ディアッカのAA滞在日記4
食堂を出て通路を進みながら、俺は先を行く姫さんの背中を見ながら考えた。
──どう切り出そうか──
まず、彼女と例の彼氏はどれ位仲が良かったのか‥‥
そりゃメチャメチャ仲良かっただろうな‥‥そんな事、訊くまでもない。
出会った当初の彼女の様子を見ればわかる。
その‥‥トールって奴はどういう奴だったんだろう‥‥
そりゃいい奴だったんだろうな‥‥
彼女が好きだった男なんだ。悪い奴なわけない。
‥‥じゃ、俺は何を訊きたいんだろう──
ちょっと考えただけでここまでわかったんだ。
姫さんに聞いた所で絶対楽しい話になるわけがない。
──もう、やめやめ!この質問はナシって方向で!
ここは楽しく傍観者でいられるアスランの話でもする事にしよう!そうしよう!
そう考え出すと、何だか心が軽くなった気がした。
食堂での彼女のそっけなさも気にならなくなる。
そうだよ!会話ができた!それはとてもラッキーな出来事じゃないか!
まるで茨の道のように感じたこの通路も、明るく、短く感じられた。
‥‥流石に『お花のアーチ』とまではいかないが。
そうこう考えている内に、目的の場所に到着した。
前を進んでいた姫さんは迷う事無く一直線にジャスティスの許に進んだ。
そして朝一緒に食事していた場所とは別の、
丁度ジャスティスの後方にある狭いスペースに向かって行く。
いろんな機材や荷物が置いてある隙間に入り込み、まるで今からかくれんぼでもするかのようだ。
姫さんはそこから顔だけを出し、辺りをキョロキョロと見回して俺に手招きする。
何をそんなにコソコソと‥‥逢引でもあるまいし‥‥
と恐ろしい想像をしながらも
その指示に逆らうことはせずに、姫さんの許へ進んでいった。
「何なのさ、こんな所に入り込んで‥‥」
姫さんはすんなり入り込むことができるだろうが、俺にはちょっと狭い。
文句の1つも言いたくなる。
「だって内緒話なんだろ?ほら、ここに入れよ」
そう小声で囁きながら、自分の隣のあいたスペースを指す。
‥‥いや、そんなコソコソしなくても‥‥と思いながらも、素直に指定された場所へと移動する。
すっかり姫さんのペースに巻き込まれてるよな、俺‥‥
この姫さんに何を言っても無駄だろうけど、とりあえずは伝えておく。
「別に内緒話ってワケじゃないから‥‥」
「えぇ!?じゃなんで食堂で話さなかったんだよ?」
「それは‥‥食堂にいた人間の中に、聞かれちゃマズいのがいたらか‥‥
まあその話はもういいんだけどな」
姫さんはさっぱりワケがわからないような顔をして、首をかしげた。
「何がもういいんだよ」
「もう聞きたかった事は俺の中で自己解決しちまったから、いい」
「何がいいんだよ!それじゃ私が気になるじゃないか!いいから言えよ!」
姫さんは納得いかない様子でそう叫ぶ。‥‥やっぱり声がデカい。
食堂で話しなくて正解かも‥‥
しかもコイツ、俺が話すまでずっと叫び続けてそうな気がする‥‥たちが悪そうだ。
ここで叫び続けられてもアレだし‥‥まぁいっか、聞いてみる位‥‥
この場所の狭さのせいだろうか、俺はすっかり内緒話をする心境になってしまっている。
‥‥もしかして、うまくのせられてる?
