ディアッカのAA滞在日記8
アークエンジェルとクサナギがメンデルに到着した直後だった。
数日前に丸24時間アークエンジェルに滞在し、
俺を引っ掻き回してクサナギに戻っていったお姫様が、
分厚いファイルを抱えてアークエンジェルにやって来た。
アークエンジェルクルーへの挨拶もそこそこに、
ジャスティスの足を背凭れにして持参のファイルに目を通している。
‥‥何なんだ、こいつは。
俺は自分の仕事を終えると早速カガリに声をかけに行った。
「よう、久しぶり。今まで──おいっ!」
カガリは俺の声が聞こえていないかのように勢いよくファイルを閉じると、
それを抱えてここから立ち去ろうとする。
無視されたのかと思って再び声をかけて呼び止めようとすると、
彼女はくるっと振り返ってこちらを見た。
「悪い。今から行く所がある。すぐ戻ってくる」
そうしてとっととこの場から離れて行く。
突然の出来事に俺は呆然と見送ってしまったが、まぁ今は時間があいている。
すぐ戻ってくるんなら待っていよう、とそのまま10分‥‥20分‥‥
──帰って来ないじゃないか!
30分程たってから漸くカガリは戻って来た。また小脇にファイルを抱えて。
そうして俺に向かって言った言葉は
「あれ、まだいたのか?」
──お前は‥‥!いくら温厚な俺でもその物言いは‥‥!
「お前がすぐ戻るって言うから待ってたんだろ!?」
「あぁ‥‥そうだったな。悪い悪い」
「ったく‥‥一体何処行ってたんだ?」
少し剥れながら尋ねると答えは一言。
「クサナギ」
全く愛想のないカガリに怒りさえ覚える。
「何しに!?」
「解らない事があって‥‥」
カガリは既に俺の事など気にも留めない様子で再び座り込んでファイルに釘付けだ。
このままここから立ち去ろうとも思ったが、それも何だか悔しい。
俺は無理矢理カガリからファイルを取り上げた。
「おい!何するんだよ!」
カガリが俺を睨みつける。
これでやっと俺達は久々に視線を合わせる事が出来たってわけだ。
最初っからちゃんとこっち見ろっつーの‥‥出来ればもっと穏便な視線でお願いしたいけどな。
「人が話しかけてるのにその態度ってどうなの?しかも久しぶりなのにさ」
暫く俺を睨みつけていたカガリだったが、俺の言葉にハッとして俯いた。
「‥‥悪かった」
「まあいいさ。それよりこれ、何なんだ?」
そう言って俺は手に取ったファイルをひらひらさせる。
「ああ‥‥クサナギに関するデータや運用方法が書いてある。
エリカがまとめてくれたんだ。私に覚えるようにって。でも‥‥」
そこでカガリは一旦言葉を切り、再び俯いた。
「大体は理解できるんだが、たまにわからない所があって‥‥」
それでクサナギに戻って質問でもしてたのかな‥‥なるほど。
「ふぅん‥‥なぁこれ、俺が見てもいいものか?」
一応艦も違うので、お伺いを立ててみる。カガリは力なく頷いた。
許可が出たので、それをパラパラ捲って一通り目を通す。
なるほど‥‥俺なんかには易しい事柄でもカガリにとっては‥‥何せこの厚さだしな‥‥
俺はパタンとファイルを閉じた。
「たまに訊かなきゃならない事があるんなら、
こんな所で見るよりクサナギにいた方がいいんじゃない?」
「そうなんだけど‥‥ここに着くまではずっとクサナギにいたし‥‥
気分転換に場所、変えたかったし‥‥」
カガリは俯いていた顔を大きく上げ、隣で静かに立っている鉛色の機体を見上げた。
「ここがいいな‥‥って」
──まだ“ジャスティス依存症”継続中ってわけだ。
それにしても今のカガリは‥‥見ていてらしくない。
俺は1つ息を吐き提案してみた。
「じゃあこうしよう。俺が休憩中の間は俺に訊けよ。わかる事なら教えてやるよ」
「本当か!?」
まだ本調子ではなさそうだが、さっきより幾分明るい笑顔が俺を見る。
「本当だって。感謝しろよ」
「ああ!感謝する!」
そう言いながら何とカガリは俺に飛びついてくる──
所を寸での所で彼女の額を押さえ、腕を突っ張って止めた。な、何なんだ!?コイツは!
