よしよし・おまけ




キラとアスランはエターナルの通路を2人並んで進んでいた。



アスランの部屋から連れ出されたはいいが、僕達はどこに向かおうとしているのだろう──?



キラは隣にいる親友を盗み見た。

オーブを脱出した時よりも、メンデルに入った時よりも、アスランの状態は 比べものにならない位穏やかだ。



いや、それは喜ばしい事なんだけどね‥‥ 僕は今、アスランに聞きたい事が山ほどあるんだけど‥‥

アスランの部屋に向かう前に話をしようと思っていた事柄は 頭の奥の遥か彼方にすっかり追いやられていた。



「キラ、俺達今どこへ向かっているんだ?」



まず何から尋ねようか──そんな事を考えていた僕に、 アスランはのんびりした調子で話しかけてきた。



“それは僕の方が知りたいよ‥‥”

そう言おうとしたが、アスランは僕の顔を見ただけでそれが分かったのだろう、クスッと笑った。

「じゃあ、メンデルの展望デッキにでも行くか?」

アスランは返事も待たずに僕の一歩手前に出て、移動ベルトにつかまった。

僕はこっそり息を吐いてアスランに続いてベルトに手を添えた。



「‥‥ねぇ、アスラン」

僕は意を決して赤い背中に向かって話しかけた。

「なんだ?」

アスランは振り返ってこなかったが、僕の訊きたい事は──もうわかってるよね?

声をかけてはみたものの、訊き辛い。でも聞きたい。

僕はとうとう覚悟を決めて尋ねてみた。

「カガリとさ‥‥何、してたの?」

「よしよし」



僕が決死の思いで聞いたのに、アスランの答えは拍子抜けするような一言のみ。

──“よしよし”?

でも‥‥僕には“よしよし”だけには見えなかったんだけど──!

「よしよし、って‥‥」

「キラもやってもらったんだろ?よしよし」

カガリ──!君、アスランに何話してるんだよ〜〜〜!

「それって‥‥カガリがそう言ってたの?」

「ああ。でも最初聞いた時には“よしよし”の相手がキラだとは言ってなかったけどな」

僕の不機嫌そうな声に反応してか、アスランの返答はカガリを庇っている様に聞こえた。

「でも、でもね‥‥僕はカガリと、キ、キ、キスなんかした事ないよ!」

「俺もないよ」

「嘘つかないでよ!僕が部屋に入っていった時、してたじゃない!」

どうしてアスランがそんな見え透いた嘘をつくのかわからなくて、僕は思わず声を荒げた。

「だからしてないって。キラがいた所からはそう見えただけだろ?」

僕と対称的にアスランの声はひどく落ち着いていて‥‥それが僕をますます苛立たせた。

「じゃあ何でカガリ、あんな真っ赤になってたのさ!?」

「‥‥キラが“よしよし”してもらった時は、赤くなってなかったのか?」

「なかった!」

だから怪しんでるんじゃないか!

「ふぅん‥‥俺との時も別に普通だよ。キラが入ってくるまでは。 ただ人に見られたのが恥ずかしかったんじゃないか?──キラの時は人に見られたりしたのか?」

「‥‥してない、けど‥‥」

「だろ?」



そこでまた沈黙が訪れる。

アスランの言う通りかもしれないけど──何だか納得がいかない。

何かがかみ合っていない、そんな感じがする。



「大体何でアスランが“よしよし”してもらってたのさ?」

しばらく考えこんでいたらしいアスランは、突然逆に問いかけてきた。

「キラは?キラは何で“よしよし”してもらったんだ?」

「僕は‥‥」

そう呟きながらその時の事を回想してみる。やりきれなくて1人で泣いていた所に カガリがやってきて‥‥そして‥‥

僕は思わず赤面してしまった。

そして、アスランに対してバカな質問をしてしまった、と少し反省した。

父親とああいった形で決裂したアスランが平気でいられる筈がなかったのだ。

「ごめん‥‥」

申し訳なさそうに呟くと、アスランは何故かクスっと笑った。

「俺は別に泣いていたわけじゃない。キラとは違って」

「なっ‥‥!」

カガリったらアスランにどこまで話してるんだよ!?

っていうか、僕の“よしよし”の理由、アスランは知ってるんじゃないか!

