかしベッドに向けて寄せられた椅子と、少し皺になっているシーツを見止めて、 カガリはボンッ、と赤面した。

また思い出しちゃったじゃないか──!アスランの馬鹿野郎っ!

自分からも寄っていった事は頭から消し去り、全ての責任をアスランに押しつけて
カガリはその気恥ずかしさが漂う部屋を後にした。

エターナル艦内ではすれ違う人々がジロジロとカガリを見ていく。
確かにエターナルクルーと一緒ではなく、
ただ1人で艦内をうろうろしているナチュラルは現時点でまだ珍しいかもしれない。
そのもの珍しげな視線を向けてくる人間の中に見知った顔はなく、
カガリは少し安心しながらも早くここを出ようと少し急いだ。

ようやくエターナルを出たカガリは、そのままクサナギの艦内に入りブリッジを目指した。
だが角を曲がってもうすぐブリッジ、 というところで今一番会いたくなかった奴らと出会ってしまった。

「あら、カガリ様、もうお食事終わったんですかぁ?」
「そんなのもうとっくに終わってるのに決まってるじゃない! それから2人っきりで過ごしてたのよ!」
「キャーっ!カガリ様ったら、いやらしい〜」

突然のソプラノの合唱、しかも不協和音にカガリは耳を塞ぎたい気分に駆られた。
「ごちゃごちゃ煩いな!どけよ!」
しかし言っている事が案外的外れでもないので、カガリは大して反論も出来ずに とっとと3人の間をすり抜けようとした。
が、3人は両腕をがっしりと掴み、そのままカガリを何処かへ運んでいこうとする。

「お、お前ら!」
カガリは慌てて不自由な手足をバタバタさせるが、足は兎も角腕はがっちり固定され、動かない。
「私達、これからやーっと休憩なの」
「丁度退屈してた所だから、相手してくれると嬉しいなぁ」
「そうそう。私達に笑いを提供して〜!」
“笑い”って何だよ!
頭にカッと血がのぼり、カガリは3人を交互に見やって怒鳴りつけた。
「いい加減にしろよっ!私はキサカに呼ばれて──」
「私が何ですか?カガリ様」

この場には低すぎる声に4人が揃って声のした方を見ると、 そこにはオーブの軍服を着た大男が立っていた。
カガリは今ほどキサカの存在をありがたく思った事はなかった。
「キサカ、助けてくれ!私に用があるんだろ!?」
必死にそう叫んで自由の利く両足を再びバタつかせると、 カガリを取り囲んでいた3人が小さく悲鳴をあげる。
「カガリ様ってば乱暴!」
「そんなだと彼に嫌わ──いたっ!」
マユラの膝を軽く蹴り上げて黙らせた後、カガリはキサカを振り返った。
「キラからキサカが私を捜してるって聞いたぞ!何だ?」
「いや別に。カガリの姿が見当たらなかったから尋ねただけだが」
キサカの言葉が終わるか終わらないかの内に、カガリの腕が再びグイッと引っ張られる。
「じゃ、カガリ様は私達がお預かりしますね〜」
「では、失礼します」
最悪の状況にカガリも必死で腕をほどこうとする。
「こら、放せって!キサカ!助けろよっ!放せ──!」

こうしてカガリは抵抗むなしく白昼堂々、3人の娘達によって拉致されたのであった。

カガリが連れて来られたのは尋問室、もといアサギ、マユラ、ジュリ3人の部屋だった。
ドアはロックされ、その前には眼鏡の少女が見張り番のように立っている。
2段ベッドが2つあるその片方にカガリ、もう片方に残りの2人が座って向かい合っていた。

「さあ、何から聞こっかな〜」
「やっぱりまず、馴れ初めでしょう!」
「でもそれはこの間、オーブで‥‥じゃないの?」
「え〜、いくらカガリ様でも全く知らない男の子にいきなり飛びつく!? しかもあの時みんな、彼の事味方だなんて思ってなかったのよ?」
「ふ〜ん‥‥それもそうね。つまりあの前にもう出会ってたって事よね‥‥?」

会話の流れについていけなくて、いや、ついて行きたくなくなくて、 ムッツリだんまりを決め込んでいたカガリだったが、
いきなりピタッと会話が後、妙にキラキラした6つの瞳に見つめられると、 思わずじりっと後ずさりたい気分になった。
「な、何だよ」
3人を代わる代わる睨みつけながら低い声で呟いたが、どうやら黙らせる効果はなかったようだ。
「ねーえー、カガリさまぁ〜」
「何処で初めて会ったのかな〜?」

