ディアッカのAA滞在日記7
「ディアッカ、ちょっといいか?」
バスターの整備もやっと一段落ついた頃、突然後ろから声をかけられた。
先程ちょっと気まずい感じで別れたので少し身構えたが、カガリは全く気にしていない風だ。
ゆっくり振り返った後、俺も普通に返事をする。
「ああ‥‥っと、おっさん、もういいか?」
隣にいたマードックに一応了承を得ようとそちらを見れば、おっさんはヤケにニヤニヤしている。
「ああ。ごゆっくり」
‥‥その表情と口調が気にはなったが、とりあえず俺はカガリについてその場を後にした。
そして進む先は、予想通りジャスティスに向かっている。
「明日朝、クサナギに戻る」
俺に背を向けた状態でカガリはそう俺に告げた。
「お前、アスランが戻ってくるまでここを離れないんじゃなかったのかよ‥‥」
まさかカガリがクサナギに戻るとは思いもよらなかった。
俺は驚きを隠しもせずそう尋ねた。
「そのつもりだったけどな。でもアークエンジェルでも‥‥多分クサナギでも
全員それぞれ与えられた仕事がある。私だけこんな所でボーッとしていても仕方ないだろ」
なるほどね。確かに宇宙に上がってから一番働いてないのはこの姫さんだろう。
「みんなやるべき事を必死でこなしている。キラも‥‥アスランも」
カガリは移動しながらくるんと俺の方を向いて、後ろ向きに進む。
「だからクサナギに戻る。そこで私のやるべき事をやる」
「ああ‥‥それがいいんじゃねーの?」
ちょっと寂しくなるけどな‥‥
「すぐにメンデルで会えるさ」
俺の心の中を読んだかのようにカガリはそう言って微笑んだ。
それからすぐ真剣な表情で言葉を続ける。
「それで‥‥さ。お前に一応許可、取っとこうと思って」
そう言った直後、2人はジャスティスのコクピット前に辿り着いた。
「今日一晩だけ、このコクピットで眠らせてくれないか?」
「はぁ!?」
何でこんな狭っくるしい所で寝るんだ?しかも何で俺に許可を取る?
俺は口をポカンと開けたまましばらく声を出せずにいたが、
俺が疑問に思っている事がわかっているかのように、カガリは言葉を付け加えた。
「今日1日だけだ。お前、アスランにこの機体の事頼まれたんだろ?
黙ってここで眠ってしまっても良かったんだけど‥‥」
真剣に俺を見つめ返すその琥珀色の瞳には勝てそうもなかった。
俺は腰に手を当て、小さく息をついた。
「‥‥わかった。ここで寝ろよ。ただし内部のモンには触るんじゃないぞ」
硬かった表情が瞬間でパアッと輝いた。
──こんな顔見たの初めてかも、と思う位眩しい笑顔だった。
目を細めてそれから視線を外し、カガリを少し横に退かせると俺はハッチを開けてやった。
カガリは物珍しそうにコクピットをキョロキョロしながら見回した。
「やっぱり他のモビルスーツより複雑そうな感じだな‥‥」
俺も内部を見た事はない。身を乗り出しカガリの横について中を覗いた。
「うーん‥‥そんな感じだな‥‥ま、操縦出来ない事はなさそうだな‥‥お前には無理だろうけど」
「私だって出来るさ!」
「OSを書き換えてもらえば‥‥な。性能は落ちるだろうけど」
そう悪戯っぽく言って隣を見れば、その横顔は本当に悔しそうだった。
が、すぐ穏やかな表情になり、ヘタに触れたりしないようにかゆっくり、
本当にゆっくりコクピットに収まった。
その一部始終を見ていた俺は、やっぱり気になっている事を訊いてみた。
「お前さぁ‥‥やっぱりスキなんじゃない?アスランの事」
普通の“好き”でここまでやるだろうか‥‥そういう意味で尋ねたつもりなのに
「そりゃ嫌いじゃないさ。好きの部類に入るよ」
と、またすっとぼけた返事がきた。今回はハッキリさせてやる‥‥
「そうじゃなくて。恋愛感情なんじゃないか?って訊いてるんだよ。」
ミリアリアの心の傷より、アスランを優先したんだぜ?お前は。
と続けようとしたがその言葉は飲み込み、別の言葉を吐き出した。
「“恋愛感情”って意味、わかるか?」
「知ってるよ、バカにしてるのか!」
あ、やっぱり?さすがに知ってるわな‥‥
