「アスラーン!」

カガリは緩やかな坂道を一気に駆け上がり、俺の元まで走ってくる。

俺はこの後彼女が何を言い出すのかわかっていた。

今朝、たまたま情報番組を観ていたら──




LIVE3



「アスラン、ライブ行こ、ライブ!」



案の定、彼女の話はそこから始まった。

俺は口に運んでいた箸を止め、じっとカガリを見た。

「…広島、だな」

カガリは一瞬目を丸くした後、にぱっと笑った。

「良くわかったなー!もしかしてお前もファンになったのか?」

なるかっ!

心の中ではそう毒づきながら、口に出しては静かに言い放った。

「朝、観たよ。TVで」



カガリと初めて行ったライブ。

そこで歌っていた人物はどうやら今年で10周年を迎えるらしい。

とは言っても、その前にバンドで活動していた時期は加えずに、らしいが。

その記念として彼の故郷、広島でスタジアムライブをやるのだ、と今朝のニュースは伝えていた。



その球場は市街地にあって、なかなかライブの許可が出なかったらしい。

ただ、そのシンガーが広島出身である事、そして弾き語りでライブを行うので

騒音・振動の面では街に迷惑をかけない事、等々あって実現したそうだ。

──俺にとっては迷惑極まりない。



「でさ…」

「行かないぞ」

「何でだよっ!」

カガリはぷうっと頬を膨らませて俺を睨む。

「ここから広島までどれ位距離があると思ってる?交通費は?ライブチケットだってタダじゃないんだぞ」

一瞬、カガリは言葉を失くすが、それでもめげずに俺に詰め寄ってくる。

「それは…ライブは10月末だから、それまでにお小遣い貯めて…」

「俺も小遣い使うの我慢しなきゃならないのか?別にそこまでして行きたいとは思わないな」

カガリの顔が段々曇ってくる。それでもここで鬼にならなければ。

「じ、じゃあ…私がお前の分も出すよ!それなら…」

「バカ言うな。とにかく…今回は行かない。行けないだろう、遠いんだから」

しん…と静まり返る部室裏。

元々静かな場所ではあるが、今は風の音さえ聞こえない。

「…わかったよ。もう誘わない。私、ひとりでも行くから…っ!」

吐き捨てるように言い放ってカガリはすくっと立ち上がった。

俺は慌てて顔をあげ、手に持っていた弁当を脇に置くと、今にも走り出しそうなカガリのスカートの裾を 掴んだ。

「ち、ちょっと待てっ!」

「何だよっ!放せよっ!この…スケベっ!」

「す、すけ…」

カガリの言いように絶句してしまったが、それでも今手を放すわけにはいかない。

「放せってば!」

「わかった!わかったから!…俺も行くから…!」

言ってから“しまった…!”と思ったが後の祭り。

泣きそうな表情だったカガリの顔が、徐々に綻んでいく。

「本当だな?一緒に行ってくれるんだな…?じゃ、チケット取っておくから!」

カガリはくるっと俺に向き直って思い切り抱きついてきた。

急だったので、部室の壁に強かに頭を打ちつけてしまい、俺は低く呻いて手を添えた。

それでももう片方の手はカガリの背に廻す事は忘れない。

「ご、ごめん…!痛かったか…?」

俺の背に廻っていたカガリの手が、俺の頭にある手と重ねられる。

ここは少しくらい反撃しておかないと…

「キスしてくれたらきっと痛みも吹っ飛ぶよ…」

ニヤッと笑って見上げれば、案の定カガリの頬は真っ赤に染まっていた。

「なっ、なっ…お、お前っ…!」

「このままじゃ、痛みでライブに行けない…」

「なっっ、何を!……ったく…」

さらに追い討ちをかけると、カガリは真っ赤なまま観念したかのように徐々に顔を近付けてくる。

それを促すかのように、俺は両手をカガリの背に廻してゆっくり引き寄せた。



「ライブは秋なんだぞ!それまで痛いわけないじゃないか!」

──カガリから戴いた物は硬い拳骨だった。





季節は巡って──秋の日の夜、俺はカガリの自宅へ電話をかけた。

「もうすぐライブなんだけど…行く…んだよな?」



ライブに誘われてから4ヶ月。

最初のうちに交通手段を決めてからは、殆どライブについての話はしていなかった。

さすがに1週間を切ったので、こちらが心配になって電話をかけたみたのだ。



『もちろん行くさ!』

カガリの声は当然、といった風で迷いがない。

「だけど…待ち合わせ時間とか…切符も買ってないだろ?」

『ああ、そうだったな。切符は当日でもいいかな、と思ってな。ライブチケットはもう買ってあるし…』

「じゃあ待ち合わせは何時にする?確かライブの開演時間は4時…だよな?」



地域住民に配慮してか、ライブの時間は4時から、終演予定時刻は6時になっていた。

…これは不本意ながら、俺が彼の公式ホームページで調べたものだったが。



『行きは普通に電車で行くからな…ちょっと待って。えっと、時刻表…』

「こっちを10時過ぎ発の電車に乗れば、広島には2時過ぎに着くよ」



これも不本意ながら俺が調べた。



『あっ、そうなのか?じゃあそれでいいや。じゃあ9時45分頃駅で待ち合わせな!』



…何故だか俺の方が行く気マンマンのように見えるのは、気のせいだろうか…





さてとうとう当日。

少し早めに家を出て、駅で待っていると、カガリはやって来た。

…トレーナーにジーパンという、全く色気のない恰好だった。

ライブはともかく、ちょっとした小旅行気分だった俺は、ほんの少しだけがっかりした。

「ごめん!待たせたな!」

カガリは笑って俺に近寄ってくる。

…まぁ、いいか。カガリはどんな恰好していても可愛いし。それよりも…

「いや…電車には全然間に合うし」

そう言いながら妙に大きいカガリの鞄をじっと見つめる。

一体何が入っているのだろう…

少し気になって、俺はカガリの荷物を持ってやろうと鞄の取っ手に手を掛けた。

しかしそれは自分の想像したものよりずっと軽かった。

「あ、持ってもらわなくて大丈夫だよ。すぐ電車乗っちゃうし」

「あ、ああ…でも…何でそんな大きい鞄なんだ…?」

「これか?だって…コンサートグッズが結構発売されてるだろ…?それを買おうと思ってな」

その言葉に俺は驚いた。

いや、確かにカガリは前のライブでもコンサートグッズなるものを結構な数買っていた。

しかしまさか今日も、とは思っていなかった。

それならば──あの事は言った方がいいのだろうか…?

「お前も大きな荷物じゃないか。グッズを買うわけじゃないだろ?」

カガリが俺の荷物をつんつん突きながら尋ねてくるので、俺は思考を一旦中断して、荷物を持ち直した。

「これは…雨合羽とか…確か今日の予報は雨だろう?」

「ああ!それなら私も持ってきたぞ!」

自分の荷物を上下に揺らしてカガリは微笑した。

「後は…ずっと座りっぱなしだろうから寒いと思って…上着とか、タオルとか…」

「あ、それは私はどうせグッズ買うからいっか、と思って持ってこなかったよ」

そうにっこり笑うカガリをじーっと見つめて、俺は再び思案に暮れた。



俺たちが乗ろうとしていた電車はもう駅で待っていた。

それに乗り込んで2人掛けの席に座った後、俺はすぐ電車を降り駅の売店でお茶を買ってきた。

「はい」

「あ、ありがとう」

嬉しそうに笑ってペットボトルの蓋を開けるカガリをじっと見ながら、俺は口を開いた。

「あの、さ、カガリ」

「ん?」

お茶を飲みながら俺に視線を向けてくるカガリに、俺は鞄から一枚の紙を取り出して広げた。

「これ…今日のライブの周辺地図なんだけど」

「へぇ…こんなのがあるんだ…」

やはりカガリは知らなかったようだ。俺から紙を受け取ると、 足をぱたぱたさせながら楽しげに眺めている。

「これが球場の地図。グッズは球場内でも発売されてるけど、外でも発売になってる。 それで…ここ。この広場でお好み焼きやら弁当やらラーメンやら…とにかく出店が出てるみたいだ」

