interval
「キラ、追え!追うんだ!」
ディアッカの怒号に、僕は反応して動こうとした。
だがもう遅い。
アスランの姿も、勿論カガリの姿も、もう見えないのだから。
「…多分もう間に合わないよ…どこに行ったかも分からないし…」
追う事はせずその場で呟くと、舌打ちと共に苛々した声が返ってきた。
「ったく、だらしないな!」
流石にカチンときて、僕はキッと睨み返した。
「そうは言うけどね、ディアッカが面白がって苛めたのが原因だと思うよ、僕は」
自覚しているのかいないのか、ディアッカは再び舌打ちした後、しかめっ面のまま立ち上がった。
「とにかく捜すぞ!ほら立て!あいつら、ここを出て右に…向かった、から…」
段々と声が小さく掠れていくのを不思議に思って顔を上げると、
ディアッカは視線を一点に集中させたまま、口をポカンと開いていた。
尚も疑問に思って視線の先を追うと、
アスラン達が立ち去っていった方向をじっと見つめながら佇んでいるミリアリアの姿があった。
やがてミリアリアは食堂へと視線を向け──僕達と目を合わせた。
一瞬戸惑いを見せた後、ミリアリアはにこっと笑って手を上げてきた。
「キラ!」
その声が届いた瞬間、僕の隣から鋭い視線が突き刺さる。
少し殺気めいたものを感じて、僕はミリアリアの方を向いたまま軽く右手を上げた。
「よぉ!こっちで一緒に食べないか?」
呼びかけたのは僕ではなくディアッカだった。
ミリアリアはまたにこっと笑って小さく頷いた。
「いいわよ、先に食べてて、キラ」
隣からひんやりとした空気が流れてくるのを感じて、今度は恐る恐る首を巡らせてみると、
ひきつった笑いを浮かべたディアッカが僕を見下ろしていた。
「──別に彼女と一緒でもいいよな?キラ!」
僕はコクコク頷きながらも、放置されているいくつかの問題点を指摘した。
「でも、アスラン達の捜索は…」
「あんな奴、ほっとけ」
──さっきは『捜しに行け!』って言ってたクセに…
心の中で呟きながら、僕はちらりとテーブルに視線を落とした。
「じゃあアスランの残したコレは…」
「お前が責任もって食え!」
勝手なディアッカの言い分に、流石にムッとして僕は言い返した。
「いや、そうじゃくて…これ、手、付けてないみたいだし、ミリィに…」
「バカか、お前は!」
叫ぶと同時にディアッカはバンッとテーブルの上に手を置いた。
「こんなモン、ミリアリアに食わせられるか!ちったぁ考えてモノ言え!」
──確かにちょっと失礼かもしれないけど、
さっき頼んだばかりだし、全然手を付けてないのだから、別に構わないじゃないか…
そんなに怒る事じゃないと思うけど…
僕は不思議に思いながらも渋々頷いた。
ディアッカは踏ん反り返って偉そうに頷いた後、ようやく席に着いた。
暫くしてミリアリアもトレイを持って、こちらにやって来た。
ミリアリアは当然のようにキラの隣に腰掛けながら、持ち主のいないトレイを見た。
「…すごい食欲ね」
いつの間にか僕の前に2つのトレイが並んで置いてあった。
ディアッカ──!
僕は慌てて弁解しようと両手を前に翳して軽く振った。
「いや、これはアスんぐふがっ」
隣から伸びてきた手に思いきり鼻と口を押さえられ、僕は呼吸困難に陥った。
その手を離す事なく、ディアッカは僕の頭の上で普段よりも高めの声で話し始めた。
「そうなんだよ、コイツ。まともな食事は久しぶりだしな。な?キラ」
何かリアクションするよりも先に、ディアッカは無理矢理僕の首を縦にぶんぶんと振り始めた。
鼻と口はがっちりと塞がれているからだろう、だんだん頭に血が昇っていくのを感じて、
僕は両手でディアッカの手を掴み、それを引き剥がそうとした。
そんな僕をひと睨みして、ディアッカは漸く手を離してくれた。
荒い呼吸で肺に新鮮な酸素を取り入れる僕を見て、ミリアリアは呆れた表情でぽそりと呟いた。
「…このトレイはさっきカガリが連れ去られたのと関係あるんでしょ?」
どこから見ていたのだろうか、ミリアリアは知っているらしい。
僕が頷こうとすると、またもや隣から手が伸びてきた。
2度も同じ手には引っかかるもんか、と僕はひょいっとその手を避けた。
「ディアッカ、あんた、気遣いすぎ」
ミリアリアは不機嫌そうにそれだけ呟いて、1人でさっさと食事をとり始めた。
ディアッカがミリアリアに気を遣ってる…?
