決意





真っ赤に燃える大地を呆然と見やりながら、成層圏を突き抜ける。
あの炎の中には──

クサナギから何体ものMSが宇宙空間に飛び出してくる。 今からクサナギのドッキング作業が始まるのだ。
俺はキラと通信を繋いだ。
「キラ、さっきのオーブの爆発は‥‥」
キラは俺の問いたい事をすぐ理解し、沈痛な声音で応えてきた。
「‥‥うん。多分あの中にカガリのお父さん‥‥ウズミさんがいたと思うよ」
俺はモニターに映ったキラに向かって
「そうか‥‥」
と呟きながら視線を逸らしてクサナギの作業の様子を見守った。

今、あの艦の中で彼女はどうしているのだろう‥‥
それを思うと胸が張り裂けそうになる。
最後にウズミ氏を見た時、カガリはその横にひっついて離れなかった。
その時の彼女の表情が頭に浮かび、それはなかなか消えてくれない。

「僕、クサナギに戻ったらカガリの様子を見に行こうと思ってるんだけど‥‥ アスランはどうする?」
ふと気付けば、まだ通信もモニターもそのままだった。
さっきまでの自分の表情をキラに見られていた事に気付き、幾分表情を整えた。
「‥‥俺も行くよ」
そう返事したのはいいが、俺が彼女のもとに行ったところでどんな言葉がかけられるだろう‥‥
しかし、じっとしていてはいられなかった。
今ここでクサナギの様子を見ているだけだという事も、もどかしくて仕方なかった。

ドッキング作業が終了し、やっとクサナギに着艦する事ができた。
ジャスティスを停止させる事もハッチを開ける事も全ての動作が煩わしかった。
早々にコックピットから出て、フリーダムの所まで飛んで行く。
アスランがハッチの傍まで行くと、丁度キラも飛び出してきた。
そして2人して無言で艦内奥に入っていく。

自分の前を進んでいたキラが振り返ってこちらを見て
「カガリは今自室に独りでいるって。部屋に行く前に着替えて行こう」
と言ってきた。アスランはすぐさま 「いや、このままで構わない」
と返したが、
「アスラン、プラントからずっとその格好でしょ?今から女の子の部屋に行くんだし‥‥ とりあえず着替えを用意してくれてるらしいから着替えよう」
自分1人でカガリの部屋に行けるわけでもないアスランは、その言葉に従うしかなかった。
仕方なく了承の意を示してキラにおとなしくついて行く。

ロッカーの前に2人並んでパイロットスーツを脱ぎ始める。
上半身がシャツ一枚の状態になった時、自分の胸元に光る赤い石の存在に気付いた。
忙しなく動いていた手を止め、右手にその石を乗せる。
急に動きの止まったアスランをキラが着替えながらも不思議そうに見て── ふと視線をその石に止める。
キラの視線に気付き、首からかかった紐を取り外す。
そしてぽつりと呟く。
「この石に願掛けしてたんだ‥‥キラに無事、会えるようにって‥‥」
「‥‥そうなんだ‥‥じゃ、願いは叶えられたって事だね」
「‥‥そうだな」
石を見つめながら心の中で“ありがとう”と呟きながら、石をロッカーにしまう。
そしてまた慌しく着替え始めた。

2人はほぼ同時に着替え終え、ドアに向かって飛び出した。
一刻も早くカガリの元へ向かう為に──





キラは少しだけ躊躇した後、その部屋に入って行った。
俺はその後を追う事が出来ずに、ドアの外でただ部屋の様子を窺う事しかできなかった。

哀しみを体の奥から搾り出した様な悲痛な嗚咽を漏らし、
キラの胸に飛び込み顔を埋めて部屋をゆっくり横切る。
そんなカガリにキラは瞳に憂いの光を湛えて、小さく震える頭を優しくなでる。
その光景を見ていられなくて、アスランは視線を逸らして少し俯く。

──あの時と同じだ。
オーブの食堂で見た光景と、今自分の瞳にうつる光景がシンクロする。
あの時と違うのは、彼女の涙の理由──

もう二度とこんな声を聞きたくなかった。
こんな姿を見たくなかった。
俺はこの間のように立ち去る事もできず、
ただ彼女の哀しげな声を、キラと部屋を漂う姿を見続ける事しかできなかった。

いつまでも続く嗚咽以外、何の変化もないまま時間だけが過ぎた。
その声は徐々に掠れ、それからしばらくしてようやくやんだ。
キラはカガリをなでていた手で頭をぽんぽんと軽くたたいた。
それが合図だったかのように、カガリは顔を上げてキラを見た。
アスランの位置からはカガリの横顔しか見えなかったが、
その瞳は真っ赤に腫れ、潤んでいるであろう事はここからでもわかった。
あの時と同じ、いや、それよりもさらにひどい状態なのだろう‥‥こころもからだも。