このまま黙ってここにじっとしていても解放されるとは思えなかった。
だったら、何でもいいから答えて、そしてとっととここを出て行くんだ。
カガリは小さく口を開いて、短く答えた。
「しま」
「は?」
カガリの返答に3人は訳がわからず顔を見合わせた。
「言ったぞ。もういいだろ」
カガリが立ち上がって出て行こうとするのを、向かい合っていた2人は慌てて押さえに入った。
「もっと詳しく!」
「まぁまぁ、みんな抑えて抑えて」
急に今まで黙ってドア前に立っていたジュリが口を挟んだ。
3人の注目を集めると、ジュリはコホンッと白々しく咳払いをした。
「カガリ様はね──それは知られたくないのよ、きっと!彼と2人だけの秘密なのよ。 ね、カガリ様?」
はぁ〜なるほど!と息をのむ2人に挟まれていたカガリは、 ギョッとしてジュリに詰め寄ろうとする。が
「ははーん、なるほど‥‥」
「カガリ様って意外と乙女ね〜」
「ちょっ、待てよ!別に秘密になんか‥‥」
妙な展開に慌ててカガリが腰を浮かせると、押さえ込んでいた2人の腕に力が入る。
「じゃあ話せるわよね?カ・ガ・リ・さ・ま!」
「よね?」

‥‥呆れて言葉も出てこなかった。
カガリは再びベッドにぽすんと力なく腰掛け、ぐるぐる考えを巡らせた。

こいつらに話すとクサナギ全艦に行き渡りそうだ‥‥それだけは避けたい。
カガリの心は決まった。

「そうだ、秘密だ!2人だけの‥‥秘密なんだ!」
カガリは叫びながら顔が真っ赤になっていくのが分かった。
「え〜〜〜〜っ!」
3人はあからさまに不満の雄叫びをあげたが、カガリは腕組みしてプイッとそっぽを向いた。
その頬は膨れ、未だ赤らんでいた。

「‥‥もう、わかったわよ」
「そこまで強情はるなら仕方ないか」
「アスランさんに聞けばいいんだもんね?」
「えっ‥‥!」

そこでまだカガリは腰を浮かして立ち上がった。
だが今度は向かいの2人は止めにも入らず、座ったままにこにこしていた。

「だからカガリ様、もう出て行っていいわよ」
「ていうか私達、今からアスランさんの所に行って直接訊くから」
「ねーっ!」

そう言われると‥‥カガリは「はいそうですか」と出て行く事が出来なくなった。
本当に自分がここを出て行けば、こいつら、アスランの所に行くのだろうか‥‥?
行くかな‥‥行きそうだ‥‥いや、絶対行く‥‥!
そう結論付けたカガリは、ドアに向かって進み始めた。
自分に向かってくるカガリを見てジュリはドアのロックを優雅に解除している。
「あらお帰りですか?カガリ様」
アサギが楽しそうに声をかけてくるものだから、 カガリはムッとして言わなくていい一言を言ってしまった。
「アスランに口止めしてくる!」
「止めて!ジュリ!」
途端にカガリはジュリにがっちりと押さえ込まれ、
応援に駆けつけた残りの2人にも 身動きできないように手足を掴まれた。

「往生際が悪いわね、カガリ様も‥‥」
「サッサと吐けば楽になるのに‥‥」
「ぺろっと言っちゃいなさいよ」
「い・や・だ!」

再びカガリはベッドに連れ戻された。
また果てしない睨み合いが続くかと思われたが、ふいにマユラがため息をついた。
「もう“馴れ初め”は一先ず置いておこうよ」
「うん、そうね」
「他にも聞きたい事はあるわけだし」

カガリはげんなりしてため息をついた。
大体いつ戦闘が始まるかわからないのに、こんな所でこんな事してていいのだろうか‥‥

「じゃ、カガリ様。アスランさんとはドコまでいったんですか?」
「キャー!単刀直入!」

カガリは首を捻った。
“どこまで”とは──?まさか『旅行』にでも行ったとでも思っているのだろうか?
「変な事聞くんだな。2人で、というのなら‥‥食堂とか、展望デッキとか、アスランの部屋とか ‥‥」
「きゃー!“アスランさんの部屋”ですってー!」
「でもちょっと答えがズレてない?」
「ズレた回答は予想範囲内よ!カガリ様の場合」

三者三様の受け答えにカガリは再び首を捻った。
さっきの答え方で良かったんだか、悪かったんだか、よくわからない。

「まぁまずは場所からでいいじゃない。後の事はおいおい聞くとしてさ」
「そうだね。カガリ様にしては上出来の方じゃない?」
「うんうん。カガリ様、展望デッキではどんな事を‥‥?」

何だかよくわからない会話だが、自分が凄くバカにされている事はなんとなくわかり
カガリはムッとして口をへの字に曲げた。
だが黙っていても解放されないのは重々承知していたので、一言で答える事にした。

