ディアッカのAA滞在日記5




全く人使いの荒いおっさんだ。
整備の腕は悪くない。というか、いい。
一回りは年下の俺の言葉にも熱心に耳を傾け、吸収する所は吸収する。
向上心の塊のおっさん。だから‥‥
ついつい時間を忘れて、昼食を摂るにはかなり遅い時間になってしまった。
かといって夕食にはまだ早い。
だいたいこのおっさんは腹減らないのか? こんなでっかい体抱えてるくせに。
ちなみに俺は朝方2回も食事を摂ったからか、普通の減り具合だが。
とりあえず一段落つけて、食堂へ行こうとジャスティスの側までやって来た。

辺りをキョロキョロ見回すが、姫さんの姿が見えない。
あーあ、痺れを切らして先に1人で食堂に行っちまったか──
と後頭部を手で押さえて、天を仰ぐと‥‥

「うわっ!姫さん、そこにいたのか!」
姫さんはジャスティスと目線を合わせた辺りで、ぷかぷか浮いていた。
その姿はまるで真剣にジャスティスとにらめっこしているみたいに見えた。
姫さんは俺の驚いた声に気付いて、こちらを見下ろしてきた。
「あ‥‥もう食堂へ行くのか?早かったな」
‥‥ボケてやがる。待たせてしまったかどうか気にして損したぜ。

人が呆れている間に、姫さんはゆっくりと下まで降りて来た。
「んじゃ行くか」
俺の肩に手を付き、上手い具合に方向転換して出口へと向かって行く。 俺もその後に続いた。

通路の移動ベルトにもたれ掛かりながら、 姫さんにさっきまでやっていた整備についてのグチを聞いてもらっていた。
「あのおっさん、ホント人使い荒いと思わないか?」
「そうか?あのおっさんはいつもあんなモンじゃないのか?」
さっきまでボケてると思っていたが、こうやって話をしていると別に普通だな‥‥
「俺、凄いこき使われてると思うぞ」
「お前の乗る機体の整備だろ?じゃあ仕方ないじゃないか。 それにあのおっさん、キラにだってあんな感じだったぞ?」
「コーディネイターをいいように利用しているのかもよ?」
冗談に聞こえるような口調で言ったつもりだったが、姫さんは真剣な表情で俺を凝視していた。
「‥‥そう感じているのか?」
低い声でそう訊かれ、慌てて返事をする。
「冗談だって!気のいいおっさんだよ。‥‥他のヤツもな」
「そっか、ならいい」
姫さんは安心したように呟いて、また進行方向に視線を戻した。
「‥‥ったく。冗談だってわかってくれよな‥‥」
小声で囁いたつもりだったが、すぐ前を行く人物の耳には届いたようだ。
「これからはシャレになるような冗談を言うんだな」
俺は苦笑しておざなりに返事をした。

本当に、ただナチュラルと戦っていた時には解らなかった事、 知らなかった事がここへ来てたくさんわかった。
ナチュラルは俺達コーディネイターと何等変わらない。
“話せばわかる”なんて言葉、少し前の俺は全く信じていなかった──
でも話さなきゃわからない事はいっぱいある。
話せば話すほど、分かり合える事もあるのだ──

食堂の前まで辿り着き中を覗くと、やはり中途半端な時間だからか人影はまばらだった。
そして彼女の姿もない──
少しホッとして、しかしかなり残念に思いながら、食事の受け取り口まで歩いて行く。

「やっぱりなぁ‥‥さっきも思ったんだが」
隣から姫さんの残念そうな声がした。何事かと隣を見ると、メニューを見て渋い顔をしている。
と、調理場に向かって叫び出した。
「ちょっと!訊きたい事があるんだが!」
一体何を始めるつもりだろう‥‥黙って一緒に調理場を覗くと、中から男が顔を見せた。
「おや、確か‥‥カガリちゃ‥‥いや、カガリ様でしたっけ?久しぶりです」
「ん。久しぶり。ちょっと訊くが、以前私がここにいた時にあった‥‥」
「ああ、ケバブね」
ケバブ?はて、何処かで聞いた事があるような‥‥
「そうそれ!もうないのか?」
すると男は申し訳なさそうに言った。
「あれね〜、砂漠にいた時の期間限定メニューだったからなぁ‥‥ 確かよく食べてくれてたよねぇ‥‥ホント悪いけど‥‥」
「ふーん、もう作ってないのか‥‥じゃあいい。仕事ジャマして悪かったな」
別段怒っている様子もなく別のメニューを注文する。ただ訊いてみただけだったのだろう。
姫さんに続いて俺も食事を手にした。