「何するんだよ!」
カガリは俺に額を押さえつけられたまま両手を広げた状態で上目遣いで睨んでくる。
「それはこっちの台詞だ!お前、今何しようとした!」
カガリは両手を下ろして一歩後ろに下がり、俺の手から離れた。
「何って、感謝を」
「抱きつこうとしたんだろうが!」
「何だよ、イヤなのか?」
イヤとかそういう問題じゃなくてだな‥‥頭痛くなってきそうだ‥‥
「お前、この調子でアスランにも‥‥」
「するかよ!そういう奴じゃないだろ!アスランは」
カガリはほんの少し頬を染め、ぷくっと膨らませた。
“そういう奴”って、俺は“どういう奴”なんだよ‥‥
そう尋ねたかったが、多分本人は把握できてなさそうな気がする。
具体的な人物名を挙げてみるか‥‥
「ふーん‥‥じゃあキラには?」
「何度もある」
「それって感謝して?」
「感謝というより‥‥励ましたりとか、慰めてもらったりとか‥‥」
ふむ。俺とキラが同等‥‥と言うよりアスランとキラが別物なのか‥‥?
あとコイツが親しそうなのって‥‥
「キサカ‥‥さんだっけ?あの人は?」
「そりゃ何度もある」
「じゃあ何でアスランにはないのさ?感謝した事とか、ないの?」
「う‥‥」
カガリはさっきより頬を赤くして黙り込んでしまった。
やっぱり本人無自覚で、アスランの事別扱いしてるよな‥‥それが恋愛かどうかはわからないけど。
「わ、わかった。じゃあアイツが無事帰ってきたら、やる」
その言葉に俺はブッと吹き出した。
そんな決めて無理矢理やるモンか?
俺はファイルを腹に抱えて大笑いしてしまった。
「何だよ、そんなに笑う事かよ!」
明らかに気分を害したらしいカガリを見ても、まだ笑いは収まらない。
目尻に涙を浮かべながら俺は声を絞り出す。
「あははははははっ‥‥その時は、是非、俺の目の前でやってほしいものだね‥‥」
まだ笑いを止められない俺からカガリはファイルをひったくって言った。
「お前といい、アスランといい‥‥ザフトって笑い上戸な奴が多いんだな!」
一瞬で笑いが止まった。
アスランが笑い上戸?
「アスラン‥‥って笑い上戸なの?」
「そりゃ今は笑ってられる状況じゃないけどさ。普段はそうだろ?
大して笑う所じゃない事で大笑いしてたから」
‥‥どう考えても俺にはアスランが笑い上戸だった、という記憶はない。
それどころか笑っている顔さえ浮かばない。
仮に浮かんだとしても、すましたような笑みや、上官に対する会釈とか‥‥
だいたいカガリがいつアスランと笑いあえる状況があったというのだろう‥‥
急に黙り込んでしまった俺に、カガリは不思議そうな顔で尋ねてきた。
「どうした?トイレか?」
その気の抜けた問いかけに俺はガクッと肩を落とした。
でも‥‥今にそんな口、聞けなくしてやるぜ。カガリから顔を隠してニヤリと笑う。
「いつ、アスランの笑ってる所、見たんだ?」
「え‥‥」
一瞬カガリが絶句した。これは俺たちの知らない何かがある、俺はそう確信した。
「お前、負傷したアスランを保護したって言ってたよな?その時か?」
俺は絶対それはない事をわかっていながらそう問うた。
その時キラはMIA扱いだった。
キラの友人であるこの2人がそんな状況で笑いあえるとは思えなかった。
「あ‥‥いや‥‥あの時は流石に‥‥」
「だよな。じゃ、その次会った時か?アスランがオーブに来た時。
あの時俺も久しぶりにアスランと再会したけど、アイツ、まだ迷ってる感じで
笑えるような状況じゃなかったと思うんだけど‥‥カガリと会話した時は違ったのかな?」
「あ‥‥あの時も流石に‥‥」
カガリは明らかに動揺している風だ。目が泳いでいて落ち着きをなくしている。
その様子を見ているだけで相当可笑しかった。
「じゃあ宇宙にあがってから?」
「‥‥」
もうこれはダメだと思ったのだろう。カガリは黙秘権を行使することにしたらしい。
口を真一文字に結んで、むっつりしている。
「あれ〜?じゃあカガリはいつアスランが大笑いする所なんて見たんだ?
