ディアッカのAA滞在日記2
食堂にはまばらにしか人がいない状態だった。
当然だろう。本来今は休息時間中だ。
先日からロクに眠っていないクルー達はベッドの中の筈だ。
当然ながら、もしかして彼女がいるかも‥‥という淡い期待は脆くも崩れ去った。
小さくため息をつき、俺は今来たばかりの通路を二人分の食料を持って引き返していった。
格納庫に戻ると、姫様はジャスティスの足元から少し離れた所に立ち、
顔をめいっぱい上げて今は鉛色の機体を切なげに見つめていた。
まだ見てたのかよ‥‥と半ば呆れながら姫様の傍に近寄っていった。
わざわざ食料を持って来てやった俺様にも全く気付きゃしない。
「ほら、持って来てやったぞ」
ちょっと脅かしてやる位の気持ちで、大きな声で呼び掛けると
やっとこちらを振り返り、ほんの少し微笑んで礼を言ってきた。
でも普通姫様のお礼の言葉に「サンキュ」はないと思うけどな‥‥
「何かこうやって見ると簡素な食事だな」
そう呟く姫様に
「だったら食堂で食べればよかったじゃないか。
わざわざテイクアウトにしてもらったっていうのに、ったく‥‥」
とつっこんでやる。
姫様がジャスティスを見上げていた場所にそのまま腰をおろしての食事だった。
もうちょっとマシな場所があるだろうに、姫様が「ここがいい」と言うのでこうなった。
「まあそんなにお腹もすいてないし‥‥まあいいか」
口調は不服そうだが、それでも嬉しそうに簡素だと文句を言った食事にかぶりついている。
そしてその食べっぷりに俺の中の『理想のお姫様像』が崩れていく‥‥
さらに姫様は口の中に食べ物を含んだまま、話しかけてきやがった。
「お前さあ、何でアークエンジェルにいるんだっけ?確か‥‥捕虜、だっけ?」
そう言い終えてから、ごくんと食物を喉に通す。その行為は喋る前にやっとけ!
だいたいその質問内容も気にくわない。自分が少々不機嫌になっていくのがわかった。
「ああそうだよ。悪かったな」
「何も悪いとは言ってないさ。それで‥‥お前が捕虜になったのって
私がアークエンジェルを降りてからすぐ‥‥だよな?それともアラスカで?」
‥‥コイツがアークエンジェルを降りたっていうのは‥‥アレだな。
さっきマードックのおっさんに聞いた話だと、この艦がオーブを出国した時だ。
ここはあえて何も知らないフリをしよう。
「お前がアークエンジェルを降りた時っていつだよ?つーか、お前地球軍だったの?」
‥‥しかし俺も『姫様』にむかって『お前』呼ばわりするとはな‥‥
「地球軍か‥‥そう言われるの、二度目だな‥‥」
姫様は俺の問いにすぐには答えずに、そう呟いた。
そしてなぜか懐かしそうにジャスティスを見上げ、そのままの状態で動かなくなった。
もしもし?俺の質問には答えていただけないのでしょうか?
痺れを切らして再度、質問しようと口を開こうとした時、
姫様はやっとジャスティスから視線をこちらに戻し、少しバツの悪そうな顔をした。
「ごめんごめん。えっと、何だっけ?」
俺はあからさまに思いっきりため息をついてやる。
「だからぁ、お前は地球軍だったからアークエンジェルに乗ってたの?
そんでいつこの艦を降りたの?って訊いたの」
「あ、ああ、私は地球軍じゃないぞ。それでアークエンジェル降りたのはオーブに入国した時だ。
で、お前はいつ捕虜になったんだ?私がこの艦を降りてからだよな?」
捕虜、捕虜言うなっつーの。このバカ姫が。
「そ。ところでお前は地球軍じゃないんだろ?じゃあいつからアークエンジェルに乗ってたんだ?」
「地球で。アークエンジェルが砂漠に来てからだな」
そう言いながら姫様はドリンクに手を伸ばす。
ふーん、おっさんに聞いた通りだな‥‥
「で、レジスタンスにいた人間が何で地球軍の艦に乗ったのさ?」
そうからかうように言ってやると、姫様はドリンクボトルを口から離し俺に怒鳴りちらす。
「お前、いろいろ知ってるんじゃないか!」
「まあまあ、怒鳴るなよ‥‥そりゃ一応聞いてたけど、どうにも信じれないだろ?