人影はまばらなので別に隅っこに行く必要はない気はするのだが、 2人とも無言で前回座っていた席に腰を下ろした。
俺は早速アスランについての話の続きを訊いてみる事にした。
今は確かに中途半端な時間だが、あと30分もしたらきっとどんどん人は増えてくるだろう。
そうなる前に話を始めたかった。

「では早速だけど、姫さんのアスラン像って‥‥?」
「あぁ、そんな話をしてたっけ」
‥‥忘れてたのかよ。やっぱりボケてきてるのか、この姫さんは‥‥
姫さんはサラダを口に入れると、暫く咀嚼した後、話を始める為に口を開きかけ‥‥ その動きが止まった。

おいおい、もしかしてまたマードックのおっさんか‥‥?
まさかな‥‥と カガリの視線の先を追う為振り返ると、
食堂の出入り口の所にはなんとミリアリアが1人ぽつんと立っていた。
な、何でこんな時に‥‥!
俺は微妙な感情を抱えつつ無意識に彼女を凝視していた。
すると俺の前に座っていた姫さんが急に立ち上がった。
そしてフォークを持ったまま右手を挙げ、大きく左右に振りながら叫んだ。
「おーい、ミリアリア!‥‥だっけ。ここで一緒に食べないか!」

!!この姫さん、何てうれし‥‥いやいや、何を言い出すんだ!
ここに呼んだらアラスンの話なんか出来ないじゃないか!
姫さんの意図が掴めず、混乱した頭を落ち着かせようとしている俺の耳に
さらに追い討ちをかけるような言葉が飛び込んできた。
「いいですよ」
思いもよらなかった返事に、俺は思わず彼女をマジマジと見てしまった。
そのまま固まってしまった俺をよそに、話は徐々に纏まりつつあった。
「おう、待ってるから早く来いよ」
姫さんはそう言って手を振った後、すとんと座ってフォークをトレイに置いた。
すぐさま俺は姫さんに小声で問い詰めた。
「一体どういうつもりだよ!」
するとカガリは少し視線を落として呟いた。
「話があるんだよ、私が」
姫さんの一連の言動に、何だかイヤ〜な予感がする。 俺の背中をツーっと嫌な感じの汗が一筋、流れた。
「お前、何話すつもりだよ。変な事訊くつもりじゃないだろうな?」
俺がそう言うと、姫さんはますます顔を俯かせた。
姫さんがミリアリアと何を話すつもりなのかまったく見当はつかないが、 このイヤな予感は信じていい気がする。
黙り込んだままの姫さんにさらに問い詰めようとしたその時
「お待たせ」
俺の頭のすぐ後ろから声がした。──ああ、もう終わりかもしれない‥‥

「お、まあ座れよ」
俺の問いかけには全く答えようとしなかった姫さんが、 急に顔を上げて、空いている席に座るように勧めている。
その姫さんの表情は一見普通だが、よく見れば少し思いつめたような不自然な表情に見える。
そしてミリアリアの方はと言えば、勧められるまま俺の隣に腰を下ろす。
いつもならこの状況は非常に喜ばしい事なんだか、 今は流石に手放しで大喜び、と言う訳には全くいかない。

やがて3人は黙々と食事を始めた。
周りに人がいないせいでか、とても静かに感じる。
まだ嫌な予感を拭い取ることが出来ない俺は視線を隣に向けることも出来ず、 上目遣いで姫さんを睨みつけた。
とにかく余計な事をしでかしてくれなければいいのだが‥‥
そんな俺の視線に気付きもせず、姫さんは食べ物を口に運んではちらちらミリアリアを見ていた。
‥‥一体何考えてるんだ‥‥!

すると漸く姫さんは俺の視線に気付いたようだ。
俺と目を合わせると、急になんとも言えない変な顔になった。
そしてすぐ視線を逸らせると フォークをトレイに置き、真剣な表情でミリアリアを見据えた。
「なぁ、ミリアリア」
いつもより固めに響く姫さんの声に、ミリアリアも顔を上げた。
姫さんの表情に何か感じるものがあったのか、 ミリアリアの方もフォークを置いてカガリをじっと見た。
「なんでしょう」
‥‥本当にヤバい気がしてきた‥‥
どんなに文句を言われても ここは俺が割り込んだ方が良さそうだ、と口を開きかけるが一歩遅かった。
「アスランの事、どう考えてる?」
──その名前をだすのかよ!
俺はただ単純に怒りを覚えて右手でバンッとテーブルを叩き、勢いよく立ち上がった。
その大きな音にミリアリアはビクッと肩を震わせた。“音に”ではなかったかもしれないが。
そしてカガリの方はちらりと俺の手を一瞥しただけで、再びミリアリアに視線を送った。
何事もなかったかのようにさらに話を続けようとするカガリに さらに怒りを覚えながら俺は怒鳴った。
「そんな話、しなくていいだろうが!」
「あんたは黙ってて」
その声は思いもかけない所から聞こえてきた。
硬いが、しっかりとした声音に俺は驚いて 思わず彼女を見下ろした。
彼女の方は俺の方を全く見ておらず、ただまっすぐ前を、 カガリを見つめたままゆっくり口を開いた。
「座りなさいよ」
──俺にかけた言葉だと理解するのにしばらく時間がかかった。
俺はゆるゆると体の力を抜き、すとんと椅子に座った。
目の前の金髪の少女を睨みつけたまま。