俺はそんなアスラン、見た事ないけど──?」
少し大きな声で言ってやると、ますますカガリはキョロキョロ、そわそわしてきた。
が、ポンと手を打ち、やっと俺を見た。
「キラが教えてくれた!『アスランは笑い上戸だ』って!」
‥‥嘘がヘタだな、姫さん。まだまだだぜ。
「じゃあキラが戻ったら俺も訊いてみよ──っと」
カガリはビクッとしたかと思うとまたまた挙動不審に陥った。
こいつ、可笑しい──!俺は堪え切れなくてまたまたバカ笑いしてしまった。
それでもこみ上げてくる爆笑の渦を抑えながら、俺は訊いてみた。
「なぁ‥‥本当のコト、話してみる気にならない?」
「ならない!」
こ、こいつって‥‥こういう返答をした時点で“何かありました”
って語っているようなモンじゃないか。
「いいじゃない、減るモンじゃないし」
「減る!だいたい何でお前に話さなきゃならないんだ!」
カガリは急に踏ん反り返って、ふんっ、と息を吐いた。
こいつ‥‥開き直りやがった‥‥
まあそれならそれで、他に攻めようがあるけどな‥‥
「アスランと会ったのって開戦前?それとも戦争中?」
「知らんっ!」
そんな簡単に口割らないか。じゃ次。
「アスランの笑いのツボって何だったわけ?参考までに是非聞きたいなぁ‥‥」
「知らんっ!くすぐれば笑うんじゃないのか」
「なるほど。カガリはくすぐったんだ、アスランを」
「違うっ!蟹を見ただけなのに何故か大笑いしやがって──」
「かに?」
そこで漸くカガリは自分の口を両手で押さえた。手に持っていたファイルがぷかぷかと宙を漂う。
──これだけじゃわけわからん。かにって‥‥あの“蟹”だよな?
料理に出てきたのか、海か川か、どこか屋外での出来事なのか‥‥
さて、今度はどう攻めようかと思案を巡らせていると、カガリを呼ぶ大きな声がした。
その声の慌てぶりに俺たちは何事かとそちらに目をやる。
前にアークエンジェルで見た眼鏡のかわいい子だった。
「カガリ様!キラくんから通信入りました!それで‥‥」
俺たち2人は大きく目を見開いた。
「わかった!すぐ戻る!」
そう言ってカガリはファイルを手に取り、彼女の方へ勢いをつけて向かおうとする
「いえ、アークエンジェルのブリッジに行って下さい!そこで詳しい話を──」
俺は飛び出しかけたカガリの腕を捕まえたまま
アークエンジェルのブリッジの方向へと向かった。
「こっちだ、行くぞ!」
「艦長!キラから通信が入ったって‥‥!」
扉が開くと同時にカガリはそう叫びながらブリッジに飛び込んだ。
俺もその後に続く。
「カガリさん‥‥!」
艦長さんはカガリを受け止め、両腕を掴んだ。
「戻って来てるのか?アスランは‥‥!」
「今説明するから少し落ち着いて」
カガリは大きく開いた目を閉じ‥‥そうして再び艦長をじっと見た。
「アスラン君はプラントを脱出したそうよ。無事、という訳ではないらしいけど‥‥」
「どういうことだ?」
詰め寄るカガリに艦長さんは落ち着かせるように掴んでいた腕から手を離し、肩に触れる。
「肩を負傷しているらしいわ。大したことない傷らしいけど‥‥お父さんに、撃たれた、と‥‥」
カガリの肩がビクッと痙攣したのが遠目からでもわかった。
どうやらアスランは父親と決裂したようだ──別に驚きゃしないが‥‥
カガリは俯いて黙り込む。そんなカガリに艦長さんは話を続けた。
「それでね、2人はこちらに戻ってきているのだけど‥‥それが2人だけではないらしいのよ」
カガリはゆっくりと顔を上げ、艦長さんに話の続きを促した。
「ザフトの艦が、一緒だそうよ。捕らえられたアスラン君を奪還して。
その艦に乗っているのは──あなたもよく知っている人物よ。カガリさん」
一拍おいて、艦長さんは静かに告げた。
「アンドリュー・バルトフェルド」