僕は思わずミリアリアと、少ししゅんとしているディアッカを交互に見比べた。
すぐにその視線に気付いたらしいディアッカが、一瞬目を丸くした後、僕を睨むようにそれを細めた。
「さ、俺達もとっとと食べようぜ」
だがすぐに何事もなかったかのように自分の目の前にある食物を口に放り込み始めた。
僕も慌ててフォークを持って──
この、アスランの残して行ったトレイはどうすればいいのだろう──
僕は動かず、じーっとアスランが置いていったトレイを見つめていると、
ミリアリアがディアッカに向かって言い放った。
「それ、残すなんてもったいない事、するつもりじゃないでしょうね…?」
ディアッカは食事の手を止め、おどけたような表情でちらりと僕を見た。
「え、そりゃキラが食べるだろうよ」
すると間髪入れず、ディアッカの頭上にミリアリアの雷が落ちた。
「バッカじゃないの!?キラ1人で食べさせる気?アンタも手伝ってあげなさいよ!」
普段あまり見た事のないミリアリアの態度に少々驚いて目を丸くしていたが、
すぐに我に返り、僕からもディアッカに頼み込んだ。
「頼むよ、ディアッカ。僕1人じゃこれ全部食べきるの、無理だし…」
ディアッカは面白くなさそうに顔を歪めながらも、しゃーねーな、
ときっとり半分、アスランのトレイから自分のトレイに移動させてくれた。
先程までの騒がしさから一転、静かに食事は進んだ。
僕はサラダを口に運びながら、ちらっと隣に座るミリアリアを見た。
『気の遣いすぎ』という言葉が気になっていたが、その直後のディアッカの様子からして、
そこには触れちゃいけないんだろうな…とこっそりため息をつく。
そういえば──僕がフリーダムと共にアークエンジェルに戻ってきてから、
ミリアリアとはほとんど話をしていなかった事に気付いた。
ミリアリアだけじゃない。
サイとも──あれっきりだった。
そう遠くない昔、ストライクに乗っていた頃、あれだけ守ろうと必死だった友達とは話をせず、
今ではその頃敵だったアスランや、今隣にいるディアッカとの方が話をする機会が多い──
というか、話をしていて楽だと思う。
そんな自分が少し嫌だった。
このままでいい筈がない。
僕は思いきってミリアリアに話しかけた。
「何だかこうやって一緒に食事をするの、久しぶりだね」
「そうね」
ミリアリアは昔と同じように笑ってくれる。
でも僕はそれから何を話していいのか分からず、黙り込んでしまった。
だがそんな僕を気にする様子もなく、ミリアリアは静かに食事を続けている。
短いが、ぎこちない僕らのやりとりを聞いていたのだろう、
ディアッカは大げさにため息をついた後、こんな話題を持ち出してきた。
「そういやキラ、カガリから聞いたけど、お前、彼女いるんだって?」
胸の鼓動がドクン、とひとつ、大きく響いた。
ここ最近、心の奥底に追いやって見ないようにしてきた事実を、
無理矢理表面まで引きずり出されたような嫌悪感が襲ってくる。
ミリアリアが気遣わしげに僕を見つめているのが分かった。
「…カガリは知らないんだと思うけど、別れちゃったんだ…」
何とか声を絞り出して、それだけは伝えた。
ミリアリアの表情はずっと変わらず、僕を見つめたままだった。
「ふぅん…この艦に乗ってた、って聞いたけど…?」
「アークエンジェルがオーブを出る前、この間じゃなくて、その前の時に…そういう話になって…
僕がフリーダムで戻って来た時には、もう…」
知らず知らずのうちに、持っていたフォークを力いっぱい握り、僕は唇をキュッと引き結んだ。
「そ、そうか……あ、そ、そういえば…え、えーと…」
ディアッカは漸く僕の様子がおかしい事に気付いたのか、話題を変えようとしているようだった。
白々しいのが丸分かりだったが、それでも僕にはありがたかった。
「あ!そうそう!キラ、あれ!聞いてみたら?な?」
僕は落としていた視線をゆっくりと持ち上げ、ディアッカを見た。
「…あれって…?」
「俺らが感じてる視線の話だよ!」
ああ、そんな話があったよな…と、僕はぼんやり思い出し、今現在の様子を確かめようと周りを窺った。
まだ僕達を気にかけている風な人もいるにはいるが、殆どのクルーは普通に食事をとっていた。
アスランが出て行った時が一番盛り上がっていて賑やかだったようなので、
間違いなくアスランは絡んでいると見ていいようだけど──
とにかくこのまま放っておくのもいい気分ではないし、ミリアリアに聞いてみるのもいいかもしれない。
ディアッカよりも僕から話した方が、ミリアリアは素直に答えてくれるような気がする。
僕はディアッカに目で合図を送ると、ミリアリアに話しかけた。
「さっきあった事なんだけど…何だか僕達、ああ…えっと、
僕とディアッカとアスランが集まっていると、やたらと注目を浴びている気がするんだけど…」
ミリアリアはすぐにその理由が分かったようで、口を開きかけて──しかしすぐに噤んだ。
「おい、何か知っているのか?」
ディアッカも同じ事を感じたようで、身を乗り出しミリアリアに顔を近づけた。
逆にミリアリアは体を仰け反らせて、周りをちらちらと見回した。