「へぇ〜!凄いな!何だか大掛かりなんだ〜」

カガリは目を輝かせて俺がプリントアウトしてきた地図を凝視している。

「で、ね。カガリ…この…グッズやら食べ物やらは、10時から販売、なんだけど…」

「ええっ!」

──やっぱり知らなかったか…

俺はカガリがかなり落ち込むものだと思って少し身構えた。

が、ほんの少し顔をしかめただけで、俺を見てきた。

「ま、仕方ないか。売り切れてない事を祈るよ」

そう言って小さく笑った。



そんなこんなで始まった鈍行の旅。

一駅一駅、律儀に停車しながら、電車は西へ。

東へ行く電車なら快速やら新快速やらあるのだが、西行きの電車は各駅停車。

それでも俺達は焦る事なくのんびりした旅を楽しんでいた。

しかし隣の県に入った頃には、心配していた雨がぽつぽつ窓に当たり始めた。

「──とうとう降って来たな…」

先程から変わり映えしない緑の景色をバックに、 恨めしげに呟くと、カガリも身を乗り出して窓の外を見た。

「まあ予報どおりだから仕方ないけど…」

「そうだな。さ、次、乗り換えだぞ」

俺はカガリの頭にちょこんと手のひらを乗せて、くしゃくしゃと撫でた。



列車の乗り換えは一応カガリも調べていたようだが、ホームの電光掲示板を見ておろおろしている。

その様子を見て俺はくすっと微笑み、少し冷えたカガリの手を引いた。

「ホームはこのままで、次入ってくる電車に乗ればいいから」

しばらくそのまま2人並んで、俺達は10分程してホームに入ってきた電車に乗り込んだ。

「後はこのまま乗り換えなしで広島まで行けるから」

やはり2人掛けのシートに腰をおろしてそう告げると、カガリは感心したように俺を見つめてきた。

「凄いなぁ…ちゃんと調べて来てたんだな」

「まぁ…そりゃあね」

本当はカガリがちゃんと調べてくるだろうと思っていたのだが、

流石に今回は遠出なので、何かあっては困ると思って俺の方でも調べてはきたのだ。

ただ、カガリの補助ができればいい、と思っていたのだが、

まさかあれだけ楽しみにしていたカガリが殆ど下調べしてなかった事の方に驚いた。

しかしあえてそれは口に出さず、俺達は再び電車の緩やかな振動に揺られて一路、広島を目指した。



いつの間にか雨は止んでいた。

それに気付いたのはカガリが先だった。

「アスラン、この辺雨、降ってないんだけど…」

「本当だな…まあまだ道のりは長いから…」

「このまま降らないといいな」

うっすら微笑むカガリの顔を窓越しに眺めながら、俺もずいっと窓の方に体を向けた。

「そうだな…用意した雨合羽は無駄になるけどな…」

「まあそれ位はいいけど…」

そう呟きながらカガリはふいっと俺に凭れかかってくる。

「いい景色なんだけど…ずっと同じような景色だからかな…ちょっと眠いや…」

瞳を閉じてしなだれかかってくるカガリの肩を抱いて、俺はフッと笑う。

「いいよ、眠って。着いたら起こしてやるから」

「うん…」

カガリは嬉しそうに口元に笑みを浮かべた後、さらに頬をすり寄せてきて、

やがてすーすーと浅い寝息をたてはじめた。



ずっとカガリの寝顔を眺めて過ごした車内だったが、そろそろ広島駅に着く。

折角気持ちよさそうなのに可哀想だけど…軽く細い肩をゆすって起こしてやる。

「カガリ…もうそろそろ着くよ…」

「んん…っ…」

まだ眠いのだろう、カガリは俺の胸にさらに顔をうずめて赤ん坊のように甘えてくる。

俺としてはとても嬉しいけれど…さすがに車内は人が多くなっている。

少し注目されているのを感じる。

「カガリ…起きて」

耳元に囁きかけると、漸くカガリはぴくっと身体を震わせて顔をあげた。

「ん…?もう、着いたのか…?」

眠そうに目を擦るカガリが可愛くて、思わず抱いた肩を引き寄せそうになるが、そこはグッと堪えた。

「ああ。降りる準備して…」

そうして窓枠に置きっ放しのペットボトルを取り上げて、その1本をカガリに手渡した。



広島駅に到着すると、周りはお仲間らしき若者で溢れていた。

とりあえずあの人たちに着いていけばいいか、と思っていると、カガリはキョロキョロしながらも すたすた歩き始めた。

「とりあえず路面電車に乗る。アスランは乗った事あるか?」

「いや…ないかな。カガリは?」

「ああ、私はここにライブで来た事あるから…」