カガリは一瞬ムッとしたが、すぐにやわらかい表情になり、クスッと笑った。
「勘違いも甚だしいな。恋愛感情?それはない。だってあいつ、婚約者がいるんだろ?」
「──知っていたのか?」
「ああ。キラがそう言ってたし、アスランも否定しなかったし。
私は相手のいる男に惚れるほど、バカじゃないさ」
俺はその言葉に少しの嘘もないかどうか、カガリを凝視した。
その表情は確かに冷静で、嘘を言っている様子はない。
でも──
「お前がそう思い込んでいるだけじゃないのか?」
「は?」
「無意識に心に鍵をかけているんじゃないか?“コイツを好きになったらダメだ。彼女がいるから”
ってさ」
カガリはひたすら首を傾げている。こりゃ‥‥本人思い当たる節はなさそうだ。
「まぁ今は解らなくても、そのうちわかる時が来るだろうよ。
本当に人を好きになったら、いくら相手がいてもその気持ちを止められなくなるもんさ」
──思いっきり自分の状況に置き換えて語ってしまった事に気付き、ふっと苦笑いを漏らした。
「ふうん‥‥そんなものなのか?私はそういう意味でまだ人を好きになった事、ないからな‥‥」
‥‥ただの恋愛オンチかもしれないな。もし誰かを好きになったとしても
こりゃ気付くのが遅そうだ。
「じゃあ俺はもう行くわ。そのままここにいるんじゃ寒いだろ?毛布か何か貰ってきてやるよ」
「あ‥‥お前‥‥」
カガリは踵を返そうとした俺を呼び止めた。
「もしかしてお前、そういう経験あるのか?」
「え?何の経験って‥‥ああ‥‥」
──もしかして、俺の気持ち、気付いてない?
食堂であんな指摘されたから、もう気付いてると思ってたぜ‥‥これは本当に恋愛オンチっぽいな‥‥
俺はひとつ深いため息をつき、
「ないけど──」
と大嘘をついた後で尋ねてみた。
「ひとつ訊くけどさ、食堂でミリアリアを俺に慰めさせたのは、何で?」
「何だ、急に話変えるんだな‥‥」
──全然変わってないけどね。それに気付きもしないカガリって一体‥‥
「あれは私よりお前の方がミリィの近くにいたから」
その言葉に俺は再び大きなため息をついた。
──ああ、それだけなのね。俺とカガリの位置が逆なら起こりえなかった事なのね──あ、そう。
「それにミリィとは私よりお前の方が親しいだろ?」
そう見えるか!?と思わず尋ねてしまいそうになるが、それはグッと飲み込んだ。
その代わり、自分の頬が赤らむのがわかった。
昔はいちいちこんな事でこんな反応しなかったんだけどな‥‥
自分の肌の色とドック内の薄暗さに感謝しながら、今度こそ毛布を取りに行く為カガリに背を向けた。
「じゃ、毛布を取ってくるから──」
右手を軽く挙げ、俺の顔色がバレない内にとっととこの場を立ち去った。
整備班の徹夜作業の為に置いてある毛布は確か‥‥と物置に向かう。すると
前からミリアリアがやって来ていた。
すぐこちらに気付き、複雑な表情を見せる。俺は近くまで寄ってから、お約束とばかりに声をかける。
「こんな時間にどこへ行くんだ?」
“あんたには関係ないでしょ?”といわれるのがわかっていながら俺も懲りないヤツ‥‥
「カガリの所。明日朝、クサナギに戻るって言うから」
普通に返事が返ってきた事に驚いて、俺はマジマジとミリアリアの顔を凝視してしまった。
「‥‥何なのよ、気持ち悪いわね‥‥じゃ」
立ち去ろうとする彼女の腕を掴みそうになって、慌ててそれを肩に置いた。
ミリアリアは怪訝そうに振り返った。
「何よ?」
「あいつ、カガリ。どこにいるのかわかっているのか?」
「MSドックでしょ?」
そう言うとミリアリアは肩に乗ったままの俺の手を払いのけた。
「‥‥知ってたんだ‥‥」
「そりゃね。“ジャスティスにぴったり張り付いて離れない”って。
クルーの間で知らない人なんていないんじゃない?」
‥‥そりゃ、噂にもなるか‥‥
ふと気付けばミリアリアは考え事をしていた俺を放ってドックの方向に進みだしていた。
慌てて俺は呼び止めた。
「じゃあさ!カガリの所に行くんなら、毛布持って行ってやってくんない?
