ディアッカのAA滞在日記6




ミリアリアが自分の内の哀しみを流し出した後、
俺達は3人はすっかり冷めきった食事をポツ、ポツと口に放り込んでいた。

一応食堂の隅にいたので、目立ちはしていない筈だ‥‥と思いたかったが、 そんなにワケにはいかなかった。
やはり食堂にやって来た何人かは俺達の状況を見てギョッとしていたそうだ。
唯一食堂全体を見渡せる位置に座っていたカガリが後にそう言っていた。
まだ食堂内にいる人数が少なかった‥‥というのが救いか。

しかし徐々に食堂内に人が集まってくる時間帯だ。
流石にミリアリアも状況を察知して涙を止めるしかなかった。
それでも泣き止んだその顔は案外すっきりした表情だったので、俺は安心した。
でも‥‥泣き止んでさえくれれば、別にあのままでも良かったんだけどな‥‥

ミリアリアの涙が渇き、とうとう俺から身体を離す時の事だった。
「‥‥もう、いいわよ」
小さな声でそう聞こえたが、俺は聞こえない振りをしてそのまま彼女を包み込んだままだった。
そのうち俺が離さないのに業を煮やして、自分の涙に濡れた俺の胸をドンッと突いた。
「いつまでやってんのよ、とっとと離しなさいよ!」
胸に伝わってきたその力強い衝撃に安堵しながら、 俺は名残惜しげに腕を解きミリアリアを解放したのだった。

その後ミリアリアとカガリは、仲の良い友人同士のように楽しげに食事を続けていた。
「カガリはどうしてこんな男と仲良く話してたりしたの?」
「ああ、それは‥‥プラントってどんな所か知りたかったし‥‥」
「プラントに興味あるの?」
「プラントっていうよりも‥‥あいつが戻って行くところがどんな所か気になったからな」
話題がそっちの方向に行くからか、カガリは少し言葉に詰まっている。
「あいつって‥‥あの人、ね‥‥」
また話を蒸し返してるじゃないか‥‥ったく。
俺が話の矛先を変えようと新たな話題を‥‥と思う間もなかった。
「あの人のこと、随分かっているのね。カガリは」

ミリアリアが言った言葉に、カガリはキョトンとした顔で応えた。
確かにカガリのアスランに対する信頼は異常かもしれない。
そんな密度の濃い付き合いがあったとは思えないのだが‥‥
やっぱりこいつは誰でも信用しちまう世間知らずのお姫様、なのか?

「キラと友達だから?」
カガリは更に問いかけるミリアリアに、少し考えてから答えた。
「‥‥いや、そうじゃないな。キラと友達だと知ったのは再会してからだけど‥‥」
‥‥ん?何だか俺が聞いた話と矛盾している気がするんだが‥‥
アスランを保護した時、初めて会ったんじゃないのか‥‥?
確かアスランとキラが友達だって知ったのはその時だって言ってなかったか──?
「じゃあ、何故?聞かせてくれる?カガリがこうまでしてあの人を庇う理由を」

俺の予測では、カガリは多分理由なんか関係なしに感情でああしただけだと思う。
自分の心のアンテナで人の良し悪しをを判断しているだけじゃないだろうか‥‥
それだけでは説明つかない所もあるけどな。気にかけすぎな所とか‥‥

ずっと腕を組んで考え込んでいたカガリはスッと顔を上げ、ミリアリアを見た。
「だってあいつ、本当にいいヤツだぞ?」
「どうしてそう思うの?そんなに長い付き合いでもないでしょ?」
やっぱり彼女もそこが疑問のようだ。
「長い付き合いでなくても、そういうのってわかるモンじゃないか?」

‥‥その言葉には同感だ‥‥
俺だってそういう経験、今してるしな‥‥
ミリアリアも何か思う所があったようだ。俺の方をちらりと見て言った。
「じゃあまた後で教えて。2人っきりの時に」
「そういうのは人に聞くより自分で感じた方がいいと思うけど‥‥まあいいや。わかった。 ミリアリアがアイツの話を聞いても平気になったら、いつでも聞きに来いよ。」
2人は頷き合うと、何事もなかったかのように食事を再開した。
「おい、お前ら感じ悪い‥‥」
何で2人っきりの時に、なんだよ‥‥俺にも聞かせてくれよ‥‥
恨めしそうな視線を向けても、女子2人はただ黙々と食事を続けるのみ。
俺は頭の後ろで指を組んで行儀悪く身体を反らせる。
「これってコーディネイターに対する差別だよなぁー」
「あのなぁ‥‥」
カガリが呆れたように俺を見た。
「別に仲間外れにしてるわけじゃないぞ。 私が話さなくてもアスランの事はお前の方がよく知ってるじゃないか」
「カガリがどう思ってるのか聞きたいんだろ‥‥」
今日それを俺が何回お前に聞いたとおもってるんだよ‥‥
「そんなモン、聞いてどうするんだよ‥‥」
「そうよ。女の子同士の秘密の会話を聞きたがるなんて、どうかと思うわ」
ミリアリアの援護の言葉に、カガリは小首を傾げていたのを、俺は見逃さなかった。
この2人の見解には少し食い違いがあるようだ。