「‥‥砂漠の‥‥虎?」
それには俺も驚きを隠せなかった。
あのコーヒー好きの隊長は戦死したと報告を受けたはずなのに‥‥生きていたとは。
「あいつは‥‥キラが‥‥」
艦長さんは小さく頷いた。
「私達もそう思っていたけれど‥‥キラ君が実際見て、話したそうだから間違いないわ。
私は彼らをここへ受け入れようと思っているの」
──あの隊長はザフトから離反したってわけか。彼がザフトを抜けた理由は何だろう。
俺には想像もつかないが──あの男ならやりそうだ。
「クサナギの──キサカは、何と?」
「キサカ一佐も了承してくれました」
「そうか‥‥勿論キラも‥‥」
「ええ」
俺はカガリの後姿を見た。どうやら彼女には様々な葛藤があるようだった。
レジスタンスで砂漠にいたんなら、そりゃ色々と思う所があるだろう。
「それなら私も構わない」
カガリは力強い声音でそう言い切った。
それを聞き艦長さんは優しく微笑み、頷いた。
「じゃあ私は一旦クサナギに戻る」
そう言ってカガリは振り返り、ブリッジを出ようとした。その背中に艦長さんが付け加えた。
「あ、それと‥‥」
カガリは身体ごと振り返って艦長さんの言葉を待った。
「その艦の指揮官は、ラクス・クライン。プラント前議長のご息女、です」
カガリは一瞬目を見開き、しかしすぐ頷くとブリッジを出て行った。
俺もカガリを追ってブリッジを出た。
今は休憩中なのか、ブリッジにミリミアリもいない。そんな所に俺がいてもしょうがないし。
「ちょっと待てよ!」
俺は前を行くカガリを呼び止めた。
カガリは移動ベルトから手を離し、俺が近づくとまたベルトに手を置いた。
「お前、知ってるか?ラクス・クラインって‥‥」
「アスランの婚約者だろ?良かったじゃないか。アスランも彼女の事は気にかけてたし。
“プラントで独りで戦ってる”って」
俺の前を行くカガリの表情はここからでは窺い知る事はできない。
しかし声の調子は至って普通だったので、あまり気にしなくてもいいかな‥‥?
「今からクサナギに帰るのか?」
「ああ‥‥」
そう言っている間にも俺達はメンデル内部へと続く扉へと近づいていく。
「ありがとな」
急にカガリは振り返り、親しげな笑みを浮かべた。
何に対しての礼なのかわからず、俺がキョトンとしていると
「オーブからメンデルに着くまで。お前と話せて良かった。随分と気が紛れて‥‥さ」
ああ‥‥彼女にはいろいろあったからな‥‥この短い間で。
まあ俺も随分暇潰しできたし。‥‥かなりスリリングな暇潰しではあったが。
「俺の方こそありがとう」
「は?何が?」
「あ、呼んでるぞ、あそこ」
カガリの疑問はそのままに、俺は扉の前で待ち構えている眼鏡の女の子を指差した。
カガリがクサナギに戻ってから、何故かミリアリアが一緒に食事を摂ってくれるようになった。
──2人きりっというわけにはいかなかったが。きっとこれはカガリ効果なんだな、と。
そういうわけで、礼の理由を言いたくない俺は、不服そうなカガリに早く行けよ、と促す。
渋々カガリは眼鏡の女の子の方に向かいながら──くるっと振り返って言った。
「またすぐ来るから!」
──もう来なくていいって‥‥ホントに。
あとがき
これでしばらくディアッカ視点は書く機会がないと思います。
さみしいような、ホッとしたような…
本当はカガリに蟹の話なんかさせるつもりじゃなかったんですけど…
何故かついポロッと。私もビックリしました。
そして結局「カガリのアスラン像」語らせる事が出来なかったのが心残りです…
これについては後々ディアッカにもう一回頑張ってもらいたいです。それまで私が覚えているか
どうか…微妙…
次回はとうとう!アスランとカガリ、再会しますので!お楽しみに!(私が一番お楽しみ♪)