ディアッカのAA滞在日記3




一通りの作業を終え、腹も減った事だし…と食堂へ向かう事にした。
通路に出る直前ふと見回すと、やっぱりジャスティスを切なげに見つめている姫さんを見つけた。
俺と別れた時にいた場所から少し移動しているようだ。
しかし周りの喧騒を気に留めている様子はなく、ただ一心に鉛色の機体を見つめている。
そんな姫さんに気軽に声をかける事は出来なかった。
ただ単に今の姫さんに声がかけづらいというのもあるが、他にも理由があった。
さっき訊こうとして結局訊けなかった──トールとかいう奴の事がひっかかった。
あの時は勢いで訊けそうだったのに、それでも言いよどんだ挙句訊けなかった。
これだけ時間があくと、あの時あった勢いや勇気は自分の内の底へ沈んでしまった。
結局姫さんを見つめながら小さくため息をついただけで、今俺は既に食堂前にいた。

そこに足を踏み入れ、食堂内を見渡すと、お目当ての彼女は1人で食事を始める所だっだ。
普段なら“ラッキー!”とばかりに とっとと食事を持って彼女の隣、または正面をぶん取りに行こうとするのだが、
今日はそんな気分になれなかった。
それでもこれは数少ないチャンスと、ダメもとでトレイを持って彼女の正面に進み出る。
「ここ、あいてる?」
「後から人が来るの。他の空いてるトコ、座れば?」
俺の方をチラリとも見ずに、つっけんどんに答える彼女。
いつも通りのそっけない反応。
しゃあない、と気付かれない位の小さな息を吐き、少しだけ肩を落として
どこかここからなるべく近い場所を、と周りを見渡したその時、
俺と同じ作業着を着て食堂の入り口に立っている金髪の人間と目が合った。
「あ!いたいた!」
少女はそう叫んでテーブルの間を縫ってこちらに近寄って来た。
俺はその様子をただ呆然と見遣ったまま立ち尽くした。
食事中の彼女も怪訝な顔で俺とカガリを交互に見比べていたが、俺はそれに全く気付かなかった。

「お前が通路から出て行く姿を見たから。作業が終わったらすぐ私の所に戻ってくると思ってたぞ」
少し責めるような口調でそう言われる。
「あ、いや‥‥腹減ったもんだからさ‥‥」
ついつい言い訳がましく答えると
「そっか。じゃ、食べながら話聞くよ。私も食事取って来るからここで待ってろよ」
そう言ってミリアリアの横の席を指す。
ここであの話の続きはマズいだろ!
「やっ!ここは他の人が座るらしいから‥‥あ、あっちで食おうぜ!あっちで!」
そう言って思いっきりここから離れた食堂の隅っこの席を指差したが、隣から硬い声がした。
「‥‥私の正面の席なら人が来るけど、隣は誰も来ないわよ。ここで食べれば?」
う‥‥嬉しいが、嬉しくない!今はマズい!
「いや!今日はあそこがいいな!お、落ち着くし。な!」
「えぇ〜わざわざあんな隅っこでかよ‥‥ま、お前の話を聞くんだし、
お前があそこがいいって言うんなら、それでもいいけどさ‥‥」
もう余計な事は一言もしゃべるなよ!とにかく移動だ!移動!
「じゃ、座って待っててくれ」
俺の慌てた様子を気にかける風でもなく、姫さんは食事を取りにこの場を離れていった。
残された俺は、彼女の方を見ることもできない。
「じゃ、また‥‥」
痛いほどの視線を感じながらも、彼女を見る事ができず、とっとと立ち去ろうとした時、
彼女のものとは思えない低い声が耳に届いた。
「‥‥ずいぶんと仲良くなったものね。オーブのお姫様と‥‥」
背筋がゾク〜っとする様な、妙な情感のこもった声を聞くと、 やはり振り返ることはできず、でも一応返事はする。
「い、いろいろあってね‥‥」
「それもあんな隅っこで2人きりで食事するんだ‥‥いやらし」
「何で俺があんなガサツな姫さんと!」
思わず振り返ってしまい、思いっきり彼女の顔を見てしまった。
彼女はこちらを見ておらず、すました顔でさらに言葉を紡ぐ。
「はやく行ったら?」
取り付く島のない彼女に返す言葉もなく、
「じゃ‥‥」
と聞こえるか聞こえないか位の声で、その場を立ち去った。

