メンデルに到着してからというもの、
カガリはずっとジャスティスにくっついてファイルとにらめっこしていた。
しかしそれももう今日が最後。
キラとアスランと新しい仲間は、もうすぐそこまで来ている。
私はジャスティスのもとを離れ、彼らを迎えるべくアークエンジェルからメンデル内の港に移動した。
帰還
それはピンクの艦だった。
フリーダムが先に入港し、それに続いてその艦もメンデル内部に入港、停止した。
カガリはアークエンジェルの出入り口付近でドキドキしながら
ピンクの艦から乗組員が出てくるのを待った。
まずアンドリュー・バルトフェルド。
左目、左腕、左足を失ってはいたが、
あれは確かに『砂漠の虎』だ。
それに続いて出てきた人物に、カガリは目を奪われた。
最初、その人物はバルトフェルドの影に隠れていてよく見えなかった。
が、その姿は徐々に姿を現した。
とても軍艦に乗っている人間とは思えない位可憐な少女だった。
まるで艦に合わせたかのようなピンクの長い髪、大きな瞳に口元には微笑みを湛え──
でもその姿は立派に軍人、そんな風にも見えた。
それにしても‥‥
可愛い子だなぁ‥‥
それがラクス・クラインという少女の第一印象だった。
その後ろからも続々とザフトの軍服を着た人達が出てきた。
何となく見覚えのある顔もあれば、見たこともない奴もいる。
しかしその中にアスランはおろか、赤い軍服を着ている者さえいなかった。
そのうち人並みも途絶える。
──アスラン、何処だ?
まだ出てきてないよな‥‥?
いつの間にかフリーダムから降りたキラも加わり、
バルトフェルドとラクス、マリュー艦長が挨拶をしていた。
その周りを色とりどりの軍服が取り囲んでいるのだが、やはり赤い軍服は見当たらなかった。
──本当に帰ってきたのだろうか?
それとも帰ってきてはいるが怪我がひどくて起き上がれないとか‥‥
そんな事をぐるぐる考えているうちに、一通りの自己紹介は済んだらしく、
中心にいた4人はメンデル内部に移動して行った。
それを合図に他の人間も移動を始めた。
各々自分の艦の持ち場に戻る者、メンデル内部へと移動する者、様々だった。
ザフトの艦に乗ってきた誰かをとっ捕まえて訊いてみようと、1歩踏み出そうとしたその時、
ピンクの艦から赤い軍服に身を包んだ男が、ひょっこり現れた。
アスラン──!
そう叫びそうになったが、まだ目の端に映っているピンクの髪に遠慮して声が出せなかった。
そして踏み出そうとしていた自分の足さえも、止まった。
アスランは肩を固定する為か、右腕を吊った状態だった。
そして熱心に一点を見つめている。その視線はカガリのいる場所とは全く逆の方向に注がれている。
──あいつ、どこ見てるんだろう?
その視線の先にはきってあのピンクの髪の女の子がいるのだろうと思っていたが、そうではなかった。
クサナギ──?
そんなもん、何熱心に見ているのだろう──?
不思議に思いながらも、いつの間にかカガリの視界からピンクの髪が消えていた。
そうしてやっとカガリは身体を動かすことが出来た。
「アスラン──!」
辺りにカガリの声が港全体に反響する。アスランはその声の出所を的確に探り見た。
その顔はびっくりしているようだった。
カガリ‥‥
声は聞こえなかったが、アスランの唇の動きがそう読み取れた。
カガリはアスランの傷に触らないように、ピンクの艦の外壁に手を着き身体を止めた。
いろいろ言いたい事はあったのだが、最初に出てきたのはいたわりの言葉ではなく、文句だった。
「お前出てくるの遅すぎ!乗ってないのかと思ったじゃないか!」
「‥‥すまない。寝てた」
この状況で、寝てた──のか?
苦笑するアスランを見て、こいつって大物だな‥‥と考え、いや‥‥と思い直した。
疲れているのかもしれない。心も、身体も──
しかし眠れていたのなら、意外と大丈夫なのかもしれない。
カガリはホッとして息を吐き、肩の力を抜いた。
「じゃあキラ達の後を追うか。まだそんなに遠くへは‥‥」
「カガリ」
言葉を遮るようにアスランから声がかかる。
カガリは怪訝に思いながらもアスランの言葉の続きを待った。
「メンデル内部を案内してくれないか?」
「え‥‥いや、私もそんなに詳しいわけじゃないけど‥‥」
突然のアスランからの頼み事にカガリは戸惑った。
それは私に頼まなきゃならない事か‥‥?
