プラント行
結局カガリはアスランを引き止める事を諦めてくれた。
アスランに掴まったまましばらく俯き、急にガバッと顔を上げたかと思うと
「絶対帰って来いよ!無茶するんじゃないぞ!」
と叫んで、名残惜しそうにアスランから手を離した。
──かと思うと、勢いよく僕の方に向き直り、ガシッと両肩を掴まれてグイグイ後ろに押された。
僕とカガリは少しずつアスランから離れていった。
そしてアスランをちらりとだけ見ると、何やら小声で囁きかけてくる。
「アイツ──ちゃんと無事連れて帰って来てくれ。頼む」
真剣なカガリの顔に気圧されながらも、僕は微笑んで頷いた。
「わかってる」
カガリは多分、いやきっと気付いている。
アスランはここに戻って来る事を半分諦めている事を‥‥
安心させるように肩をポンと軽くたたく。
もう一度頷いてみせながらアスランの方に目をやると、
僕達を見ていた視線をを逸らし、シャトルの方に体ごと向きを変えてしまった。
先程のカガリの台詞はきっとアスランの耳にも届いていただろう。
そうだろう?アスラン‥‥
赤いパイロットスーツの背中から視線を外し、もう一度カガリを見て両肩に軽く掴む。
「じゃ、また後でね」
そう囁いて僕はゆっくりカガリを引き離した。
少しずつ遠ざかっていくカガリの顔が悲しみに歪んで見える。
実際オーブを出てからというもの、カガリの顔はずっとこんな感じだ。
笑ってても怒っててもいい。早くいつものカガリに戻してやりたい。
その為にはまずさっき交わしたカガリとの約束を守らなくては‥‥
と、これからの行程の困難さを思い、自然気が引き締まる。
カガリと僕の間にも小さくはない問題があるのだけど、
今はまずアスランを無事ここに連れ帰る事だけ考えよう──
もう既にアスランはシャトルに乗り込んでいた。
僕も急がなくては──
もう一度カガリに微笑みかけ、今度こそフリーダムに向かった。
アークエンジェルから発進して先に出ていたシャトルの横に付く。
本当の意味でアスランと2人きりになるのは
オーブで再会してから、いや、ヘリオポリスで再会してから初めてだった。
3年前別れてからずっと考えていた。
次にアスランに会う時に話したい事はいっぱい、本当にいっぱいあった。
でも、今は──
ヘリオポリスで再会を果たす前に、話したかった楽しい話は一切浮かんでこない。
あんなにたくさん話したい事があった筈なのに‥‥
そしてヘリオポリスで再会してから話したかった事、訊いて欲しかった事は、
お互いさんざん戦って傷ついてからした話と微妙に違う。
オーブの格納庫で話した事は、確かに自分の本心の一部ではある。
でも本当は‥‥本当は、敵として戦っていた時の僕の本当の気持ちも聞いて欲しい。
君が今、僕の話を聞く余裕がない程大変な時だって事はわかっているのに‥‥
君と敵同士で戦っていた時、本当は君と一緒に行きたかった気持ちも確かに僕の中にあったんだ。
僕はアークエンジェルでひとりぼっちだったから‥‥
でも本当に守りたかった友達はだんだん僕から離れていった──
僕がどんなに頑張って近付こうとしても、彼らは僕の走る速度よりも早く
どんどん遠くに行ってしまうんだ。
たまに僕を振り返ってくれはするけれど、その瞳はひどく冷たく感じられて‥‥
それでも手に触れられる物ならどんな物にも縋って、でも僕の手を振り払われる様な気がして
結局僕にはストライクしか縋れる物がなくなって‥‥
友達はヘリオポリスに行ってからの友達だった。
みんなとても仲良かった。
でもやっぱり何処かナチュラルとコーディネーターには目に見えない壁があったのかもしれない。
ヘリオポリスにいた頃にはそんな壁、感じる事は殆どなかった。
でもガンダムに、アークエンジェルに乗って思い知らされた。
僕らと彼らが、似ていてもどこか違う事を‥‥
彼らの事を好きだと思う気持ちには変わりはないけれども‥‥
そんな話を君とこんな風に仲直り──出来て、2人きりになる機会があったらしたいと思ってた。
オーブで再会してからずっと思ってた。
でも君は今、それどころじゃなくて‥‥
アークエンジェルに2人で戻って、それぞれ個室を与えられたよね。
その部屋で1人ベッドに横になってた時、何度君の部屋を訪ねようかと思った。
でも結局君の部屋の前まで行く事はおろか、自分のベッドから起き上がる事さえできなかった。
僕が君の部屋へ行っていたとしても、きっと何も話す事は出来なかっただろう。
だから僕は思ったんだ。
プラントへ戻る君を護衛すれば‥‥
もちろん君の身が心配だから。それが護衛の第一の理由だけど。
もしかしたら‥‥いろいろ話が出来るかもしれない。
その間は誰にも邪魔されない、2人きりだ。時間はたっぷりある。
でも‥‥やっぱり今はできない。3年前なら何でも話せた君なのに‥‥
僕とカガリの問題についてもそうだ。
カガリはとても戸惑っているようだけど、僕だって本当はとても困惑してる。
‥‥君はどう思う?アスラン。
僕の両親がもしかしたら本当の両親じゃないかもしれないんだよ?