オーブのお姫様が砂漠でレジスタンスに参加してるわ、
スカイグラスパーを乗り回してただのってさ‥‥」
そう言われたオーブのお姫様は思いっきりジト目で睨んでくる。
「‥‥お前、本っ当にいろいろ知ってるんだな‥‥」
「さっき聞いたばかりだぜ。で?何でアークエンジェルに乗り込んだりしたの?」
「ん〜」
姫様はそう唸ってドリンクボトルを再び口元に運び、喉を鳴らした。
「ほっとけなかったからかな‥‥この艦を」
「‥‥それだけ!?」
そんなシンプルな理由だったのにビックリして思わず訊き返したが、姫様はあっさり頷く。
お前1人が乗り込んだ位でどーにかなるとでも思ったのか?
‥‥あ、結局どーにかなったんだっけ‥‥コイツの機転(と言えるかどうか‥‥)で
オーブに入国して、
その後も色々な苦難を乗り越えて今、この艦はまだ無事なんだしな‥‥
「そういうお前は何でこの艦に乗ってるんだ?
オーブに来た時にここからザフトに戻るチャンスはいくらでもあっただろう?」
ふと気付けば目の前の姫様は今、
食物にかじりつきながら、こっちをじっと見つめて返事を待っていた。
そ‥‥そんな、答えにくい質問しやがって‥‥しかもそんなじっと見るなよ‥‥
とりあえず一番の理由は言えやしない。
「オーブの理念に賛同して‥‥かな」
そう答えながら姫様をちらりと見れば、鋭い視線を少しも緩める事無く
ジーっと俺を見ている。そして一言。
「嘘だろ」
「嘘じゃねえよ!それもある!」
「『それもある』?」
ハッ!しまった!口が滑った!
「他に何があるんだ?」
絶対言えるか!お前なんかに!
「何だよ、俺がここにいちゃダメなのかよ!」
メチャメチャに焦っていた上に、誤魔化したいのもあってつい声を荒げて怒鳴ってしまった。
一応女の子でしかも姫様に‥‥
しかし姫様は俺の大声にも動じることなく、あっさり視線を緩めると穏やかな表情になった。
「いいや。オーブの理念に賛同する者であれば、オーブは何者をも拒まない。
歓迎するし、一緒に戦ってくれてる事に感謝する」
ちょっとは威厳あるじゃん‥‥びっくりした。こういう所は姫様っぽいかな?
いや『姫様』というより‥‥『殿様』?
ふいに頭に浮かんだ考えが可笑しくてプッと吹き出してしまう。
「‥‥何が可笑しいんだよ」
今俺は俯いて笑いを堪えているので、姫様の顔は見てないけれど、
きっとふくれっつらなんだろうな‥‥と想像し、少し顔を上げて確認すると、案の定‥‥
さらに可笑しくなって今度は腹をかかえて笑ってしまった。
「何人の顔見て笑ってるんだよ!失礼な奴だな、お前!」
可笑しくて堪らなかったが、これ以上怒らせるとマズいだろう。
何とか笑いを収めて、素直に謝った。
「いや、悪い悪い。感謝してもらえてうれしいよ」
折角いい具合に話が逸れそうなので、ふと今気付いた事を口に出してみる。
「本当に悪かったよ。実は姫様によく似た奴、思い出してね」
「姫様って何だそりゃ!?」
あ‥‥ついポロッと口をついて出てしまった‥‥いや、待てよ‥‥
「あ、もしかして姫様じゃないのか?やっぱり」
「『やっぱり』って何だよ!?本当に失礼な奴だな!」
明らかに気分を害した様子で、続けて怒鳴りつけられる。
「そりゃ確かに『姫様』なんてガラじゃないさ!だから『姫様』なんて呼ぶなよ!」
顔を真っ赤にして怒る様が面白くてついからかってしまいたくなる。
「はいはい、わかりましたよ。姫様」
「だからそう呼ぶなって!私はカガリだ!」
「了解。ひ・め・さ・ま」
「おーまーえーなー!!」
俺の表情とは対照的に、姫様は心底嫌そうな顔をして思いっきり睨みつけながら
俺が持ってきたパンを乱暴に取り出し、齧り始めた。
俺はその様子を見て完全に話が逸れた事に安堵した。
口の中でパンをぐちゃぐちゃにした事で少し気分が晴れたのか、
それとも散々俺に姫様禁止令を強要して目的を一応達成できたからか、
俺に新たな質問を投げかけてきた。
「そういやさっき、私にそっくりな奴がいるって言ってたよな‥‥」
何だ、よく覚えてたな‥‥
「そっくりなんじゃなくて、似てる奴、な」
喜怒哀楽が激しくて、表情がコロコロ変わる、我侭で偉そうな所がそっくりだ。本当に。
「同じ意味だろ?‥‥まあいい。それでさ、コーディネーターだよな?友達?」
「コーディネーターだけど‥‥ん〜、友達、かなぁ‥‥?」
アスランよりは遥かに仲は良かったが、あんまり友達という認識はないなぁ‥‥
俺は苦笑しながら答えた。
「何だよ、曖昧だなぁ。仲いいんなら友達でいいじゃないか」
「ん‥‥それでもいいんだけどさ。俺が今ここにいる事知ったら‥‥
きっと烈火のごとく怒るだろうな‥‥と」
客観的に俺達の状況を判断すれば、間違いなく敵同士なわけだ。
怒る、というより、殺られそう、だなぁ‥‥
「ああ‥‥お前がここにいる事、知らないよな。その友達は。
まさかお前が捕虜になってるなんて、夢にも思ってないんじゃないか?」
‥‥コイツ、わざと『捕虜』連発してないか?