「カガリ、あんまりこんなヤツと仲良くしない方がいいわよ」
ミリアリアはフォークで俺を指差しながら言い放つ。
「え、でもコイツ、なかなか面白い奴だぞ」
──おいおい。アスランは“いい奴”で俺は“面白い奴”かよ‥‥
「顔はね。だいたいカガリ、この男に何ベラベラしゃべっちゃったのよ」
こらカガリ!余計な事言うなよ‥‥!っていうか『顔はね』って何だよ、ミリアリア‥‥
俺は肩を落としそうになりつつも、カガリに睨みをきかせる。
カガリはそんな俺の視線に気付き、目を泳がせた。
「何って‥‥いろいろ話しちゃったなあ‥‥私もいろいろ聞いたけど‥‥」
何も言うな〜言うなよ〜と呪いをかけそうな勢いで俺はカガリを睨み続けた。
「でもディアッカが捕虜になってからの話は聞いてないなぁ‥‥」
「捕虜捕虜言うなって言っただろうが!」
俺の怒鳴り声を無視して、ミリアリアは涼しい顔だ。
「なんだ。その話なら私がくわしーく教えてあげるわよ」
「そうか?でもいいよ。別に興味ないし」
「それもそうね」

‥‥お前ら、本気で俺を怒らせたいようだな‥‥!
「さっきも言ったけど、人に聞くより自分の目で確かめた方が確実に相手の事がわかるだろ? だからいいんだよ。百聞は一見にしかず、だな」
それを聞いてミリアリアは苦笑している。
──カガリの言ってるのって俺の事だよな‥‥? 人に聞かなくても俺の良さはわかってる、って事か?
何だ、結構いいヤツじゃないか。カガリ姫!
「で、ミリアリアはどう思ってる?こいつの事」
お、お前!いきなり心臓が口から飛び出しそうな事訊くなよ!
「別に」
ほーら‥‥たった一言で撃沈じゃねーか‥‥俺が。
「昼に食堂で2人が喋ってるの見た時は仲悪そうに見えたんだけど‥‥ ここでこうやってると、そうでもないんだよな‥‥」
ミリアリアは一瞬動きが止まったように見えたが、
「やだ、なーにそれ」
と笑いながらサラダに手を伸ばしている。
カガリ‥‥!本当にそう見えるのか!? そう尋ねたいのは山々だったが、その言葉は飲み込んだ。
カガリからもっと言葉を引き出せる質問を‥‥
「それって俺達、実は仲良しだと思うって事か?」
「あんた!何訊いてるのよ!」
ミリアリアはフォークをトレイにガチャッと荒々しく置き、俺を睨みつけた。
「いや、そうじゃない」
‥‥じゃあ、どういう意味なんだよ‥‥
小さく肩を落とす俺にミリアリアは勝ち誇った顔を向けて小さく舌を出してきた。
そんな仕草もまたかわいい‥‥
思わずボーッと見惚れていると、カガリは続けてとんでもない事を言い出した。
「ディアッカはミリアリアの事、かなり気に入ってるように見える。 だいたい嬉しそうに話かけるのはディアッカからみたいだし」
「おまっ‥‥!」
カガリの発言を止めようとしたが、遅かった‥‥俺は顔が火照ってくるのを感じながら 肌がこんな色で良かった‥‥!と心底思った。
「何言ってんの!カガリ」
ミリアリアの慌てた声が聞こえてはくるが、俺はその表情を確認する事ができなかった。

「でもミリアリアも言葉はキツいけど、ディアッカの事、嫌ってないと思う」
恥ずかしくて俯きがちだった顔を俺は瞬時に上げた。
その時の俺の顔はきっと 鳩が豆鉄砲食らったような顔だったのだろう。
カガリは苦笑しながら言った。
「だって、本当に嫌ってたら話しかけられても返事したりしないだろ」