「‥‥キラと一緒に行方‥‥不明になった奴の事」
ぼそぼそと聞こえるか聞こえないか位の声で囁く。
姫さんは俺の言葉を聞いて、小さく口を開いたまま考えている。
そうして申し訳なさそうに上目遣いで俺を見上げた。
「‥‥ごめん。あまりよく知らないんだ、そいつの事」
その答えに俺は大きく息をつく。
──これで良かったのかもしれない。いや、良かったんだ。
そう納得したというのに、目の前で
「ちょっと待て。思い出してみるから‥‥」
そう言って姫さんは腕組みをし、うーん、と考え出す。
「いや、知らないんなら無理に思い出さなくていいから、別に」
こういう結果になったのなら、俺としてはとっととアスラン話に移行したい。
なのに姫さんは顰めていた顔と組んでいた腕を解いて、俺をじっと見て言った。
その真剣な表情に俺は思わずゴクンと喉を鳴らす。
「確か‥‥キラの友達だ」
「‥‥それは知ってるって」
まさかの回答に俺は肩をガクンと落とす。
姫さんは俺の反応が気に食わなかったようで、少しむくれて言ってきた。
「だいたいどこまで知ってるんだ?何だかんだ言ってお前、いろいろ知ってるみたいだからな。
お前の知ってる事、言ってみろよ」
「そう、知ってるの。だからもういいんだよ、姫さんの話聞かなくてもさ」
悪あがきだとは思うが、とっととこの話は終わらせたかった。
そしてやっぱり悪あがきだった‥‥
「だから、お前の知らない事、私が知ってるかもしれないだろ?だから、言ってみろって」
‥‥俺の意志を尊重する気はなさそうだ。
俺は観念して、差し障りのなさそうな事から話そうとして口を開きかけ‥‥
“キラ達と友達”という事と“彼女の彼”という事しか知らないという事実に気付いてしまった‥‥
彼の人となりについてはあくまで俺の想像だし‥‥
「‥‥キラの友達だって事しか知らない」
そう答えるしかなかった。彼女の彼だということは、口に出したくなかった。
「ん?そうなのか?何だ、私と同じだな!」
‥‥一緒にされてしまった。
妙な気分の俺を置き去りにして姫さんは腕を組み直し、話を続けた。
「私は殆ど話した事、ないんだよな‥‥アークエンジェルと合流してからは、
キサカかキラと一緒にいる事が多かったし‥‥」
キサカって‥‥ああ、あのデカいオーブの軍人さんね。
「キラの友達だったんなら、お前がキラと一緒の時とかに接触あるんじゃないのか?」
‥‥はっ!何で俺、話を蒸し返してるんだろう‥‥!アホか!俺は!
俺が心の中でわたわたしていると、姫さんは何ら構わずに俺の問いに応えてきた。
「ん〜、私がアークエンジェルにいた頃にはキラは1人でいるか、
彼女といる事が多かったからなぁ‥‥」
「彼女!?」
俺は姫さんの話を聞き終わらないうちに、思いっきり叫んでいた。
おれの大声で、姫さんは体をビクンと震わせ、もの凄い形相で睨んできた。
「急に大声出すな!ビックリするだろう!?」
姫さんにだけは言われたくない‥‥と思いつつも素直に謝る。詳しい話が聞きたいし。
「あ、ああ‥‥ごめん。で、キラと彼女って‥‥」
もしかして‥‥ほんの少しの可能性を考えてしまう。
まさかとは思うが‥‥よく一緒にいたんなら、もしかして、キラと彼女は──
「今は付き合ってるのか知らない。今その娘、この艦に乗ってないし」
あ‥‥?『彼女』って『恋人』って意味の『彼女』か‥‥てっきり‥‥
姫さんの言葉に思いっきり安堵し、深く息を吐き出す。
そりゃそうだよな‥‥彼女に限ってそんな二股みたいな事、するわけないわな‥‥
疑ってしまった事を心の中で彼女に詫びる。
しかしあのキラに彼女ねぇ‥‥恋愛経験なんてなさそうに見えるのにな‥‥
人は見かけによらないものだな‥‥
「『キラの彼女』で思い出したけど、そのトールって奴も彼女、いたよ?多分」
物思いに耽っていた俺は、心臓が飛び出しそうな位驚いた。
突然話が核心をついるってどういうことだよ‥‥
しかし『多分』って‥‥まぁ仕方ないか。姫さんは殆ど話した事ないって言ってたしな。
「何だかペアで見かける事が多かった気がするんだ」
話はまだ続いていたようだ。
それでも姫さんが彼らの事をよく知らないみたいなので、少し安堵した。
だからちょっと悪戯心を出して聞いてみたのだが‥‥
「しかし本当に親しくなかったんだな。凄い曖昧な表現‥‥」
「どうせ親しくなかったよ!詳しく知りたきゃキラかサイって奴にでも訊けばいいだろ?」
思い切りむくれて言い放つ姫さんに向かって、心の中で突っ込む。
‥‥それが出来ないからお前に聞いたんだろーが‥‥
「それか本人。さっき食堂で話してたじゃないか」
それこそ絶対無理だ!本気で言ってるのか!?コイツは!