俺が指定した場所には殆ど人がいなかった。
とりあえず俺は彼女に背を向ける様に腰掛けた。 いつもなら考えられない座り方だ。
それは結果として食堂全体に背を向けた形となり、
姫さんがこの場に到着したことに気付いたのは、かなり近付いてからだった。
「待たせたな」
ここに辿りついた姫さんはそう言いながら俺の正面にトレイを置いて腰掛けた。
俺は八つ当たりなのを自覚しつつも声を荒げつつ問いかけた。
「お前、ジャスティスの傍を離れないんじゃなかったのか?」
姫さんは俺の言葉で一瞬表情を曇らせたが、ふてくされた様に言い返してきた。
「仕方ないだろ?ずっとあそこにいたら、マトモな食事にありつけないし、それに‥‥」
そこで一旦言葉を切って、俺をじっと見つめてくる。
「お前がこっちに来るのが見えて‥‥お前の話が気になってたしな。 お前、凄く真剣な顔してたし‥‥」
琥珀色の真剣な眼差し。それに射抜かれて自分の顔に熱が集まるのを感じる。
何でコイツは自分の事で大変な時に、こんな強い瞳が出来るんだろう? 俺の心配などできるんだろう‥‥
結局俺はその力強い視線から顔をそむけて、呟いた。
「ちょっとこの場所では話しにくいな‥‥早く食えよ。冷めちまうぞ」
そして自分の食事に手をつける。
姫さんはちょっと首を傾げつつも、俺の言葉に納得したようで、
「んじゃ、とっとと食べるとするか!その後、聞いてやるからな!」
そう言ってパンに噛り付く。その様子を見て俺も食事に手を伸ばした。

姫さんはひたすらもくもくと食事を進める。何だか凄く急いでいるみたいだ。
早くジャスティスのもとへ戻りたいんだろうか‥‥
「‥‥お前、もしかして凄く急いで食べてないか?」
自分の食事の手を止めて、正面で女とは思えない食べっぷりを披露している姫さんに声をかける。
「そりゃそうだろ?早く食べてドックに戻ってお前の話を聞かなくちゃな!」
台詞の途中に『モグモグ』とか『ごっくん』とか聞こえてきそうな勢いで返事が返ってきた。
そんな急がなくても‥‥俺にだって心の準備ってモンがだな‥‥
「おい、とりあえず他にも訊きたい事があるからさ、それ聞いてくれよ。 だからゆっくり食べようぜ」
とりあえず食事の勢いを止めたくて、適当なでまかせを言ってみた。
すると姫さんは
「何だ、そうなのか?じゃ話せよ」
と今まで忙しなく口に食物を運んでいた動作を止め、またあの強い眼差しを向けてくる。
──何でお前はそう極端なんだ!
「あのさ、ゆっくり食べながらでいいからさ」
「ん?そうか?」
姫さんはそう言うと視線を俺から目の前のトレイに戻して、今度は普通に食べ始めた。
普通、と言うより比較的上品な食べ方だ。
──そういう食べ方も出来るんじゃねーか!

常にガサツな行動なのに、たまに、ごくたまにチラリとしか見せない上品さで
逆に姫様なんだな‥‥と実感させられてる気がする。
気付けばシチューを口に運びながら姫さんはこちらを上目遣いで見ている。
「で、何?話って」
そう聞かれ、少し考える。
ここで彼女の彼の事を訊くにしろ、アスランの事を突っ込んで訊くにしろ、
もし姫さんがこの2人の名を大声で連呼しようものなら、
俺の背後、遠く離れているとはいえ、彼女の耳に入ることになるだろう‥‥
それだけは避けたかった。結局‥‥
「‥‥とっとと食って、場所移動した方が無難だということかな‥‥」
そう独り言のように呟くと、それを耳ざとく聞いていた姫さんは
「別にここでも構わないぞ、私は」
暢気に言いながらひたすら食物を口に運んでいる。
その様子を見て呆れながらも
「早くジャスティスの所へ戻りたいだろ?」
と嘯く。姫さんは一瞬手を止め、思いつめた表情になる。
折角忘れてた風だったのに思い出させてしまったかな‥‥と気まずく思っていると、
「‥‥そうだな」
姫さんは一言ぽつりと呟いたかと思うと、再び上品とは縁遠い食べ方で、 ひたすら食事を胃袋に片付け始めた。
その様子を見て、俺もピッチを上げる。
‥‥きっと傍から見たら早食い競走でもしてる様に見えただろう──

俺と姫さんはほぼ同時に食事を終えた。
それでも俺より少し早く食べ終えた姫さんは
「ごちそうさま」
とでかい声で言って、俺の食べ終える様子をじっと見ている。
俺の方もそれから一分もしないうちに食べ終わり、無言で立ち上がる。
それを見た姫さんもあわてて立ち上がった。
2人のトレイは見事に食べ残しもなく、綺麗に平らげられていた。
先にたって歩き出した俺の後ろをおとなしくついて歩く姫さん。
どうもこの組み合わせが妙なのか、この場にいる人間から異常に注目を浴びているようだ。
‥‥端っこに座ってたのに、もしかして俺ら凄い目立ってたのか‥‥ 間違いなくこいつのせいだな。