「少し、落ち着いた?」
キラがそう優しく尋ねると、カガリは小さく頷いた。
今までアスランが見た事もない、到底カガリらしくない、弱々しい仕草だった。
「そしたら顔洗って着替えておいで。マリューさんとフラガ少佐がクサナギに合流して、 これからの事を話し合うって言ってたから。‥‥ひとりで大丈夫?行ける?」
その問いにも小さく頷いて、やっとキラから離れて部屋の奥へと向かった。

一連のやりとりをただ呆然と見ていたアスランは、キラがこちらに近づいて来るのに気付き、 表情を改めた。
キラは部屋の外にいるアスランの横に並んで、小さく息を吐いた。
「カガリの支度ができるまで待ってるよ。アスランはどうする? 先にキサカさん達の所、行ってる?」
そう囁くように尋ねられたが
「‥‥いや、一緒に待ってるよ」
そう答えて深く息をついた。

ここに残っていても先に行っても、どちらにしろ居心地は良くないだろうと思った。
クサナギやアークエンジェルのクルーに自分はどう思われているのか判らなかったし、 ここにいても‥‥
ここに俺達が来てからカガリが部屋の奥に姿を消すまでの間、彼女は俺の方を一度も見なかった。
きっと俺がここに立っていた事にも気付いていないだろう──
そう考えて‥‥胸がチクリと痛んだ。
しかしカガリの悲しみはこんな小さな痛みの比ではないだろうに‥‥
大体こんな独りよがりで自分勝手な感情に振り回されてる場合じゃない‥‥
頭ではわかっている。
俺がこの部屋に来たのはただキラに縋って泣くカガリを見ている為ではなかったはずなのに‥‥

急に鈍い痛みに襲われた。頭痛がする。何だかとても重い。こめかみにすいと手をやった。
するとふいに頭の中にうす暗い映像が浮かび上がってきた。

わずかな光が差し込んだだけの小さな部屋。
カガリが静かに涙を流しながらこちらを哀しそうな目で見つめている。
そしてその右手には何か黒い物が握られ‥‥頭の横に──
そして頭の奥の方で途切れ途切れにカガリの静かな声が──
“キラ が 大 すき な んだ  ”

「アスラン?」
突然呼び掛けられ我にかえると、キラが心配そうな顔をして俺の顔を覗き込んでいた。
「少し顔色悪いよ?‥‥疲れてるの?」
「‥‥いや、大丈夫だ」
そう言って頭にやっていた手を下ろした。
見た目には多分全然大丈夫には見えないのだろう。キラはまだ首をかしげてこちらを見ている。

さっき頭に浮かんだ光景は何だったのだろう‥‥どこかで見た事がある気がした。
でも何処なのか──わからない。
とりあえずこの事は脇に置いて、キラに向かって少し微笑んでみせる。
カガリの事も気がかりな上に、自分の事でも心配はかけたくない。
「そういえば、少し遅くないか?」
キラの意識をカガリの方に逸らそうと、そう言って部屋の中に視線を向ける。
その視線を追うように、キラも部屋を覗きながら心配そうな顔をする。
「そうだね‥‥カガリ、大丈夫?」
少し大きめの声でキラが呼び掛けると、 すこし慌てた感じではあったがいつも通りの調子で返事があった。
その声を聞いてアスランは少し安堵したものの、まだ無理してるのではないだろうか‥‥
と再び顔を曇らせた。

呼び掛けてから間もなくカガリが部屋の奥から出てきた。
窮屈そうな白い礼装ではなく、今自分が着ている作業着とほぼ同じものに着替えていた。
カガリはこちらに視線を向けたがすぐ逸らし、 俺達の間をすり抜け先頭に立って通路を進んで行った。

一通り話し合いも終了、今後の進路も決まり、
マリューとムウの2人はアークエンジェルに戻るべく、ブリッジを後にした。
キラはエリカ・シモンズに呼び止められ、何やら話をした後、 アスランの方に顔を向けて声をかけてきた。
「僕、これからいろいろ手伝わなきゃいけないんだけど‥‥アスランはどうする?」
すぐには返事を返せなかったが、結局
「‥‥後で行く」
とだけ答えると、キラは何も聞かずに
「そう」
とアスランに微笑み、エリカ・シモンズと出入り口に向かっていった。
その姿を見送っていると、その視線の先にカガリが見えた。
カガリは出入り口付近で丁度通路に出る所だった。
その動きが気になって、キラ達から視線を外しカガリに焦点を合わせた。
まるで誰にも見つからないように、自分の存在を悟られないようにと、 コソコソ出て行く、そんな感じだった。
やはり普段のカガリらしくない行動に見えた。
今からまだ1人でこっそり泣くのだろうか‥‥と考え、思わず顔を顰める。

