あの時
今日はやけに長い1日だった──
カガリは眠れずにベッドの上で寝返りをうったかと思えば、深いため息をつき‥‥
そんな事を繰り返していた。
いろいろあった筈なのに、今自分の頭にある事は、1つだった。
濃紺の髪、赤い軍服を肩から引っ掛けて、
その肩には自分の父親につけられた大きな傷を負いながらその細い身体を支えている。
あぶなっかしくて目が離せなくて‥‥
でも以前キラに抱いていた感情と似ているようで、どこか違う──
細い指、でも男の手で頬にそっと触れ、私を一心に見つめるその瞳はすい込まれそうな深い緑。
砂漠にいた頃憧れてやまなかった緑、砂漠の少年からもらった生命のかけらの緑にも似ていて──
透きとおるような白い肌に、すっと通った鼻筋に形の整ったくちびる、
それがだんだん迫ってきて、私は──
そこまで回想してカガリはうっすら閉じていた目蓋をキュッと締め付けた。
そしてまだ寝返りをうって‥‥さっきからこの繰り返しだ。
だいたい‥‥アイツは、おかしい!
プラントから帰ってきてから、やたらと私になついている気がするのは気のせいだろうか──?
以前はそんなじゃなかったよな‥‥?
とカガリはそう遠くない昔──でも遥か昔の事の様に感じる、
あの初めての出会いにまで遡った。
あの時、最初はただ『敵』だった。
見慣れない赤のパイロットスーツを身に纏い、私がいるとは気付かずにいるアスラン──
仕留められると思って発砲したが、脅威の身体能力で形勢は一気に逆転した。
あの時、私は咄嗟に弱い女のような悲鳴をあげてしまった。
それでアスランはナイフを振り下ろす手を止めてくれたけれど──
もし私があそこでアスランを仕留めていたら、アスランに仕留められていたら──
そこまで考えて自分の背筋をひんやりした汗が伝っていくのを感じる。
今感じる身体の震えを無視して、その後の出来事を思い出す事に専念する。
命こそ取られなかったが、アイツは私を縛り上げて‥‥私はどうにか逃げ出そうともがき
水溜りに落ちて突然のスコールに溺れそうになった。
その時、あの赤いモビルスーツで雨を防いでくれたっけ‥‥
今考えたら軍人としてはよくよく甘い奴だよな。
水溜りから引き上げてくれた上に縄まで解いちゃってさ。
あの時私は“地球軍じゃない!”って言い張ったし、実際そうなんだけど‥‥
あいつは本当に私の言葉を信じていたのだろうか?
武装していて自分に銃口を向けてきた人間が、地球軍の兵じゃないだなんて‥‥
女‥‥に甘いのかな。キラ、みたいに。
今日だってアサギ達にタジタジっぽかったし‥‥
ラクス‥‥あんな可愛い婚約者がいたんだし‥‥
途端に自分の胸がずくん、と重くなるのを感じて、カガリは慌てて思考を切り替えた。
そういや、かに‥‥見て、アイツ大笑いしたよな‥‥
あの後、服の中にもカニが入り込んでるって言われて‥‥
もしかして私、えらく大胆な仕草でカニを逃がしたのでは?
突然そう思い至り、当時の自分の言動を思い返す。
その後だって下着姿で大立ち回りしたし、しかも銃を投げ出した時、思いっきり飛びつかれて‥‥
今思えば数々の恥ずかしい出来事に、カガリはいてもたってもいられなくなって
うつ伏せに顔を伏せて足をバタバタさせた。
私って──どういう奴だよ!
それに最終的に敵の前で寝ちゃったし‥‥まあそれはアイツも同じなんだけど!
私もダメだがアイツは正規の軍人だったんだぞ!──失格。軍人失格だな。
カガリは再び顔をあげ、あおむけに寝転んだ。
朝になって別れる時──何だか名残惜しかった様な‥‥
あの時はそういう自覚はなかったけれど、今考えたら──あれってそうだったのかも‥‥
早く立ち去るべきだと思いながら、でもほんの少し足が重い。
もう少し一緒にいたら、もう少し解りあえる気がして──
次に会った──いや、見かけたのは、オーブ本土のモルゲンレーテ工場内だった。
ちらっとしか見なかったが‥‥あれ、アスランだったよな?
フェンス越しにキラと話をしていて‥‥私ってば妙に焦ったよな。
だって敵同士が何やら話をしているのだから‥‥
あの時、私はアスランに気付いたけれど、アイツは?私に気付いていたのかな‥‥
カガリはコロンと横向きに身体を傾け、次は──と考える。
途端、胸の奥に苦い想いが広がる‥‥
オーブの飛行艇の中で‥‥私達はまた一夜を共に過ごした。
きっとアイツはあの時の事、よく覚えてないだろうけどな──
そう考えると自然に口の端が持ち上がる。
私は──よく覚えている。
淡い光に照らされたアスランの顔と──涙。
あの夜もずっと一緒にいたのに、私の事はこれっぽっちも見てなかった。
いや、“見えてなかった”というのが正確か。
あの時、2人してわんわん泣いたけれど、
私がアイツを見て“痛いな”と思ったのは
アスランの泣き顔でも呆け顔でもなかった。
ザフトから迎えが来て帰っていく時の、無表情なアスラン。
一夜の間に見た無表情とは種類の違う、
誰も寄せつけない、破れかぶれの心の隙間に誰も入り込ませない、そんな顔──
結局アイツはあれからオーブへ、キラのもとへやって来たけれど、
それまでの間にアイツの心を癒してくれたモノや存在は、果たしてあったのだろうか‥‥
迎えのザフト軍の仲間、辿り着いた基地、そしてプラントでの仲間──友達。
アイツはそういうものを捨てて、ここへ来たのだろうか‥‥
まさか“いない”なんて事ないだろう、とは思うが‥‥
ここまで辿り着く間に、そういう人達に癒されていたのなら──別に構わない。
だが現時点で父親とは決裂状態だ。
パトリック・ザラという人物は、プラントに戻って来た息子に一体どんな言葉をかけたのだろう、
と想像してみた。
アスランはあの時点で地球軍の新型モビルスーツを撃った功労者だろう。
ならばその武勲を褒め称えたのだろうか──
それは普通ならとても誇らしい事ではあるが、アスランの場合は違うだろう。
撃った相手が敵──でも、友達だったから。
父親からの賛辞の言葉を彼はどんな気持ちで受け止めたのかを考えて、
カガリは苦しくなった自分の胸元をキュッと掴んだ。
きっとザフトや友人も父親と似たり寄ったりの反応だったのではないのか?
