ハウメア4
キラのお陰でエターナルは無事、ザフト軍の攻撃から逃れる事ができた。
ようやくエターナルのブリッジ内も落ち着きを取り戻し、戦闘態勢解除、半舷休息となった。
しかしこの艦でのトップ2人はそれでも席を離れる事なく、
モニターに映し出されたフリーダムのパイロット、キラ・ヤマトと交信していた。
キラは戦い終えたばかりで疲れているのか、少し口を開いたまま黙っていた。
「どうもありがとう。助かったよ、少年」
「いえ‥‥」
キラは言葉少なに返事する。
「この艦に着艦するかい?」
「いえ‥‥この後、この艦はどうするんですか?」
しばらく逡巡した後、キラはそう尋ねてきた。
「どうしようかね‥‥なぁ、少年。我々はそちらの陣営に加えてもらえると思うかい?」
キラはその問いかけを予測していたようで、少しも驚きの表情を見せなかった。
ただ疲れた顔で
「‥‥大丈夫だと思います。僕の方から話しておきますから」
それだけ言うとキラは一方的に通信を切った。
バルトフェルドは真っ暗になったモニターに向かって軽くため息をつくと、
今度は俺とラクスを振り返った。
「‥‥とのことです。この艦は一路、メンデルに向かう事になりますが?」
おどけた様子のバルトフェルドにラクスは少し微笑んだ。
「それではそのように。よろしくお願いします。‥‥アスラン」
急に名前を呼ばれ、俺は少しビクッとしてラクスを見た。
「ちゃんと手当てし直した方がよろしいでしょう‥‥わたくしがして差し上げましょうか?」
「‥‥いえ、大丈夫です。エターナルに乗り込む前に、彼にやってもらいましたから」
アスランは今もブリッジにいる赤毛の青年を見た。
「まあ‥‥そうでしたの」
俺は軟らかく微笑むラクスから視線を少しずらした。
「‥‥メンデルに着くまで、休ませてもらってもいいですか」
「ええ。それでは」
ラクスはここまで俺を連れて来てくれた青年に向かって声をかけた。
「申し訳ありませんが、アスランを部屋まで案内してあげて下さいませんか?」
その青年は少し驚いた様子だったが、すぐ頷き、俺と連れ立ってブリッジを出た。
通路を進んでいく途中、青年は俺に何か言いたそうにちらちら見ていたが、
結局何も尋ねてはこなかった。
この艦の人々は俺に何も訊いてこない。
それはつまり、俺に何があったのか、
もう全て知っている、ということだろう。
だから俺に何も訊く必要がないのだ。
青年はドアを開け、その奥へと消えていく。
ここが俺に与えられた部屋のようだ。
俺も続いて中に入った。
「その制服、肩の所が破れているので、ここにあるものに着替えて下さい。後、何かあったら‥‥」
「わかりました」
早く独りになりたくて、彼が言い終えないうちに返事をしてしまった。
それでも腹を立てた様子もなく、青年は黙って部屋を出て行こうとした。
「いろいろありがとうございました」
遠ざかる背中に一言礼を言うと、青年は片手を挙げてそれに応え、部屋を出て行った。
ドアの閉まる音がした。その時初めて大きく息を吐く。
不自由な手で乱暴に制服を脱ぎ、そのまま放り出した。
そうして疲れきった体を勢いよくうつ伏せでベッドに沈めた。
──色々な事があった。
だが今実際に思い出せる事は、父と決裂してしまった事だけだった。
父とはダメかもしれない‥‥と心のどこかでは思っていた。
でも少しは父を納得させられるだけの言葉を言えると思っていた。
そんな自分は甘かった、と言うしかないだろう。
父がナチュナルを全て滅ぼすと言った時。もうそこで俺は何も言葉が出てこなかった。
だって俺は──俺自身はもうナチュラルを撃つ事などできないのだから──
うつ伏せていた身体を強引に仰向けにする。
肩の少し痛みが走ったが、少し顔を顰めただけでそれをやり過ごす。
胸の上にある小さな石。
この小さな石が、今はやけに重く感じる。
そっと無傷な方の手で触れる。
その感触を確かめた後、ギュッと握り込む。
当面はもう自分の身に危険はない。この艦の中は安全だ。
なのにこの石を身体から離す事が怖かった。
さらに強く握り締めながら、瞼をゆっくり閉じる。
今はもう撃つ事のできないナチュラル──仲間の顔が次々と浮かんで、
最後に鮮やかな黄金の髪と瞳を持つ少女の顔が浮かんだ。
その姿が瞼の裏から消えてしまう事を恐れながら、俺はきつく目を閉じ身体を丸めて‥‥
やがて深い眠りにおちた。
あとがき
アスラン…弱々しいですな。
今回歌姫と虎さんを初めて書きました。…どうですか?あ、ダコスタ君も?
初登場の人間を書くときは、いつも自分の中で『偽者…』とか思いがちなんですけど。
それと今回、キラにはエターナルに着艦してもらいませんでした。
虎さんとの会話はメンデルに着いた時初めてまともにしてそうな感じだったので。
しかしAA→メンデルまですっとフリーダム乗りっぱなしでしょ?
いつトイレに行くのだろう…SEED本編で私が謎に思ってる事のひとつです。トイレネタは。
04/01/24up