「どうしてそんな事訊くの?」
俺が座って少しして、ミリアリアが重い口を開いた。
「あいつが戻って来たら、仲間として一緒に戦う事になる。 ──お前はそれでいいのか?」
2人は自分の発する言葉を整理しているかのように、ぽつりぽつり、間をとって会話し始めた。
「この状況下で仲間が増えることは、いい事だと思うわ」
「そういう客観的な意見を訊いているんじゃない。お前の個人的な意見を訊いている。 アスランが戻って来たら──ここ、アークエンジェルで行動する事になると思う。 それでも──」
「いいんじゃないですか?──実際、帰って来られるかどうかは別にしても」

最初はそれなりに敬意を払って話していたミリアリアも、段々と口調がきつくなっている。
そしてとうとう、カガリにとって今一番触れて欲しくないであろう話題を投げつけた。
──まぁ、それはお互い様だが。
こうなったらもう俺には口出しできない。
黙って静観する事に決め、腕と足を組んでカガリの次の言葉を待った。

「──帰ってくるさ。キラが一緒なんだから。そうだろ?」
自分の友の名を出され、今度はミリアリアが言葉に詰まった。
そのまま黙って俯いているミリアリアに続けてカガリは優しく語りかけた。
「アスランが憎いだろうとは思う。そりゃそうだろう。 多少は時間が解決してくれたかもしれないが‥‥それでもしこりは一生残る。 わかってるんだ。それは。でもあえてお願いしたい。赦してやってくれ。あいつを。 今でなくていい。いつかは‥‥」
そう言うとカガリはゆっくり立ち上がった。そしてミリアリアに向かって深々と頭を下げた。

その正面にいた俺達2人は唖然とした。
特にミリアリアは。瞳をこれでもかという位見開き、 口元にあてた手が、いや、体全体が小刻みに震えている。
そして全く頭を上げる様子のないカガリ──

やがて冷静を少し取り戻したミリアリアがカガリにぶつけた疑問は 俺も不思議に思っていた事だった。
「お願いだから顔を上げて座ってよ‥‥それに‥‥何で‥‥何で、あなたが謝るの‥‥」
その言葉にカガリはやっとゆっくり頭をあげた。それでも座ることはしなかったが。
「きっとアスランは謝らないだろうから‥‥そうだろ、ディアッカ」
急に話を振られて驚きながらも少し考えてみた。
「‥‥そうだな」

あの時俺達はザフトの軍人で、彼女の彼は敵だった。
そしてあの時の俺達にとって一番正しい事はその敵を撃つ事だっだ。
『戦争』というフィールドにおいて、それは全く正しい事だ。
今更『間違ってました。ごめんなさい』とは言えない。
間違っているのはアスランの行動ではなく、戦争そのものなのだから──
たまたまアスランが撃って、彼女の彼が負けた、そして死んだ。
大きな局面で見たらたったそれだけの事だ。
勿論、この場合感情は全く無視しているが。

「じゃあ、あなたは」
ぽつり、とミリアリアが呟いた。
「‥‥じゃああなたは何故謝ってるの?あの人の代わりに?」
「‥‥それは少し違うかな」
カガリは目を伏せてしばらくそのまま動かなかった。
俺達はカガリの言葉をじっと待った。
やがて瞳を開き、しっかりと見つめてくる。何者にも負けない、強い光をたたえた瞳で。
「この戦争拡大の一端はオーブにもある。 ヘリオポリスであんなもの‥‥あのモビルスーツを造っていなかったら‥‥ お前達はヘリオポリスを失うこともなかっただろうし、戦場に出る事もなかった。 ‥‥だから謝った。私はオーブという国家でそれなりの地位にいた人間だし」
「でもあなたは‥‥何も知らなかったんでしょ‥‥?だったら謝る必要なんて‥‥」
「『上の者が“何も知らない”と言った所でそれも罪だ!』‥‥私がかつて父に言った言葉だ」