しかも私だってここに着いてからはアークエンジェルに入り浸り、
詳しく言えばジャスティスに付きっきりだったので、実はメンデル内部をよく知らない。
「じゃあわかる所でいい」
「でも‥‥キラ達についてって話、した方が‥‥」
「もう大方の報告は受けているんだろう?」
「ああ。でも‥‥」
「じゃあ、頼む」
何でここまで強引と言える程にアスランが私に案内を頼むのかが分からなかった。
それに──アスランはここにいる人物全員と顔見知りだからいいだろうけど、
私はまだ──顔合わせしてない人だっているしな‥‥
最初断ろうと思っていたカガリだった。
しかし‥‥
アスランに何があったかは一応報告は受けているけれど、直接本人に聞いたわけではない。
今からゆっくり聞いてやるのもいいし、
報告通りの辛い出来事であったのならば、ちょっとした気晴らしになるかもしれない。
「わかった。じゃああそこへ行くか。港が見渡せる場所があるんだ」
そう言ってカガリはすっと手を差し出した。
──いつまでたっても何の感触もないので、カガリは痺れを切らしてアスランを見た。
するとキョトンとした顔でカガリの掌を凝視している。
「ほら、連れてってやるって」
カガリは差し出した手を上下にひらひらさせた。
それでもアスランは暫くカガリの手の動きをじっと見ていたが、
やがてゆっくりと左手を持ち上げ、カガリの手を握った。
カガリは満足そうに頷いて、目的の場所へと移動を始めた。
宙を漂いながら、カガリは自分のそれと繋がれたアスランの手を感じていた。
大きな手だなぁ‥‥汗ばんでなくて、さらっとしていて‥‥あったかい。
ああ‥‥さっきまで寝てたんだっけ‥‥だからあったかいのかな‥‥
──もしかして、手、繋がなくても良かったかも‥‥
今になって何となくそう思ったが、今更『離せ』とも言えず、カガリはさらに奥へと進んだ。
少し暗めの通路を2人は前後で進んでいく。
カガリがアスランを引っ張っている状態なので、カガリから彼の表情は窺い知る事は出来ないが、
何となく話しかけるのは躊躇われた。
本当はいろいろ訊きたい事はあるのだけど‥‥
そこでカガリは思い出した。
本来なら一番最初に言うべきだった言葉を言っておくべきだという事に。
「あの‥‥今更だけど‥‥『おかえり』」
本当に今更だな‥‥と少し恥ずかしくなって、小さな声で呟いたのだが、聞こえただろうか‥‥?
確認の意味も込めて握っていた手を少し強く握ると、
アスランからもキュッと握り返された。
そして小さな囁きが聞き取れた。
「ただいま‥‥」
ピンクの艦の全貌が見たくてこの場所に来たのだが、
今カガリの瞳に映っているのは、キラとキラの胸に顔を埋めるピンクの髪の女の子──ラクス。
あの2人の間にどういった出来事があったのかは知らないが、かなり親しくしているように感じた。
だからこそ今、ああいう状態になっているのだろうけど‥‥
そして2人の姿を見て、何故かあの時の自分の姿を重ねた。
父を亡くしてキラに縋った自分と──
あの少女がまさかあの時の自分と同じ境遇にあるとは、
この時は思いもしなかったのだが‥‥
私はそれから目を逸らして俯いた。
ふと隣にアスランがいた事を思い出し、ハッとする。
いくら今はもう婚約者ではないといっても、
つい最近まで婚約者だった少女が
親友とはいえ他の男の腕の中に収まっている、というのは‥‥
おそるおそる隣を見ると、アスランは沈んだ表情で唇をキュッと真一文字に結んでいる。
あ‥‥これは、見たな‥‥あの2人の姿を。
「アスラン、あれは気にしなくていいと思うぞ。ただ単にそこにキラがいたから‥‥
きっといろいろあったんだよ、うん」
ちょっとしどろもどろになりながらも身振り手振りまでつけて、最後にニカッと微笑む。
なのにアスランはそんなカガリを見て不思議そうな顔をしている。
「何だよ、わかんないのかよ?だからあれはきっとたまたまだな‥‥」
「あれって、何?」
〜〜〜〜はっきり言わなきゃわかんないのかよ!
こんなに気にかけてやってんのに何
ぼ──っとしてやがるんだ!