「ええっ!?」

確か今回のライブは球場では初めての筈…

つまりカガリは──

「普通のライブツアーでここに来た事あるのか?」

「そ」

俺は絶句すると同時に頭をフル回転させた。

俺と出会う前だな…

一体誰と来たのだろう…

キラとだろうか。しかしそんな話は聞いた事がない。

誰か他の男と…?いや、カガリならありうるかもしれない──

「なかなか周りにファンの友達がいなくてさ…ここへはマユラを無理矢理連れて来て…アスラン?」

ずいっとこちらを覗き込むカガリの怪訝そうな表情で、俺はハッと我に返った。

「あ、あの娘とね…そっか…」

「ぼーっとしてないで、ほら、行くぞ!」

密かにホッと息を吐く俺に気付きもせずに、カガリは俺の手を取るとくいっと引っ張った。



路面電車に乗ってはみたが、道路に線路があってそこを走っているので、景色はバスと何ら変わりない。

でも何かが違う。各駅停車だからかもしれないが、おそらく──

見知らぬ街でカガリと2人きりだからかもしれない。

「おっ、次で降りるぞ!」

ずっと車内の路線図を見ていたカガリが立ち上がり、降車口へと移動する。

確かに赤い地元球団のTシャツを着た若者達も降車口へと移動を開始していた。

降りる際に運賃を払って久々に外へと降り立つと、カガリはすたすた歩き始めた。

「カガリ…球場へは行った事あるのか?」

カガリなら過去に野球観戦でもしてそうだと思って尋ねてみると、ぶんぶんと首を振る。

「いいや。でも昨日広島に住んでた友達からメールが入ってたんだ。 “デパートに向かって歩けば球場が見えるから”って」

それに従ってデパート方面に進んだ後、交差点に信号がなかったので、俺達は地下通路に降りた。

そこで案内板を見ながら歩いていくと、球場へと続く階段を見つけた。

「あともう少しだ!」

俺を振り返って笑うと、カガリは階段を2段飛ばしで上へと向かった。



大きく高い壁に『広島市民球場』の文字。

その下にライブの大きな看板、そしてその脇には野球のユニフォーム姿のマスコット。

どうやら無事着いたらしい。

俺はおもむろに鞄のサイドポケットからカメラを取り出した。

「カガリ、撮ってやるよ」

「あ、アスラン!お前、そんなの持って来てたのか…!」

階段を昇りきったカガリが嬉しそうに目を丸めて笑っている。

俺はカメラを構えたままカガリを見つめた。

「ほら、撮るぞ」

カガリは荷物を前に置いて風になびく髪を片手で押さえ、恥ずかしそうに笑った。



カガリの立っていたすぐ後ろはグッズ売り場だった。

流石に球場正面の売り場なので、かなり混雑していた。

「どうする?ここ以外にもグッズ売り場はあるけど…」

「お腹すいた。何か食べよう」

「えっ」

俺は驚いた。

カガリはグッズを買うのを楽しみにしていたようなので、まさかそう言い出すとは思っていなかった。

だが、カガリは俺の腕を取ってずんずん歩き出す。

本当にいいのだろうか…と思いながらも、俺はカガリの後について歩いた。



「うっわ〜!凄いいい匂いだな!アスラン、お前は何食べる?」

「ん〜…やっぱり、お好み焼きかなぁ…」

広島、といえばお好み焼きだろう、と思ってそう言ったのだがカガリは違ったようだ。

「私はラーメンにする」

「ラーメン!?」

…広島ってラーメンが名物だっただろうか?と暫く考えてみたが、どうもしっくりこない。

見ればカガリは既に『尾道ラーメン』の列に並んでいた。

なるほど…と少し感心して、俺はお好み焼きの列へと並んだ。



「どうだ?カガリ、美味いか?」

ベンチは人でいっぱいだったので、花壇の縁に並んで並んで座っているカガリに問いかけた。

「ん…背油が少ない」

俺は苦笑してカガリが差し出す器を受け取り、替わりに自分のお好み焼きをカガリに手渡した。

見た感じ、確かにカガリの言うとおりだったが、食べてみると美味しかった。

カガリも俺のお好み焼きを食べながら「これ、美味いな!」と満足そうだ。



ここで人の流れを見ていると、俺達と同じ高校生の姿が目立つ。

それはライブに来ている、というよりは、ボランティアで参加している、といった感じだった。

籠を片手に何かを売っていたり、ゴミを拾っていたり。

どうやらこのライブは市民の協力で成り立っているのだろうか。