俺の目の前にいるこの少女は一体何者なんだろう?
こんな事考えてそうな奴だっただろうか?
この少女の中に“オーブ”がある──
ただただ真っ直ぐにつき進む、己の信念を曲げない国が──

俺たちの周りでだけ、しん‥‥と静かに空気が流れていた。
「今はもう父もいない。私が実質上のトップ、又はそれに一番近い者だろう。 ‥‥まだまだ頼りないけどな」
俺はミリアリアが気になってチラリと隣を盗み見た。彼女はただ、目の前の姫を見ていた。
「というか──」
悲しげな声がした方に、目の前の人物に目をやると、 唇にフォークの先を当てたり離したりしていた。
「もう“オーブ”という国は、ない。滅んだからな。 これがヘタに戦争に介入して戦火を拡大させた国の報いだろう。 私の父はその命で責任を取った、というところか‥‥」
今は閉じられている瞳から涙が流れてきやしないかと、俺はどきまぎした。
きっと隣の彼女も同じ事を考えていたのだろう、かすかに息をのむ声がした。
「だから──」
そう言いながらフォークを置き、ゆっくり上げた顔に涙は見当たらなかった。
そうして俺をじっと見つめてくる。
「お前が私の事を“姫”と呼ぶ理由は何もない。私はカガリ。ただのカガリだ。わかったか」
俺達はしばし見つめ合い──その瞳の力強さに観念して、ゆっくり頷いた。
するとカガリも満足そうにひとつ頷く。そうして今度はミリアリアの方に向き直り、再び口を開いた。
「滅んだからと言って、オーブ国民に対する責任を放棄したわけじゃない。 お前達オーブ国民を守ってやれなかった。今後オーブを取り戻した時には‥‥」
「あなたに何かしてもらおうとは思ってない」
突然ミリアリアが口を挟んだ。
「オーブには何の恨みもない。あの人にも‥‥そりゃ少しは思うところもあるけれど トールを‥‥手をかけたのがたまたまあの人だっただけ、だって‥‥そんな事‥‥ わかってるの、よ‥‥」
ミリアリアは俯いて静かに、静かに泣きはじめた。
オロオロしている俺をよそに、 カガリは慌てるでもなく少し身を乗り出してミリアリアに優しく話しかける。
「せめる様な口調になって悪かった。でもこれだけは覚えててくれ。 誰かを責めそうになった時は私の所に来い。いつでも相手してやるからな」
そう言い終えるとカガリは俺の方をジロッと睨みつけてきた。
そしてミリアリアに自分の顎を向けて合図する。
何の事だかわからずに困惑する俺に カガリはイライラした様子で口をパクパクさせた。
「な・ぐ・さ・め・て・や・れ!」
それだけでなく、手で払うようにしてまで俺にしつこく合図を送る。

そりゃ、そうできれば嬉しいけどさ‥‥絶対拒否られるっつーの‥‥
それでも俺は全責任をカガリに押し付ける事を心に誓い、 おずおずと腕を伸ばして、ミリアリアの肩に手を置いた。
その瞬間ミリアリアの肩がびくっと震えたが、そのうち顔を両手で覆って嗚咽をもらしはじめた。
さらに俺は身体全体でミリアリアに向き直り、両腕を回してそっと自分の胸に引き寄せた。
大して力を入れずともそれはすんなりと胸の中におさまった。
もう一度ちらりとカガリの方を見れば、満足そうにうんうんと頷いている。
その様子が可笑しくて、そして今の自分の顔がどうなっているのかを想像して 思わず苦笑いをもらした。
俺は自分の胸に顔を埋めて泣きじゃくる小さくか細い存在を何倍にも感じながら、 ゆっくり、さらに引き寄せた。








あとがき
苦労しました…クリスマスのラブラブ話書いた後にコレだったので…
暗っ!でも「ディアッカ日記」を書こうと思った時に、この話は書こうと決めてました。
カガリ、こんな事言わないよね…わかってるんです。私はカガリを過大評価してます。
でもSEEDのお話の中で一番成長したのはこの子だと思ってます!
そしてディアッカ。最後ちょっとおいしかったですね。 こんないい思いさせるつもりなかったんですけど…
すっかりディアミリ小説になってますかねぇ…こんなんでいいんかなぁ…
そりゃディアミリは好きなんですけど…アスカガの方がもっと好き…(変なあとがき…)