その行動につられて僕もちらっと周りに目をやると──やはりクルー達は密かにこちらを気にしていた。
「…さあ、知らないわ」
「お前、そんな見え見えの嘘…」
呆れたように呟くディアッカを、僕は肘でつんつんと突いて首を振った。
多分、いや、恐らくミリアリアは話してくれないだろう。
──ここでは。
一度は話してくれようとしたみたいだったので、恐らく誰の目も届かない所であれば、あるいは──
「知らないんなら仕方ないね。誰か別の人に聞いてみるよ…」
「ごめんなさい、そうして。まあ…誰も答えないと思うけど」
最後にぼそっと呟かれた言葉に、ディアッカもこの件に関する緘口令に気付いたようだ。
恐らくコーディネイター絡みの話ではないだろう。
もしそうならミリアリアは話してくれる筈だから。
大して会話も弾む事なく、
もくもくと食事を続けた3人の中で一番最初に食事を終えたのはディアッカだった。
だが彼は立ち去る事なく、水を飲みながら僕達が食べ終えるのを待っているようだった。
僕とミリアリアの食事の進み具合は似た様なもので、僕達はほぼ同時に食事を終えた。
「じゃ、私行くわね」
僕らが何か言う間もなく、ミリアリアは自分のトレイを持つと、スタスタ去って行ってしまった。
僕としてはもう少しミリアリアと話をしたかった。
が、ここにディアッカがいる以上、あまり込み入った話はできそうにはなかった。
それはまた別の機会、という事になるのだろうが、果たしてそんな時がくるのだろうか──
「おい」
突然隣から、苛立ちの混じった声で呼ばれ、僕は我に返って首を傾けた。
瞳に映った彼は非常に不機嫌極まりない顔で、僕を睨んでいた。
何故そんな顔を向けられなければならないのかが分からず、僕は内心首を捻りながらも平静を装った。
「何…?」
「何?じゃねえ。お前に1コ聞きたい事があるんだよ」
どうやら楽しい話ではなさそうだ。
僕は表情を引き締めて、話の続きを促した。
ディアッカは僕の顔から少しだけ視線を下へと落とした。
「お前とアスランが再会した時、オーブの格納庫で話してたよな?
その時、どうしてアスランがトールって奴を撃った事、話しちまったんだよ」
言い終えた後、ディアッカは失敗したような、気まずそうな顔を僕に向け、それでも答えを待っていた。
あの時、あの話をアスランとする事は、僕らにとって必要不可欠だった。
その事をディアッカにとやかく言われるのは心外だった。
そう反論しようと口を開きかけた時、更にディアッカは話を続けた。
「あの時、お前らを取り囲んでたくさんの人間が話を聞いていた。
そりゃお前らにとっちゃそんな事関係ないかもしれないけど…
お前の話で初めて、ミリアリアは自分の恋人が誰に殺されたかを知ったんだろう?」
僕はハッとして、ディアッカを見た。
「お前とアスランが今まで敵として向かい合っていた原因の1つには、対話不足、
ってのもあったんだろう。
まあ簡単に話のできる状況でもなかったけどよ。アスランに限った話じゃない。
さっきのお前とミリアリアのやりとり見てると、不自然なんだよ。友達には見えない」
図星をさされて僕は思わず俯いてしまった。
そんな僕を見て、ディアッカはふうっとため息をついた。
「まぁそこまで余裕がなかったかもしれないけどさ、お前も。
とにかくこれからも友達を続けるつもりなら、ちゃんと向き合った方がいいんじゃないか?」
それだけ言うとディアッカは席を立ち、トレイを2つ、手に持った。
「ま、よく考えてみな。今はそれどころじゃないかもしれないけど…戦いの最中だしな。
でもいつどうなるか分からないからこそ、早めに話しとくべき、っていう考えもあるしな」
僕は顔を上げられないまま、小さく頷いた。
ディアッカは小さく息を吐き、さて、といつもの軽く感じる声で呟いた。
「じゃ俺はアスラン達を捜してみるわ。特に姫さんは腹ペコの筈だからな。
多分どっちかの食堂だと思う。じゃな」
遠ざかる足音を聞きながら、キラはぼんやり考えた。
彼らは僕が戻って来た事を喜んでくれてはいたが、それだけだった。
対してアスランやディアッカとは、この戦いについていろんな話をした。
それはやはりコーディネイター同士だからだろうか、とも考えたが、それならムウやカガリは?
彼らとは普通に会話できているし、うまくやっている。
ムウは大人だから僕に合わせてくれているのかもしれないが、カガリは?
そう考えたらナチュラルかコーディネイターか、だなんて関係ないと思う。
でも──
キラはすぐに答えの出ない問題を、しばらく動けずに考え続けていた。
あとがき
めちゃくちゃお待たせしました…続きです。と言ってもアスカガ殆ど関係ありません…
というワケで、このタイトルです。
アスカガが名前しか出てこない、という事で、あんまり面白くなく感じる人もいるでしょう…
私もその内の1人です(ぇ
本当は「おまけ」扱いにしようかと思ったのですが、「罠」のおまけって感じの話でもないし…
この次はお待ちかね、アスカガの会話話…の筈ですが、いつになることやら…気長に待っていただけると
嬉しいです。
05.12.19up