カガリもそれは感じていたようで、食べ終わった後「制服姿の奴が多いな」と呟いていた。



次はグッズ売り場だと、カガリの後について行くと、 お目当てのグッズはあらかた完売だった。

「エコバッグと本だけなんだってさ…」

カガリはすっかりしょげ返って戻ってきた。

「他にもグッズ売り場あるから、そっちに行ってみよう」

励ますようにカガリの肩に触れ、球場を半周して別の売り場に行ってみたが、 似たようなものしか残っていなかった。

「もういいよ…もう20分で開演時間だし…私がちゃんと調べて来なかったのが悪かったんだ。 もう会場に入ろう…」

「まあまあ、あと20分あるんだ。この売り場、ギリギリまで並んでみよう。 今見てきたら他の売り場よりはモノがありそうだから…」

開演まで10分程、という時間になって漸くカガリは列の先頭に立ったが、 やはり以前のツアーでカガリが買ったグッズが殆どだったようだ。

それでもいくつかのグッズを手に、カガリは俺の元へ戻って来た。

「どうだった?」

「まあ…本と…他はまぁ…あ、もうすぐ開演時間だぞ!早く入ろう!」

カガリは返事もそこそこに、俺の腕を取って入場口へと早足で引っ張って行った。



入場するまでにまた時間がかかった。

何故そんなに時間がかかるのだろう、と思っていたが、それは入場する時に判明した。

そこで受け取ったのは新聞とジェット風船。

新聞の方は今日のライブについての記事と、会場内の地図。

ジェット風船は…どうやらライブ中に使用するらしい。

「うわぁ…こんなのあるんだ…」

カガリは嬉しそうに新聞と風船を見やりながら階段を昇っている。

「新聞…やろうか?」

「えっ、くれるのか!?」

ぱあっと笑って俺を見るカガリの眼前に新聞をすっと差し出すと、ゆっくりとそれを受け取って 大事そうに鞄にしまった。

それを複雑な心境で見つめながら、チケット片手に自分達の席を探す。

もう開演時間になっていたが、始まる様子はまだない。

やはり10分位うろうろしながら、漸く自分たちの席を探し当てると、 そこは柱の真横で、かなり上の方の席だった。

見晴らしがいいといえば聞こえはいいが、はっきり言ってグラウンドからはかなり遠い。

見上げれば丁度2階席が屋根の働きをしていて、もし雨が降っていたとしても濡れなかっただろう。

「これは…元々雨合羽、いらなかったな」

カガリも上を見ながら可笑しそうに笑っている。

「でも、ドーム球場じゃないから、風は入ってくるぞ。ちょっと寒くないか?」

そう言って予め用意してあった上着を鞄の中から取り出す。

カガリはグッズで上着を買おうと思っていたようだが、勿論売り切れていてなかった。

いざとなれば雨合羽を防寒着にすると言っていたが、それもこの天気では無理だ。

取り出した上着を肩にかけてやると、カガリは驚いてすぐさまそれを俺に突っ返してくる。

「いいよ!私はトレーナーだし、寒くない!お前の方が薄着じゃないか!」

「でも…」

「いいからっ!お前が羽織ってろ!」

そう怒鳴ってカガリは俺の肩から上着を羽織らせた。



と、急に球場内に騒がしい音楽が鳴り響く。

何事かと見渡せば、球場のバックスタンドのビジョンでは野球の映像が流れていた。

野太い男の勇ましい歌声が流れ、それに合わせて手拍子が巻き起こる。

映像の下には歌詞が出て、何かのカウントダウンが始まっている。

5,4,3,2,1…

「ココ!」という文字と共にジェット風船が舞い上がる映像が映し出された。

──どうやらこのタイミングで、入り口で貰った風船を飛ばせ、そう言っているらしい。

「カガリ、さっき貰った風船、使うみたいだぞ?ちゃんと持ってるか?」

「あ?ああ…うん…」

カガリはポケットから緑色の風船を取り出し、じーっと眺めている。

少し様子が変だが、アスランは別段気にも留めずに、開始までの時間をカガリと談笑して過ごした。



開演時間から20分程経過した頃。

ようやくバックスタンド付近から頭にタオルを巻き、作務衣姿の男がゆっくり、歩いてくる。

沸き起こる歓声。勿論カガリも隣で感嘆の声をあげている。

諦めたようにふうっと息をついてふと、バックネットの方に目をやると、何故か審判が立っている。

──?

これは…歌のライブ、だよな?