アスランは基地で、プラントで、孤独だった──?
自分の友達──キラの事だって、きっと誰にも話せずにいたのだろう──
だってアスランの仲間だったディアッカだって“知らなかった”と言っていたのだから──
カガリはゆっくり上半身をおこした。
プラントに癒してくれる友人がいようといなかろうと、アスランはずっと1人だったのかもしれない。
思わず涙が零れそうになって、カガリはあわてて上を向いて目を見開いた。
そうして薄暗い天井の壁に目をやって、でも、と思い直した。
アスランはやって来た。
プラントが開発したモビルスーツを駆って。
それはプラントで受けた任務遂行の為ではなく、ましてやオーブを助ける為に来たわけでもない。
──キラと話をする為だった。
死んだと思っていたキラに会いに来て話をするように勧めたのは──誰だ?
そう考えるとカガリの頭の中には1人の人物しか浮かばなかった。
ラクス、だ。
きっと彼女がアスランとキラを結びつけたんだ。
ラクスとキラの接点はよく知らないけれど、
アスランと戦って傷ついたキラを助けたのがラクスだって聞いた。
きっとラクスはキラとアスランが戦っていた事も友達だって事も知っていたんだよな。
そこまで考えてカガリは知らず知らずのうちに、大きなため息を零した。
ラクスはどうやってアスランとキラを結び付けたんだろう。
ただキラが生きている事を告げただけで、あの時のアスランがこんな行動を起こせるだろうか──?
「わたくしと共に戦いましょう」と言われて、とか。
婚約してた位だから好きだったんだろうし‥‥
ラクスも好き、キラも好き、ならば俺もキラとラクスと共に──なんて思ったんだろうか‥‥
そこまで考えるとまたカガリの胸がズキッと音をたてたように軋む。
カガリは自分の胸を押さえて顔を顰めた。
そしてオーブで戦うキラを見つけて‥‥キラと話をして、
こうやってここで戦う事を決意したんじゃないのかな‥‥
でもやっぱり父親が気になった。だからプラントへ帰ったんだ。あ、もしかして──
その時一緒にラクスも連れてくるつもりにしてたかもしれない。
だよな──
好きな娘を敵に囲まれた状態でプラントに置いておけないよなぁ‥‥
そこまで考えて、カガリは妙に物悲しい気持ちになった。
だがその理由までには思い至らず、カガリは再び考えだす。
でも結局婚約は解消。あの様子だときっとアスランが振られたんだろうなぁ‥‥
それならエターナルがメンデルに着いた時、アイツ1人出てくるのが遅かったのも頷ける。
振られた相手と鉢合わせしたくなかったのかもな‥‥
あ、じゃあ私、悪いコト訊いちゃったかも‥‥
話し合いすっぽかしたのもラクスと顔を合わせるのが辛かった、とか‥‥
ん?でも待てよ。確かラクスはアスランのお父さんに追われてて‥‥
“婚約”って事はお互いの親も了承してるって事だよな?
という事は、だ。婚約の解消は親同士の政治的対立によるものかもしれない。
双方の親が一方的に本人達の了解をえずに解消、とか。
だとしたら、まだお互い好き同士、なのかもしれない‥‥
だったら私は──2人の架け橋になってやってもいい。
何故だか胸がシクシクするけど‥‥これはきっと寝不足のせいだろう。
こんな戦争の暗い時代の中で、少しでも笑っている時間が作れるのなら──
アスランが笑っていてくれればいいんじゃないか?もちろんラクスも。
だったら今日のアスランの行動もだいたいわかった。
私が一番側にいたから、甘えてきただけ。きっと寂しいだけなんだ。
とはいえ‥‥私、こういう事には疎いからなぁ‥‥
私の推測は間違っているかもしれないし‥‥
明日にでもマユラ達に相談してみようかなぁ‥‥勿論名前は伏せて。
あいつらにバレるとロクな事にならないからなぁ‥‥
そうと決まったら今日はもう寝よう!もう眠れるはずだ──!
──そうして約1時間、
今度は最初に眠れなかった時とはまた少し違う理由で
カガリは眠る事ができなかった──
あとがき
ここですんなりアスカガラブラブを期待した方、すみません…ちょっと話を別方向に持って行きます。
あんまりカガリがこういう事で考え込んでる話って見たことないんで…抵抗ある方、ごめんなさい。
別人街道まっしぐら…かもしれませんが。
04.05.04 up