「今はもう捕虜じゃないっつーの」
キッと睨みつけて“もう二度とその言葉は口に出すな”と言外に含ませた‥‥つもりだか、
きっと通じてないんだろうな‥‥
でも‥‥もしかしたらプラントでアスランと顔合わせたりするんだろうか‥‥
「あっ!!」
「何だよ!急にでかい声出して!」
姫様はかなりビックリしたのか、胸のあたりを押さえながら目をめいっぱい見開いて
怒鳴りつけてきた。
思い出した‥‥すっかりこの姫様のペースに嵌る所だった‥‥!
俺がこの姫様と話をしようと思った一番の目的を‥‥
俺はこの姫様にアスランとの関係を聞きだそうと思ってたんだった‥‥!
こんな風に和気藹々(?)と自分の事とか話してどうするんだ‥‥!?
俺は早速本来の目的に立ち戻る事にした。
「ところで姫様は‥‥」
「カガリだ!」
‥‥速攻で訂正される。
もっとからかって遊びたい気もしたが、そもそもこういう遊び心が
話が逸れた原因かもしれない。
少し譲歩することにした。
「姫さんはさ」
ここで一旦台詞を止めてみた。カガリは怪訝な顔をしたが、今度は訂正されなかった。
「えらくアスランと仲良くない?」
この台詞を聞いて頬を染めるとか、それなりのリアクションを期待していたのだが、
そんな言動とは程遠く姫さんはポカンとした顔をしただけだった。
「そうか?普通だろ?」
はぁ?普通かぁ?普通の仲であそこまで必死になってプラント行きを止めたり
ここに留まってジャスティスの傍から離れなかったり、するか?
この姫さんには質問が抽象的すぎたか?もっと具体的に、ストレートに訊くべきか?
「アスランの事、好きなんじゃないの?」
「お前は嫌いなのか?いい奴じゃないか、アイツ」
これもまた、表情ひとつ変えずに返事が戻ってきた。‥‥あれ?
こいつ、ただ無自覚なだけ?それとも本当に普通の仲?
「おい、何黙ってるんだよ」
姫さんの言動に今ひとつ納得がいかず、うんうん考え込んでいると
怪訝そうに俺の顔を覗き込んできた。
「お前、アスランとはずっと仲間だったんだろ?」
「あ、ああ‥‥そうだけど‥‥別に仲良くなんてなかったな。寧ろ悪かった位だ」
考え込んでいたせいで、姫さんの問いに思わずバカ正直に答えてしまっていた。
すると当然のように俺の返事に異論を唱えてきた。
「何が気に食わないんだ?あいつ、いい奴じゃないか。ちょっと危なっかしいけど‥‥」
「や、だって、アイツ年下のくせに生意気だし‥‥って、危なっかしいって、誰が!?」
普通に聞き流す所だったが、何だか不適切な単語がなかったか‥‥?
アスランは今大変な時だろうから、迷ったりして当たり前だろうけど、
“危なっかしい”って程じゃないと思うぞ?
なのに姫さんはきっぱりと言い切る。
「あんな危なっかしい奴、見た事ない!あのキラより危なっかしいじゃないか!」
“あのキラより”って‥‥俺から見たらキラも全然危なっかしくないんですけど‥‥?
そう言ってやろうと姫さんの方を見れば、いつの間にかまたジャスティスを凝視している。
全くこの姫様は‥‥俺はもう何度目になるだろう、深いため息をつく。
「言わせてもらうが」
姫様は俺の言葉にゆるりとこちらに視線を戻す。
「俺から見たら、アスラン、キラ、姫さんの中で一番危なっかしいのは‥‥」
こんなでも一応姫さんな訳だし、ナチュラルなんだし?