私はキラ達のいる方向を指差して叫んだ。
「あれはあれだよ!」
暫くカガリの声が辺りに響き、再び静寂が訪れた頃。
「何もないけど?」
「は?」
慌ててカガリが振り返ると、キラ達がいた場所にはもう誰もいなかった。
あれ?移動したのかな?
カガリは気の抜けた声で問いかけた。
「キラ‥‥達は?」
「さあ。移動したんじゃないのか?」
それは見ればわかるけど‥‥
「アスラン」
私は無人になったあの場所からアスランに視線を移し、じ──っと見た。
アスランはそんな私を怪訝そうな顔で見返した。
「キラ‥‥達、いないな」
「そうだな」
「いついなくなった?」
「さぁ」
「キラ‥‥達がいなくなる前‥‥何して、いや、どうしてた?」
「さぁ」
この一問一答でアスランの表情に変化がないか、じっと凝視してたカガリだったが、
別に嘘を言っている様子はない。
こいつの表情はわかりやすいし、嘘をつける奴でもない‥‥
という事は‥‥見てなかったのか?
じゃあ何であんな沈んだ顔してたんだろう‥‥と考えて、すぐその理由に思い至った。
カガリは無意識にアスランの顔から固定されている腕へと視線を移していた。
それに気付いたアスランは俯いて、怪我した方の肩を左手で押さえた。
「──父に、撃たれた」
やっぱり‥‥キラの報告は本当だったんだ‥‥
カガリはアスランに近寄って、肩に置かれたアスランの手の上に自分の左手を重ねた。
するとアスランはゆっくり顔を上げ、そのままカガリを見上げた。
何て顔してるんだ、コイツ‥‥捨てられた仔猫みたいな目をして‥‥
安心させてやりたかった。
私の言葉で、出来るかどうかはわからないけれど‥‥
何て言っていいかも思い浮かんでいるわけじゃないけど‥‥
それでもカガリは口を開く。
「あのな、アスラン‥‥」
「カガリ」
突然2人の背後から太い声がした。振り返るとそこにはキサカがいた。
カガリはアスランから手を離し、舌打ちでも聞こえてきそうな不機嫌極まりない声で答えた。
「何か用かよ」
そんなカガリにも平然とした様子でキサカは2人に近寄り、カガリの前に立った。
「エターナルのクルーの紹介がまだでしょう。皆、待ってますよ。さ、早く」
そう言って強引にカガリの腕を掴み、引っ張る。カガリは反射的にその手を払った。
「自分で行けるってば」
流石に人を待たせてあると聞かされては『後にしてくれ』とは言えなかった。
本当は言いたいのだけど‥‥
「今から1時間後にアークエンジェルブリッジ内で今後についての話し合いがある。
‥‥わかったか?」
最後の台詞はアスランを見ながら言う。
キサカに小さく頷いたアスランの顔は、頼もしいMSパイロットの顔に、見えた。
「じゃ、アスラン。後でな」
今のアスランはあの時の状態に似ている。あの飛行艇の医務室でのアスランに‥‥
いくら何でもない顔をしてみせても、カガリには何故だかわかる。
カガリは後ろ髪ひかれる思いで、その場にアスランを残したまま、立ち去った。
カガリはその大きな背中を見ていた。正確に言えばキサカを恨めしそうに見ながら移動していた。
「だいたい1時間後に集合するなら、挨拶なんて別にその時でもいいじゃないか」
そう腹立たしげに呟くと、キサカは大きな身体を揺らして振り返ってきた。
「あなたはクサナギの指揮官でしょう」
それだけ言うとまたすぐ前を向く。
──なんだかキサカ、怒ってる?──いや!怒ってるのは私の方だ!
2人はそれぞれに苛立ちを抱えながら、ひたすら無言で通路を進んだ。
──エターナルの関係者など誰一人としていない、アークエンジェルブリッジへ‥‥
あとがき
ふふふふふ…またまたアスラン、へたれです。そして甘えんぼさんです。
ちょっとカガリ、ラクスに遠慮ぎみです。そして私はラクスの扱いに戸惑っています…
今ん所は、ラクスを話に出さないように、出さないように進めていくつもりです。
バルトフェルドさんの表記に悩みました。ちょっとだけ。
だって長いんだもん。「バルトフェルド」って。これからは「虎」でもいいですか?
とか言いながら多分次の話でも「バルトフェルド」で統一していると思います。
次回はいよいよ!ハグ後のお話です〜