そう思ってカガリを肘で突いて審判を指差すと、カガリはプッと吹き出した。

「コイツのやりそうな事さ…まあ見てろって」

そうしてアスランが再び電光掲示板に目をやると、 普段チーム名がある場所には彼の苗字と名前が分かれて記されていた。

そしてビジョンにはシンガーの顔写真のユニフォーム姿。背番号は…

「なあ、あの『082』って何の番号だ?」

カガリに分からないものが、俺に分かるわけないだろう、と思ったが、しばらく考えて分かった。

実にバカバカしい。

「…恐らく…『オヤジ』じゃないか?」

「…プッ」

大きな笑い声と共に俺はカガリにバンバン背中を叩かれる。

そうこうしている内に、男は2塁ベース上付近に設置された板場のステージへと到着し、

そこに用意されたギターを片手に四箇所に置かれた椅子のひとつへと腰を下ろした。

その途端。

「プレイボール!」

件の審判が片手を高々とあげ、試合開始を告げる。

そこでまたカガリはケタケタと笑う。何故かステージ上の男もぶはは、と笑っている。

とにかく変わったライブになりそうだ──



ライブは静かに始まった。

ギター1本で奏でられるメロディー。男の生の歌声。

それだけが球場全体を包み込む。

弾き語りだからか、静かな曲調のものが多い。

だが、それは力強く、そして心に響いてくる。

何曲かごとに、球場を取り囲んでいるお客さんの為にか、椅子を移動してまた歌う。

カガリも今までのライブとは違い、身体でリズムをとってはいるが、静かに聴き入っている様子だ。

近くを通っているのか、たまに電車の走る音が球場内に飛び込んでくる。

その度に俺たちは顔を見合わせ、くすくす笑いあった。



しばらくして、カガリは自分の手足を擦っていた。

やはり少し寒いようだ。そう思って 俺が自分の肩にかかっている上着をカガリにかけてやると、半ばムキになって俺の肩にかけ直してくる。

「寒いんだろ?羽織ってろって」

「いいってば!それよりちゃんと聴けよ!」

そう言って取り付く島もない。



と、聞き覚えのある旋律が耳に届く。

この男の持ち歌はカガリに借りたCDで聴いた位で鼻歌でも歌えないという程度だったが、

この曲は歌詞はわからなくても口ずさめる、これは──

カガリが可笑しそうに小声で呟く。

俺もドラマは観ていなかったが、曲は知っている。

ステージ上の男は微妙なハングル語でお客さんの笑いの漏れる中、朗々と歌っている。

電光掲示板には選手名の入る箇所に曲名が演奏順に記されていた。

そして現在の曲名は──「冬ソナ」の文字。

俺はそれを指差してカガリと2人でまた笑った。



その曲が終わると20分の休憩に入った。

カガリはとりあえず行ってみる、と、球場内のグッズ売り場に出かけたが、肩を落として すぐに戻って来た。

本人も半ば諦めていたようで、ははっと笑うと気を取り直して球場内を見回していた。

と、俺達の丁度正面最前列のある一角に、人だかりが出来ていた。

カガリがグッズ売り場で買ったという本を片手に人が10人程列を作っているのだ。

「なぁ…カガリ、あれ、何だと思う?」

立ちあがっていたカガリのトレーナーの裾をつんつんと引っ張ると、 どれどれ、と身を乗り出してその人だかりを見る。

「あの帽子を被った人、小さいよな?女の人かな…」

そう尋ねると、カガリはくるっと俺に向き直って少し興奮気味に、でも小声で叫んだ。

「あれ…普段ツアー一緒に回ってるバックバンドの連中だよ!」

「え…そうなのか?」

それならば俺も1度は目にしているはずなのだが、流石に覚えていない。

しかしカガリには分かるらしく、かかとを上げてさらに身を乗り出し、人だかりを熱心に見つめていた。

「そうだよ!間違いない!だって、あそこの階段昇ってるヤツ、ギターの人だ!」

ふと視線を外して階段付近を見れば、髪の長い男が歩いている。

──やっぱり俺にはわからなかったが。

「お前もサイン、貰ってきたらどうだ?」

どうやらうずうずしているみたいなので、そう言ってやると、カガリはすぐに首を振った。

「いや、いいよ」

そう言ってすとんと腰を下ろす。

俺はしばらくカガリを見つめていたが、その表情は我慢しているようなものではなく、 とても穏やかだ。

俺に遠慮している風でもないので、やっぱり歌ってる本人以外はどうでもいいのか、と 納得した。その時だった。



グラウンドに現れたのは1人?の着ぐるみ。

それは鳥なんだかよくわからない生き物だった。

そいつがグラウンドのど真ん中に立って、持っていたメガホンで客を煽る。

手拍子を要求して、音が小さいとやり直しさせる。

カガリはムキになって、手のひらを真っ赤にさせながら何度も何度も手を打ち鳴らしていたが。

そうやって360゜すべての客をひきつけた後、バックスタンドの電光掲示板に野球選手が映し出され、

例の賑やかな音楽と共に「風船の準備をしましょう」という文字が映し出された。

「カガリ、風船だってさ」

そう言って俺は自分のポケットから赤い風船を取り出し、少し伸ばしてからふうっと息を吹き入れていく。

最初はなかなか膨らまないが、徐々に先の方から膨らんで、空気が全体にまわりだす。

そうして大きく膨らんだ風船が飛ばないように、指で止めて隣を見れば…