そんな思考を頭の隅に追いやりながらも、話し合い時のカガリの言動を思い出す。
俺に向けていた笑顔、その時の顔が真っ先に浮かんだ。
俺の知っているカガリは確かに表情豊かだが、あんなに優しい微笑みは見た事がなかった。
と言うか怒った顔や泣いた顔は散々見たが、笑ってる顔はあまり見た事がない気がする‥‥
やっぱりキラにはよく笑ったりしてたんだろうか‥‥

やっぱり‥‥カガリが何より大事に想っている人はキラじゃないのだろうか‥‥
俺がキラの友達だったからこそ、あの微笑みに繋がったのでは‥‥
あの時頭に浮かんだあの暗い部屋の風景‥‥あれは実際にあった出来事で‥‥
『キラが大好きなんだ』
今度ははっきりとその言葉が頭に響いて‥‥ 知らず知らずのうちに、苦い表情になっていくのがわかった。
こんな時に何考えてるんだ、俺‥‥
アスランは小さく息をついて、自身もプリッジの外に出た。

特にあてもなく1人になれる場所を探して通路を進んでいた。
途中で誰に会う事もなく、辿り着いた場所はパイロット待機室だった。
モビルスーツのパイロットは出払っていてここには誰もいなかった。
この場所から乗組員やパイロット達が忙しなく作業をしているのが見えた。
俺もあそこに行ってキラと共に作業を手伝うべきだ、
頭の中ではそう思っていても、体はこの場所から一歩も動けないでいた。

もう自分の心は決まっている。ここにいる人達と各々の胸にともる灯を携え、戦っていく。
先程自分の中の想いは新しい仲間の前で伝える事ができた。
その事は素直に嬉しく、満足感もあるにはある。
そしてその時に、カガリの言動から力を貰ったような気もする。
ストライクのパイロットに父の事で反論してくれたり、 何故だかこちらを見て微笑んだりしてた‥‥
唯でさえカガリは胸いっぱいに哀しみを抱えているはずなのに‥‥

そしてその哀しみの原因であるカガリの父、ウズミの言葉を反芻する。
プルーコスモス‥‥今の連合軍はその思想に染まっているのだと言う。
そして俺達コーディネーターを皆殺しにしようとしている。
──蒼き清浄なる世界のために──
そしてプラント‥‥連合軍とやってる事は同じだ。ナチュラルを全て排除しようとしている‥‥
その行動はすべて自分の父が指揮をとっている‥‥
パトリック・ザラ──そんな父をこのままにしておいていいのか?
しかしこの俺に何が出来るというのだろう‥‥
俺の事を出来損ないの部下を見るような厳しい眼差しで見下ろす父‥‥
しかしこのまま進めば必ず父と対峙する時が来る──
ただその時を待っているだけで本当にいいのか、アスラン・ザラ──
自分にそう問いかけるが、顔をあげている事も出来なくなり、だんだん俯いて項垂れていった──





独りで悶々と考えていたこの場所に、今は3人でいる。
俺とキラ、そしてカガリ。
その3人の間に、いや、正確には俺以外の2人の間に微妙な空気が流れていた。
キラがアークエンジェルへの移動を伝えにここへ来て、
それからすぐにカガリが『キラに話がある』とやって来た。
その時にカガリが語った事は、まさに爆弾発言だった。

キラは一見穏やかにカガリを諭した後でこう言った。
「今から僕達、アークエンジェルに移動するんだ。ここM1でいっぱいだしさ。 だから‥‥また後で、メンデルで。ね?」
──このままカガリを置いて行くのか──?
そのキラの発言に俺が驚いている間に、キラはカガリの肩にポンと手を置いた。
カガリは『そばにいて』と訴えるように、縋るような瞳をさらに広げてキラを見たが、
やがて諦めたように瞼を伏せて小さく頷いた。
俺は『きょうだい』かもしれない2人から目が離せなかった。
そしてここを去ろうとしているキラに問い質したい気持ちに駆られた。

「じゃ、アスラン、行こうか」
カガリから視線を外し俺の方を見て、キラは自分が入って来た入り口に向かおうとしていた。
「俺は着替えてから行くよ」
ジャスティスで移動するならパイロットスーツに着替えなくてはならない。
「あっ‥‥そうだね。じゃ、待ってるから」
そう言ってキラは俺達に軽く微笑んで部屋を出て行った。

後に残された俺とカガリは、しばらくそこから動けなかった。
本来ならすぐ着替えに行くところなのだが、カガリが俺の左腕を掴んだままで、
キラの出て行ったドアをずっと見つめ続けていた。
そして俺はそんなカガリから目が離せず、先程聞いた話を思い返す。