「話をした」

「‥‥それだけ?」
「ん」
カガリは再び腕を組みふんぞり返って頷きながら、少し考えた。

アスランがプラントから戻ってきてすぐ、エターナルの全貌が見たくてデッキに行った。
そしたらアスランがいて──途中キサカが来て肝心な話は出来なかったが──

「なーんだ」
「まぁまぁ、次があるって!」
「そうそう。じゃ、食堂は?」
「飯食ってしゃべってた」
こいつらはこんな事聞いて何が楽しいのだろうか?
カガリはそう思うのだが、目の前の3人はそれでも楽しそうに瞳を輝かせている。
「‥‥予想通りの答えだわ」
「そうね‥‥じゃ、じゃあさ!どうして一緒に食堂に行く事になったの?」
「カガリ様から誘ったの?それとも‥‥」

その質問で今の今まで忘れていた事を思い出してしまった。 何故一緒に食堂に行く事になったのか──
カガリは急に顔一面まっかっかになった。

「あら〜?これは何かありそうね〜」
「うん、におうわ!」
「あっやし〜!」

再び3人が活気づいた事にも気付かず、カガリは反芻し始める。
どうして今まで忘れていたのだろう‥‥とぐるぐるした頭で考えていたら、さらに思い出した。
その後、それ以上の事があったから、すっかり──

顔どころか耳まで真っ赤なカガリに、他の3人の娘達は瞳を輝かせ、キャアキャア言っている。
漸くそれに気付いたカガリは慌てふためきつつも事実を叫んだ。
「わ、私のお腹が鳴ったからだよ!食堂に行ったのは!」
カガリでさえ、こんな言い訳通らないだろうと思っていたのだか、
3人は一瞬でシーン、となり、その後あからさまに残念そうな様子で項垂れた。

「なーんだ‥‥」
「カガリ様なら、それもアリよね‥‥」
「私ったらてっきり‥‥そんな筈ないのにね‥‥」

誤魔化せそうにないと思っていたのに、どうやら何とかなったようだ。
だが‥‥なんで“私ならアリ”だとか“そんな筈ない”とか‥‥何だかムカツクのは何故だろう。
しかし赤面の本当の理由を追及される事はなさそうなので、ホッと胸をなでおろしたその時だった。
「まぁまぁ、がっかりしないで!もう1コあるわよ!」
「あ、そうだったわ!」
「で、で?アスランさんの部屋には、何で‥‥?」
「ああ、それは‥‥」

『よしよししてやる為だ』と正直に言いそうになって、カガリは慌てて口元を押えた。
これを言ったらますますキャーキャー言われるだろう事は、流石に今のカガリにはわかった。
それに‥‥『よしよし』してやろうとした理由を尋ねられるかもしれない。
それだけは絶対答えたくなかった。

「──言わない」

この返事でまた3人がワーキャー言ってくるものと思っていたカガリだったが、 意外にも3人はあっさり引いた。

「なーんだ、つまんないの」
「じゃあとりあえず今日はここまでね」
「はーい、お開き、お開き〜」

ドアの前にいたジュリはベッドの近くまで寄って来た。
残りの2人も立ち上がって各々、 何事もなかったかのように背伸びしたり肩をぽんぽん叩いたりしている。
突然の展開に訳も分からず呆然と3人を見上げていたカガリにマユラが振り返って手を振った。
「あ、カガリ様も帰っていいわよ」
そうあっさり言い放つ。アサギも
「居たかったらいてもいいけどね」
とウィンクしてくる。

カガリは不思議に思いながら、それでもここに居続けるのと危険な事は分かりきっていたので、
「じゃあ‥‥」
と後ろを何度も振り返りながら拷問部屋を後にした。



──カガリが出て行って、しばらくたった頃──

3人はベッドに腰掛けて、ヒソヒソ話していた。
別にこの部屋には3人しかいないのだから、普通に話をしてもいいのだが‥‥

「カガリ様のアレ、同情、かしら?」
「いやぁ、ラブもあるでしょう!気付いてないだけで」
「うんうん、私もそう思う!だって同情ってだけであんなに真っ赤になるー?」
「そうよそうよ!それに私達から必死で遠ざけようとしてたし。キラ君の時にはなかった事よ!」
「じゃあ次回カガリ様を捕獲した時に訊きたい事、まとめとこう!」
3人は楽しそうに、しかし真剣な顔でうんうん頷きあう。
そこでジュリが勢いよく手をあげる。
「はいっ!やっぱり彼の首にかかってるのはハウメアの護り石だと思うの!」
「じゃあそれ、訊いてみよう」
「ちゃんと答えるかなぁ‥‥カガリ様」
「答えさせるのよ!その為に今、こうやって時間を割いてるんだから!」

こうやって3人のカガリ尋問計画は着々と進められていくのであった。








あとがき
こちらも「よしよし・おまけ」のような内容でした。
登場人物は…女の子4人+ちらっとオヤジ。
この「乙女達の密かな楽しみ」はもしかしたら続編がある…かも?具体的には考えていませんが。









04.04.24 up