「そ、それだって仕方ないじゃないか‥‥いろいろあったし‥‥」

「そうだな‥‥」



そうしてまた沈黙が訪れる。

どうも居心地の悪い沈んだ空気に呑まれそうになり、話題を変えようと考えたが

今浮かぶのはやはりカガリとの事だった。



「前にも訊いたと思うけど‥‥カガリと、随分親しくない?」

「普通だろ」

すぐに返ってきたアスランの声が随分楽しげに弾んでいる‥‥ように聞こえる。

怪しい。絶対怪しい。

「普通に仲いい位じゃ、カガリは“よしよし”なんてしてくれないよ‥‥多分。 小さな子供じゃないんだし」

「ふぅん‥‥じゃ、キラは“とっても仲良し”なんだ、カガリと」

「だ、だって!僕らは‥‥きょうだい、かも、しれないし‥‥」

自然、自分の声がだんだん小さくなっていくのを感じた。

きょうだい

この事に関しては、今はまだあまり口に出したくなかった、けど‥‥

「でも“よしよし”した時は『きょうだい』とは思ってなかったんだろ?」

アスランはそんな僕の内心を気にする風でもなく、ごく普通に話しかけてきた。

「まあ‥‥そうだけど‥‥でも!僕はアスランより長い間一緒にいるんだから 仲良しでもおかしくはないじゃない」

しばらく沈黙した後、アスランは初めてキラを振り返ってきた。

「前も思ったんだが‥‥キラ、カガリから聞いてないのか?」

「何を?」

「俺とカガリが初めて会った時の事」

「え‥‥初めてって‥‥オーブがアスランを保護した時、じゃないの?」

僕とアスランが“最後”に闘った後──僕と──トールの捜索に来たカガリ達に保護された時、 だと思ってたけど──

違うの?もしかしてその前に会ってるの?

アスランは僕の顔から少しだけ視線をずらして何か考えているようだ。

「アスラン‥‥?」

返事をもらおうと名前を呼んでみたが、反応がない。

しばらくして漸くアスランは僕に視線を戻してきた。

「まあ確かに‥‥キラとカガリが一緒に過ごした時間よりは短いよ」

そう言って再び顔を進行方向へ戻してしまった。



──その答えを聞いてるんじゃないんだけど‥‥

どうもアスランはこの件に関して答える気はなさそうだ。

というか、さっきから何だかはぐらかされてばかりいる様な気がする。

僕はわざと大きなため息をついた。

「カガリは話し合いを抜けた後、君のところに行ったんだろ?」

「ああ、そうみたいだな」

「それからず─────っと2人でいたの?」

「ああ」



あれからおそらく2時間は経っている。その間、ず────っと一緒にいたわけだ。

カガリはああいう性格だから、アスランを放っておけずにくっついているのは納得できる。

けどアスランは──かなり人見知りする性格の筈なんだけど‥‥

しかも相手は女の子だ。

アスランは女の子と接する事がそんなに得意ではなかった筈なんだ。

そりゃカガリはちょっと、いや、かなり特殊な女の子だとは思うけど‥‥



そりゃアスランももう子供じゃないんだから、 いつまでも人付き合いを避け続けるわけにもいなかいだろうけど──

でも、わざわざ“普通”程度の仲の人間と長い間過ごしたりするとは思えない、ありえない!

これはもう──カガリを結構気に入っている、と思う。

問題は“どう”気に入っているか、なんだけど‥‥



「キラ?」

ずっと黙って考え込んでいた僕を怪訝に思ったのか、前方から声がかかる。

ふと顔をあげるとアスランは首だけ動かして僕を心配げに見ていた。

しかし僕と目が合うと安心したように微笑して再び前を向いた。



こうなったら──

僕は思い切って訊いてみた。率直に。

「カガリの事──どう思ってる?」

「嫌ってるように見えるか?」



──だから。何で僕の問いかけに問いかけで答えてくるんだよ!

仕方なしに僕はアスランの問いかけに素直に応じてしまう。でもそれだけだと何だか悔しいから──

「見えないから訊いてるんじゃないか。──好きなの?」

言葉尻に爆弾を乗せて問いかけると、アスランは体ごと向きを変えて僕をまっすぐ見た。

「キラから見てそう見えるんなら、それでもいいけど?」

そう言ってにっこり笑うと、またアスランは前を向いてしまった。



──答えてるようで、答えになってないよ‥‥アスラン‥‥



おそらくもうアスランからこれ以上の解答を引き出す事はできないだろう。

もう一度キラはわざと大げさにため息をついて──今、思い浮かんだ事柄に愕然とする。

「そういやアスラン‥‥君、婚約者、いるじゃないか!」

ラクスを蹴ってカガリに、というのはキラから見て考えられない行動だった。

「もう解消されてる」

簡単に言ってのけたアスランと、その内容に、キラは心底驚いた。

「え‥‥うそ‥‥」

「嘘じゃない。もともと親同士が決めた‥‥というか、プラントが決めた縁組だった。 こうなっては解消されても仕方ないだろ」

アスランの言ってる事はわかるけど‥‥アスランもラクスも、それで納得しているのだろうか?

仮にも2人はそれなりの年月、婚約者だったはずだ。情はないのだろうか?

「それでいいの?アスランは」

「ああ」

至極あっさり答えるアスランに、僕はほんの少しだけ腹がたった。

アスランがそれで良くても──

「ラクスは?彼女はそうとは限らないんじゃない?」

「さあ‥‥彼女の気持ちは俺にはわからないけど‥‥多分」

その後に言葉が続くのかと思って待っていたが、アスランはそれ以上何も言わなかった。



そうこうしている内にいつの間にか僕達はエターナルを出て、目的の展望デッキは目の前だった。



何だかここに来るまでの間に、結構いろんな事、話せたような‥‥

でもするするとかわされた感はある。

まあ──これからはできる時にできる話をしよう。その日その日を悔いのないように──

それが出来る幸せを噛み締めながら、キラはアスランに続いて展望デッキの扉をくぐり抜けた。






あとがき
「おまけ」はアスキラでした。予想通りだったでしょうか?
「中編」や「後編」程はお待たせせずにお届けできて、良かったです。







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04.04.19 up