今取りに行く所なんだけど‥‥」
「毛布?何で?」
ミリアリアは歩みを止め、こちらを振り返った。
そこで俺はさっきまでの経緯を説明した。
それを聞き終えたミリアリアは呆れた顔でひとつ息を吐きだし、こちらに戻って来た。
「‥‥毛布取りに行くんでしょ?持って行ってあげるわよ」
てっきり『私が取りに行くからあんたはさっさと自分の部屋に戻れば?」
とか言われるかと思っていたが、彼女について行っても邪険にはされなかった。
「カガリって、よっぽどあの人の事が好きなのかしら‥‥」
独り言かとも思ったが、ここは会話のチャンスだ。
「俺もそう思ってさっき訊いてみた。本人『違う』って言ってたぜ‥‥」
「どんな風に訊いたの?」
「ちゃんと訊いたさ。『恋愛感情なんじゃないの?』ってさ」
「ふうん‥‥それで?言葉では否定してても、少しくらい頬染める、とかあったんじゃない?」
おお‥‥!俺達、会話しているぜ!
「それが全然。恋したことがないんだとさ」
そう。むしろ頬染めたのは俺です‥‥
「そう‥‥それは‥‥かなり鈍感とか?気付いてないだけって事もあるわよね‥‥
私に頭下げたのだって、あれ、あの人の為でしょう?」
「まぁね‥‥でも‥‥」
確かにあの時のカガリの行動は、ミリアリアの為ではなくアスランの為だろう。
アスランがここに戻って来た時、少しでも居心地がいいように、と。
その為にミリアリアを傷つけ、そしてカガリは自分自身をも傷つけた。
あそこでウズミ氏の名前を出されちゃ、こちらは何も言えなくなる──
「ちょっと、『でも』の続きは?気になるじゃない」
「ああ、悪い‥‥でも、カガリがアスラン‥‥あいつを好きになる時間なんてあったのかな‥‥
と思ってね」
俺達は物置に辿り着きドアを開け、お目当ての物を探しに中へ入った。
「そんなに接触、ないはずだよな?」
今日1日で俺がカガリから聞いた話だと、キラと戦って傷ついたアスランを保護した時。
後はミリアリアも知っての通り。オーブで、ということになる。
恋愛に会った回数は関係ないとわかっているけれど‥‥
「会った回数は関係ないでしょう」
‥‥どうやらミリアリアも同じ事を考えていたようだ。
俺は毛布を手に取ってミリアリアに渡した。すると何故か怪訝そうな顔をして俺を見る。
「んじゃ頼んだぜ」
その表情を不思議に思いながらも物置を出ようとした時だった。
「なーんだ、アンタは来ないの‥‥」
えっ‥‥
俺は反射的に振り返った。まだ一緒しててもいいのか‥‥?
「まぁ、いてもジャマか‥‥じゃあね。おやすみ」
つれない一言で俺を天国から地獄に突き落とし、彼女はとっとと俺の脇をすり抜け部屋を出て行った。
俺はその場でしばらく呆然とし、大きなため息をついた。
いつまでもここにいても仕方ない。自室に戻ろう‥‥と再び部屋を出ようとドアの方を向くと
そこにはミリアリアが顔だけ出してこっちを見ていた。
「うわっ!」
「何よ、急に大声出さないでよ。びっくりするじゃない!」
「ご、ごめん‥‥」
謝りながらも、だって仕方ないだろ‥‥と心の中で呟く。
「今日はありがと」
突然のミリアリアの言葉に俺はしばらく言葉が出なかった。
今俺の顔はかなり情けない顔をしている事だろう。
ミリアリアはひとつ息を吐くと再び俺の前から立ち去ろうとした。
「ちょ、ちょっと!それって一体何の礼?」
すると彼女は首だけを動かして決まり悪そうにぼそっと呟いた。
「いろいろ‥‥よ。わからなければ、いいわ」
今度こそ彼女は俺の前から立ち去った。
──何だか知らないが、礼を言われてしまった‥‥
今は頭が混乱して冷静に物事を考える事ができそうになかった。
後で暖かいベッドの中でゆっくり考えよう‥‥と、俺は軽い足取りで自室へと向かった。
br>
あとがき
後半間違いなくディアミリになってしまいました…あれあれ〜?
この後ミリアリアはカガリに毛布を持って行きますが、既にカガリちゃんは夢の中…
ということで、ミリアリアとカガリの会話はまた後日…ある…かな?
ディアッカ〜日記も残すところあと1回…。
でもディアッカ視点のお話は書いてて楽しかったので、また書くと思います。
…かなり先になると思いますが。
そしてやっぱり日記シリーズのタイトル変えたい…だって全然日記じゃないし…
次回は「ハウメア」です!