もしかしたらウズミさんが僕の父さんかもしれないんだよ?
それとも全然違う別の誰かが‥‥
こんな事に煩わされたくないんだ、今は。
それにカガリ──
彼女と“きょうだい”かもしれないって事は、そんなに抵抗ないんだ、本当は。
カガリとは会うたび、話すたびに親しみを感じていたから。
“きょうだい”だと言われて妙に納得している自分がどこかにいるし、
そんな人と近い存在かもしれないっていうのは正直嬉しい。
僕がアークエンジェルで孤独だった時に唯一、
僕の背景を気にしないで純粋に好意をぶつけてくれた子だから。
でも‥‥カガリと“きょうだい”かも‥‥って考えると、やっぱり両親の事が頭をよぎる。
それがイヤなだけなんだよ‥‥
アスラン、君の率直な意見が聞きたいよ‥‥
でも、今の君に僕の個人的な悩みを受け止める余裕なんてないだろ?
だから‥‥言えない。
今、唯一話をしたい相手に話が出来ないっていうのは辛いね‥‥
しばらく2人とも無言だった。
散々思考を巡らせた結果、僕は結局アークエンジェルを発進する前にあった出来事で
大して差し障りのないような事を話しかけるしかなかった。
それでもやっとの思いで声をかける事ができた。
「ねえ、アスラン」
どこか遠くを見るようにぼうっとしていたアスランに、モニター越しに話しかけた。
その声でやっとアスランはモニターにうつるキラに焦点を合わせたようだ。
「なんだ?」
ほんの少し微笑みさえ浮かべてこちらを見る。
「‥‥ずいぶんカガリになつかれたもんだね」
モニターにうつるアスランが少し驚いた表情を見せる。
きっと思ってもない問いかけだったのだろう。
「‥‥そんなことないだろう」
アスランは少し目を伏せて、穏やかな、そして自分に言い聞かせるような口調で呟いた。
「君達、まだ2回会っただけだろ?‥‥まぁカガリってあんまり回数関係なさそうだけど‥‥
アスラン?」
さっきまで穏やかだった表情が、僕の台詞で再び驚いた顔になっている。
「え‥‥いや。‥‥確かに彼女は回数とか関係ないな‥‥」
アスランはそう呟いたかと思うと、ほんの少しだけ楽しげに口元に笑みを浮かべた。
僕とカガリの初めての出会いは、かなり衝撃的だったし、
再び地球で出会ってからも、彼女の言動には驚かされっぱなしだった。
そして‥‥何度も救われた。
アスランとカガリの出会いがどうだったのかは、カガリから簡単に聞いただけだけど‥‥
きっと2人にとってもとてつもなく衝撃的で意味のあるものだったんだろう。
僕が今、フリーダムに乗ってる事──僕とラクスの出会いくらいには──
「ねえ」
いつの間にか少し険しい表情で前方に視線を注いでいたアスランに再び声をかける。
「何だ?」
アスランが表情を崩し、モニター越しに穏やかな目をして僕を見る。
少し前じゃ考えられなかった。
お互いこんな表情で、こんな普通の会話をするなんて‥‥
「これから少しずつでいいから、こうやっていろんな話を、していこうね」
暗に“ちゃんと僕達の場所に戻って来てよ”と含みを持たせたつもりなんだけど。
なのにアスランからの返事はない。
まったく、もう‥‥
君って本当に変わってないよね。
都合の悪い事には応えてくれないんだ。
そうやってダンマリを決め込むんだよね。
でも‥‥変わったところもあるなか。何となく‥‥だけど。
お互いいろいろあったって事かな‥‥
そして僕はプラントに着くまでの間に、どうやって頑固なアスランを説得しようかと
思案し始めたのだった。
あとがき
前半のキラのうじうじっぷりはどうですか…?
これを書いた当時、私自身がすごいローな気分だったのが影響してるかと思われます。
そしてもうあえて書き直ししませんでした。
しかし前半部分のアスキラ…というよりアス←キラっぷりはどうですか?
自分で書いてて「うわ〜!」と思ったんですけど…
だからこの話、本当はUPするのやめようかと思ってたんですけど…
せっかくここまで書いたので、もったいないな、と。
それにこの話はキラがアスランに話しかける最初の台詞を言わせたいが為に書いたので。
それだけでまぁいっか、と。
03.12.03up