カガリは俺の膨らませた風船に怯えて体が引けていた。

「カガリ…?」

まさか、と思って呼びかけると、ハッと我に返ったかのように身体を震わせ、

目をキュッと閉じて風船を膨らませ始める──が、全く膨らむ様子がない。

「カガリ…もしかして、風船、苦手?」

カガリは風船に口付けたままぴたりと動かなくなった。

──図星か。

そう呟こうとした俺よりも先にカガリはがばっと俺に向き直った。

「仕方ないじゃないか!だって…割れたら怖いだろっ!?」

カガリにも怖いものがあっんだな、と俺は微笑ましく思った。

勝手に浮かび上がってくる微笑にカガリはますますムッとした表情になる。

「おまっ…」

「カガリ、これ、持てる?」

喚かれるよりも先に俺は自分が膨らませた風船をスッとカガリの前に差し出した。

やはりサッと腰が引けるカガリだったが、引き攣った表情のまま、 なんとかといった感じでコクコクと頷いてきた。

俺は何も持っていない左手もカガリの前に差し出した。

「はい、交換」

カガリは恐る恐るといった風に俺の手に触れつつ膨らんだ風船を受け取ると、 まだぺちゃんこのままの緑の風船を俺のてのひらに乗せた。

そのまま俺はさっきやったのと同じようにゴムを解すように伸ばすと、風船を膨らますべく口をつけた。

「あっ…」

瞬間カガリが小声で叫んだが、横目でその赤くなった顔をちらりと見ただけで、 俺は風船を膨らまし始めた。

カガリが何に対して声をあげたのかは分かっていた。

今更気にする事でもないのに…と俺は喉の奥でククッと笑いながらいとも簡単に風船を大きくしていった。



球場内には開演前に練習と称して流れていた応援歌が響いていた。

周りの観客がメロディーに合わせて風船を上下左右に揺らすのを見て、カガリに目を向けると

案の定強張った表情のまま風船を持っているだけだった。

「カガリ?ほら、曲に合わせて…」

「う、うわわわ、ダメ、動かすな!わ、割れちゃうじゃないか…!」

確かにごくたまにぱんっと風船の割れる音が耳に届く。

「でも…折角だから楽しんだら…」

と俺は周囲と同じように風船を小さく揺らして、カガリの風船にコツンとあわせてみる。

「バッ!や、やめろってば!」

その慌てっぷりが可笑しくて、俺はプッと吹き出してしまった。

「何が可笑しいんだよっ!」

「大丈夫」

俺は風船を持ち替えて、空いた手をカガリの肩に廻した。

「ちゃんと割れないように膨らませたから。俺を信じて」

全くの嘘っぱちだったが、カガリに触れた肩から緊張が解れていくのがわかった。

「ほ、本当だな?」

「本当、ほんとう」

また吹き出しそうになりそうなのを必死で堪え、肩からカガリの腕にまで手を廻すと

それを掴んで前後に動かしてやった。

それで漸くカガリもぎこちない笑みで、風船をゆるゆると揺らし始めた。



ビジョンがカウントダウンを始めて、応援歌の方もそろそろ終盤にさしかかった。

フライングでピーッと派手な音を立てて飛んでいく風船もあったが、

俺とカガリはビジョンの表示どおり、カウントがゼロになった時点で風船を手放した。

他の多くの風船と一緒に、それでもぶつかり、絡み合いながら晴れた空へと飛んでいく 俺達の赤と緑の風船。

やがてそれは空気を失くすと、急に進路を変え、地上へと真っ逆さまに落ちてくる。

俺達の頭上から落ちてくる風船は殆どなかったが、 ひとつふたつ、頭に縮んだ風船がぽとりと落ちる。

それを手で払いながら、漸くカガリは大きく息を吐き出した。



先程手で触れたカガリの肩が震えていたのは、きっと風船への恐怖だけではなかっただろう。

俺は鞄の中からスポーツタオルを取り出すと、カガリの首にマフラーのようにかけてやった。

「なっ…!なにする…」

「これ、使え」

どうせ上着を渡しても突っ返される。ならばこうするしかないだろう。

「だからいらないって…」

「雨が降ると思って持ってきたタオルだよ。きっともう使わないから」

しばらく黙ったまま俺を見ていたカガリは、諦めたように息をつくと、小さく頷いた。



それからすぐ「一回裏の攻撃」と称したライブが再開された。

シンガーは今度は一塁スタンドとライトスタンドの間から、リリーフカーに乗って、 爆笑と拍手の渦の中現れた。

…本当にやる事がいちいち細かいオッサンだ。



その男が歌い始めると、観客は静まり返る。

決して盛り上がっていないわけでは、ない。

3万人が男の歌声とギターに引き込まれて、声も出せない。

勿論カガリも例外ではなく、熱心にグラウンドを見つめながら口をぱくぱくさせ、声は出さない。

やっぱり少し妬けるな…

カガリの横顔を盗み見ながら、俺はそんな事を考えていた。



終演予定時刻の6時はもう過ぎていた。

それでも彼は歌い続ける。

そんな時、始まった曲は…俺が聴いても所々繋がりが不自然だった。

そしてその部分になると、周りから笑いがおこる。

当然カガリもくすくす笑っていた。

俺が不思議そうな顔で見つめていると、それに気付いたカガリが説明してくれた。

「前に行ったライブでもやってたけどさ、今まで彼が発表した曲をメドレー調に無理矢理繋いで 一曲に纏めてるんだ。でも歌詞の意味が繋がるようになってて… 前とはまた少し変わってるな…ぷぷっ」