この姫さんは自分の能力も省みず、どこまでも頑張りそうな奴に見えるんだよな‥‥
姫さんは一瞬何のことだかわからなかったようだ。
キョトンとしていた姫さんは、自分に指された俺の人差し指を見て、そこから俺の顔に視線をうつす。
「‥‥私か?どこがだよ!」
俺は上げていた腕をおろして薄く笑う。
「どこもかしこも。キラは俺達がずっと討てなかったモビルスーツのパイロットだったし、
アスランは一応俺達の隊長やってた事も‥‥」
「隊長!?そりゃすごいなー!まぁ戦いの面では凄く頼りになる奴らだけどさ、何かこう‥‥
あいつらのイメージってさ‥‥
両腕で押しても倒れないくせに、指一本で突いただけで倒れそうな感じ?」
そう言いながらさっきの俺と同じように人差し指を突き出し、ちょっと弾く動作をする。
言いたい事はよくわからないが‥‥精神的にって事か?
「でもキラはそんな風に見えないし、アスランだって今だけだろ?
帰ってきたらそんな事なくなってるんじゃない?」
『無事帰ってこれたら‥‥だけどね』と心の中でだけ付け加える事も忘れなかったが。
「キラはなぁ‥‥今はああだけど、前は凄く辛そうだったぞ。今にして思えば
戦ってる相手がアスランとわかってたからなんだろうな‥‥」
「姫さんはいつ知ったの?あいつらが友達だって」
話の流れで何となく疑問に思って出た言葉だったが、
姫さんは俺の顔をじっと見て、言おうか言うまいか考えているようだ。
‥‥あの2人に関する事を今日初めて話したばかりの俺に言ってもいいのか考えている、
そんな所だろうか。
「私が2人の関係を知ったのは‥‥お前が捕虜になった頃かな‥‥」
ゲッ!またその単語が出たよ!
「もうそれはいいから‥‥」
勘弁してくれ‥‥
そんな項垂れる俺をよそに、姫様は不思議そうにこちらを見つつ、話を続けた。
「アークエンジェルから要請があってキラを探しに行って、
その時見つかったのがキラじゃなくてアスランだったんだ」
「それって‥‥」
イージスとストライク、つまりアスランとキラが戦って──!?
「おい!!」
俺は手に持ってた食物を投げ出して、カガリの両肩をきつく掴む。
「な、何だよ‥‥?」
カガリは目を見開き、吃驚した顔で俺を見返している。
「その時、捜索したのは、キラだけか‥‥?」
カガリは俺の言葉にも訳がわからないといった風で固まっていたが、
やがて何か思い出したようだ。ようやく口を開く。
「‥‥あぁ、キラの友達がスカイグラスパーに‥‥痛っ!」
俺の両手が肩を強く握り過ぎていたようだ。姫さんの顔が苦痛に歪む。
「あ、悪い‥‥」
そう言って肩から手を離すと、カガリは肩をさすったり、ぐるぐる回したりしながら
「それで?キラの友達が何だって?」
そう屈託なく尋ねてきた。
「あ、ああ‥‥」
カガリに訊いてみたい。彼女の彼氏だった奴の事‥‥
聞きたいような、でも耳を塞ぎたいような‥‥
でも『彼女』には絶対に訊けないし、他のアークエンジェルのクルーにも訊けない。
だから今まで誰にも訊いた事がなかった。トール、という人間の事は。
カガリは彼女とどれ位仲が良いのだろう‥‥そしてトールとは?
それさえわからないのだけど‥‥
しばらく逡巡した後、思い切って顔をあげる。
するとカガリはじっとこちらを見つめて、俺から発される言葉を待ってくれていた。
「あのな、その────」
「おーい、坊主!」
その時後ろから俺を呼ぶ、大きな声がした。
反射的に振り返ると、マードックが手招きしていた。
「ちょっと見てほしい所があるんだ!来てくれないか!」
‥‥しゃあない。
深くため息をついて、のろのろと立ち上がった。
「わかった、今行く!」
そう叫んでカガリを振り返ると、不服そうな顔をして呟いた。
「おい、続きは?」
「ん〜、また今度な」
今度か‥‥本当に訊けるだろうか、俺‥‥
苦笑しながら片手を軽くあげて立ち去ろうとすると
「メシ、ありがとな」
と食料の残骸を両手に持ってこちらに向けて軽く掲げる。
その姿を見て、やっぱり姫らしくない、とさらに苦笑が漏れる。
そしてほんの少し、後ろ髪引かれる思いでジャスティスから、カガリから遠ざかり、
自分の機体であるバスターに向かって行った。
あとがき
下書き書いてた時はすっごい楽しかったんですが
仕上げの時、何故か全然進まなかったんですけど…なぜでしょう…?
だからあんまりここで語る事はないです…疲れました。
出来的にはあんまり…
次頑張ります。