そんな余計な事を考えながら歩いていると、
ついいつものクセで、このまま行くと彼女の横を通り過るルートだという事に気付く。
今更進路を変更しても不自然なので、そのまま歩みを止めずに進んでいった。
彼女は食事をしていた手を止め、俺を‥‥いや、俺達を見ていた。
その目つきがいつもより剣呑な気がして、何故か動揺してしまう。
丁度隣を通り過ぎようとした時、ボソッと話しかけられた。
「‥‥早食い競争でもやってたの?」
俺と話すときのいつもの低めの声がした。俺は条件反射で立ち止まる。
‥‥やっぱり周りからはそう見えたのか‥‥
心の中でひっそりため息をつきながら、口から出たのは少しからかい気味の言葉。
「何?もしかして俺達の事、ずっと見てたの?」
「見なくてもわかるじゃない。私より後に食べ始めた2人が、私より先に食べ終わってるんだから」
もしかして‥‥と淡い期待を込めて言った台詞は速攻で打ち崩された。
少し悔しくなって尚も話しかける。
「あれ、待ち人来たらず?」
彼女の正面の空いた席を見ながら言ってやる。
「あんたと違って忙しいのよ」
‥‥これまた速攻だ。いつも彼女には敵わない。
しょうがないな、と苦笑を浮かべて 名残惜しげに彼女の側から離れた。
その場合でも軽い挨拶は忘れない。
そして彼女もいつもと変わらない。こっちをちらりとも見ずに手のひらをひらひらさせる。
その様が『しっ、しっ!』に見えるのは気のせいではないだろう──

トレイの返却口へ辿り着くと、姫さんが俺の隣に並んできた。
その姫さんの行動で、一緒にご飯を食べていた事に改めて気付いた。
彼女との会話ですっかり姫さんの存在を忘れてた‥‥
「お前、彼女‥‥ミリアリア、だっけ?と仲悪いのか?」
突然彼女の名前を耳にして、胸がドクンと振動と共に大きな音をたてる。
一応顔面では平静を装いつつ、ドギマギしながら小声で訊いてみた。
「‥‥仲悪そうに、見えるか?」
姫さんはトレイから手を離さずう〜んと少し考えた後、俺をじっと見て言った。
「お前の方はともかく、彼女はお前に意地悪だなぁ‥‥ あの娘、そんな意地悪だとは思わなかったけど‥‥お前、いじめられてるのか?」
思わずガクッとずっこけそうになる。
いじめって‥‥子供のケンカじゃあるまいし。
でも‥‥最初にいじめたのは‥‥俺だから‥‥
「まぁ‥‥ちょっとね」
曖昧に言葉を濁して苦笑すると、姫さんは一瞬で表情を変えて、尋ねてきた。
「もしかして、お前がコーディネーターだから‥‥?」
この姫さんはスルドイんだかニブイんだか‥‥顔に苦笑を貼り付けたまま正直に答える。
「それが原因っちゃ原因なんだけど‥‥俺が最初に酷い事言っちまったから‥‥かな。 だから彼女は悪くない」
すると姫さんは真剣な表情から心底呆れた顔に変えてため息混じりに言った。
「そりゃ仕方ないな。その話も後でゆっくり聞かせてもらう」
何!?何でそんな話、お前にしなきゃいけないんだよ!
ただでさえ訊きにくい話をしようと思ってるのに、この上、自己嫌悪に陥りそうな話まで‥‥!
‥‥まぁ、うまくかわせばいいか‥‥しかしかわせるかなぁ‥‥
あの真っ直ぐな瞳から逃れるのはかなり困難な気もする。

「おい!何してるんだ?早く来いよ!」
遠くで姫さんのでかい声がする。
その方向へ目をやると、姫さんは既に食堂の入り口に立って こちらに手を上げて合図している。
「早く飯を食った意味がないだろ?」
‥‥『飯』ってその言葉遣い、お前‥‥もうつっこむのも面倒くさいけどな。
しかしそんなに急がなくてもジャスティスも俺も逃げねーよ。ったく。
少し呆れ、小さくため息が漏れる。
『姫』を待たせちゃマズいよな、と一歩、二歩と姫さんに近より、 ふと気になって彼女の方をチラリと見る。
バッチリと目が合い、彼女は瞬時に不機嫌になった顔を俺から勢いよく背けた。

少しは気にしてくれてんのかな?と淡い期待を抱きつつも、 それはないだろ‥‥とすぐに打ち消す。
しかしちょっと位会釈とかしてくれてもなぁ‥‥きっと笑った顔は可愛いだろうに‥‥
と、もの思いに耽っていると、再び俺を呼ぶでかい声がする。
姫さんの声には直接返事せず、足を速める。
食堂を出る時に背中に感じた幽かな視線が、彼女のものだといいな‥‥ などと思いながら‥‥









あとがき
これってディアミリじゃないですか?初ディアミリです!
勿論ディア→ミリですけどね…
今回はアスカガ描写少なかったからか、割と早く書き上がりました。自分的には。
次は再びディアッカ+カガリです。
アスランがプラントでくしゃみしてるんじゃない?っつー位アスラン話で盛り上がる…予定。