「姫さんは本人に『コーティネーターに殺された奴はお前の彼氏か?』なんて訊けるのか?」
「そんな事言ってないだろう!?‥‥いや、そういう事か。そうだな。悪かった」
姫さんは徐々に声のトーンを落としていき、俯いてしまった。
そんな様子を見ると、何だか俺が悪い事したみたいな気分になるじゃないか‥‥
「いや、わかればいいんだ、わかれば。ほら、顔あげなって」
思わず慰めてしまう俺‥‥すると姫さんは少し立ち直ったようだ。
顔を上げてそういえば‥‥と俺が一番訊かれてマズい事を尋ねてきやがった。
「でもお前、何でトールって奴の事知りたいんだ?」
瞬間、俺は固まってしまった。そのまま10秒‥‥20秒‥‥
結局観念して正直に答えた。自分の仄かな気持ちは隠したまま‥‥
「前に‥‥彼女に、トールって奴の事で酷い事言っちまったんだ。それでちょっと気になってな‥‥」
「さっき食堂で言ってたやつか?」
よく覚えてるな‥‥俺はその言葉に小さく頷く。
「その時の俺は、捕虜になったばかりでムシャクシャしてて、そういう配慮に欠けてたからな‥‥」
「一体、お前何言ったんだ?」
姫さんは今までにない位静かな表情で尋ねてくる。
思わず言っちまってもいいかなと口を開きかける‥‥でも‥‥
「それはカンベンして。本当に反省してるんだ」
それだけ言って口を閉ざした。
姫さんは俺の言葉に小さく息を吐き、少し微笑んだ。しかししばらくするとゆっくり俯いた。
「そういえば、さ」
徐々に暗い表情になっていく姫さんを見て、何事かと耳を傾ける。
「トールって奴討ったの、アスランだったよな‥‥それはここにいる殆どの人間が知ってるだろ?
あの娘‥‥その辺りどう考えてるんだろ‥‥」
そう呟いたきり、黙り込んでしまった姫さんに、慰めの言葉が咄嗟に口をついて出た。
「あの話の後、俺がちゃんとアスランの事はフォローしといたから!
そりゃ恨んでないとは言い切れないけど、ちゃんと彼女は理解してくれてる‥‥
しようとしてくれてるさ!」
必死でそう励ますと、姫さんはゆっくり顔を上げ、俺の方を見つめてきた。
その顔は意外としっかりしていて、でも何だか泣きそうな、そんな曖昧な顔だった。
「‥‥そうだな。でも──」
そう呟きながら姫さんは儚げな笑みを作り、そこから悪戯を思いついたような笑みに変化させた後
こう言った。
「お前のフォローなんて、何だか心許無いな」
そりゃ、俺に対して失礼だろ!──でもまぁ確かに大したフォローは出来なかったよな‥‥
ま、いっか。今の暴言は水に流してやる。
しかし、突っ込む所は突っ込んでおかないと。
「でもさ、本当に姫さんはアスランの事となると、ちょっと過保護っつーか。
心配し過ぎなんじゃないの?」
「だってアイツ、本当に危なっかしいんだよな‥‥お前はそう思わないのか?」
思いません。
しゃあないな、俺のアスラン像を聞かせてやるか。
「だからさ、アスランは確かに今は色々あって不安定な所があるかもしれないけどさ、
通常はポーカーフェイスっつーか、クールっつーか‥‥いざと言う時はそこそこ頼りになる奴じゃん」
‥‥何だかアスランを褒めているようで非常に気に食わない。
何でこんな事言ってやらなきゃならないんだよ!