自分の尊敬する父が、本当の父親じゃないかもしれない──
そしてキラと『きょうだい』だと言われ‥‥
しかもその事をもう本人に直接尋ねる事は出来ない‥‥
きっと今彼女の小さな体の中で、嵐が吹き荒れているのだろう‥‥

カガリはやっとドアから視線を外し、小さく溜息をついた。
そして初めて気付いたかのように俺を見ると、ハッとし慌てて手を離した。
「ご、ごめん‥‥着替えに行くんだったな‥‥」
「構わないよ」
俺はそう言いながら少し微笑んでみせた。
それで少し落ち着いたのか、カガリは少し俯き、ぼそりと話し出した。
「いきなりあんな話聞いてびっくりしたろ。ごめんな‥‥」
別に謝られる事ではなかった。席を外そうとした俺を呼び止めて話を聞かさせた。
今思えば嬉しい位だった。
「いや‥‥気にしなくていい。俺でよければいつでも相談にのるから‥‥」
まさか“嬉しかった”とは言えない。
結局口から出た言葉は何ともありきたりな台詞だった。
こんな事しか言えない自分がもどかしい‥‥
カガリは先程よりも少し顔を上げ、消え入るような声で
「ありがとう‥‥」
と呟いた。

「やっぱりキラに言わなけりゃ良かったかな‥‥」
続いて出た言葉に驚いてカガリを見ると、彼女はフリーダムを見つめながらさらに付け加えた。
「頼りにしすぎて、逃げられちゃった‥‥」
「そんな事ない」
アークエンジェルへの移動は、カガリがここに来る前に話していた事だ。
そう説明したが、カガリは目を閉じ、首を横に振る。
そして俺をじっと見つめてはっきり言った。意志の強い、燃える夕日のような瞳を向けて。
「でも、黙ってられなかったんだ。言わなきゃ後悔すると思って。それだけは嫌だったんた‥‥」
そう言った後、カガリは俺に無理矢理笑顔を作った。
「ほら、キラ待ってるぞ」
さっき掴んでいた俺の腕にぽんと触れる。
「また後で、メンデルでな‥‥」
そう言ってカガリは俺の腕を押しやってロッカーの方に向かわせた。
後ろ髪引かれる思いではあったが、確かにずっとこうしていても仕方ない。
そのまま押された方向に進みながらカガリにそっと頷き、ドアを開けてロッカー室に入った。

ドアを閉め、そのままロッカーには行かずに壁に寄りかかった。
そしてカガリが俺を見つめながら言った言葉を思い起こしていた。
──確かに後悔するのは‥‥嫌だな‥‥
このまままっすぐメンデルへ行き、 あの人と対峙するのをただ待ってるだけで本当にいいのだろうか──
言うべき事は言っておきたい──
あの人に意見出来るのは、もう俺しかいないのかもしれない。
俺ならばあの人と話をすることが可能だろう。
これだけは同じ志を持つ仲間の中でも、俺にしか出来ない事だ──
もたれていた壁にポンと手をつき、自分のパイロットスーツのあるロッカーに近づくにつれ 自分の中の決意が徐々に、しかし確実に固まっていく。
今は迷っている場合じゃない。一刻も早く──





ロッカーを開け、作業着を脱ぎ、元あった場所に戻す。
それの代わりにさっき外したばかりの紐を取り出した。

紐の先を指で摘んで、石の部分を少し揺らして振り子状態にする。
しばらくそのまま石の動きを目で追っていた。

今から俺はプラントに戻る。
父に会ってどう転ぶのかわからない。
無事説得できるか。
それとも捕われの身となるか‥‥
最悪の場合まで考えた。それでも会って話をしなければ‥‥

赤く弧を描く石を、開いているもう片方の手で取り、握りしめる。
ジャスティスはここに置いて行く。
あれで帰ってもし俺が戻ってこれないとなると、あの赤い機体はキラ達にとって脅威になるだけだ。
そんな事は、させない──
ここに戻ってこれなくても同じ意志を持つ人達がここにはいる。
仲間が目的を達成する事を信じる。
そう自分に言い聞かせ、石をさらに強く握りしめて首に紐を通すと両手を離した。
そしてもう一度胸元で光る石を見つめて──
パイロットスーツを取り出し、着替え始めた。
















あとがき
日記読んで下さってる方はご存知かと思いますが、苦労しました、この話。
アスラン悩みすぎ。
でもここまで悶々とするアスランはもうこの話で終わり…だと思いたい。
多分私がアスランを把握しきれてないのも問題だったのかも…
あとがきに書く事も思いつかない…
03.11.14up