彼のファンなら分かるのだろうが、俺には何か面白いのかさっぱりわからなかった。

が、明らかに彼の曲とは違うとわかる部分があった。それは──

今しがた風船を飛ばした、あの応援歌だった。



「なあ、カガリ、これって…」

グラウンドを指差してカガリを見れば、身体をくねらせて爆笑している。

「こ、これって…お、おかしいっ!」

そう言って笑いながら俺の肩に頭を預けてうぷぷぷぷ…と笑っている。

その応援歌混じりのメドレー部分は、他の数曲のメドレーと共に何度もリピートされる。

その度に観客は笑いと賞賛の拍手を彼に送った。

──もういい加減、しつこい。

そう思っていたのは、きっと俺だけだろう。



6時半を過ぎた頃、漸くライブは一旦終了した。

スタッフが陣取っている一塁側のベンチに手を振りながら去っていく男に、 その上にいる観客は一斉にフラッシュを浴びせる。

「お、おい、ここはカメラ撮影禁止じゃなかったか!?」

「そうだよ!ったく…私も持ってくれば良かった…」

そう言いながら舌打ちするカガリに俺はおいおい、とツッコミを入れつつ囁いた。

「俺…持って来てるけど?」

「ああ…いやいや!ダメだぞ!使っちゃあ!」

──お前は一体どうしたいんだ…



アンコールの拍手に応えて、再びベンチから男が登場した。

やはりその頭上からのフラッシュが球場を照らす。

数曲歌った男は再びベンチへと姿を消した。

しかしまだアンコールはあるようで、席を立つ人はあまりいない。

遠方からライブへ来たらしい人達は、荷物を抱えバタバタと通路を走っているが。

そんな中、センター寄りのレフトスタンドから、ウェーブが始まった。

徐々に三塁側にいる俺達の席まで波が押し寄せてくる。

隣をちらっと見れば、予想通り、カガリは目を輝かせて波が来るのを今か今かと待っている様子だ。

そんなこんなで到着した波に乗るように、俺達は両腕を上げ、一瞬席を立つ。

しかしカガリは波が去った途端、俺に向き直ってきた。

「ちゃんと立てよな!」

…バレてたか。

苦笑して肩を竦めると、カガリはフンッと鼻を鳴らした。

「バレバレなんだよっ!腕しか上げてなかっただろ!またウェーブ来るからちゃんとやれよ!」

カガリの言うとおり、その後2度、波はやって来た。

最後の1回は、ベンチからシンガーも出てきて、

その様子を楽しそうに眺めながらステージまで歩いていた。

そしてグラウンドのステージに辿り着いた彼が歌い始めた曲は── 冬ソナ。



「またかよっ!」

そう言いながらカガリはまた腹を抱えて爆笑している。

そんなカガリを見て、俺もまた笑う。

歌い終えた男が言った一言は──

「いや、折角歌詞、覚えたしね」



最後は自分の歌で締めて、ライブの幕は下りた。

──かに見えた。

男がステージから下りると、ベンチに詰めていたスタッフがゆっくり出てくる。

そして戻って来たシンガーを取り囲み、まるで優勝したかのような胴上げが始まる。

カガリを始め、観客もみな万歳を繰り返し──

チャンピオンフラッグらしきものをスタッフとシンガーが囲んで、スタジアムを練り歩く。

観客は大喜びで、自分の目前に迫るシンガーに歓声と拍手を向けていた。

一塁側ベンチ前からライト、センター、レフトと来て、とうとう俺達のいる三塁側にやって来る。

カガリは普段よりも高い声で彼の名を呼びながら手をぶんぶんと振っている。

カガリからグラウンドへと視線を移せば、 最前列にいるいつものツアーメンバーとやらは、堂々と写真を撮っている。

おいおい…と半ば呆れながら俺は彼らが通り過ぎるのを見届けた。



約3時間のライブも終了し、俺とカガリは人に揉まれながら出口を目指してのろのろ歩いていた。

「今日はどうだった?」

カガリは俺の腕にがっしり掴まりながら、窮屈そうに俺を見上げてきた。

「ああ。とても楽しかった!広島まで来たかいがあったよ」

そう言うと、さらにギュッと俺の腕に腕を絡ませる。

「アスランは?どうだった?」

……どう答えればいいだろうか。

いろいろ複雑な思いはあったが、今の自分の正直な気持ちをカガリに伝える事にした。

「…楽しかったよ。とても」

ここは学園の昼休みだけでも放課後だけでもなく、朝からずっとカガリと一緒にいられた。

そう考えれば今日はとても幸せな1日だった。