しかし俺がこんなイヤな気分になりながら褒めてやったというのに、
姫さんはそれでもまだ納得いかない様子でうーん、と唸っている。
「でもそれは戦闘でのアスランだろ?プライベートでは違うんだろ?」
「アスランのプライベートを俺に訊かれてもなぁ‥‥言ったろ?そんな親しくなかったってさ
‥‥って、何?姫さん、アスランのプライベート知ってんの!?」
「知らないけど」
めちゃくちゃ驚いて問いかけたのに速攻で否定され、思わず体の力が抜ける。
こいつと話してるとこういう事、多いよな‥‥
やっぱり知らないのよな。
アスランに対する発言が断定的だからもしかして‥‥と思ったが、
プライベートでは接点はないはずだし。
気付けば姫さんはまだ不満顔でブツブツ呟いている。
「でもお前が言うアスランと私の知ってるアスラン、何だか微妙に違うんだよな‥‥」
もう考えるのが面倒になって、俺は適当に返事してみた。
「じゃあ別人なんじゃないの?」
「んなワケあるか!」
姫さんはそう叫んで、俺達を取り囲む機材の一部を拳でドンと叩き睨みつけてきた。
こわいこわい。
「冗談だってば。じゃあ姫さんのアスラン像ってやつ、聞かせてよ。『危なっかしい』以外で」
お、何だか面白くなってきたぞ。我ながらいい質問だ。
ちょっと期待を込めた瞳で姫さんを見返した。
そして考え込む姫さんを前に、わくわくして返事を待った。
すると姫さんはすっと顔を上げ、口を開いて‥‥そのまま一点を見つめたまま動きが止まった。
怪訝に思って姫さんの視線を追ってみる。姫さんは俺を通り越してずっと遠くを見ていた。
視線を辿って振り向けば‥‥
オレンジの作業着姿のまるっこいおっさんがキョロキョロしながら漂っていた。
すっごくイヤ〜な予感がするのは俺だけでしょうか‥‥?
「あれ、お前を探してるんじゃないのか?」
あ、姫さんもやっぱそう思う?俺もそう思う‥‥
マードックを見つめたまま身動きひとつ出来ず、俺は深い深いため息をつく。
その息と共に『期待』を吐き出して、
次に息を吸った時には『諦め』を一緒に吸い込んだような気分だ。
‥‥はいはい。整備は大事だよな。わかってるよ!
のろのろと立ち上がるとマードックは目ざとく俺の姿を見つけ出した。
悔しいので声をかけられる前にこちらから叫んでやった。
「何か用〜?」
するとおっさんはうんうん頷いて手招きしてきた。
重たい体を引き摺るようにして、この隠れ家のような場所から離れようとした時、
後ろから声がかかる。
「話の続きは食堂でな。さっき食べた場所でボソボソ話せば大丈夫だろ」
振り返ると姫さんも丁度立ち上がる所だった。
「姫さんは今からどうすんの?」
わかってはいたが、一応訊いてみた。
「う〜ん‥‥この辺うろうろしてるよ。今度食事行く時には声、かけろよ」
‥‥やっぱりまだまだジャスティス見学ですか。
思わず苦笑が漏れるのを隠すように頷いて
一言言ってやろうと口を開きかけたその時
「おーい!坊主!」
‥‥ハイハイ。わかってますってば。
結局言おうとした言葉は飲み込んで、俺はガサツな姫さんの許から
きたないおっさんの許へと移動を開始した。
あとがき
アスランを肴にしたお話…早くそこに辿り着きたいんですけどね。
だいたいこのシリーズにトールがこんなに出張ってくるとは、
書き始めた時には思いもよらなかったんですけど…
そりゃちょっとはトール話もさせようかとは思ってたんですけど…ここまでとは!
最初は楽しかったディアッカ視点ですが、最近ちょっと飽きて…いやいや。
あと2回か3回で終わる…予定です。まだそんなにあるのかよ!
早くメンデルに到着させて、アスランに帰ってきてほしいっす!