‥‥確かにそうだ。そうだけど。
その返事っていうのは冷たい言葉の刃なんだぞ‥‥?切り刻まれるんだぞ?充分傷つくんだ‥‥
でも‥‥
俺がナチュラルの女に殺されそうになった時、身を挺して助けてくれるような娘だ‥‥
本当は自分が俺を殺したかっただろうに‥‥
優しいから‥‥優しすぎるから、 誰も相手などしてくれない俺を構ってくれてるだけかもしれないじゃないか──

そうカガリに反論したかったが、俺の思考をミリアリアに肯定される事が怖くて何も言えなかった。
勿論今、ミリアリアがどんな顔をしているのかも確認する事ができなかった。

「あのねぇ‥‥カガリ‥‥」
しばらくの沈黙の後、ようやくミリアリアがため息まじりに言葉を発したその時だった。
「ミリィ!そろそろ交代の時間だよ!」
食堂の出入り口からこちらに向かって呼びかけてくる声がした。
‥‥サイだ。サイ・アーガイル。
ミリアリアは勢いよく立ち上がり、振り返って
「すぐ行く!」
と返事した。

3人ともいつの間にか食事を終えていた。
ミリアリアはカガリに
「じゃあ、またね」
と軽く右手を挙げ、自分のトレイを持って立ち去ろうとした。
‥‥と、すぐに立ち止まりこちらを振り返った。
「カガリ、これからは私の事『ミリィ』って呼んで」
「ん、わかった。『ミリィ』な」
そう言ってカガリも軽く右手を挙げる。
「あの‥‥俺は‥‥」
もしかして今がチャンスかも!と思い、小声で遠慮がちに尋ねてみたが‥‥
返ってきたのは
「は?何か言った?」
という冷たい声だった‥‥

ミリアリアが去り、残された俺とカガリももう食堂には用はない。
のだが何となく黙って座ったままだった。
ここにこうしてじっとしているだけならば‥‥
「おい」
俺は沈黙を破った。少々キツめに睨みつける。
「何でミリアリアにアスランの話題なんか振ったんだよ」
「黙ってられなかったから」
「お前なぁ!」
俺はテーブルをドンッと叩いて立ち上がり、カガリに怒鳴った。
「びっくりするだろ。とにかく座れよ」
ちっともびっくりなどしていない平然とした声にますますイライラして カガリの言葉に従う事などできなかった。
立ったままぴくりとも動かずに睨みつけたままの俺に、 カガリはふぅっとため息をついてぽつりぽつりと話し始めた。
「何日かすればアスランは『ここ』に戻ってくる。クサナギではなくここ、アークエンジェルに。 その時はもう味方だ。嫌でも顔を合わせなきゃならない。 その時平気でいられる覚悟は必要だろ?伸ばし伸ばしにしてても仕方ないじゃないか」
──俺はゆっくり息を吐いて、椅子に座った。
「ミリィだってそれをわかってる。そう感じたけど。お前はどう思った?」

──彼女は、優しい。そして強い。だからこそ必死で努力して──そういう娘だ。
でも俺は、彼女に無理なんてさせたくないんだ──
「彼女の立場ならコーディネイターを憎んでもおかしくはない。 なのにお前と仲良くしているじゃないか‥‥」

ふと、カガリが俺を通り越してその後ろに焦点を合わせた。
「お前にお迎えが来たようだぞ」
そう言ってカガリは立ち上がった。
俺もトレイを持って立ち上がり、そしてゆっくり後ろを振り返った。
オレンジ色の丸っこいおっさんがニコニコしながら俺を手招きしている。
今回ばかりはちょっと助かった。何か──体を動かして頭を冷やしたかった。

「じゃあな」
トレイを返却口に戻しに来た2人もここでお別れ。
俺の数メートル先を進んでいたカガリが突然速度を速め、さらに俺から離れていく。
何を急いでいるのか尋ねる間もなかった。何なんだあいつは‥‥
俺は苦笑を浮かべて、その後姿を見送った。










あとがき
何度も書き直しました、この話。
最初書いた話よりちょっとはマシになったとは思うんですけど…
ミリアリアの前なのに、どうしても「アスラン、アスラン」連発させてしまいがちでした…
結局そうなってるんですけどね…許して、ミリィ。
今回の話は「ディアッカの『天国と地獄』」でもよかったかもしれませんね…
今回だけでなくこの日記シリーズは全部そうかも…タイトル変えようかな…
次回はもっとディアッカに優しい話になりますように…