「良かった!」

カガリは嬉しそうに笑ってさらに俺にぴたっとくっついてきた。

「…私も、とっても楽しかった…」



球場を出てからは割りとスムーズに路面電車に乗って、広島駅まで戻って来た。

帰りは新幹線で帰る予定だった。勿論自由席で。

流石にお腹が減っていたので、改札を通る前に駅弁を買う事にして、売店へと向かっていたその時。



「あっ!これ…ポスター!」

カガリの指差す方を見れば、駅のあちこちに先程ライブが終了した男のポスターが貼られていた。

それはライブの宣伝ではなく、どうやら観光促進を目的としたもののようだ。

駅にちらほら戻って来ていた他のライブ客は、そのポスターと共に写真を撮ったりしている。

俺はふうっと息を吐いて、口を開いた。

「…カガリも、撮るか?」

途端にカガリはぱあっと表情を輝かせる。

今撮っている人が退くのを待ち、スタスタとポスターの隣に立ち──

「…アスランも一緒に、撮らないか?」

カメラを構えかけていた俺は、突然の提案に腕をおろしてまじまじとカガリを見た。

「えっ…いや、でも…」

戸惑っている間にカガリは俺の前まで戻って来て俺のカメラを奪うと、

先程ここで写真を撮っていた人にそれを渡して「お願いします」と頼み込んでいた。

了解を貰うと俺の腕を取り、ポスターの前まで引っ張っていく。

「さ、撮ってくれ」

カガリは俺と腕を組んで、にっこり微笑んでいるが…

俺達の立ち位置は、ポスターの男の顔が思いっきり隠れる位置だった──



駅弁とお土産を持ってホームに暫く並んだ後、新幹線はやって来た。

行きは4時間以上かけて来た広島だったが、帰るときは1時間余りで着いてしまう。

少しもったいない気もしたが、こんな機会はこれから何度でもあるだろう。



新幹線に乗り込んで2人掛けの席に座り、弁当を広げようとしたその時、カガリが俺の手を掴んできた。

「何?食べないのか?」

掴まれた手首からカガリの顔へと視線を向けると、その顔は何故か淡く赤らんでいる。

「あの…だな、これ…」

小声でそれだけ呟くと、カガリは何をそんなに慌てているのか、と聞きたくなる位わたわたと 自分の鞄を漁り始めた。

取り出したのは、赤い携帯ケース。

その中心には男の顔のイラストロゴが入っている。

どうやら先程のライブのグッズらしい。

「お前、これ、買ったのか?携帯持ってないくせに…」

「やる」

俺の目前にぐいっと突き出しておいて、自分の顔は思いっきり背けるカガリ。

しばらく赤い携帯ケースと赤いカガリの顔を交互に見比べていると──

「早くっ!受け取れって!」

小声で早口に囁いてさらに腕を突き出してくる。

「でも…」

「お前の誕生日プレゼントだってば!」



──確かに昨日、誕生日だったけれど。

昨日は昨日でちゃんと祝ってもらった、はず。

プレゼントはなかったけれども。



「プレゼントはここで、って決めてたんだ。だから…ほらっ!」

「あ…ああ…」



戸惑いながらも携帯ケースを受け取ろうと手を伸ばした時、触れたカガリの手。

その瞬間、胸に温かな灯りがともるような、そんな感情がじわじわと湧いてくる。

その気持ちのまま俺はプレゼントごとその手を引っ張り、自分の腕ですっぽりとカガリを包んだ。

「ち、ちょっ、あ、アスラン…っ!」

じたばたもがくカガリを更に深く抱き込んで、俺はその耳元にそっと囁いた。

「…ありがとう」



「わかった、わかったから!べ、駅弁食べよう!なっ?」





あとがき
終わった…!
サイト1周年記念、ひろひ様のリクエストにお応えしました「Live 球場編」
先日私が行ったライブが元になってできるこのお話。どうやらひろひ様には好評のようですが、 他の方はどうなんでしょう…
などと気にしつつも書きました。殆どライブレポでございます…
実話なシーンが多々あります。…いちゃついてる箇所は違いますが。
ひとつ入れ忘れたシーンは、球場のチャンピオンフラッグを掲げるポールに、OTのロゴ入り旗があった事 (笑
50題の部屋の下にこっそりこのシリーズ「1」「2」が置いてあります…
このお話より前のお話なのですが、 その頃とは微妙にカガリのアスランに対する態度が違うように、と心がけました。
き、気付いていただけました…?
どうぞひろひ様、持って帰ってやって下さいまし〜
04.11.12up